タイプ
論考
プロジェクト
日付
2018/5/14

農地集積を阻害する不在地主と相続未登記

 

安藤光義

東京大学大学院農学生命科学研究科教授

1.不在地主・相続未登記問題に関する調査研究

所有者不明土地問題への関心が高まっている。農業研究者の間では不在地主問題として早い時期から指摘されてきた。最初にそうした調査研究を紹介したい。

 

高度経済成長期の挙家離村の実情を明らかにした堀越久甫・中安定子・今村奈良臣の報告(『日本の農業 第25・26集 挙家離村』[一般財団法人農政調査委員会、1963年発行]掲載)では、条件の悪い農地は売却することができずにそのまま残され、杉など成長の速い樹木が植えられることが多く、周囲の農地を日陰にして悪影響を及ぼすことが指摘されていた。不在地主は残された村にとってさまざまな問題を引き起こすのである。その詳細な実態を解明したのが高橋直栄の報告(『日本の農業 第149集 母村と離村者のゆくえ』[農政調査委員会、1983年発行]掲載)である。都会に出て行った離村者の追跡調査を行い、農地や家屋敷が処分されないまま放置され、農道整備など公共事業の足かせになるなどの問題が発生しており、不在地主の土地所有権とむらの論理との間での衝突が問題となっていることが明らかにされた。この不在地主が行方不明者となれば事態が泥沼に陥ることは容易に想像できるだろう。現状はとうとうここまできてしまったのである。

 

農業団体もアンケート調査を実施している。調査の性格上、農業政策に関わる問題の指摘に偏る面があるが、次の3つを挙げておく。

 

公益社団法人全国農地保有合理化協会「土地持ち非農家の農地の所有・管理意識等に関するアンケート調査報告書」(1995年)では、北海道は他出、都府県は相続が不在地主の発生要因であり、その所有地は北海道では農業委員会、都府県では親戚や知人を通じて地元の農業者へ貸付けられているが、土地改良事業の同意徴収が困難になっていることが指摘されている。農地を整備して担い手に集積する農業構造の改革は喫緊の課題だが、その前提条件となる土地改良事業の実施が不在地主、さらには所有者不明農地の存在によって阻まれているのである。

 

一般財団法人日本農業土木総合研究所(現、日本水土総合研究所)「平成14年度農用地等有効利用推進調査検討報告書」(2003年)では、不在地主の所有農地は耕作放棄される傾向にあり、病害虫の温床となりゴミ等の不法投棄を呼び込むなど地域に悪影響を及ぼしていること、相続未登記農地は公共用地買収の障害となっているが、市町村が効果的な対策を講じるのは難しいことが明らかにされている。不在地主・相続未登記と耕作放棄がセットとなって問題をいっそう複雑にしているのである。

 

一般社団法人全国農業会議所「平成18年度相続農地管理状態調査結果報告書」(2007年)では、所有者未確定のため利用権の設定ができない、中山間地域等直接支払制度に必要な集落協定の締結が難しい、土地改良事業・公共用地買収の同意徴収が暗礁に乗り上げるといった問題が発生していることを明らかにしている。また、不在地主の農地は借り手がつかず荒れる傾向にあり、その保全管理を市町村が代執行できることになっているが、予算の裏づけがなく実効性を伴っていないことも判明した。

 

以上のように農業政策では不在地主・相続未登記農地問題は早くから意識されており、対策を講じるべく農地制度の改正を積み重ねてきたのだが、所有権の壁は高く、根本的な解決には至っていないのが実情である。 

2.制度的に担い手に農地を貸付けられない

農業政策における所有者不明土地問題は、その農地を担い手に貸付けることができないことである。先の全国農業会議所による調査結果を掲げておこう。

 

表1は、不在地主が存在していたため利用権設定ができなかった農業委員会がどれだけあったかを示したものである。ここでいう「利用権設定」とは農地の貸借契約だと考えていただければと思う。

 

表1 不在地主の存在で利用権設定ができなかった農業委員会数

 

 

  

 

 

 拡大して見る

この表によれば、1,397農業委員会のうち22.3パーセント(%)にあたる311農業委員会で、不在地主の存在により農地の貸借契約を締結することができなかった経験があるということである。今から10年以上前の時点で、全国の4分の1弱でこうした問題が発生していたのである。

 

所有者不明問題は次の表2をみるとはっきりわかる。不在地主であっても連絡が取れれば説得のしようがあるが、それができずに、利用権設定ができなかった農業委員会が311農業委員会の半数以上を占めている。

 

表2 利用権を設定することができなかった原因(複数回答)

 

 

 

 

  

 

拡大して見る

「不在村農地所有者に住所等が不明で連絡をとることができなかった」が50.8%、「相続登記がされていないため権利関係者の数が多くて同意を集められなかった」が54.0%となっている。前者は名義上の所有者はわかっているものの、行方不明で連絡が取れないという所有者不明問題であり、後者は相続未登記問題で、東京財団政策研究所が開設したウェブサイトで吉原祥子研究員が指摘しているように、相続登記がされていないため権利を有する法定相続人が莫大な数にのぼってしまうという問題である。農地の貸借契約を締結するためには、原則として権利者全員からの許可が必要なのだが、実際には難しく、身動きが取れないのである。 

3.農地制度改正による対応と限界

こうした状況に対して農林水産省も対策を講じてきた。

 

相続に伴う農地の所有権の移転は農地法の許可の対象とされていなかったが、2009年の農地法改正によって農地を相続した時に相続人は農業委員会にそのことを届け出ることが義務づけられた。また、死亡届の提出先である市町村の戸籍担当に対し、農業委員会と連携し、農地を相続した場合の届出手続を死亡関連届出一覧に含める等の措置を講ずるとともに、当該制度の周知徹底を図る旨の文書も出されている。これ以上、相続未登記農地が増えないような制度改正は行われているのである。

 

一方の相続未登記農地については、数人の共有に係る土地について、契約期間が5年間を超えない利用権を設定する場合は、2分の1を超える共有持分を有する者の同意を得ることで可とする制度改正が既に行われていたが、今年、さらに改正が行われ、適用される契約期間が5年間から20年間に延長された。加えて、所有者不明農地については、当該農地の固定資産税を負担している者など相続人の1人が農地中間管理機構(担い手への農地集積を促進するために設置された農地の貸し手と借り手の仲介機関)に貸付けできるよう、農業委員会の探索・公示手続きを経ることで、不明となっている所有者の同意を得たとみなすことができる制度も新たに創設されることになった。

 

以上のように農地の貸借については対策が講じられており、制度改正としては手を尽くしたと評価することができるように思う。しかし、所有権の壁は高く、便宜が図れるようになったのは貸借にとどまり、担い手への農地集積を進めるための条件整備として必要な土地改良事業に伴う農地の所有権の変更はできないという限界を抱えているのである。 

4.管理費用問題が阻む寄付による解決の道

農村からの他出→親の死亡→相続で所有者になる→登記をしないまま放置→再び相続が発生して所有者が拡散し、その捕捉がさらに困難になるというプロセスに歯止めをかけ、どこかで清算を図らなければならない。農地の資産価値は急速に失われており、相続登記を行うインセンティブがまったく働かないことが決定的に大きい。それは逆にいえば、不在地主は所有権を放棄してもよいと考えているのかもしれない。そうだとすれば、そうした農地の寄付を国や地方自治体が受ける仕組みを検討してもよい。ただし、その場合、寄付を受けた農地を適切な耕作者に貸付けるまでの間、管理費用がかかる点に注意する必要がある。農地については農地中間管理機構が創設されているが、中間管理を行うだけの予算も人員もないため、実質的には瞬間タッチ方式での農地貸借の仲介にとどまっているからである。どのような構想であっても制度を裏づける予算措置が不可欠であることを忘れてはならない。

 

 

 

安藤光義(あんどう みつよし)

1966年神奈川県生まれ。1989年東京大学農学部卒業、1994年東京大学農学系研究科博士課程修了、博士(農学)。茨城大学農学部助手、助教授を経て2015年から現職。専門は農政学、農地制度論。この問題に関連する論文として、「農地問題の現局面と今後の焦点」『農林金融』2007年10月号、「農地の存在意義の再考」『都市とガバナンス』第23号(2015)、「農地・山林の不在地主問題への対策」『都市問題』2016年11月号、などがある。 

 

 

 

<所有者不明土地問題を考える>トップへ戻る