- Review
【論考】戦後放送制度は何を守ろうとしたのか ―人口減少社会における放送制度改革の原点―
July 24, 2026
元テレビ朝日 報道局プロデューサー 江野夏平
はじめに
2026年7月、自民党の情報通信戦略調査会は、テレビ局など放送事業者の資本政策のあるべき姿について検討するよう総務省に要請した。提言では、公共性の高い役割を担う放送事業者に対しても、一般の上場企業の目安とされるROE(自己資本利益率)8%を求めることの是非について検討するよう求めている。民間企業である以上、放送事業者にも収益性や経営効率は求められる。しかし、放送は広告収入を得る企業活動であると同時に、災害時の情報提供や地域文化の発信など、市場原理だけでは測ることのできない公共的役割も担っている。だからこそ、いま改めて問い直すべきなのは、戦後の放送制度は何を守ろうとしてきたのかという原点である。
「地域性は守らなければならない」
この言葉を、私は全国の地域放送事業者への聞き取り調査で何度も耳にした。興味深かったのは、その言葉を語る経営者の多くが、同時に「現在の制度のままでは地域放送を維持することは難しい」とも話していたことである。
一見すると矛盾しているように聞こえる。地域性を守りたいのであれば、現在の制度を維持すべきではないのか。しかし、全国の放送事業者や総務省地方総合通信局への聞き取りを重ねるうちに、その二つの言葉は決して矛盾していないことが分かってきた。
守ろうとしているのは、「県域」という制度そのものではない。地域社会に必要な情報を届け続けるという理念である。
現在、総務省では、県域を基本とする放送の枠組みやマスメディア集中排除原則を含む放送制度の見直しの検討が進められている。人口減少や地域経済の縮小、インターネットや動画配信サービスの普及、広告市場の変化などを背景に、地域放送事業者を取り巻く経営環境は急速に厳しさを増しており、一局二波や経営統合、設備の共同利用など、従来は議論の対象になりにくかった制度改革も現実的な選択肢として検討されている。
総務省が2025年12月に公表した「放送事業者に対するアンケートの結果について」では、多くの放送事業者が経営の自由度を高める制度改革に理解を示す一方で、「地域性」「多元性」「ニュース編集権の独立性」は維持すべき価値であると回答している。この結果は、地域放送事業者自身が制度改革の必要性を認めながらも、その改革によって放送制度が本来守ろうとしてきた理念まで失ってはならないと考えていることを示している。
しかし、現在の制度改革の議論では、「県域を維持するのか」「広域化を進めるのか」といった制度設計そのものに議論が集中しがちである。本来問われるべきなのは、制度の形ではない。制度が何を実現するためにつくられたのか、その原点である。
戦後の放送制度は、何を守ろうとして現在の仕組みを築いたのだろうか。そして、その理念は人口減少社会となった現在でも有効なのだろうか。
私は30年以上にわたり、報道や番組制作の現場に携わってきた。日々向き合っていたのは、制度ではなく「今日、この地域で起きていることを、どう視聴者へ伝えるか」という課題である。しかし研究者となり、放送制度の成立過程を調べ始めると、現場で当たり前のように続けてきた地域取材そのものが、戦後放送制度の理念の上に成り立っていたことに気付かされた。
さらに、2025年から2026年にかけて、東北、東海、九州などの地域放送事業者や総務省地方支分部局への聞き取り調査を実施したところ、地域ごとに経営環境や将来像には大きな違いがある一方、「地域性と多元性は失ってはならない」という認識は、ほぼ共通していた。
本稿では、戦後放送制度の成立過程を振り返るとともに、先行研究や制度資料、そして全国の地域放送事業者への聞き取り調査をもとに、現在進められている放送制度改革の原点を改めて考えてみたい。
戦後放送制度が目指したもの
現在、「県域免許制度」という言葉は、放送制度改革をめぐる議論の中で頻繁に使われている。しかし、この名称の制度が放送法に存在するわけではない。
放送法には、「一つの都道府県に民間放送事業者を何社置くか」といった規定は設けられていない。現在の放送体制は、放送法に定める「放送対象地域」の考え方、電波法・放送法に基づく地上基幹放送局の免許制度、さらに総務省が策定する基幹放送普及計画など、複数の制度が積み重なることで形成されている。その結果として、多くの地域で都道府県単位の放送エリアが採用され、一般に「県域免許制度」と呼ばれているのである。
つまり、県域は制度の目的ではなく、その時代において理念を実現するために選択された制度設計だった。では、その理念とは何だったのか。
戦後放送制度が守ろうとした理念
現在の放送制度を理解するためには、戦後日本がどのような社会を目指し、その中で放送にどのような役割を期待したのかを振り返る必要がある。
戦前の日本では、放送は政府の強い統制下に置かれ、戦時体制においては国民を動員する重要な情報手段として利用された。情報は一方向に流され、異なる意見が社会に届く機会は極めて限られていた。こうした反省の上に、戦後の放送制度改革が進められたのである。
1950年に制定された放送法は、放送の目的として“放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることによって、放送が国民に最大限に普及し、その効用をもたらすこと”を掲げた。また、放送番組の編集に当たっては、政治的に公平であることや、事実を曲げないこと、多角的な論点を明らかにすることなどを求めている。これらは、戦前の情報統制への反省を踏まえ、多様な情報が社会に流通する環境を制度として保障しようとしたものであった。
戦後の放送制度改革の特徴は、単に放送局を増やしたことではない。放送が民主主義を支える社会基盤であるという考え方の下、地域ごとに独立した情報発信主体を育成し、多様な情報や意見が社会に存在し続ける環境を整備したことにある。
この考え方は、現在「地域性」や「多元性」と呼ばれる理念につながっている。
もっとも、「地域性」とは単に地域の話題を放送することではない。それぞれの地域で暮らす人々が必要とする行政、防災、教育、文化、経済などの情報を継続的に取材し、住民へ届ける体制そのものを意味する。一方、「多元性」とは、複数の独立した報道機関が存在し、多様な視点や価値観が社会に流通する状態を指す。両者は密接に関係しているが、同じ概念ではない。
2023年に学術誌『公益事業研究』に掲載された「地上波民放テレビの地域情報流通機能に関する現況分析」は、放送対象地域は自然・経済・社会・文化などの諸事情を踏まえて設定される制度であり、その本質は地域住民が必要な情報へ継続的にアクセスできる環境を確保することにあると指摘している。この研究は、県域という制度そのものではなく、地域情報の流通を維持することが制度の目的であったことを示している。
また、国立国会図書館が2006年に公表した調査資料『通信・放送融合が迫る放送制度の見直し』も、現在の放送制度が市場原理だけでは十分に実現できない地域性や多元性を政策的に担保する仕組みとして形成されてきたことを整理している。都道府県単位の放送エリアやマスメディア集中排除原則も、その理念を具体化する制度として位置付けられてきたのである。つまり、戦後放送制度が守ろうとしたのは、「県域」という行政区分そのものではなかった。
地域ごとに独立した情報発信主体を育成し、住民が暮らす地域の情報へ継続的にアクセスできる環境を維持するとともに、多様な情報や意見が社会に存在し続けることを制度として保障することであった。
制度は、それ自体が目的ではない。地域性と多元性という理念を実現するための手段である。社会が変化すれば、その手段は見直されてよい。しかし、その見直しによって理念まで失われてしまえば、制度改革そのものが目的化し、戦後放送制度が目指した社会の姿も失われかねない。だからこそ、現在進められている放送制度改革において最初に問われるべきなのは、「県域を維持するか」「広域化するか」ではない。
制度改革によってもなお、地域性と多元性という理念を維持できるのか。その一点なのである。
理念は、いまも現場で求められている
戦後放送制度が目指した「地域性」と「多元性」は、歴史的な理念にとどまるものではない。人口減少や広告市場の縮小によって地域放送事業者の経営環境が大きく変化した現在でも、その理念は放送現場で共有され続けている。
人口減少が著しい東北地方では、「現在の県域単位の経営を将来にわたって維持することは容易ではない」との認識を示す経営者は少なくなかった。一方で、「地域取材の拠点だけはなくせない」「災害報道の体制は維持しなければならない」「編集権だけは守るべきだ」という意見は、系列や地域を問わず共通していた。
また、九州や東海地域では、自治体との防災協定や地域情報アプリ、地域リポーター制度などを通じて、放送以外の手段も組み合わせながら地域情報を届ける取り組みが進んでいた。情報の伝達手段は放送だけではなくなりつつある。しかし、その中心で地域の情報を継続的に収集し、確認し、住民へ届ける役割は、依然として地域放送事業者が担っている。
ここで注目すべきは、各地域が描く将来像は決して一様ではないという点である。
広域的な経営統合を視野に入れる地域もあれば、地域密着型の経営を維持しようとする地域もある。設備の共同利用や番組制作の連携を積極的に進める放送事業者もあれば、独自性を競争力と位置付ける事業者もある。つまり、制度の姿は地域によって異なり得るということだ。
しかし、その違いにもかかわらず、どの地域でも共通して語られたのが、「地域の情報を届ける機能だけは失ってはならない」という認識であった。この点は、災害時の情報提供を考えると、より明確になる。
東日本大震災では、全国ネットの報道は被災地全体の状況を伝え続けた。一方、被災地で暮らす人々が必要としていたのは、「どの避難所で炊き出しが始まったのか」「どの道路が通行できるのか」「病院は診療を再開したのか」といった生活に直結する地域情報だった。
こうした情報は、日頃から自治体や消防、警察、地域住民との関係を築いている地域放送事業者だからこそ継続的に収集し、伝えることができる。災害時だけ体制を整えようとしても、それは容易ではない。平時から地域を取材し続けていること自体が、災害時の情報提供能力を支えているのである。
地域性とは単に「地域の話題を放送すること」ではなく、地域社会と継続的な関係を築きながら情報を収集・検証・発信する能力そのものであることを示している。
したがって、人口減少社会における制度改革で問われるべきなのは、県域という制度を維持することではない。
制度が変わったとしても、この地域情報の収集・発信能力を維持できるのか。そして、多様な視点から地域を伝える編集体制を維持できるのか。その視点から制度改革を評価する必要がある。
制度は手段であり、理念を実現するための器である。だからこそ、これからの放送制度改革は、「県域か広域か」という二者択一ではなく、「地域性と多元性という理念を、どのような制度設計によって持続可能なものにするのか」という問いから出発しなければならない。
人口減少社会において理念をどう引き継ぐか
人口減少社会となった現在、放送制度改革は避けて通れない課題となっている。広告市場の縮小や視聴行動の変化に加え、送信設備やマスター設備の更新、IP化・クラウド化への対応など、地域放送事業者を取り巻く経営環境は今後さらに厳しさを増すことが予想される。こうした状況を考えれば、戦後につくられた制度をそのまま維持し続けることが現実的ではないことは明らかである。
しかし、戦後放送制度が守ろうとしてきたのは、都道府県という行政区域そのものではなかった。地域社会に必要な情報を継続的に届ける「地域性」と、多様な情報や言論が存在する「多元性」を制度として保障することこそが、その本来の目的であった。この視点に立てば、「県域を維持するか」「広域化するか」という二者択一の議論だけで十分ではないことが分かる。
例えば、複数の放送事業者が経営を統合したとしても、それぞれの地域に取材拠点を維持し、編集権の独立性を確保しながら地域ニュースを発信し続けるのであれば、戦後放送制度が目指した理念は継承され得る。一方で、現在の県域制度を維持したとしても、経営の悪化によって地域取材体制が縮小し、自社制作番組が失われ、地域情報が十分に提供されなくなれば、その理念は実質的に失われることになる。
重要なのは、制度の名称や形ではなく、その制度が何を実現しているかである。全国の地域放送事業者への聞き取り調査を通じて実感したのは、地域ごとに置かれた状況は大きく異なり、将来像も一つではないという現実であった。人口減少の速度、広告市場の規模、自治体との連携状況、系列ネットワークの在り方などは地域によって大きく異なる。それにもかかわらず、全国一律の制度だけで将来を設計しようとすれば、かえって地域の実情に合わない制度となるおそれがある。だからこそ、これからの放送制度改革では、地域の実情に応じて多様な選択肢を認める柔軟な制度設計が求められる。
広域的な経営統合を選択する地域があってもよい。設備の共同利用や番組制作の共同化を進める地域があってもよい。逆に、地域密着型の経営を維持することが最も適した地域もあるだろう。
制度の姿は一つである必要はない。全国で共通して守るべきなのは、地域住民が必要とする情報へ継続的にアクセスできること、多様な情報や意見が社会に存在し続けること、そして災害をはじめとする緊急時にも地域に根差した情報提供が維持されることである。
戦後放送制度は、社会の変化に応じて制度を固定化することを目的としていたのではない。社会の基盤となる情報環境を維持するために、その時代に最も適した制度を設計しようとしたのである。
人口減少社会となった現在、私たちも同じ問いに向き合っている。制度は時代とともに変わる。しかし、その制度が守ろうとしてきた理念まで変えてはならない。放送制度改革とは、戦後放送制度を否定することではない。
地域性と多元性という理念を、人口減少社会にふさわしい新たな制度の中で、いかに実現していくのか。その方法を考え、制度として再設計する営みである。
戦後放送制度が私たちに残したものは、「県域」という枠組みではない。
地域社会に必要な情報を届け、多様な言論を支えるという理念である。その理念を次の世代へ引き継ぐことこそ、いま求められている放送制度改革の原点ではないだろうか。