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米国の黒人が直面する構造的差別 ―行政・教育関係者に対する監査調査より―
写真提供:GettyImages

米国の黒人が直面する構造的差別 ―行政・教育関係者に対する監査調査より―

June 24, 2020

5月25日、ミネソタ州ミネアポリスで、黒人男性ジョージ・フロイドさん(46)が、わずか20ドルのために白人警官のデレク・ショービンに暴行されて死亡した。ショービン他3名の警察官は、フロイドさんがコンビニエンスストアで偽造20ドル紙幣を使ってタバコを買おうとしたとの通報を受け、現場に駆け付けていた。ショービンは8分46秒の間フロイドさんの首を膝で地面に押し付けて制圧。フロイドさんが「息ができない」と訴え、意識を失い、救急車が到着してからも、1分にわたって圧迫を続けた。

この事件に憤りを感じた多くの人々が人種を超えて結束し、全米各地、さらには世界各地で「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)」というメッセージを掲げて抗議デモを行った。参加者は、過去に人々の命を守る立場であるはずの警察官に殺された大勢の黒人に対して哀悼の意を表するとともに、広範囲にわたる警察改革と人種による不平等を是正するための法整備などを要求。このおおむね平和的な抗議活動をきっかけに、米国の人種差別問題は改めて世界の注目を集めることになった。

フロイドさんの死に端を発した一連の抗議デモは、米国を大きく変える可能性がある。すでにフロイドさんを死に至らしめた警察官は殺人容疑で暴行を目撃した3人の警察官は殺人ほう助・教唆の罪で訴追された。また、デモの参加者に行き過ぎた暴力を用いた警察官は次々に免職処分になっている。全米の地方政府と警察は、警察の介入を制限し致死的な武力行使を抑制するための改革を検討しているし、ブラック・ライブズ・マター運動を支持する米国人は増加する一方だ。こうした動きは、抗議活動に対する初期反応としては上々と言えるだろう。

しかし多くの米国人が気付いているように、人種差別をなくすにはこれらの取り組みだけで十分とは言えない。黒人差別に加担しているのは警察だけではないからだ。警察官による差別的行為は非常に暴力的であり、しばしば世間の耳目を集める。だが彼らは人種差別・抑圧・社会統制という、より大きなシステムの一角をなしているにすぎない。実際、警察官の多くは地元の人間であり、地域社会に存在する構造的な差別システムと全く切り離された存在ではあり得ない。加えて警察官は、時にばかばかしいほど武装しているうえ、自らの裁量で(言い換えれば好きなように)法を「執行」することが認められているため、とりわけ暴力的な差別行為に及ぶ可能性があることは間違いない。 

しかし筆者が最近行った多くの研究によれば、米国では警察官以外の人々も黒人を差別している。一連の研究で用いたのは、主に監査調査と呼ばれる手法である。監査調査では、一般的に、調査対象の集団に所属する個人(市職員や人事担当者など)に対して、研究者が支援を求めたり求人に応募するなどして接触を図り、その反応を検証する。具体的には、研究者が調査対象者に連絡して情報やサービスの提供を求めるのだが、その際、連絡者の属性(人種など)は適宜変えて対象者の反応を見る。監査調査はシンプルながら確実な手法で、異なる人口統計学的特性を持つ相手(黒人/白人、移民/その国で生まれた人、など)からの要求に調査対象者がどう反応するのかを見るのに有効である。

この手法の利点は、個人による差別の実態を正確に把握できる点にある。例えば研究者が調査対象者に「ある集団に属する人々をどのくらい差別していますか」と質問したら、対象者は自分が行っている差別の度合いを実際よりも過少に申告するかもしれない。しかし監査調査なら、自分が調査対象になっていることを知らない(したがって差別的な人間だと思われないようにふるまうことができない)状態で対象者がどう行動するかを観察できるため、実態と調査結果の乖離を回避することができる。つまり監査調査を正しく実施すれば、「社会的望ましさバイアス(social desirability bias)」に影響されない状態の個人の行動を把握できるのである。

複数の監査調査から判明したのは、米国の黒人は日常生活のさまざまな場面で差別を受けているという現実である。この調査結果は、警察の活動や刑事司法における人種差別の実情を理解する一助となるだろう。例えばある調査では、1万1,000人以上の市議会議員の人種差別傾向を検証するため、共同研究者とともに、一般的に白人または黒人の名前と認識されている名前をランダムに使用したうえで、市が提供するサービスについて教えてほしいと議員一人ひとりに連絡した。

すると、黒人名の発信者に対する返答の割合は、白人名の発信者に比べて約6ポイント低いという結果になった。市民の日常生活に最も直接的な影響を与えるのが地方政府であることを考えると、懸念すべき結果である。これを今の米国の状況に当てはめれば、なぜ黒人が抗議デモに参加するのかが理解できるのではないだろうか。日頃無視されがちな黒人が「自分たちの声に耳を傾けてもらうには、もっと強い要求を突きつけなければ」と考えたとしても不思議はない。

さらに筆者は4,963人の州議会議員の潜在的な人種偏見を調べる共同研究も行った。州議会議員は、地理的にも人口的にも、権限の及ぶ範囲が市議会議員より広い。ところが黒人に対する差別の傾向は市議会議員とほぼ同じだった。米国の議員は白人有権者への対応を優先しがちで、すべての市民を平等に扱っていないということが、ここでも証明されたわけだ。このような白人びいきの傾向は、社会に深刻な影響を及ぼしかねない。米国の刑事司法が明らかに黒人に厳しいのも、そうした傾向が根底にあるからとは考えられないだろうか。少なくとも、調査の結果を見る限り、議員に差別問題の解決を期待しても無駄だということは言えそうだ。

最後に、多くの研究者と共同で行った、公立学校の校長を対象とした調査について紹介しよう。公立学校の校長は、市民に身近な役人という意味で重要なグループである。我々は4万5,000人以上の校長に対して、送信者の人種的な属性をランダムに変えたうえで電子メールを送り、会談を申し入れた。すると、黒人を装った送信者からのメールへの回答率は、白人を装った送信者からのメールに比べて3ポイント低いという結果となった。この結果は、米国の黒人が人生のごく早い時期から差別に直面していることを証明すると同時に、黒人と警察官の接触機会の増加につながるメカニズムが存在する可能性を示唆している。すなわち、学校制度の中で不公平な扱いを受けた黒人は、学業面で劣りがちになって職業の選択肢が限られ、警察の目が光る社会の底辺に追いやられる、というメカニズムだ

結局、一連の調査から得られたのは、米国で黒人が差別されていることを示す証拠ばかりだった。だが希望はある。現在各地で行われている抗議デモはすでに多くを成し遂げたし、今後、人種差別を是正するさらに大きな動きが出てくる可能性もあるのだ。米国の歴史を振り返ると、残念なことに平等を求める闘いは往々にして白人の反発を招きがちだった。だが私たち研究者は、差別がどこで、どのように、そしてなぜ起こるのかを研究し続けることで、そうした反発を抑制する役割を果たし得る。差別の存在を丁寧に証明し、理解することによってのみ、私たちは差別と闘うための最も有効な方法をつかみ得るのだ。

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