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CSRとプラチナ社会・・国内事業を優先評価しよう   

C-2023-003

  •  CSR委員会委員(座長)
    小宮山 宏

1.日本は課題先進国である
2.なぜ今CSRなのか?
3.「プラチナ社会」 ・・ビジョンが必要な時代
4.プラチナ産業イニシアティブ
5.相乗化による経済効果
6.資源自給国家へ向かう

1.日本は課題先進国である[1]

CSRを字義通り企業の社会的責任と考えるなら、日本国内で行う事業を、海外での同じ事業よりもCSRとして高く評価すべきだろう、というのがこの小論の趣旨である。理由は、地方の疲弊、少子化、生きがい見失い、経済安全保障といった日本社会の課題を解決する必要があり、企業活動もそうした観点から評価すべきだからだ。日本は課題先進国だから、企業にとってもそれが世界に先んじることになるだろう。

2015年に国連で合意されたSDGsは人類としてのゴールだが、厳然として国家がある。国情がそれぞれ異なるから、社会的責任としてなすべき事業内容もその効果も国情に依存する。世界のどこでやっても同じではなく、CSRに優劣をつけるべきだろう。その際、国内事業を高く評価すべきだ。

こうした結論に至った理由を、私自身の活動を中心に、具体例で考えてみる。 

2.なぜ今CSRなのか?

現在、企業活動の社会における意味が問われる理由は、私たちが人類史の転換期を生きているからだ。その時代背景は本質的には3点だろう。 

第一に、有限の地球。人間の活動の総量に対して、地球は小さくなってしまった。プラスティックは海洋全域を汚染するし、砂漠化は世界中で進行するし、何よりも二酸化炭素の大気中濃度が増加し始めた。すでに産業革命以前の濃度の1.5倍に達している[2]。人類は地球を変えつつあるのだ。

第二に、長寿命化。産業革命以前、人類の平均寿命は2425歳だったようだ。産業革命によって飢える人が減り、豊かさが増して、寿命は徐々に延びたものの、1900年になっても31歳に過ぎなかった。それが20世紀に入って急伸し、現在おおむね73歳に達している[3]。人類は積年の夢であった長寿を手にしたが、同時にさまざまな課題を抱えるに至った。

第三に、知識の膨大化。知識の量は幾何級数的に増え、今や知識人といえども社会の全体像を捉えるのが困難になっている。逆に適切な知識をうまく使えばたいていのことはできてしまう。生成AIの衝撃も、この事実と関係する。

地球、寿命、知識のこうした状況に、私たちは人類史上初めて遭遇している。ほとんどの課題はこれらと関係していると言って過言ではないように思う。

こうした基本的背景のもと、企業も天真爛漫な存在意義を語るのみでは事業の存続すら危うい。CSRが今強調されるに至った理由だろう。そして私が主張するのは、これら基本的背景の現われかたは国や社会によって異なり、あるべきCSRの姿は国ごとに違うという点である。 

3.「プラチナ社会」[4]・・ビジョンが必要な時代

大多数の人が飢餓に苦しむ時代や、モノを持たなかった時代には、社会のビジョンは単純だった。食べられる社会、モノを安く得られる社会だった。当然のことであるから、人はビジョンを意識することもなかったろうし、企業はモノやサービスを安価に供給すれば利益が出たし、社会的責任を果たすことができたのだ。

今、先進国では、多くの人がモノを手にし、前節で述べた時代背景がある。その社会のビジョンは、「地球が持続し、豊かで、すべての人の自己実現を可能にする社会」ではなかろうか。私はそれをプラチナ社会と定義し、その実現を目指して、プラチナ構想ネットワークに全力を傾注している。数人の議論で始まった活動は、15年ほどを経て現在、全都道府県からの参加を得て、図1に示すまでに拡大した。 



図1 一般社団法人プラチナ構想ネットワーク

ネットワークに参加する400超の会員はさまざまな取組をしている。優れた活動は全国で多数行われているのだ。それらの活動について、関係がありそうなものを近くに配置したのが図2である。大きくくくると、健康・自立、環境・エネルギー、森林・一次産業、観光・文化、人財養成、総合・インフラとなる。これらが日本の多くの人が欲しいと思うプラチナ社会の要素と考えてよいだろう。 

しかし、どの活動も規模が小さく、スピード感にも乏しい。大きなジグソーパズルの小さなピースが、全体像と無関係にばらまかれているような状況だ。もしこれらのピースを人が真に欲するなら、それらはビジネスとなるはずだろう。もしそれらのビジネス群が産業として成長するなら、一気に規模とスピードが増すだろう。

図2のピースをビジネス化し、産業化すること、それこそが日本のプラチナ社会化であり、企業のCSRの背景だろう。

 

2 プラチナ社会を実現する拠点群

 

4.プラチナ産業イニシアティブ

202211月、当ネットワークはプラチナ森林産業イニシアティブを立ち上げた[5]。これまでの調査や議論で、図3に示すように森林が日本にとって重要な資源であること、同時に、その開発を妨げるいくつもの障害があることが明らかになっている。これらの障害を乗り越えて、資源としての可能性を現実のものとするためには、バリューチェーン全体にわたる強力な有志を必要とする。そのうえで、多くのビジネスが花開くことを期待するのだ。

 

3 森林文化と新林業による地域創生

 

図4は、バリューチェーンと主な参加者を示した。上流においては、林野庁が条件を満たせば不明地主の森林を伐採してよいという森林経営管理法を作った。林業問題を解決するために会津森林活用機構()をネットワーク主導で起業した。日本最大の製材企業の中国木材、木造都市先駆者のシェルター、木造高層ビルを建設する竹中工務店・大林組、石油化学からバイオマス化学への転換を志向するトクヤマ、カネカ、リグノマテリア、オールラウンダーの住友林業、王子製紙、石油からの脱却を図るエネオス、出光興産、機械のクボタ、森林信託を始めた三井住友信託、メガバンクなど、50を超える強力な有志連合が組成できた。 


図4 森林産業のバリューチェーン

 

目指すところは、森林文化・森林生態系・地方の再生、木造都市の形成、石油化学からバイオマス化学への転換などであり、イニシアティブはそれらを産業化するためのプラットフォームである。

実現に向けた戦略は第一に、需要で供給を引っ張る。木造都市、バイオマス化学の莫大な需要で林業を活性化させる。第二に、スタートアップの活力。大企業は強力だが遅い。両者を掛け合わせる。第三に、次節に述べる他領域との相乗効果、特に収益の増大だ。

世界と日本の時代背景に応えるこのイニシアティブに本気で参加する企業の行動は、もっとも基本的かつ重要なCSRであろうと考える。 

5.相乗化による経済効果

産業イニシアティブ第二弾として、再生可能エネルギーをテーマとしたイニシアティブを立ち上げようとしている。その理由は、再生可能エネルギーは未来に向けての基本産業であるし、森林産業イニシアティブとの相乗効果を期待できるからだ。さらにそのあと、観光・文化や人財や、他のイニシアティブも可及的速やかに立ち上げ、一層の相乗効果を生み、プラチナ社会の実現につなげていきたい。図2に複層の楕円が背景にあるのは、相乗化を表現している。

日本のものつくりの弱体化が危惧されて久しい。半導体、家電、太陽電池、風力発電、蓄電池など残念な例に事欠かない。これらはいずれも、文明の持続的発展のために重要な製品群だ。なんとかしないとまずいだろう。

なぜ、太陽電池は敗北したのだろう。最大の要因は、日本が需要の開発に失敗したことにある。既存の電力事業者が強すぎて、新事業や新企業をつぶすのだ。イノベーションのジレンマ[6]が日本全体として起こっているといえる。国内市場が小さすぎるから、商社は海外で巨大な再生可能エネルギー事業に投資することになる。結局、初期に世界をリードした日本のメーカー群は量産競争に敗れ、国内市場も奪われた。

現在、日本の企業はカーボンフリーな電力を購入しようとしても足りない。工場の周辺に太陽電池発電所を作ればよいのだ。自営線で供給できるから、再エネ導入のハードルである系統への接続問題を回避しうる。また、多くの工場は自家発電を持っているから、再エネの変動を吸収するための調整電源を担うことができる。

また、近傍に山地を抱える工場やコンビナートは多い。現在、日本の林業の再造林率は30%に過ぎず、このままでは山は丸裸になってしまう。再造林率を99%に高めて、残り1%の土地にメガソーラを設置する。これを全国で行うと現在の総発電量の20%を発電しうる。コンビナートへの大規模供給として十分だろう。

林業地の1%でソーラ事業を行った場合、林業収入の2倍の売電収入が得られる。その理由は土地面積当たりの生産額にある(図5)。森林の年間成長量は1ヘクタール当たり5トン。1トン2万円とするとヘクタール当たり10万円。コメの生産だと、やはり5トンだが20万円なので、100万円。太陽電池はヘクタールあたり100kWh20/kWhとすると2,000万円。面積あたり、太陽電池は林業の200倍の生産額なので、1%設置すれば2倍の売電収入となるのだ。

ソーラシェアリングと呼ばれるのは、農地の上部を太陽電池で覆う方法。30%の面積まで覆っても農業生産には影響がない。田んぼの場合、売電収入はコメの収入の2~6倍とされるが、理由は林業と同じく図5の土地当たりの生産性である。

多くの工場の周辺には山や田畑がある。この国情を活用すべきなのだ。農林業と再エネとの相乗効果は大きいのである。

 

5 再生可能エネルギーと一次産業の相乗化

6.資源自給国家へ向かう[7]

石油化学のバイオマス化学への転換は人類的課題だ。プラチナ森林産業イニシアティブは、国内森林からのバイオマスを原料とする。一方、ブラジルでサトウキビなどを栽培し、エタノールを経由してエチレンを作って輸入する、あるいはブラジルでバイオマス化学という考えもある。両者は石油からバイオマスへの転換という意味では同じだ。しかし、ブラジルでのバイオマスと国内林業の活性化とは、税金をどこに払うか、雇用をどこで生むか、日本経済に与える効果は全く違う。また、アマゾン開発の是非、逆に日本の森林を荒廃するに任せて良いのかという、エコロジー的観点の正負の効果も重要だ。エネルギーも同様だ。国内で再エネを開発することと、海外から水素やアンモニアなどの形で輸入することには大きな違いがある。 

前節で述べた農林水産業と再生可能エネルギーとの相乗化の効果を日本全体でみると、化石資源や木材の輸入額が再生可能エネルギーと森林産業の内需に変わることになる。エネルギーや森林関連の産業規模を現在とほぼ同程度と仮定し産業連関的に考えれば、50兆円ほどGDPが増大する。その多くは地方に生まれる。地方は再生するだろう。海外からバイオマスや水素を輸入するのでは、こうした機会を失うことになる。経済安全保障の観点からの優劣は議論するまでもない。

偏在する化石資源や鉱山に依存する文明はまもなく終わり、21世紀は再生可能エネルギーと都市鉱山とバイオマスを資源とする文明に向かう。資源的にはフラットな時代となり、多くの国が資源自給国家に向かうのだ。今はその移行期にある。日本は特に、加工貿易から資源自給国家へ、国家のビジネスモデルの大転換を迫られている。森林や再エネへの国内投資は、こうした大転換への投資でもある。CSRの評価は、個別事業を単独ではなく、全体像から俯瞰的かつ多面的に行わなくてはならないのである。


参考文献

[1] 小宮山宏『「課題先進国」日本』中央公論新社、2007
[2] 産業革命以前の濃度を多くの文献値280ppmとして、NOAAなどのチームによる2021年の世界平均濃度414.7ppmとの比を算出した。
[3] 例えば、Angus Maddison, The World Economy: A Millennial Perspective/ Historical Statistics, OECDなど
[4] 一般社団法人プラチナ構想ホームページ(https://platinum-network.jp/
[5] 一般社団法人プラチナ構想ネットワーク ニュースリリース「プラチナ森林産業イニシアティブ 事業のご案内」(https://platinum-network.jp/2022/10/06/09/20/)、2022106
[6] クレイトン・クリステンセン(伊豆原 弓 翻訳)『イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき―』翔泳社、2000年(原著1997年)
チャールズ・A. オライリー、マイケル・L. タッシュマン(入山 章栄ほか 翻訳)『両利きの経営』東洋経済新報社、2019年(原著2016年)
[7] 小宮山宏、山田興一『新ビジョン2050』日経BP2016

執筆者:小宮山 宏(こみやま・ひろし)
CSR委員会委員(座長)/三菱総合研究所理事長/
プラチナ構想ネットワーク会長/東京大学第28代総長

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