【アメリカ大統領選 論調Update第5回】トランプ・バイデン両候補の教育政策と黒人票のゆくえ(前編)

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【アメリカ大統領選 論調Update第5回】トランプ・バイデン両候補の教育政策と黒人票のゆくえ(前編)

世界が注目する2020年11月のアメリカ大統領選挙。アメリカ国内では今、何が論点となり、どのように論じられているのでしょうか。主要メディアによる記事や、シンクタンク報告書、学術論文の要点など、アメリカ国内の最新論調をわかりやすくまとめ、シリーズで紹介します。

 

本連載の第2回で取り上げたように、アメリカ史上初の黒人大統領オバマ氏を副大統領として支えた民主党・バイデン候補は、黒人有権者から根強い人気を誇っている。他方で、現職の共和党・トランプ大統領に対する黒人有権者の評価は低い。ワシントン・ポスト紙とイプソス社が今年1月に行った調査では、黒人有権者のトランプ大統領支持率(job approval)はわずか7にとどまっている。5月に生じた黒人男性暴行死事件とその後のBLM (Back Lives Matter)運動の盛り上がりを受けて、本稿執筆中の8月1日の時点で、バイデン氏が黒人女性を副大統領候補に指名するという観測が強まっている。

トランプ陣営は、バイデン候補から黒人有権者を引きはがそうと様々な主張をしている。バイデン氏に「(自分とトランプ氏の)どちらに投票するか迷っているようでは、あなたは黒人ではない(You ain’t black)」という失言があった際にはこれを徹底的に攻撃した[1]ほか、BLM運動を黒人コミュニティの利益を無視する左翼過激派と結びつけるネガティヴ・キャンペーンを行っていることが注目される。また、トランプ氏自身の実績・政策という面では、①雇用拡大、②学校選択政策、③歴史的黒人大学[2]への投資、④刑事司法改革を4大争点として掲げ、豊かな経済社会への黒人の包摂をアピールしている。今回は、このうちの初等・中等教育における学校選択政策に着目したい。

初等・中等教育においては、私立学校の学費の負担やよりよい学区への転居という選択肢を持ちうる富裕層だけでなく、すべての家庭が子供の通う学校を選択できるように、教育バウチャー(政府が発行し授業料に充てることができるクーポン)の給付や、チャーター・スクール(民間団体が公的資金によって運営する特色ある公立学校)の拡大などの政策が提案されている。一般的に「学校選択(School Choice[3])」と総称されているこれらの政策のうち、チャーター・スクールの拡充はオバマ前政権によっても推進されており、保守派・共和党支持者だけでなく民主党支持の黒人有権者からも高い支持を獲得している。トランプ政権は、在宅教育(Home Schooling)の擁護者として知られるデヴォス長官を中心に、学校選択に強くコミットしており、今年の一般教書演説では黒人の親子を招いて学校選択の必要性を強調した。

他方で、教員組合や民主党左派は学校選択政策が公立学校の衰退を招くものであると強く批判しており、チャーター・スクールの拡大を支持してきた民主党政治家らは、選挙戦において教員組合や同じく学校選択の拡大に反対しているNAACP(National Association for the Advancement of Colored People)などの有力団体への対応に苦慮している[4]。民主党候補となったバイデン氏は、党内融和を図るため旧サンダース陣営との合同政策タスクフォースを設置し、7月8日にその政策提言が公表された。政策提言において、初等・中等教育の分野では、チャーター・スクールへの規制強化がうたわれているが、これはサンダース氏やウォーレン氏の主張をほぼそのまま取り入れたものである。これに対し、トランプ陣営はバイデン氏が最大の教員組合であるNEA(National Education Association)から支持を得る見返りに、学校選択の廃止という「過激な左派的見解」に転向したものとして強く非難した。

学校選択政策の強調によってトランプ氏はバイデン氏から黒人票を少しでも奪い、選挙人の獲得につなげることができるのであろうか。後編で検討したい。

◆後編はこちら

 

[1] トランプ陣営は前回選挙におけるヒラリー・クリントンの「嘆かわしい(deplorable)人々」発言と同様に、この失言を利用したTシャツまで製作している。https://shop.donaldjtrump.com/products/youaintblack-tee-1

[2] リンドン・ジョンソン大統領が、その卒業式において「結果の平等」を求める著名な演説を行ったハワード大学をはじめ、1964年の公民権法の制定以前に、主として南部において黒人学生の受け入れを目的に設立された大学の総称。現在107の歴史的黒人大学が存在している。
http://www.thehundred-seven.org/hbculist.html

[3] Hill and Jochim (2009) pp.8-9は、学校選択を支持する諸勢力を、①教育に対する政府介入を忌避し親の選択の自由それ自体をイデオロギー的に強調する保守派やリバタリアン、②教育事業の参入規制緩和によって利益を得る実業家、③教育改革や黒人コミュニティの向上に資する限りにおいて学校選択を手段的に支持する民主党中道派・マイノリティに分類し、これらの勢力がいわば「同床異夢」の関係にあることを指摘している。
Paul T. Hill & Ashley E. Jochim “Political Perspectives on School Choice” in Mark Berends et al. Eds. “Handbook of research on school choice”, Routledge

[4] 例えば、ニュージャージー州ニューアークの市長としてチャーター・スクールの拡大を含む教育改革を行い、学校選択を強く支持してきたコリー・ブッカー上院議員は、今回の大統領選では公立学校の改善を表明し、トランプ大統領やデヴォス教育長官との相違を強調した。https://www.nytimes.com/2019/11/18/opinion/cory-booker-public-charter-schools.html
https://edition.cnn.com/2019/03/29/politics/cory-booker-school-choice-2020/index.html



 ◇参照記事◇

    宇野 正祥

    • 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程