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【Part 1】シリコンバレーからの新・電力網への提言: テスラが実現済みの蓄電池、EV、ソーラー発電、 Virtual Power Plant垂直統合の分散化型電力網ドミナント・デザイン
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【Part 1】シリコンバレーからの新・電力網への提言: テスラが実現済みの蓄電池、EV、ソーラー発電、 Virtual Power Plant垂直統合の分散化型電力網ドミナント・デザイン

April 3, 2023

R-2022-111-1

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提言:
背景:
Part 1:シリコンバレーから日本でイノベーションを考える上でのコンセプト・フレームワーク集
 1.シリコンバレーから見た日本のインフラ構築の強み、エネルギー周りの不思議と国内の方向性が国際競争力を弱める力学
 2.シリコンバレー流、ユーザーのペインポイントからみた電力網の不安と危険:災害時の停電生活
  2.1日本に伝わっていないテスラの電力ドミナント・デザイン
 3.シリコンバレー流:「ユーザーファースト」の考え方でペインポイント解消
 4.フレーム(思考モデル)とディスラプション
  4.1 思考フレーム:技術の進展と浸透はその技術の特性のみにかかっているものではない
  4.2 補完関係がある別の技術や業界:蓄電、EV、ソーラーパネルなど
 5.ドミナント・デザインとは

提言:

日本は東京都の新築一戸建てソーラーパネル設置義務化の条例採決を機に、本格的な家庭用蓄電池、業務用蓄電池や仮想発電所(Virtual Power Plant)を活用した柔軟なマイクログリッドも活用した電力網の構築を本気で進めるべきである。同時に、EV(Electric Vehicle)充電網の充実を促す取組みもこの柔軟でマイクログリッドを活用した新たな電力網構築の一環として行うべきである。

背景:

2022年の夏に首都圏が経験したような電力不足は今後の原発の再稼働で解消される可能性が高い。しかし、旧来の送電網には様々な課題が残り、電力ユーザーである国民から見ると新しいマイクログリッド網の方が数多くのペインポイント (課題、不安)を取り除くことができる。家庭や店舗、ビル単位の小規模な蓄電を含んだフレキシブルな電力網の方が災害や震災に強く、再生エネルギーの効率活用にもつながり、EV普及を加速させることが可能で、日本の国際競争力にも影響する。

日本の外から見ると、日本はインフラ構築が強みの一つであり、技術や取り組みの方向性が定まっている場合の「追いつけ、追い越せ」の姿勢は、歴史的な鉄道網構築や20年前のブロードバンドインフラと市場の急速な普及などの例をとっても政府と産業界の強みに見える逆にいうと、前例がなく、方向性もまだ定まっていない技術や産業の方向性を定めることを日本は得意としていない幸い、再生可能エネルギー発電、蓄電池、EV充電網などを統合してマイクログリッドを実用化している前例はシリコンバレーを中心としてテスラ社(以下、テスラ)が進めていて、アメリカやオーストラリア、カナダなど、色々なところで既に実装されている。

日本はパンデミックで鎖国状態となって人々の往来が激減した影響もあり、諸外国の状況が伝わりにくくなっている。これは日本にいるとあまり実感がないが、2年越しにシリコンバレーを訪問する人の多くがテスラ車の浸透率と充電網の充実に驚いたり、ロンドンのタクシーの3分の1以上EVになっていることに驚愕したりするように、実は日本には伝わっていない状況や現状が多い。

テスラは主にEVメーカーとして知られており、イーロン・マスクの活動や株価にメディアが注目しがちで、同社はPR部門を数年前に廃止しているため、テスラの実際の動向についての情報は断片的にしか伝えられていない。しかも、テスラが既に実用化しているエネルギー周りの製品やサービスの多くは日本では展開していないため、尚更日本に伝わっていない。しかし、テスラは既にエネルギー周りの新しい「ドミナント・デザイン」[1]を構築しており、アメリカでは他社もテスラが示した道を追って様々な製品やサービスに取り組んでいるため、日本が参考にするべきである構想を今、日本に伝えることは急務である。

本レポートのPart 1ではシリコンバレーから見た日本の強みとグローバル競争における課題、そしてイノベーションなどの新しい物事を理解するために役立つ思考フレームワークを紹介する。Part 2ではテスラが示している新しいドミナント・デザインの詳細を紹介する。

再生エネルギーと蓄電池を活用した新たなマイクログリッドの構想はユーザー(国民、在住者)にとって様々なペインポイントの解決法を提供できる。しかし、新しい取り組みに対して多方面からできない理由を主張する声も多い。そこで、それぞれのユーザーのペインポイント解消を、政府や政治リーダーが大きなカテゴリーを用いて論じることが多い原則に上乗せした形にすると、既存の切り口に乗りやすい。

図表1:電力ユーザーのペインポイント例と、それぞれが関係する政治と政策の原則

電力ユーザーのペインポイント例

原則

震災などの災害時の停電

人命、防災、安心、生産性、過疎化

吹雪や積雪が引き起こす停電

人命、防災、安心、生産性、過疎化

猛暑の電力供給不足

人命、防災、安心、生産性、過疎化

再生エネルギーの効率活用

カーボン・ニュートラル

テロが起きた場合の電力網の安定

国防、安全

平常時の過疎地域へのガソリンや燃料供給

安心、カーボン・ニュートラル、生産性、過疎化

これらのペインポイントに対して、テスラが示した新しい電力グリッド周りのドミナント・デザイン(既に実装され、日本が目指すべき方向性)の姿がある。下記の項目である。(より詳細を述べるPart 2の冒頭にも同じものを載せている) 

図表2:テスラが示している新しい電力網、エネルギー周りのドミナント・デザイン

1.     ソーラーパネルと蓄電池をセットで導入

2.     家庭用蓄電池はハイパフォーマンスで機能性とデザイン製の両方を重視、モジュラー設計

3.     ソーラー発電の瓦:Solar RoofでBuilding-Integrated Photovoltaics (BIPV)

4.     住宅のソーラーパネルと蓄電池はアプリで常時状態確認、制御

5.     リアル天候予想データとの連動で作動、ビッグデータも採取

6.     自宅エネルギーシステムとEVの連動、アプリで一元管理

7.     地域の蓄電池をVirtual Power Plant (仮想発電所)として運営

8.     集合住宅には業務用 蓄電池で非常用電源

9.     E V充電インフラには業務用蓄電池

10.  発電所には大型モジュラー蓄電池、ソフトウエアで管理

11.  テスラが示すEV高速充電網の新しいドミナント・デザイン

12.  EV充電による電力グリッドの需要のピークをシフト

Part 1:シリコンバレーから日本でイノベーションを考える上でのコンセプト・フレームワーク集

 Part 1ではシリコンバレーから見た日本の強み、国際競争力における課題、そしていくつかのイノベーションに役立つであろうシリコンバレーで浸透している考え方を紹介する。

1.シリコンバレーから見た日本のインフラ構築の強み、エネルギー周りの不思議と国内の方向性が国際競争力を弱める力学

シリコンバレーから日本を見ると、日本はインフラ作りに長けているというイメージがある。首都圏の電車や地下鉄の交通インフラや新幹線は、アメリカや他の先進国とは比べ物にならないほど複雑でありながら時間に正確で、極めて事故が少なく、車両更新もどんどん行われて電力消費も効率化が進んでいることが多いに尊敬されている。ここ20年で東京の再開発も進み、都心の丸の内や六本木、虎ノ門や品川などが大幅に姿を変え、2011年の東日本大震災でも首都圏への物理的ダメージは地震の規模に比べて非常に少なかった。

同時に、シリコンバレーではClimate Tech(環境技術)などの分野に注目が集まり、テスラ車を始めとするEVと太陽光発電のプレゼンスが急増している。この地域の視点から日本のエネルギー周りの状況を見ると、日本国内ではあまり議論されていない課題と国際競争力のポテンシャルが見えてくる。

まずは2011年の福島原発事故以降の日本の化石燃料への依存度の高さと、再生エネルギーへの消極的なスタンスが不思議に思われている。また、「エコ」や「サステーナブル」というキーワードで省エネに取り組む日本国内の動向や、環境意識の高そうな日本の一般社会、そして電力不足時にはこぞって節電を行う日本社会を知る人にはなおさらこのエネルギー源との矛盾が不思議がられる。また、原発を再稼働する動きに伴って電力不足が解消されようとしている現状でも、EV化への動きを加速する兆しがあまり見えないことから、世界の大きな脱炭素へのエネルギー周りのシフトに日本は出遅れるとも思われている。日本国内だけが欧州やアメリカ、そして中国とは異なる方向に動いていくと、日本企業は国際競争力の先端から脱落し、結局は国内全体が遅れるというシナリオの可能性が強まっている。例えば、再生エネルギー関連のパテント数では日本企業がソーラーではトップで、風力発電関係もトップに近いが、世界のソーラーと風力発電の市場シェアでの日本企業のプレゼンスはほとんど無い

つまり、シリコンバレーから見ると、日本はインフラの強みがあるが、世界と異なる産業の方向に進んでしまうと、国際競争力の先端からはさらに離脱してしまうという危険性が見える。

そこで日本が課題としては先行していて、世界の先進諸国が後追いするのが必然な分野に、シリコンバレーからはチャンスが見える領域がある。それは日本が世界に先駆けて経験している超高齢化、過疎化と人口減少である。経済成長への大きな課題に直面するのは間違いない。しかし、同時に社会の深い分断が他の先進国や隣国に比べて低いため、解決策への様々な技術や仕組みへの投資と導入を通して、人々の暮らしを良くしようということに焦点を当てられることはチャンスにも映る。日本国内で作り出せる仕組みは、似たような課題を抱える他国にも活用できる可能性があり、日本企業がそういう仕組みづくりに消極的な場合は、他の多国籍企業やスタートアップが日本を活用して、日本での学びを自ら世界に広めるという見解である。日本での課題解決は世界の課題解決へのチャンスとなるという見解である。

もちろん、ここで述べる視野はシリコンバレーから見た日本の全ての側面を網羅しているわけではないが、外から見ると日本は「インフラが作れる」国であるが、「エコを気にするけれど再生エネルギーに弱腰」という不思議なスタンスでありながら、「日本国内の課題解決は国際的にチャンス」という側面がある。

2.シリコンバレー流、ユーザーのペインポイントからみた電力網の不安と危険:災害時の停電生活

ここで後ほど詳細を紹介するシリコンバレーからの考え方である「ユーザーの困りごと、課題に寄り添ってユーザー視点から解決する」という「ユーザーファースト」の視座を用いる。ユーザーファーストの視座で日本のエネルギー周りの課題を見ると、新たな国際競争力のポテンシャルへの種が見える。それは日本で起こる度重なる自然災害による電力網の課題と、復旧や復興における政治的な分断がアメリカなどに比べて浅いという点である。国単位のエネルギー供給源(化石燃料、再生エネルギー、原発)とは別の議論である。

日本はもともと、電力の安定供給を前提にした生活の設計となっている。しかし、東日本大震災や近年の台風や集中豪雨、吹雪や記録的な豪雪などで浮かび上がる課題は、電力供給のキャパシティーの話ではなく、送電インフラの課題である。

ここ十数年だけで、複数の深刻な災害に見舞われた日本では、被災者や長引く停電に苦労する人たちの姿が鮮明にメディアで伝えられ、多くの人の記憶に新しい。2011年の東日本大震災では大地震による送電線の崩壊により、何日間も電力が復旧できない被災地では寒さが続き、孤立した地域などで苦労した人たちや、津波の被害に遭った人、原発事故で避難を余儀なくされた人たちを苦しめた。

2022年の夏の猛暑で東京電力が電力供給不足に陥り、電力需給ひっ迫警報や注意報が発令され、冷房を消して熱中症にかかるお年寄りなどがニュースで取り上げられた。政府は節電を呼びかけると同時に、冷房などは使うように促すという苦しい立場に置かれた。計画停電を余儀なくされそうになり、病院などの施設は非常用電源が準備されたり、自宅で医療器具用に電源が必要な人たちの安否を心配したりする報道もあった。

また、2022年の12月に起きた記録的な吹雪や豪雪では長野県や新潟県で送電線が切れ、停電が何日間も続いた家庭では、寒さに耐えながら生活している人々の姿を、様々な報道番組が伝えた。車内で暖房をつけて暖まろうとした人が数人亡くなった。立ち往生中に自動車のマフラーが雪に埋もれたり、自宅の車庫内の通気性が足りずに一酸化炭素中毒になったりした人たちである。

過疎地域では、土砂崩れなどによる災害で道路が流され、一時孤立する場所も毎年、台風などが日本列島を直撃するときに伝えられるが、電力網も流されると孤立した人たちは電気も使えなくなり、困っているところもニュースに取り上げられる。

これらは電力ユーザーという観点で国民や在住者の生活を考えると、不安要素であり、ペインポイントである。これらのペインポイントは、様々なレベルで大きな政治テーマにつながる。人命を守るための防災、「安心できる暮らし」の提供を約束する地元や国の政治リーダーの責任、過疎化がもたらす課題などである。これからの課題解決法を、大きなテーマの枠組みで議論できれば前に進む推進力を得やすいはずである。

こういった災害や停電から人々の生活を守る対策として、日本は多くの先進国や、特にアメリカに比べて社会の分断が深くないことは課題解決のためのインフラ整備を進める上では強みである。災害や震災で困っている一部の人たちを助けるために国が動いたり、世界的にも珍しい日本の復興税のような社会的なサポートの取り組みに対して反発があまり起きないのは日本の大きな特徴と言える。例えば社会の様々な分断が深いアメリカでは、度々ハリケーンや洪水などに見舞われた地域を、国単位で補助しようとする。すると「そもそもそこに住んでいる人が悪い」、「別の州の人々をなぜ我々が税金で助けなくてはいけないのか」、あるいは「自分の身は自分で守るのが鉄則で、社会主義国家ではないので助けるというのは民主主義国家としてやるべきではない」という議論が議会で起こることがある。民主党政権の時には共和党が災害予算承認への反対票を出したり、自分たちの州の住民がなぜ他州の援助を行わなくてはいけないのか、など大声で文句を言って有権者にアピールすることもある。日本ではなかなか考えられない分断なので、逆に日本では他県の震災や災害被害者への思いやりが政治経済的なチャンスに映る。

2.1日本に伝わっていないテスラの電力ドミナント・デザイン

これらのペインポイントの解決法は、家庭用蓄電池、業務用大型蓄電池、仮想発電所(Virtual Power Plant)、そしてソーラーパネルを用いた分散型電力網の姿にある。これらは、日本にはあまり伝わっていないが、実はすでにアメリカやオーストラリアで実用化が進んでいる。これらの実用化は、日本ではE Vの会社として伝えられることが多いテスラによるものである。テスラはE Vのパフォーマンスや、自前で設置した世界に4万台以上の高速充電網だけではなく、複数の蓄電、発電、仮想発電所(VPP)や発電所向けソフトウエアなども展開していて、複数の自治体政府や電力事業社と組んで実用化している。

テスラが実用化している電力周りのプロダクトとサービスは、新しいドミナント・デザインを確立していて、日本が向かうべき方向性を明確に表している。ドミナント・デザインとは、複数のアクターが技術やインフラ、サービスの方向性を共通認識として持つことである。テスラが確立した電力網周りのドミナント・デザインは、テスラ自身が世界に広めるということが主たるインパクトではなく、テスラが示した方向性を他の様々なアクターがベストと考えて辿ることである。

テスラが示した電力網周りのドミナント・デザインに、様々な大国の政府や企業が追尾して活動している現状に気付かず、一定程度を自国に取り入れたり、国際展開を目指す動きがなければ、日本は世界に遅れる可能性があるばかりか、日本の強みであるはずの電車のようなインフラ連動型のサービスや環境技術が世界には通用せず、周回遅れとなる危険性がある。

新しいドミナント・デザインは現状の部分最適化を進めていくだけではたどり着けない。むしろ部分最適化しかできないとディスラプトされる可能性が高まる。

エネルギー産業は国内向けの側面が強いが、自動車産業、保険業は海外市場が重要なので、日本国内が独自の方向に進むとガラパゴス状態になって、ディスラプトされる危険性がある。

3.シリコンバレー流:「ユーザーファースト」の考え方でペインポイント解消

シリコンバレーでの価値の作り方には、徹底的にユーザーの視点で物事を考えて、感情を含めて共感する「ユーザーファースト」の考え方がある。これは「デザイン思考」を展開する、スタンフォード大学のデザインスクールが中心となっているが、もはやシリコンバレーの「OS」(オペレーティングシステム)と言えるほどの位置付けで浸透している。ユーザーがどんなペインポイントを抱えていて、どうすればそれを解決できるのか、ということを中心に何度もコンセプトを修正しながら、プロトタイプをユーザーのフィードバックを得ながら進めて行く

制度設計を行う中央省庁や大企業は、ユーザーのペインポイントを中心とした考え方になりにくい。制度の場合、構想の説明図の真ん中には制度や法律、及び仕組みなどがあり、真ん中がユーザーのペインポイントになっていない。例えば、マイナンバーカードは通知ハガキには期限が無いが、マイナンバーカードを取得すると、10年の期限があり、取得した10年後には更新しなくてはならない。しかもマイナンバーカードの中のチップは5年の期限なので、5年でカードを更新しなくてはいけない。住居を管轄する市役所などに出向き、カードを発行してもらう手間に比べてメリットが分かりにくい場合、国民はカードを取得した方が時間と労力がかかるのでカードの浸透率が上がらない。ポイントというインセンティブや健康保険証と結びつけるということで、ようやく浸透率が上がり始めた。しかも、当初はマイナンバーカードを健康保険証として使った方が、従来の健康保険証を使うよりも、使う側のコストか幾分か高くなるという状態が発生していたので、これらのユーザーから見た課題が解決されるまで浸透が進むはずがなかった。これはユーザー中心でなく製作側の都合で描いた制度設計の例であった。

多くの大企業は「お客様のため」などをスローガンに抱えている。しかし、実際には生産側の都合を重視しており、ユーザーにとって使いやすかったり、ペインポイントをわかりやすく解決していたりするとは言い難い。わかりやすい例が、日本メーカーの家電のリモコンである。ユーザーが求めるかもしれない機能をどんどん増やし、ボタンも増やして行き、最終的にはユーザーがほとんど使わないボタンだらけになってしまい、ユーザーの困惑を招いてしまう。特に高齢者ユーザーには深刻な問題である。それとは逆に、アップルやアマゾンが提供するリモコンはボタン数が極端に少なく、画面上の大きなアイコンやボタンで可能な限りわかりやすくすることに、相当な労力と投資を行ってきた。 

日本の将来を設計していく上で、このユーザーファーストの考え方で、「現在のユーザーの課題、困りごとを解決する」という姿勢が重要である。どんな近未来を作っていくのか、方向性を定めて具体的なビジョンを描くには「現在の国民=ユーザーのペインポイントを解決した状態」を描くことが重要である。

例えば、世界で圧倒的に売れているEVのテスラ車は「EV所有・運転のペインポイント」を極端に取り除くと同時に、他の車には無い機能やメリットを加えている

4.フレーム(思考モデル)とディスラプション

人間はフレーム(思考モデル)を使って世の中の情報を整理したり、因果関係などのモデルを作ったりするという考え方は、社会心理学などの分野から広まり、一般的に活用されている。フレームはものの見方であり、「何が可能なのか」という観点や因果関係などを作り出す。フレームは複数ある方が、新しいフレームを見つけたり、新しい考え方ができたりするようになる。[2]逆に、これまでの大きな産業のディスラプションは、経営者が新しいスタートアップや新しいプロダクト、サービスが作り出した新たなフレームを理解できず、既存のフレームでしか捉えられずにディスラプトされたケースが多い。

例えば、アップルのスマートフォンが登場した直後、マイクロソフトの当時CEOであったスティーブ・バルマー氏はこう述べた:「iPhoneが大した市場シェアを取る可能性は全く無い。全く無い」また、「世界で最も高い電話だ。」ということや、「キーボードが無いのでビジネスユーザーには魅力的ではない。」。

既存の思考フレームでは「スマートフォン=電話」、「ビジネスユーザーやメールには物理キーボードが必要」ということだったが、iPhoneが引き起こしたスマートフォン革命はこれらのフレームを一掃した。その後、マイクロソフトのスマートフォンのシェアは約0%となった。

EV化が進むシリコンバレーから見ると、EVの充電周りの議論も、ユーザーの体験は既存のガソリン車メーカーやメディアが用いる思考フレームとは異なることを発見する。既存のガソリン車の給油のフレームでE Vの充電時間を考えると、急速充電が40分、低速充電が6時間かかるようでは長いと思うはずである。しかし、ガソリンの給油は空気が悪いところで立って給油を待つというものだが、EVを充電する場所と用途は異なる。E Vの充電が大手スーパーやカフェの隣やショッピングセンターの駐車場にあるので、買い物中に寄るという用途で使うので、40分は長くはない。そして、出社するオフィスの隣か近くの低速充電器なら、通常はオフィスに6時間以上いるので、決して長いわけではない。むしろ、このインフラ環境に慣れると、わざわざガソリンスタンドに寄り道する方が面倒で手間がかかるというユーザー体験となる。これはガソリン車給油のフレームと、E V充電のフレームが異なるということで、既存のガソリン車メーカーが給油フレームを用いて「充電時間が長いのでEVは普及しない」と考えると根本的なユーザーの視座から離れてしまうしかも「鶏が先か、卵が先か」問題で、E V充電インフラがないからE Vの開発、販売には消極的となり、E Vの浸透率が低いからインフラ投資をしない、という「できない理由のフレーム」は、すでに問題が解決しているところのユーザーの使い方などを理解したフレームが必要なのである。

そもそも日本の戦後は、「現在保有している資産」をベースとした国際比較優位のフレームを採用して推薦した軽工業に特化するべきだという、アメリカの何人かの著名な経済学者の考えを採用しなかったからこそ、急速な経済発展に成功したとも言える。「比較優位は作り出すもの」というフレームがあったからこそ政府と民間が一丸となって重工業や自動車産業の発展にたどり着いた経緯がある。[3]

外から見ると、現在の日本はインフラ投資ができる国であり、特に首都圏は世界一発達した地下鉄、電車、新幹線網を誇り、東京の再開発も15年前と比較すると、驚くほど行われている。ビル建設やスカイツリー建設、東京駅八重洲側などの地下街の発展、色々なところの自転車用の道路整備などが進み、パンデミック以降の店のレジ周りのシステムの刷新も進んでいる。したがって、外から見ると、EV充電向けのインフラなどは日本の得意分野にも見える。しかし、国内の色々なところで聞こえる声には、「できない理由」が多い印象を受ける。自動車産業がE Vに舵を切らないのでインフラを作っても利用率が上がらないという懸念や、電力網がEVに耐えられない可能性などである。想像力を働かせると新しいフレームにたどり着くこともあるが、実際に新しい現実があるところの思考フレームを理解して自国の状況に照らし合わせて戦略をとる時期にきている。

また、個別企業の紹介で、テスラの取り組みを紹介すると「テスラの話だから関係ない」とか、「アメリカと日本の状況は違うから当てはまらない」という「日本での日本企業の先行事例が無いから当てはまらない=参考にならない」というフレームを持つ人には話が届かない。スマートフォンが世界をリードしていたマイクロソフトや、世界をリードしていた日本のフィーチャーフォンがディスラプトされたように、[4]既存のフレームが強すぎるとそこに待っているのはディスラプションである。

4.1 思考フレーム:技術の進展と浸透はその技術の特性のみにかかっているものではない

新しい技術の進展と浸透の歴史的なパターンを見ると、ほとんどの場合、新しい技術の特性のみで決まるものではない。例えば産業革命で中心的な役割を担った蒸気エネルギーは、蒸気機関車や蒸気汽船で世界の人・モノ・金の流れに大きな革命をもたらした。しかし、蒸気エネルギーの中核を担う技術はボイラーだけではなく、ベッセマーが発明した鋼鉄も含まれる。鋼鉄は耐久性が高く、それまでの鉄では課題が多かった鉄道レールを可能とした。また、アメリカ五大湖を繋いだ運河や、太平洋と大西洋を繋いだパナマ運河といった大規模な物理インフラは蒸気船でないと安定して通れない上、蒸気船による航海の距離が劇的に短縮された。これらの周辺技術やインフラによって蒸気エネルギーという技術のポテンシャルが発揮されたのである。

また、コンピューターも、大型計算機から膨大な変数を処理できる多目的な思考増幅ツールに発展できたのはデータベースの発明であり、コンピューターの基礎となる半導体の技術の進歩のみによるものではなかった。[5]

そして、政府の制度や政策も、技術発展や浸透に大きな影響を与える。例えば、アメリカ経済を急発展させた大陸横断鉄道は、一国の経済をつなげるという戦略的な役割が重視され、地域独占と原価に上乗せした一定の利益が確保される政府調達契約が実行された。これにより、のちにスタンフォード大学を設立したスタンフォード氏が、西海岸に鉄道の独占事業を作った。ベッセマープロセスを用いて鋼鉄を提供したカーネギー氏も独占企業を作り上げた。これらは、後の独占禁止法が作られる理由となった。

また、コンピューター産業の発展は冷戦の最中、アメリカの軍事戦略で最重要と位置付けられ、後のシリコンバレーの中核となる半導体産業への膨大な投資と、スタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校へは、巨額の研究予算が割り当てられた。

つまり、多くの技術は補完関係がある別の技術や政府の制度と政策から多大な影響を受ける。

テスラのエネルギー事業の中核となるバッテリー技術とソーラーパネルの技術も同様に、補完関係がある別の技術や政府の制度と政策に大きく影響される。また、大きな技術発展と浸透の歴史を振り返ると、直接的なその技術以外の経済や社会的要因も発展と浸透に影響する。[6]

これらの視座を念頭に置かずにテスラのエネルギー事業だけを分析しても、その浸透やドミナント・デザインとして消費者から見た魅力を過小評価してしまう可能性が高い。

4.2  補完関係がある別の技術や業界:蓄電、EV、ソーラーパネルなど

テスラのエネルギー事業とEV事業には極めて強い補完関係があり、これは自動車産業とエネルギー産業の補完関係を示している。スマートフォンがデジタルカメラ、音楽プレーヤー、携帯電話、スキャナー、家庭用ゲーム機など、それまでお互いが競争相手ではなかった業界を一気に横串でディスラプトしたように、テスラのエネルギー事業によりソーラーパネル、蓄電池、エネルギー制御ソフトウエア、EV本体、EV充電インフラなど、複数の業界が同じ領域に放り込まれる。

ユーザーの視座から見ると、EVとソーラーパネルは非常に補完関係が強い。これについては、様々な世論調査がある。人口全体に占めるEV浸透率はまだ低いのでセレクションバイアスがあるが、EV所有者は、ソーラーパネルを設置済み、または設置の検討している人が過半数であるという調査結果がある。ユーザーの立場では、所有するEVを自宅で充電すると電気料金が多少上がるので(ガソリン補充の価格に比べたらコストはかなり低いが)、ソーラーパネルを検討するという心理が働く。また、ソーラーパネルをすでに設置している人は単純なコスト計算ではなく、環境への配慮などを気にする人の割合が高い場合に、EVに惹かれる人が多くなる。

そこで、EVの市場が発展すればするほど、テスラが実現している垂直統合のソーラーパネルと蓄電が魅力的となり、需要が加速する。逆に、単体のソーラーや他のものと簡単に連動できない家庭用蓄電池などの魅力は一気に薄れる。

5.ドミナント・デザインとは

ドミナント・デザインとは、ある技術がどのように使用されるかが不特定多数の企業や社会一般に共有されていて、方向性に対しての認識がある程度共通化されているものである。その技術や業界が成熟期に入っていることで、逆に成熟期に入る前にはその技術の用途や業界の方向性は定まっていない。[7]

そもそも新しい技術が発明されると、どのように産業がそれを価値に変えるのかが定かではない。斬新な技術革新の場合、なおさらどのような形で企業が価値にそれを繋げるのかが分かりにくい。そこで歴史的な技術パラダイムについて影響力が高い研究を行ってきたCarlotta Perez博士が提唱する技術革新のパラダイムが役立つ。[8]

図表3に示されている通り、新しい革新的な技術が生まれると、左下の箇所から始まる。最初は縦軸である熟成度合いと浸透のポテンシャルの値が低いため、様々な実験的な改善がされるが、この段階ではどんなデザイン、つまり用途にどんな可能性があるのかが未確定である。

そこから様々な企業が競争するうちに技術の使い方の方向性が定まり、ドミナント・デザインが明らかになる。方向性が定かになったことで改善が加速し、どんどん技術の熟成度合いと浸透のポテンシャルが高まる。そしてかなり熟成度が高まり、浸透の度合いも高くなると、その後の技術革新の方向性は狭まり、熟成した技術となる。

図表3 :技術の熟成度合いとドミナント・デザイン確立

Source: Perez, Carlota. "Technological revolutions and techno-economic paradigms." Cambridge journal of economics 34.1 (2010): 185-202.

Perezは人類史上、最も大きな技術革命を取り上げているが、ドミナント・デザインの考え方は具体的な製品カテゴリーにも当てはまる。[9]

例えば、2008年頃から急速に普及したスマートフォンは、それまでの携帯電話やモバイルコンピューティングなどの市場を一気にディスラプトして新しいドミナント・デザインを作り上げた。タッチスクリーンにアプリのプラットフォーム、カメラ内蔵で写真や動画、そして様々な情報を取り込んで色々なことができるというデバイスはドミナント・デザインとなった。日本独特で多くの機能が備わったフィーチャーフォンや、世界のビジネスユーザーに愛用されていたキーボード付きのブラックベリーを始め、色々な専用デバイスなど、他のデザインをニッチなものへと追いやった。

逆に、2022年の段階でのガソリンエンジンは、これから画期的な新たな用途が出てくるとはほとんど誰も期待しておらず、現行の技術提供者は燃費や排出ガスを減らすような最適化にのみ焦点を当てている。ドミナント・デザインがかなり昔からもう定まっているからである。それとは対照的に、人工知能(AI)の用途はまだドミナント・デザインが決まっていない部分が大きい。深層学習という手法が2012年頃から急激に伸び、現在は様々な産業で活用されているが、さらなる社会実装がどのような形で行われるのかは定かではない。自然言語処理という分野が大きな進化を遂げており、新たな実験や模索が繰り返されている段階である。

AIを用いた自動運転もドミナント・デザインはまだ定かではない。センサーはLidarを使うべきなのか、2021年までのテスラのようにカメラの画像処理とレーダーを組み合わせるべきなのか、あるいは2021年の上旬からテスラがとっている作戦であるカメラの画像処理のみで行くべきなのかという技術的な領域はまだ決まっていない部分が多い。そもそもどのような形の自動運転が主流になるのかも分からない。テスラのように、まずはドライバーありきの形で展開されてから完全自動運転に移行していく、Waymoのように最初からドライバーを想定しない作りになっていく方が先に普及する、あるいは自動運転が難しいところは遠方操作との連携という形で広まる、などが考えられる。しかし、そのうちのどれが、中期的にドミナント・デザインとなるかは、予想しづらい。

EVではテスラが現在、他のメーカーが追尾するドミナント・デザインを構築したといえよう。テスラ車の登場までは大型車やフルサイズのセダンをEV化する取り組みはEVの特性上、向いていないとされたため、EVは小型車に限られていた。しかしテスラはフルサイズのSUVやクロスオーバーSUVを量産して大型車とハイパフォーマンスなEVの可能性を示し、大手自動車メーカーは軒並み大きめのEVの開発を急いだ。EVの内装ではテスラが物理的なボタンの数を極力抑えて、それまで前代未聞だった大型タッチパネルを中心としたデザインを世に出し、これに影響されて他のメーカーも現在はタッチパネルの大型化が進んでいる。テスラが他社に影響を与えた最も大きなドミナント・デザインの要素の一つは、無線ダウンロードによるソフトウエアのアップデートによる機能向上や性能の進化である。モノを販売してから機能が追加され、性能が上がり、しかもほとんどのアップデートや機能の追加が無料という考え方は、自動車産業に大きな衝撃を与え、技術の方向性と顧客の付き合い方を変えた。

テスラはエネルギー事業でのドミナント・デザインを構築していて、その詳細を次のPart 2で紹介する。

Part 2へつづく

Part 3はこちら


[1] Part 2で紹介する通り、ドミナント・デザインとはある技術がどのように使用されるかが不特定多数の企業や社会一般に共有されていて、方向性に対しての認識がある程度共通されているもの。

[2] Cukier, Kenneth, Viktor Mayer-Schönberger, and Francis de Véricourt. Framers: Human advantage in an age of technology and turmoil. Penguin, 2022.

[3] Kōsai, Yutaka. The era of high-speed growth: notes on the postwar Japanese economy. [Tokyo]: University of Tokyo Press, 1986.

[4] Kushida, Kenji E. "Leading without followers: how politics and market dynamics trapped innovations in Japan’s domestic “Galapagos” telecommunications sector." Journal of Industry, Competition and Trade 11.3 (2011): 279-307.

[5] Cohen, Stephen S., John Zysman, and Bradford J. DeLong. "Tools for Thought: What is New and Important about the" E-conomy"?." (2000).

[6] Perez, Carlota. "Technological revolutions and techno-economic paradigms." Cambridge journal of economics 34.1 (2010): 185-202.

[7] Perez.

[8] Perez.

[9] Fernando Suárez and James Utterback, “Dominant Designs and the Survival of Firms,” Strategic Management Journal 16 (1995): 415–30.

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