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【Part 3】シリコンバレーからの新・電力網への提言: テスラが実現済みの蓄電池、EV、ソーラー発電、 Virtual Power Plant垂直統合の分散化型電力網ドミナント・デザイン
April 3, 2023
R-2022-111-3
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Part 3:日本への教訓:個別の業界、監督省庁が部分最適化を進めた先に大きな新しいビジョンと価値は無い ・これからの日本にはソーラー、蓄電、EVの垂直統合が必要 ・今後の進むべき方向性 付録1:テスラのソーラーパネル:基本的な機能、単独で自社製造 付録2:ソーラーパネルのサブスクリプション・モデル 付録3:アメリカのソーラーパネル市場の概要 |
Part 3:日本への教訓:個別の業界、監督省庁が部分最適化を進めた先に大きな新しいビジョンと価値は無い
新しい技術の進展と浸透の歴史的なパターンを見ると、ほとんどの場合、技術の特性のみで決まるものではない。[1]例えば、コンピューターが大型計算機から膨大な変数を処理できる多目的な思考増幅ツールに発展できたのは、データベースの発明によるところが大きく、コンピューターの基礎となる半導体の技術の進歩のみによるものではなかった。[2]また、コンピューター産業の発展は冷戦の最中、アメリカの軍事戦略で最重要と位置付けられ、後のシリコンバレーの中核となる半導体産業への膨大な投資とスタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校への巨額の研究予算が割り当てられたことに支えられた。つまり、多くの技術は補完関係がある別の技術や政府の制度と政策、そして経済や社会的要因から多大な影響を受ける。
テスラのエネルギー事業の中核となるバッテリー技術とソーラーパネルの技術も同様に、補完関係がある別の技術や政府の制度と政策に大きく影響されている。近年、アメリカで最も人口が多い州であるカリフォルニアとテキサスは気候変動が引き起こしたと広く認識されている異常気象の影響が感じられ、カリフォルニアでは2017年から毎年、大規模な山火事が起こっており、火災リスクが高いエリアで停電が起き、テキサスでは2021年2月に立て続けに記録的な寒波が襲い、州全体の電力網が危機的な状況に陥った。さらに、2018年には北カリフォルニアのほとんどの電力を独占していたPG&Eが設備のメンテナンス不足で大火災を起こして破産し、電力会社に対する一般市民の信用は著しく低下した。これはカリフォルニアのみの問題ではなく、アメリカ全体の電力網が老朽化しているにも関わらず、設備投資をする予算が足りず、全国レベルで大規模な停電が起こっている。このため、電力グリッドからの自立が、都市部や郊外に住む人たちにとっても問題意識となっている。このように、気候変動と電力インフラの貧弱さは、テスラが示した新たなドミナント・デザインに大きな追い風となっている。
また、2021年にアメリカ政府が、一社以上のEVメーカーが使用できることを条件に、EV充電インフラ向けの助成金750億ドルを発表した。この大型助成金を狙ってテスラが段階的に他社のEVへの開放へ動いている模様である。充実した専用充電網はテスラの比較優位であるが、テスラはすでに生産可能台数を大幅に上回る需要を抱えている。最新の一般向け量産型車であるクロスオーバーSUVのモデルYは、2022年4月の時点で、2023年の3月まで在庫が見込めないという状態が続いている。充電網を他社にも開放し、米国政府の大型補助金をもらって充電網をさらに充実させ、全国の自動車産業をいち早くEVに変えることは、「我々はエネルギー革命の触媒である」とも発言したイーロン・マスクのビジョンにも沿っている。
テスラの例が示しているように、新たなドミナント・デザインとは、現状の産業構造の中で個別の業界が部分最適化を進めていけば辿り着くものではなく、新しい、具体的なビジョンを具現化していくことから作り上げられる。新しいドミナント・デザインを作り上げて、その方向に自身が進み、他者も同じ方向に向けて先導することで、それまでの業界の常識や固定概念を覆すことがある。周辺産業にも影響を与え、業界のプレーヤーも大きく入れ替わることがあり、競争の土俵をそれまでは異なるものに作り替えるため、既存企業はディスラプトされる危険性が増す。部分最適化を得意とする日本企業は新しいグローバル規模のドミナント・デザインを作り出した例はここ数十年、なかなかない。
しかし、日本としては新しいドミナント・デザインが外から現れた場合、部分最適化をする方向性が変わったことを認識すれば、リーダーを追尾して急速にキャッチアップして実用化を急ぐことも可能なはずである。スマートフォンのように手遅れになり、コンポーネントのみでの勝負となった領域もあるが、自動車の電力化とエネルギーの送電、蓄電周りの新しいドミナント・デザインを追うことでその二の舞を踏まずに済む可能性もある。
これからの日本にはソーラー、蓄電、EVの垂直統合が必要
現在、日本でも電力網の不安が高まっている。2022年3月に起きた地震で火力発電所が停止し、そのタイミングで襲った寒波によって東日本で電力需要が一気に上がり、需給逼迫警報が発令された。こうして節電の必要性に迫られていることはエネルギー革新への追い風である。また、公共性を重視し、「エコ」というキーワードを大事とする日本の消費者文化の一部は、新しい、具体的なエネルギー周りのビジョンと政策を後押しする可能性がある。
そこで、テスラがドミナント・デザインを示した、蓄電池や、バーチャルパワープラントがこうした事態に対する解決策となりうる。テスラのエネルギー事業から得るべき教訓は多い。
テスラはエネルギー事業とを示すことに成功しており、これは自動車産業とエネルギー産業の補完関係を示している。ユーザーの視座から見ると、EVとソーラーパネルは非常に補完関係が強い。人口全体におけるEV浸透率はまだ低いので、セレクションバイアスがあるが、EV所有者は、ソーラーパネルを設置済み、または設置の検討している人が過半数であるという調査結果がある。そのため、EVの市場が発展すればするほど、テスラが実現している垂直統合のソーラーパネルと蓄電が魅力的となり、需要が加速する。逆に、単体のソーラーや他のものと簡単に連動できない家庭用蓄電池などの魅力は一気に薄れる。
特に、アメリカ各地で未計画停電が起こる中、ソーラーパネルと蓄電池でグリッドに依存しないテスラのビジョンが魅力的となり、アメリカで導入が一気に進むとコストやノウハウも溜まり、日本を含む他の市場にも影響を及ぼす可能性が高い。
日本でも、エネルギー事業とEV事業を併せて発展させていく必要がある。ユーザーの視点からは、エネルギー業界と自動車業界の境界線はなくなっていく力学はすでにテスラ周りでは動き始めている。現在の日本ではエネルギー産業は国内向けの側面が強いが、日本の自動車産業だけではなく、保険業界なども海外市場の重要性が高まっている。エネルギー産業では、日本国内に多くのスマートシティー構想や制度があり、様々な企業がこれらに取り組んでいるが、日本国内のエネルギー産業が独自の方向に進むと、ガラパゴス状態になり、ディスラプトされる危険性が高まる。海外市場で稼がなくてはいけない自動車産業は、国内産業を海外事業への跳び箱として使えない場合、日本市場と海外市場を分けて展開すると規模の経済を追求する他のグローバル企業との勝負が難しくなってくる。
これまでは別々だった産業の境界線が低くなると、日本国内の制度設計にも影響し、行政の縦割りを減らして産業の融合と相互作用を促進できる仕組みが必要となってくる。行政の既存の縦割りは部分最適化には適しているかもしれないが、複数の業界を跨いだ制度やロジックには適していない場面が増える。この縦割りと部分最適化を打破して横断的な枠組みを作るには政治リーダーシップも必要となる。
今後の進むべき方向性
最近、日本でも、トヨタの家庭用蓄電池の提供や上述したスマートシティー等、エネルギー事業での進展が見られる。しかし、これらの単独の技術やスマートシティーが独自に発展するのみで、テスラが世界に示しているドミナント・デザインに置いていかれないか、懸念が残る。テスラはエネルギー事業のあらゆる領域におけるドミナント・デザインを示しており、今後は、テスラが作り出した技術の使われ方のバリエーションが固定化されていく。つまり、日本が歴史的に強みとしているオプティマイゼーションの時代に入る。これからは、独自の技術を作り出すのではなく、既に形成されているドミナント・デザインを用いて、これらを改良・適応していくことに全集中していくべきである。
付録1:テスラのソーラーパネル:基本的な機能、単独で自社製造
テスラのソーラーパネルは通常の自宅の屋根に設置するもので、400Wの出力、可動温度領域は-45Fから185F(約-43℃から85℃)であり、インバーターは97.5%の効率で3.6kW/7.2kWである。25年の性能保証である(インバーターはその半分の12.5年の保証である)。テスラは2016年から2020年までニューヨーク州バッファロー市の工場でパナソニックと合同でソーラーパネルを作っていたが、2020年からは単独で作っている。
付録2:ソーラーパネルのサブスクリプション・モデル
テスラは2019年にソーラーパネルの販売にサブスクリプション・モデルを導入し、消費者の敷居をさらに低くした。ユーザーには設置費用もかからず、使用期限を定めた契約も無いサービスであり、月々の定額支払いのみの形となった。ソーラーパネルで発電した電力を光熱費に当てることができ、ユーザーとしてはコスト計算が非常に簡単である。初期の設備投資の回収を気にせずに電気料金と発電から見込める収入を比べれば良いのである。
サブスクリプションを始めたことで浮き彫りになったのは、ユーザーの視点から見るとソーラーパネル設置の最も大きな障壁が初期の設備投資だということである。リースで初期の設備投資を実質的に分割で払うということが可能だが、長期契約無しのサブスクリプションはさらに手軽さを一歩前進させた。ソーラーパネルの「レンタル」と呼ばれることもあるが、基本的には撤去費がかかる(テスラはこの撤去費については利益を上げてないと発表した。つまり本当に撤去にかかる費用だけだとの主張である)。これらのパネルをサブスクリプションではなく購入する場合、2019年の価格でそれぞれ3万ドル、2万ドル、1万ドル(設置費用込み)であり、サブスクリプションの場合、州や連邦政府からのインセンティブ払戻金はテスラのものとなる。
ユーザーから見ると、電気代が月50ドル以上というのはマイホームを所有している人ほぼ全員に当てはまる状況である。発電される電力が一年と通して月平均50ドル分以上になれば、必ず元が取れるという分かり易くて魅力的な料金設定となった。もちろん、発電量が一定程度以上で長期間使うなら、あるタイミングで所有した方がサブスクリプションよりもリターンが高くなる。しかし、1万ドルから3万ドルの前倒しの出費がないことや、固定期間のリース契約に比べてさらに月額が安いという手軽さは非常に魅力的だった。
このサブスクリプションサービスを発表した2019年は、テスラのソーラービジネスがSolar Cityのものから大きな方向転換をする最中のタイミングだった。Solar Cityが行っていた大手ホームセンターチェーンのHome Depotでの店頭販売の廃止し、人海戦略営業からビジネスモデルを変換した。テスラは広告も打たず、代理店販売も行わず、ウエブサイトのみから注文を受けるモデルに切り替えて、利益率の上昇と引き換えに導入件数が一旦減った。Solar Cityのシェアが全米でナンバーワンだったのが3番手に落ちたタイミングだった。このサブスクリプションサービスはアリゾナ、カリフォルニア、コネチカット、マサチューセッツ、ニュージャージー、ニューメキシコの六つの州で展開された。
テスラ全体で見たら2018年と2019年は量産型EVのモデル3の生産体制を構築することに社運をかけて注力を注いでいたので、ソーラー事業は後回しにしていた側面もあった。それにもかかわらず、新しい取り組みを行っていたわけである。
2019年からテスラの家庭用ソーラーパネル設置は急激に伸び、ユーザーの多くは何ヶ月も待つ状況が続いた。ソーラーの導入をメガワットで数えると2019年の150MWから2020年には205MWまで到達し、2021年には345MWとなった。
テスラは2021年の9月にサブスクリプションのオプションを休止した。コロナや後ほど紹介するカリフォルニアとテキサスなどの大規模な電力網へのダメージ、「未計画停電」によってソーラーパネルの需要がテスラの供給能力を完全に上回り、あえて参入障壁を下げる必要がなくなったからだとみなされている。同時にテスラは自社のみで設置を行う形態からサードパーティーの設置業者を含む「テスラ・エナジー・エコシステム」を構築していると発表し、設置能力の拡大に励んだ。2022年3月現在、ソーラーパネルはキャッシュの直接購入とローンの二択となっている。
付録3:アメリカのソーラーパネル市場の概要
アメリカ政府のEnergy Information Administration (EIA)によると、アメリカ合衆国での住宅ソーラー設置が2020年の2.9 ギガワットの発電量から、2021年には34%増えた。2021年の発電容量は2010年の約10倍と、急成長を遂げてきた。
図表:アメリカのソーラーパネル出荷発電量
急拡大するアメリカのソーラーパネル設置市場で、設置業者としてのテスラのシェアは落ちている。テスラ自体の設置規模は増えているが、急速に伸びる市場でのシェアは急速に落ちた。シェアではリーダーのSunrun社は、ソーラーパネルと併用して設置する蓄電池にテスラのPowerwallを採用していることは注目に値する。
図表:アメリカのソーラーパネル設置業者マーケットシェア(2017-2021)
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[1] Perez, Carlota. "Technological revolutions and techno-economic paradigms." Cambridge journal of economics 34.1 (2010): 185-202.
[2] Cohen, Stephen S., John Zysman, and Bradford J. DeLong. "Tools for Thought: What is New and Important about the" E-conomy"?." (2000).