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【論考】AIの超過利益は誰のものかー米国のベーシックインカム議論―連載コラム「税の交差点」第143回
July 23, 2026
■4月10日に、森信茂樹シニア政策オフィサーは、佐藤主光上席フェロー、土居丈朗上席フェロー、小黒一正上席フェローとともに、政策提言「『給付付き税額控除』の導入に向けた具体的な制度設計」を発表いたしました。詳細はこちらをご覧ください。
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「税・社会保障研究 レビュー・論考・コラム」 |
| ・ AI企業の株式保有とウェルスファンド構想 ・ BIの議論とは |
AI企業の株式保有とウェルスファンド構想
AI(人工知能)の発達・活用によって企業の生産性は大きく上がり、企業価値(株式の価値)が急増しているが、米国トランプ政権は、AI企業の株式を国家が保有するという試みを進めている。すでにインテル(10%)や希土類鉱山のMPマテリアルズ (15%)などの株式を取得し、さらにはUSスチールの「ゴールデンシェア」も取得した。
これを主導するのはヴァンス副大統領で、国が主要なAI企業の株式を取得し、ソブリンウェルスファンドを形成し、AIが生み出す莫大な利益を国民に還元するという試みだと言われている。つまり、国が民間企業の最先端技術の成果の一部を活用して国家財政や社会保障の抜本的な改革を行うことを目的にしているのである。
背景には、AIの急速な進化にともない、米国民の間で大きくなりつつある「自分の仕事が奪われるのではないか」という「反AI感情」や、データセンター建設への反対、更には拡大する格差への社会的不満を和らげる狙いがある。
11月の中間選挙をにらんだ政治的な背景も大きい。民主党左派サンダース氏は、「AIはマーク・ザッカーバーグやイーロン・マスクの脳内から突然湧いたものではない。人類が数千年にわたり蓄積した本、音楽、アート、会話データなどを勝手に学習(泥棒)して作られたものだ。だからその富は全人類(国民)に帰属すべきだ」、「AI企業の利益や株式を公共のために活用すべきではないか」と主張し、大手AI企業の株式50%を強制的に国家ファンドに徴収する「強硬な課税法案(アメリカンAIソブリンウェルスファンド法案)」を提出している。AIモデルは、インターネット上に存在する人類全体の知識や文化(コモンズ)を基に構築されているという「デジタル・コモンズ(共有地)」論に基づくものである。
この法案は、年間AI関連収入が2億ドル以上の大企業を対象に、一回限りの50%の株式課税(実質的な半分の国有化)」を行うという内容だ。利益ではなく株式そのものを国が徴収することが特徴で、約7兆ドル(約1,100兆円)規模の巨大な国家ファンドをつくり、毎年5%を国民へ直接給付(ベーシックインカム)し、医療・教育・住宅保障の財源にするという。
この案に対しAI企業や株主は、時価総額が大幅に目減りすることなどから、投資資金のハイテク市場からの大逃避、イノベーションの停止、AI開発スピードの致命的な鈍化、米国の覇権喪失と中国への歴史的敗北などを理由に強く反発している。
「AI企業が稼いだ巨額の富を吸い上げて国民に配る」というわかりやすい構想は、右派・左派を問わず有権者への強力なアピールになるので、一部の共和党の議員も呼応し、超党派の動きも出ているといわれ、これに対抗するのが冒頭のトランプ案だ。
「AIの富を国民に還元する」というアイデアは、10年以上前からシリコンバレーで具体的な構想として提唱されてきた。テスラCEOのイーロン・マスク氏やフェイスブック創業者のマーク・ザッカ―バーグ氏などシリコンバレーの起業家などが主張してきたベーシックインカム(正確にはUniversal Basic Income、以下BI)という考え方だ。AIの発達に伴う失業者の増加や格差の拡大への対応策として提言され、一部自治体で実証実験も行われて来た。
2026年7月には、OpenAIのサム・アルトマンCEOが「アメリカン・エクイティ・ファンド」と呼ばれる構想を掲げ、「OpenAIの株式5%(数兆円規模)を米政府系ウェルスファンドに自発的に提供する」という提案を行った。左派による50%没収のような破滅的な提案を回避するためだと言われている。
ウェルスファンドのモデルは、アラスカ州が石油収入を住民に配る「アラスカ・パーマネント・ファンド」である。
アラスカ州は1982年に、居住者(1歳以上)全員に、年間1000~2000ドルを支給する公益ファンドを創設した。アラスカ州の主要産業である石油産業からの収益をファンドの分配金としたものである。ちなみにアラスカには州税がない。
また世界最大級の政府系ファンドであるノルウェーの石油基金(国家の石油収入を原資に世界中に投資し国民に還元する仕組み)もモデルといわれており、ウェルスファンドは「石油」の代わりに「AI」をその原資としたものである。
BIの議論とは
この動きのもとにあるBIというのは、国家が、無条件に(勤労や所得・資産の多寡にかかわらず)、最低限の生活を保障するための給付を行う制度である。定義としては、現金給付であること(バウチャーや現物給付ではないこと)、定期的・安定的で予測可能性のあること、すべての人を対象にした普遍的なもので高所得者にも配られることがあげられる。
歴史的に見ると、普遍主義を主張する左派が、経済的な安定により人間らしさを取り戻す政策として古くから提案してきたものだが、その後社会保障を極小化して自己責任の小さな国家を目指す右派が参入し、さらにはシリコンバレー、AIの勝ち組も主張し始めた。
シリコンバレーの主張の背景には、AIの普及は飛躍的な生産性の向上をもたらす半面、低スキル労働者や知的労働者を代替するので、雇用・賃金に大きな打撃を与え、その結果AIの生み出す経済的価値を消費することができなくなり経済発展は停滞するという恐怖がある。AIが発展していくためには、それを支える購買力が必要ということにシリコンバレーの起業家たちが気づいたということだ。
いずれにしても、貧困問題への対処、小さな国家づくり、AIの飛躍的な発展と莫大な利益という3つの要因が重なり、BIの議論が盛り上がってきたということだ。
BIの導入には、これまで2つの大きな課題が指摘されてきた。一つは財源問題で、もう一つはBIの導入が勤労意欲に与える問題である。
しかし、AIが生み出す膨大な利益の活用が可能なら、財源問題は解決される。勤労への悪影響についても、人間の代わりにAIが24時間365日働き続けるのならば、社会の総生産量が維持されるので、問題は少ないともいえる。本当のユートピアがやってくるのだろうか。
この問題を解決するには、「AIの生み出す莫大な利益はだれのものか」という課題を、国民全体、さらには世界レベルで考えていくことが必要になる。
このことで思い起こされるのは、国際課税のコンテキストで、デジタル経済の生み出す利益はどこで発生し、どう配分するかという問題がOECDの場で10年以上議論されてきたことだ。
デジタル経済の発達により、グローバルに活躍するデジタル企業は、税金を負担することなくデジタル市場国から利益を上げることができるようになった。これに対しOECD/G20は2012年、BEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトを立ち上げ議論したのだが、デジタル経済で所得・利益の発生する場所や機能を特定することには至らなかった。そこで、物理的拠点(PE)がなくても市場国で課税できるようグローバル企業の超過利益に対する配分の比率が新たな国際課税ルールとして合意がされたのだが、トランプ政権は米国企業が一方的に不利になることは許せないとこれを拒否した歴史がある。
しかし我々のデータを(無償で)活用してAIが生み出す巨額利益の配分の問題は、AIを活用して利益を上げる資本家と雇用を奪われる労働者の分断が進む米国では避けて通れない問題となっている。高度なシステムを所有する資本家と、雇用を奪われる労働者との間に、人類史上かつてない巨大な格差を生じさせる危険性がある。それへの対応は、米国だけでなく世界的な問題として考えていく必要がある。
一方わが国では、巨額の財政資金がAI・半導体産業などに補助金として投下され続けているが、その成果はどういう形で国民に還元されるのであろうか。これについても議論をしておく必要がある。