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アメリカ大統領選挙UPDATE 3: 選挙資金から見る2016年米大統領予備選挙 - スーパーPAC、小口献金、自己資金 -

March 23, 2016

西川賢 津田塾大学芸術学部准教授

スーパーPACへの逆風

2012年の大統領選挙以降、アメリカの選挙においては献金を無制限に集め、候補者から独立した形で選挙広告を行う、いわゆるスーパーPAC(Political Action Committee)、そしてスーパーPACに数百万ドルを超える資金を拠出することのできるメガ・ドナーが選挙戦のカギを握るようになっている。今回の選挙でもクリントンがPriorities USA Action、クルーズがKeep the Promise、ルビオがConservative Solutions PACなど、主要候補者の多くがスーパーPACを活用した選挙戦を展開している(表1参照)。

クリントン支持のスーパーPAC、Priorities USA Actionは、有名な投資家であるジョージ・ソロスから700万ドル、ジェームズ・サイモンズ(世界有数のヘッジ・ファンド、ルネサンス・テクノロジーの創設者)から350万ドル、ハーバート・サンドラー(アメリカ最大の貯蓄貸付組合の一つだったゴールデン・ウェストの創設者)から250万ドルの寄付を得ている。

対して、ルビオ支持のConservative Solutions PACは有名な共和党系のメガ・ドナー、ケネス・グリフィン(大手ヘッジ・ファンド、シタデル創設者)やポール・シンガー(大手ヘッジ・ファンド、エリオット・マネジメント創設者)などの支援を受けている。また、クルーズ支持のKeep the Promiseは、テキサス州を中心にシェールガス開発で富を得たウィルクス一族(ウィルクス石工株式会社経営)から1,500万ドル、ロバート・マーサー(ルネサンス・テクノロジーの共同経営者)から1,100万ドル、トビー・ノイゲバワー(エネルギー会社、クオンタムの重役)から1,000万ドルなど、やはり巨額の支援を得ている。

他方、今回の選挙では、「ビリオネア階級による選挙の買収」を痛烈に批判するバーニー・サンダース、「スーパーPACは腐敗の象徴」であるとして自己資金のみで選挙を運営すると豪語するドナルド・トランプが注目を集めている。トランプはこれまでシェルドン・アデルソン、コーク兄弟、ポール・シンガーなど、共和党系のメガ・ドナーを繰り返し批判してきた。

トランプとサンダースによるスーパーPACやメガ・ドナーへの批判が耳目を集めたせいか、スーパーPACやメガ・ドナーが巨額の資金を用いて広告活動を行っていることは、今回に選挙に限ってみれば候補者にとって決して追い風になっているとはいえない側面もあるのではないだろうか。たとえば、ジェブ・ブッシュ支持のスーパーPAC であるRight to Rise Super PACなどは1億5,000万ドルもの資金を集めた。これは3月12日現在も選挙戦に残っている民主党・共和党の主要候補者のスーパーPACの献金総額を合計したよりも大きな額である。

だが、そのブッシュ支持のスーパーPACは9,000万ドルもの資金を使ってブッシュを応援したものの、ブッシュは予備選挙で振るわず、すでに撤退に追い込まれている。こうした情勢から、「ビッグ・マネーがモノをいう選挙が終焉に向かいつつある証拠ではないか」との見解も提示されている。

自己資金のトランプ

「ロビイストや大口の資金提供者に頼らず、選挙を自力で切り盛りしている」ことを売りにするトランプは、選挙資金の七割にあたる1,700万ドルほどを自腹でまかなっている。トランプの選挙資金の総支出額はこれまでのところ2,300万ドルほどで、9,700万ドル以上を支出しているクリントン、8,000万ドル以上を支出しているサンダース、4,000万ドル以上を支出しているクルーズ、3,000万ドル以上を支出しているルビオをよそに、共和党のフロント・ランナーの地位を勝ち得ている。

共和党のエスタブリッシュメントがトランプの勢いに懸念を強めるなか、ミット・ロムニーの選挙参謀の一人だったケイティ・パッカーなどが中心となり、反トランプの共和党系スーパーPACであるOur Principles PACが結成されている。Our Principles PACは、ロムニーによるトランプ批判と歩調を合わせ、トランプを攻撃する広告を流している。このほか、トランプはAmerican Future Fund、Club for Growth Actionなど、共和党系PACから「同士討ち」を受けており、これらの反トランプの共和党系PACがトランプ攻撃に費やした総額は3500万ドル以上にもなる。

このように、「水と油」と考えられてきたトランプとスーパーPACであるが、トランプ自身は最近になって本選挙でスーパーPACを受け入れるかのような発言もしており、注意が必要かもしれない。本選挙で民主党候補との激しい競争が視野に入ってくれば、トランプのスーパーPAC戦術が変化する可能性も指摘されている。

トランプ支持のスーパーPACであるMake America Great Again PACは最近まで献金額がゼロであったが、つい先日、170万ドルほどの献金を得た。これは保守派の政治活動に多額の献金をしてきたことで知られるダグ・マンチェスター(不動産開発業者。マンチェスター・フィナンシャル・グループ会長)や、ニュージャージー州のトランプ・プラザの建設を請け負ったAJD建設などからの寄付によるものである。また、Make America Greatは最近になって共和党の選挙ストラテジストであるジェシー・ベントンやエリック・ビーチといった人々を雇いはじめ、これが本選を視野に入れたスーパーPACの拡充作業ではないかとの憶測につながっている。

多くのメガ・ドナーは、これまでのトランプのメガ・ドナーやスーパーPACに対する言動を見て、事態を静観する構えを見せているものが多かった。たとえば、コーク兄弟は当初スコット・ウォーカーを支持していたが、ウォーカー撤退後は予備選挙では特定の候補への支持・不支持を表明せず、情勢を静観しているといわれる。だが、トランプ優位の情勢を見て、「トランプとヒラリーの対決になればトランプに多額の選挙資金を提供する」と述べるスタン・ハバード(ハバード・ブロードキャスティング創設者)、ブーン・ピケンス(ヘッジ・ファンド、BPキャピタルの経営者)、トビー・ノイゲバワー、ダン・エバーハート(エネルギー開発会社キャナリーの重役)などのメガ・ドナーも存在する。いずれにせよ、トランプとスーパーPAC、メガ・ドナーとの関係がどのようなものになっていくかについて、今後一層注意深く観察する必要があるであろう。

小口献金のサンダース

サンダースもスーパーPACに頼っておらず、献金の七割を200ドル以下の小口献金を多数集めることでまかなっている。このSNSやウェブサイトを活用して小口献金を大量に集める手法は2003年に民主党のハワード・ディーン候補がはじめて軌道に乗せたものである。2004年の大統領選挙でディーンは最終的に5,100万ドルもの政治献金を集めることに成功しており、その61%が200ドル以下の小口献金であったことは注目に値する(西川 2015)。

2008年選挙において、バラク・オバマ候補がこのインターネットやSNSを利用した小口献金の収集をさらに体系的に試みるようになり、最終的に1億220万ドルもの小口献金を集めることに成功したことはよく知られている(前嶋 2009; 西川 2015)。サンダースの手法は、SNSやインターネットを駆使して、ネット上に勝手連を立ち上げ、小口献金を多数集めるという「ディーン=オバマ型」の集金方法を忠実に踏襲したものといえるであろう。

おわりに

アメリカの選挙において、カネを集める方法は唯一無二ではない。スーパーPACとメガ・ドナーによる独立した宣伝活動を利用する方法、自己資金で選挙資金を拠出する方法、インターネットやSNSを介して小口献金を集める手法など、多様な方法が併存するのが現状である。

今回の選挙では、多くの候補者がスーパーPACとメガ・ドナーを活用する手法を用いているものの、この手法は強い向かい風を受けている。一方、トランプは自己資金を用いて選挙戦を戦っており、サンダースはSNSやインターネットを介した社会運動型の選挙を展開することで小口献金を積み重ねる手法を用いている。今回の選挙はアメリカの選挙における資金のあり方にも一石を投じたとみてよいだろうが、これが長期的にどのような影響を及ぼしていくのか、今後も注目されるところである。


1 :各候補の政治資金の比較( 3 7 日現在)

候補者名 献金総額 自己資金割合 小口献金/大口献金比 スーパーPAC
クリントン $130,443,637 0% 17%/77% $50,846,409
サンダース $96,311,423 0% 70%/28% $22,117
トランプ $25,526,319 70% 22%/7% $1,894,689
クルーズ $54,661,506 0% 42%/58% $46,492,207
ケーシック $8,648,890 0% 11%/86% $6,729,311
ルビオ $34,652,654 0% 19%/78% $33,042,082

【参考文献】
西川賢「『選挙』なのか『統治』なのか:メディア技術の革新がもたらすアメリカ民主主義の危機?」『法学研究』第88巻第2号(2015年)

前嶋和弘「大統領選挙:『オバマ現象』の分析」吉野孝・前嶋和弘編『2008年アメリカ大統領選挙』(東信堂2009年)

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