アメリカと中国(9)新型コロナウイルス感染症後に加速する米中対立の諸相  <上>

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アメリカと中国(9)新型コロナウイルス感染症後に加速する米中対立の諸相 <上>

東京大学東洋文化研究所准教授
佐橋 亮

 

新型コロナウイルス感染症のパンデミック発生後、米中関係が従来の貿易、技術、安全保障をめぐる問題に加え、イデオロギー対立の様相を一層に増していると前回の連載で強調した。それから1ヶ月経ち、アメリカの対中強硬姿勢はさらに勢いを増している。トランプ大統領は対中関係を断ち切ることもできると言及し、ポンペオ国務長官やオブライエン国家安全保障担当大統領補佐官も冷戦期を彷彿とさせるような共産党批判に打って出ている。

アメリカの中国批判は、大統領選でのトランプ候補の劣勢や全米的な中国認識の悪化もあり、当面続くだろう。他方で、他国に噛みつきながら中国政府の正しさを主張する、闘志に満ちた「戦狼外交官」は語勢を強め、政府系メディアによるアメリカ批判も激しさを増している。米中両政府にたがをはめてきた外交努力もむなしく、米中貿易協議の「第一段階」合意の履行には暗雲が立ちこめている。米中新冷戦という言葉が当たり前のように使われるようになるほど厳しい状況だが、改善への希望を感じさせる要素は乏しい。

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国家安全保障会議ナンバー2にあたるポッティンジャー大統領補佐官は、5月に2回にわたり中国語で演説しているが、その内容は中国政府にはかなり刺激的なものだ。ポッティンジャー氏は、米海兵隊の情報将校としてアフガニスタンに派遣された経験も特異だが、ウォール・ストリート・ジャーナル紙記者として中国を取材し、何度も拘束された経験をもっている。彼は流暢な中国語を操るが、公に演説で用いることはなかった。それゆえ、相次いで中国語で演説したことが注目された。(なお20189月末、ワシントンの中国大使館主催イベントにおいて、アメリカは覇権をかけた競争を恐れないとの趣旨で挑発的な挨拶を行ったことが知られるが、この際も中国語で引用をして見せた。)

最初の機会は、ヴァージニア大学ミラーセンターにおけるイベントでの演説(54日)だ。5.4運動を取り上げながら中国の人々に声を上げることの重要性を提起するものだった。具体的には、(共産党支配の中国で軽視されてきたと言われる)胡適による知的活動、また「民主」をめぐる発言を取り上げ、世界人権宣言に係わった中華民国の外交官、張彭春を讃える欧米の文献を紹介する。良識ある市民の行動が重要だと強調した上で、今般の感染症を告発した李文亮医師についても触れている。ポッティンジャー氏のメッセージは、次の言葉にもよく示されている様に思える。「小さな勇気ある行為が政府によって踏みにじられると、大きな勇気ある行為がそれに続く」。

第二の登場は、再選された蔡英文氏の総統就任式(520日)に合わせてのビデオメッセージである。ホワイトハウスを背景画像に、ポッティンジャー氏は前回よりリラックスして中国語を話しているようにも見える。そして蔡英文氏への祝意、新型コロナウイルス感染症対策の成功を賞賛するだけでなく、民主主義は欧米だけのものではなく普遍的なものだとの文脈で物理学者の方励之に触れている。米中関係史を少しでも知るものであれば、天安門事件直後にアメリカ大使館に逃げ込み、最後はアメリカ政府が保護した方励之が80年代後半から90年代にかけて米中人権問題の最も重要な人物であったことを想起し、これがどれだけ挑発的なメッセージか知ることになる。

中国に関して著名なジャーナリストであるオービル・シェルが指摘しているように、中国語によって直接に中国人にメッセージを届けることは大きな意味がある。 閣僚級に次ぐ高位にあるポッティンジャー氏が中国人に直接に話しかけることは絶妙な意味を持っている。中国政府だけではなく、中国語をはなす大陸、台湾、そしてアジアはじめ世界の中国人にとって、アメリカ政府高官から政治について語りかけられることはきわめて異例であり、心を揺さぶられるものもいるだろう。また、アメリカ政府が中国政府に配慮することなく普遍的価値観に関するメッセージを打ちだすようになったことは、米中関係のイデオロギー対立を物語るものでもある。

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トランプ政権は5月下旬、2019年国防授権法(1261)で求められていた「中華人民共和国に対するアメリカの戦略的アプローチ」という16ページの文書を発表している。これまでに相当する公式文書がなく、ホワイトハウスのウェブサイトに掲載されているもののトップページから辿れるような形式での公表はされていないため(大統領が議会に送付する旨の記述のみ)、この文書の位置づけは難しい。

内容を見ると、政策方針は演説などで示されてきたものと変わりなく、それを官僚的な文体で確認しているところがある。中国との競争が体制変革を求めるものではない、との記述も批判を避ける名目だろう。日本でも多くのメディアが取り上げており、また従来の「競争」政策と背景にある対中認識を示すところが大半であったため、あえて指摘が十分でなかった点にのみ触れておこう。まず宗教の自由に関して、仏教、イスラム教、キリスト教、さらに法輪功について触れている。熱心なキリスト教徒であるポンペオ国務長官は、これまでも宗教の自由に関する演説で踏み込んできた。5月には特にウイグルをめぐり、様々な動きが今も進展しており、この点は<下>にて説明したい。

台湾に関しては2回の記述がみられ、最初はASEAN、日本、韓国といった国と並べる形で台湾の新南方政策について触れている。2回目は、この連載でも取り上げた、1982年コミュニケにあわせてレーガン大統領が作成を命じた覚え書きを、あえて本文で引用している。テクニカルな点なので、細部に立ち入らずこれが意味するところを簡潔に述べれば、台湾への武器売却を当たり前のように継続していくこと、そして1982年コミュニケを死文化させることを決定的にするということだ。19828月にアメリカ政府が中国政府とのコミュニケに記した内容は以下の通りだ。「米国政府は台湾への武器売却を長期的政策として実施するつもりはないこと、台湾に対する武器売却は質的にも量的にも米中外交関係樹立以降の数年に供与されたもののレベルを越えないこと、及び台湾に対する武器売却を次第に減らしていき一定期間のうちに最終的解決に導くつもりであることを表明する。」このような中国との約束を米政府「内」では否定しておくためにレーガン大統領が作成し、歴代政権が継承してきたメモをボルトン大統領補佐官が昨年夏に公開し、今回の報告書に該当部分が引用されたということだ。

米台関係は、形式的には従来の「一つの中国」政策の枠を維持しているものの、実質的には過去4年ですっかりと変質している。蔡英文総統の就任式(2期目)にあたって、国務長官名で祝意を示すメッセージが送られ、直後には小規模な武器売却(魚雷)も発表されている。ボルトン大統領補佐官、シュライバー国防次官補という2名の親台派が政権を去ったが、トランプ政権はそれに影響されず台湾政策で勢いを維持している。ただ、次に見るように、アメリカの対中強硬政策のコストは台湾にも降りかかっている。

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グローバリゼーションの下で進んできた国際生産分業を見直させるような、アメリカの輸出管理政策等の修正が続いている。 エマージング・テクノロジー(新興技術)に関する輸出管理もついに形をみせるといわれるが、他方で米国からの技術流出に関する法執行機関等の調査も進んでいる。経済に関する国家安全保障戦略が準備されているとの報道もある。中国企業のナスダック上場を制限するような新法案も上院を通過した。5Gなど情報通信分野にくわえて、医薬品や電力インフラに関して中国製品を排除する議論も活発になっている。

5月、台湾に本拠を持つ世界最大の半導体ファウンドリー(受託生産者)であるTSMCは、トランプ政権の求めに応じる形で、米国での新工場建設を発表した。操業開始時点では最先端製品を製造するわけではないが、巨額の投資であることは変わりない。同社の主たる顧客は米欧市場であり、政治を見据えての判断だったのだろう。しかし米政府はその直後に、米国原産の製造技術を使いファーウェイが開発したものを製造、移転することを禁止する趣旨の規制を発表し、ファーウェイとの取引を実質的に不可能にした。

台湾のケースからみえてくるのは、「友軍の砲火」ともいえる現象だ。ちょうど一年前、米台関係に政府内外で長く係わってきたリチャード・ブッシュ氏は台北での演説でこの点を強調していた。対中政策を見直し、輸出や投資、人の移動に係わる規制を見直すことは、これまでの自由な交流からの変更を伴うのであり、必然的にコストを生じさせる。アメリカ発の規制や法であっても、多くの場合それは多くの政府や企業活動に影響を与えることになる。台湾を代表する企業であるTSMCは、まさにそのテストケースとなりつつある。

中国との経済的な関係を断つように求める動きは、アメリカの同盟国への圧力にもなっている。英国政府がファーウェイ製の設備に関して今後の設備更新で見直すことを検討していることも一例だが、オーストラリアではヴィクトリア州での設備投資に関して、中国政府からの一帯一路による資金を受け取らないようにポンペオ国務長官が「(通信を)切ることもできる」と露骨な圧力をかけた。米国駐豪大使はその後釈明に追われている。ポンペオが豪州やNATO諸国に高圧的な言葉を投げかけるのはこれが初めてではないが、トランプ政権による同盟国への圧力行使は基地負担を見直すような圧力だけに留まらないということだ。欧州や豪州では中国の「戦狼外交官」への反発もあり対中警戒論が高まっているが、各国の警戒論者も自国の国益を求めているのであり、高圧的なトランプ政権との微妙な間合いを保っている。

中国製品の排除だけでなく、サプライチェーンを見直し、リスクを排除しようという発想がとられている。分離(ディカップリング)という言葉が高コストを嫌う産業界等から受けが悪いこともあって、部分的な不関与という概念が提起されることもある。脆弱性を避けるためのサプライチェーンの多様化は我が国でも喫緊の課題であり、分野の特定を行った上で推進することが求められるのは言うまでもない。しかし、それがコストを増大させるだけでなく、これまでの投下費用の回収や、他国に比べての高コスト体質を意味することになれば、経済への影響は大きい。技術発展と競争力という視点を踏まえた上で、安全保障政策と経済活動の境界を早期に定めていくことが重要になってくる。

 


【連載記事】
アメリカと中国(9)新型コロナウイルス感染症後に加速する米中対立の諸相 <下>(2020/6/4)

アメリカと中国(8) 新型コロナウイルス感染症と米中関係(2020/4/23)

アメリカと中国(7)スモール・ディールに終わった貿易協議後の米中関係(2019/12/17)

アメリカと中国(6)トランプ政権と台湾(2019/6/12)

アメリカと中国(5)一枚岩ではない対中強硬論(2019/4/26)

アメリカと中国(4)官・議会主導の規制強化と大統領の役割(2019/2/13)

アメリカと中国(3)書き換えられたプレイブック(2018/12/18)

アメリカと中国(2)圧力一辺倒になりつつあるアメリカの対中姿勢(2018/10/2)

アメリカと中国(1)悪化するアメリカの対中認識(2018/8/1)

佐橋 亮

  • 東京大学東洋文化研究所准教授