「悔やんでも悔やみきれない」というのが、おそらくオバマ大統領本人を含め、再選戦略をほぼ順調に進めてきたオバマ陣営全員の心境だろう。
後悔の対象は、いうまでもなく、10月3日の第一回目の大統領候補テレビ討論会のことを指している。討論会では、ロムニーの率直さ、機転の利いた発言ばかりが目立った。オバマはうつむいてメモをとり、常に弱々しく、時にはおどおどとしていたようにみえた。ロムニーの方が圧倒的に「大統領的」だった。
この討論会をめぐっては、オバマ陣営に明らかに驕りがあった。第一回目の討論会までは多くの激戦州で優勢だったほか、ロムニーは失言が目立っていたため、オバマ陣営は「勝てるはず」と踏んでいた。討論会ではロムニーの最大の弱点であった「政府に依存する47%の負け組」という失言をつくことをオバマ陣営が見送ったのも「何とかなる」「大きな失点をしなければ大丈夫」と甘く考えていたためだ。
オバマ自身も政権運営の激務にかまけて、討論会向けの準備を怠った。2008年の大統領選を制して以来、そもそもオバマは討論会のような相手から強く反論されるような経験をしておらず、演説では常に事前に用意された演説を読み上げるためのテレプロンプター頼りだった。背水の陣で臨んできたロムニーとの差は歴然だった。
討論会の大失態でオバマが差を広げていた世論調査のベクトルは大きく変わり、形勢は一気に変わった。その後の副大統領候補討論会、第二回、三回の大統領候補討論会を経ても、投票日まで2週間を切った10月下旬には、全米調査だけでなく、激戦州での各種世論調査でも両者の支持は再び拮抗している。統計的な誤差を考えると「互角」の調査結果ばかりである。政治ゴシップサイトの「ドラッジレポート」(10月23日)には、遊説先でオバマが支持者の子供をあやしながら、空を祈るように仰ぎ見る写真に「(勝利には)奇跡が必要(そのため、祈るしかない)」という揶揄のキャプションが付けられるまで、オバマ陣営は押し戻された。討論会直前に各種メディアで交わされた「オバマの地滑り的大勝」「もう選挙戦は終わったようなもの」といった識者の言葉が、夢の中の記憶のように思えてしまう。
あるオバマ陣営スタッフは「第一回の討論会の準備をもう少ししていたら」と悔しがる。この討論会以降、オバマ陣営には一種のパニック状態に陥っているといい、支持者離れを引きとめるため、陣営は手分けしてテレビやトークラジオに出演してロムニーの変節を非難したほか、各種ソーシャルメディアでオバマの擁護を続け、イメージ回復に奔走している。第二回、三回討論会でのオバマの「反撃」で、支持離れは止まったようにみえるが、「ビック・モー」(大きな勢い)という形容詞が並ぶロムニー側の支持拡大が選挙戦までどれだけ続くか、戦々恐々としているのがオバマ陣営の本音である。
想定外の逆風の中で、オバマ陣営は選挙人の過半数である270を確保するための逃げ切り戦術を急いでいる。特に州ではなく、郡単位に絞った支持固めに奔走している。全米の3141の郡の中でも、オバマとロムニーがほぼ互角である「激戦郡」は約100あり、その中でも激戦州にあるオハイオ州サンダスキー郡、バージニア州ロードーン郡などの「超激戦郡(swingest counties)」の死守を進めている。選挙CM合戦の「空中戦」も超激戦郡を中心に展開している。一方で、ロムニーへの支持が目立つ一部の激戦州から、他の激戦州の超激戦郡に人的・金銭的リソースを移す現実的な戦略に軸足を移しつつある。
オバマ陣営の逃げ切り戦術の切り札は「地上戦」にある。オバマ陣営はフィールドオフィスの数などでロムニー陣営を圧倒しており、戸別訪問や投票呼び掛け(GOTV)はロムニー陣営寄りも優位に立っている。最大の激戦州の一つ、オハイオ州ではオバマ陣営は100のフィールドオフィスを持っているのに対し、ロムニーは50程度しかない。各種調査でオハイオ州の期日前投票でオバマに投票した人の割合がロムニーよりも2、3割多くなっているのはオバマ陣営の「地上戦」の実績に他ならない。
また、選挙戦全体も、第二回、三回討論会でオバマが見せたロムニーを徹底的に非難するネガティブなものではなく、第二期政権で取り組む具体的な政策を打ち出し、今後の夢を語るような肯定的なトーンを前面に出しつつある。オバマ陣営の念頭にあるのは。同じく継続的な発展を訴え、効果的であった1984年のレーガン陣営の選挙CM「アメリカの朝」であるのはいうまでもない。オバマ陣営はおそらく、「“勝者総取り”か“繁栄を共有する社会か”の選択」というスローガンを再び持ちだしてくるであろう。ロムニー陣営は「オバマ政権の4年間は失敗」であるとして、今回の選挙をオバマ政権の「業績投票」として位置付けようとしてきた。これに対して、オバマ陣営はこのスローガンのように「路線選択」にすり替えることで、有権者離れを食いとどめてきた。
ただ、たとえ、このまま勝利した場合でも討論会での失態で張り付けられた「弱いリーダー」というイメージをオバマは脱ぎすてられないかもしれない。ロムニーの政策のぶれを非難する「ロムニージア」(ロムニーと「健忘症(アムニージア)」のかけ言葉)という愚にもつかないような言葉遊びを演説で強調すればするほど、オバマの小ささが目立ってしまっている。同じく超激戦で「地上戦」で優位だった現職・ブッシュが辛勝したものの、一種の閉塞感が漂った2004年選挙の投票直後が思い出される。一方で、もし、ロムニーが勝利したら、築き上げてきたものが討論会というイベントだけで崩れてしまったオバマ支持者の落胆は大きいだろう。「何もない選挙戦(campaign for nothing)」と揶揄されてきた今年の選挙戦が、討論会で一気に熱気を帯びてきたのは間違いないが、その結末にあるのは、2008年のような熱狂的な陶酔感ではなさそうだ。