なぜ既成政党は凋落したのか―「中抜き」時代のポピュリズム

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なぜ既成政党は凋落したのか―「中抜き」時代のポピュリズム

※本稿は、2021311日に開催されたポピュリズム国際歴史比較研究会の第九回会合で報告した内容の一部に、その後の展開を踏まえ若干の補足を行って執筆したものである。

水島治郎(千葉大学大学院社会科学研究院教授)

 

21世紀、特に2010年代以降、各国でポピュリスト勢力の拡大が続いていることは周知のとおりだが、それと合わせ鏡のように進行しているのが既成政党の凋落である。戦後長きにわたり各国で政治の主役を張ってきたのは、穏健な二大政党、すなわち中道保守政党と中道左派政党だった。しかし今、この二大勢力は、ともに手を携えるかのように衰退の一途をたどっている。

幻影と化す「二大政党」
「政党―有権者関係」の変容
「無組織層」時代の到来
ポピュリストの「既成政治批判」戦略

幻影と化す「二大政党」

2017年フランス大統領選挙の第一回投票で、栄光ある歴史を持つ中道右派政党と中道左派政党(共和党と社会党)の候補者いずれもが決選投票に進むことに失敗したことは第五共和制下で初めてのことであり、衝撃を与えた。ドイツでは、戦後長くキリスト教民主同盟・社会同盟(CDUCSU)とドイツ社会民主党(SPD)の二党の優位が続き、特に首相は全員、両勢力の出身者で占められてきたが、2018年の連邦議会選挙では、いずれも得票率が戦後最低レベルに落ち込んだ。

二大勢力の凋落が特に顕著なのが、オランダである。20173月のオランダ総選挙では、1980年代に合わせて7割の得票率を確保していたキリスト教民主アピールと労働党の二党は、合計の得票率が18%まで落ち込み、歴史的な低水準を記録した。そして20213月の総選挙で多少は盛り返すかと思いきや、さらに得票率を減らし、両党合わせて15%に落ち込んだ。特に労働党は得票率5.7%に過ぎず、他の中規模政党の後塵を拝している。戦後20年以上にわたり首相を輩出した、有力政党の面影はない。

このように各国における中道右派・中道左派の既成政党の凋落をみると、もはや「二大政党」という言葉が、過去のものとなった感がある。

既成政党の衰退の原因としては、冷戦の終焉以降における左右のイデオロギーの弱体化、グローバル化(ヨーロッパにあってはヨーロッパ統合も含む)の進展による旧来の対立軸の変容と新たな争点の出現など、さまざまな要因が考えられる。しかしここでは、20世紀において既成政党を支え、人々をつなぎとめてきた、中間団体の弱体化という点から考えてみたい。「組織されざる人々」が増え、政党とのつながりが希薄化する中で、既成政党を支えてきた政治社会的な基盤が大きく揺らいでいること、そのなかで「中」をバイパスした「中抜き」の政治コミュニケーションの比重が増し、新参者のポピュリスト政党の拡大を支えているのではないか、ということを指摘したい。

「政党―有権者関係」の変容

もともと20世紀の先進各国では、有力な既成政党は、党の周りに系列団体の分厚いネットワークを確保し、相互に支えあう関係を維持していた。キリスト教民主主義政党や保守主義政党などの中道右派政党は、農民団体、中小企業団体、信徒団体、地域の名望家のクラブなどと近い関係にあり、人材の供給を受け、選挙の折には団体ネットワークを活用し、支持を確保していた。また中道左派政党も、労働組合はもちろん、協同組合、福祉団体、青年団体、女性団体などを傘下に持ち、党員に系列団体出身者が多かった。そして重要だったのは、有権者の多くもこのような団体に所属し、その団体の支持する政党や政治家を支援したり、場合によっては党員として政党組織に自ら関わっていたことである。いわば団体を通じた市民の「政治的社会化」がなされていた、といえるだろう。

政治家もまた、このような団体を通じた支持の獲得を重視し、団体と深く関わりを持つことに意を注いだ。『民主主義を救え!』を著したヤシャ・モンクは、かつての政治家たちが「教会や労組に至るまで、地域の組織と密接な関係を築き上げ」ていたこと、その組織の理念と伝統を共有していたと指摘する。中道右派の政治家たちが「教会」、中道左派の政治家たちが「労組」を基盤としていたことは、いうまでもない。既成の二大政党は、社会の中に頼れる「核」を持っていたのである。

しかしながら、21世紀の今、かつてのような団体の存在感は大幅に低下している。20世紀に人々を包摂してきた団体の多くは、組織の弱体化、活動の停滞に悩まされている。世俗化が進行するなかで、ほとんどの宗派で信徒離れが加速している。労働組合も組織率の低下が全般に進んでおり、往時の勢いはない。ライフスタイルの変化、政治社会志向の多様化の中で、特定の団体・政党に所属し、継続的に深くコミットし、同じ仲間と長時間の活動に従事することは、魅力のある選択肢ではなくなってきたといえる。

こうして政党離れ、団体離れが進むことにより、人々は既成政党や既存の団体とつながりをもたなくなり、代わって「無党派層」「無組織層」が主流となる。そうなると、多くの有権者にとって既成の政党や団体は、「自分たちの代表」というよりは、特定の業界や一部のエリート層の利益を守る「既得権益」として認識されていく。政治家の立場から見れば、団体を通じて有権者の支持を得るルートが先細りしている。各種団体の推薦を集めれば当選できる時代ではない。

「無組織層」時代の到来

それではこの「組織離れ」の状況を、日本についてみてみよう。表1は、1989年から2018年のおよそ30年間における、日本の有権者の中間団体の加入率である。

これをみると、1989年の時点では、自治会・町内会の加入率は67.8%、婦人会・青年団などは13.8%、労働組合は9.4%などとなっており、「加入していない」はわずかに16.9%にすぎない。自治会・町内会をはじめとして、かつての日本は、「人々が団体に所属する」社会だったのである。

なかでも町内会、青年団、農業団体、商工業団体などは、特に地方部において、保守系無所属議員の出身母体となることが多く、主に自民党系の国会議員の支持基盤を構成してきた。他方で労働組合は、旧社会党や旧民社党、共産党など、中道から左派の政党とつながりが深かった。選挙の際、これらのネットワークが積極的に活用されたことは言うまでもない。

しかし今や、この「有権者-団体-政党」のネットワークは、明らかに衰退している。2018年の各団体の加入率は、自治会・町内会が24.8%、婦人会・青年団などが3.5%、労働組合が6.0%となっており、いずれも大きく減少している。加入率の低下と高齢化に悩む各団体は、かつてのように固い支持基盤として既成政党を支えることは、もはやない。

なお1989年は平成元年であり、2018年は平成30年であることから、この30年間は平成年間とほぼ重なる期間である。その間に、日本社会における中間団体の役割は大きく変化した。平成の時代は、敗戦や革命のような巨大な政治変動が起きた時代ではなかったが、実は背後で見えない大きな変化、いわば「静かなる革命」が政治社会に生じていた時代であったといえよう。

他方、この間、唯一大幅に増加したグループがある。いうまでもなくそれは、どこにも「加入していない」人々、すなわち「無組織層」である。平成の30年で、16.9%から44.3%へと大幅に増加し、今や最大グループとなっている。しかもこの間、一貫して増加しており、有権者の過半数を占めるのは時間の問題だろう。

団体に属さない無組織層は、かつてのように地縁や仕事がらみで団体に入り、団体の支援する議員や政党に投票するという回路を持たず、既存の団体・政党への違和感が強い。選挙では、所属団体の指示に従って投票することはなく、メディアやネットの情報をもとに自分で判断し、投票(あるいは棄権)する。団体を通じた「政治的社会化」が機能していた時代とは、個人と政治との関わりが大きく変化している。

ポピュリストの「既成政治批判」戦略

ポピュリストによる既成政治批判が訴求力を持つ背景には、まさにこのような「無組織層の時代」の到来がある。「無組織層」が優位となった現在、新規参入を試みる政治家・政党にとっては、既存の団体に支援されて選挙に勝つのではなく、既成政治を一部のエリートによって支配されたものとして描き、既存の団体・既成政党を十把一絡げに「既得権益」として批判する戦略が有効となる。既成政党批判によって最大グループの「無組織層」を動員することができれば、それは個々の団体の支持を積み上げていく以上の政治的効果を持つだろう。

周知のように日本では、特に既存の団体・政党の存在感の薄い大都市圏において、地域レベルのポピュリスト的な首長が目立つ。東京都・大阪府・大阪市・名古屋市では、既成政党や既存の団体と縁の薄い人々に支えられ、既成政治に批判的な主張を行う首長が当選し、また当該首長を支える地域政党が多くの議員を当選させている。東京都知事に当選した小池百合子が展開した「都議会のドン」支配への批判、「しがらみのない政治」といった主張は、既成政党や団体をバイパスして「無組織層」に訴える戦略でもあった。

いずれにせよこのように、かつて人々と政治をつなぐ媒介として重要な役割を果たしてきた既成政党や中間団体が衰退し、いわば「中」が空洞化するなかで、政治家や新興政党が有権者にSNSなどを通じ、「中抜き」によって直接主張を展開し、支持を調達することが一般的となっている。この手法はポピュリスト系の政治家や政党が得意とする方法であり、急進的な主張を発信しては、賛否両論をかもしつつ、結果的にフォロワーを増やすという方法で支持拡大につなげている。「教会と労組」をはじめとする既存の団体や党組織、すなわち「中」に頼っていては実現しなかったポピュリズムの拡大は、まさにこの「中抜き」時代の落とし子でもあったのである。

 


本稿の議論の詳細については、水島治郎「中間団体の衰退とメディアの変容」、水島編著『ポピュリズムという挑戦――岐路に立つ現代デモクラシー』(岩波書店、2020年、26-53ページ)、および『論究 ジュリスト』36号所収の座談会「日本国憲法のアイデンティティ第10回 憲政のアクターとその盛衰-政治学との対話」(20214月、194213ページ)における水島の問題提起などもご覧いただきたい。

水島 治郎

  • 千葉大学大学院社会科学研究院教授