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アメリカ大統領権限分析プロジェクト:トランプ大統領と「大統領令」:とくに行政命令について

March 15, 2017

梅川 健(首都大学東京都市教養学部法学系 准教授)

トランプ大統領はどのような形式で命令を発令しているのだろうか。トランプ大統領の命令は「大統領令」という言葉で総称されることが多いが、実際のところ、トランプ大統領は様々な形式で命令を発令している。形式の違いには意味があるはずで、そうであれば現在のアメリカ政治を理解する上で、そのような差異を押さえておくことも必要だろう。

さて、トランプ政権のホワイトハウスのウェブサイトを見ると、「ブリーフィング・ルーム」の中に「大統領の行動(Presidential Actions) [1] 」という項目があり、以下のような小項目がある。訳語も示すと次のようになる。

  • Executive Orders:「行政命令」
  • Presidential Memoranda:「大統領覚書」
  • Proclamations:「布告」

この「行政命令」が何であるかについて簡単な説明を加えることが本稿の目的である。なお、最近では、「大統領令」という言葉が「行政命令」と「大統領覚書」の両方を含むこともあれば、「行政命令」だけを示す場合もあり、注意を要する。「大統領令」という言葉の用法が曖昧になっているのが現状である

そもそも日本では、"executive order"の訳語として、「行政命令」と「大統領令」のどちらもが使われており、用法に混乱はなかった [2] 。現在の混乱はオバマ政権に由来する。オバマ大統領は"executive order"とよく似ている"presidential memorandum"を多用したが、日本では両者がよく区別されなかった。結果として、日本語の「大統領令」という言葉は、従来通り"executive order"の訳語として用いられることもあれば、"executive order"と"presidential memorandum"の両者を含む新しい概念としても用いられるようになった [3]

そこで今後は、混乱を避けるために"executive order"については「行政命令」、"presidential memorandum"については「大統領覚書」、さらに"proclamation"については「布告」という訳語を宛てるというのも適当かもしれない。なお、「大統領覚書」については、梅川健「アメリカ大統領研究の現状と課題(2)」<https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=766>を参照。

1 行政命令とは何か

行政命令とは、大統領が法執行の具体的方法を、行政組織に対して命じるものである。大統領からアメリカ国民に対する直接の命令ではない。アメリカ国民の権利・義務関係の変更は立法行為にあたり、議会の専権事項となる(前提として連邦と州の管轄権の問題はあるが)。

アメリカ合衆国憲法は、大統領に外交と安全保障を担うことを認めるとともに、法律を誠実に執行することを義務づけている。法律によって政策を変更できるのは連邦議会であり、大統領は立法に関して拒否権を行使する、署名する、署名しつつ署名時声明を付与するという選択肢を持つに過ぎない。言い換えるならば、元来、アメリカの大統領には、議会の意図と異なるような新しい政策を実現させるための権能は憲法上与えられていない。行政命令はこの文脈の上にある。

政策を形成する議会は、あらゆる政策について隅々まで詳細に法律の文言で定めることはできず、法執行を担う大統領に裁量を与える。この裁量の範囲内で、具体的にどのように法執行をすべきかを、行政組織に命令する手段が行政命令である。

つまり、形式上、アメリカ大統領は行政命令によって新しく政策を形成しているのではなく、事前に議会によって認められた範囲内で法律を執行しているに過ぎない。ただし、非常に広範な裁量が大統領に与えられている場合や、ずっと昔の議会が大統領に与えた裁量が行使される場合、現在の議会にとっては、大統領による行政命令が大きな現状変更として映る。

今日のトランプ大統領による行政命令が問題となりうるのは、歴史的に見れば、議会が20世紀の中頃から、かなり大きな裁量を大統領に与えてきたためである [4] 。例えば問題となった入国禁止措置が可能となる背景には、1952年移民国籍法の212(f)項に、「大統領が必要と認める場合には」、「大統領が必要と認める期間につき、入国を停止することができる」とあるためである [5]

このような規定は珍しいものではないように思われる。どのような政策分野であれ、例外的な事態が生じた場合に大統領が柔軟に対応できるような余地を残しておくことは、非合理的ではない。ただし、今後、大統領に特別な対応を認める法律がどれほどの政策分野に広がり、どの程度あるのかについての全体像を把握するという作業が必要になるだろう。例えば、1990年代にスーパー301条として知られ、最近再び注目されている1974年通商法301条も、移民国籍法で用いられたのと同じ構造の規定である。

まとめておくと、行政命令は本来的には、議会による授権の範囲内で大統領が具体的な法執行手段を行政組織に命じるためのものであるが、議会が長年をかけて認めてきた裁量の範囲が広範であるために、現在の議会の意図に反する形の命令さえ下しうるというのが現状である。

ただし、大統領の行政命令が直ちに効力を持つわけではない。アメリカの政治体制の根幹は、強靱で柔軟な三権分立制である。大統領の行政命令に対しては、議会はその根拠となる法律を修正することができるし、あるいは法執行のための予算を認めないという方法で対抗することができる。裁判所は、行政命令の差し止めや、その内容の審査ができる。議会と裁判所による対抗を乗り越えられて初めて、行政命令は効力を持つ。2017年1月末から2月にかけての、入国禁止を定めた行政命令をめぐる争いでは、三権分立制の抑制と均衡が作動する様を見ることができた。

行政命令の形式面について補足しておくと、1935年に連邦官報法(Federal Register Act of 1935) が成立によって、連邦官報への記載が義務づけられるようになった。1962年にはケネディ大統領の行政命令11030号によって、行政命令を発令するための手続きと、命令の根拠法を提示することが決められた [6] 。この手続きでは、行政命令は、行政管理予算局によって起草され、司法長官によって合法性が確認され、連邦官報局において形式についてのチェックがなされ、その後大統領が署名するという一連の流れが定められた。この手続きはその後の大統領によって微細な修正が加えられたものの、基本的には今日まで同一である [7]

この手続きは議会との交渉が必要ないという点で立法に比べて簡素である上に、実は、行政組織が主体となって行う規則作成とも大きく異なる点がある。行政組織が新しく規則を制定しようとする場合、その手続きは、行政手続法(Administrative Procedure Act)によって規制される。そこでは、利害関係者に対する通知と意見募集が必要とされ、これには大変な時間とコストがかかる。他方、大統領が行政命令によって命じる場合には行政手続法の対象とならないことが連邦最高裁の判例によって確立されている [8] 。なお、大統領覚書については行政手続法の対象となる。不法移民政策を改革しようとしたオバマ大統領の覚書は、まさに行政手続法に違反していることを理由に差し止められたのであった [9]

まとめると、行政命令は権限を明示する必要があるものの、行政手続法の煩雑な仕組みからは解放されている。大統領が命令の根拠となる法律を提示できない場合には、大統領覚書が重要な手段となるが、根拠法を明示できる場合には、大統領覚書よりも行政命令の利便性が高いといえよう。

2 トランプ大統領の「行政命令」:3つの特徴

就任から一ヶ月の間に出されたトランプ大統領の行政命令は、議会の立法を待たずに選挙中の公約を実現しようと矢継ぎ早に出された。トランプ大統領の行政命令の第一の特徴は、その拙速さである。例えば、1月27日の入国禁止を定めた行政命令13769号では、国土安全保障省との間で事前によく調整されていなかったことが明らかにされている [10] 。先に挙げた行政命令11030号以来の手続きを踏んでいたかについても疑問が残る。

第二の特徴は、論争的な内容である。通常、大統領は行政命令の内容が訴訟の対象になることを望まない。もちろんトランプ大統領もそうであった。ただ、普通はツイッターで「いわゆる裁判官」などと揶揄するよりも前に、訴訟をさけうるような形で行政命令の文言を準備する。ここで役割を果たすのが、司法省の法律顧問室(Office of Legal Counsel)である。法律顧問室は、司法省の中でも合衆国憲法を専門とする法律家集団であり、大統領の行動に違憲性がないかを、大統領から問われた場合に答申するという役割を担う。しかしながら、入国禁止を定める行政命令13769号について、法律顧問室は関与を認めていない [11]

トランプ大統領の行政命令の第三の特徴は、法的根拠の強弁にある。行政命令である以上、命令の根拠が示されなければならず、トランプ大統領はこの規則に従っているものの、根拠が根拠たりうるかという点で疑問がある。例えば、行政命令13767号に署名し、メキシコとの国境に「壁」を建設することを決めた。 トランプ大統領が行政命令の根拠として選んだ法律は、移民国籍法、1996年不法移民改正及び移民責任法 (Illegal Immigration Reform and Immigrant Responsibility Act of 1996)、そして2006年フェンス建設法(Secure Fence Act of 2006)であった。

これらの法律により、トランプ大統領は自らにアメリカ国境を守る義務があると主張し、そのためには、「連続する物理的な壁、もしくは他の形態の安全で連続的で通過不可能な物理的障壁」としての「壁」が必要だとする。特に、大統領の「壁」建設を許すのは、フェンス建設法だとする。しかしながら、2006年に制定された同法によって、アメリカ・メキシコ国境3000キロのうち、約1100キロにわたり既に建設され、その後フェンスの延長にあたっては新法案が提出されている。すなわち、トランプ大統領はすでに役目を果たした法律を根拠にしているのではないかという疑念がある。

トランプ大統領はフェンス建設法によって、いかにも自身には壁を建設する正当な権限があるように主張するものの、同法は既に立法の目的を達成しているとも考えられる。アメリカとメキシコとの国境は約3000キロほどであり、同法は約1100キロにわたるフェンスの建設を認めるものであった 。その後、フェンスの距離を延長するために新しい法案 [12] が提出されていることを考慮すると、同法を根拠に新たな壁を建設させようという命令には、疑義が唱えられる可能性がある。法的根拠の強弁という特徴もまた、トランプ大統領が司法省と良好な関係を形成していないことを示唆している。

就任から一ヶ月の間、アウトサイダーとしてワシントンに乗り込んだトランプ大統領は、行政命令に由来する様々な軋轢を抱え込んでいる。大統領が発令する行政命令は、出された時点で最終的な効力を持つわけではなく、議会や裁判所といった対抗部局の反対がない場合に、スムーズに実現に移されるのである。トランプ大統領の積極的な権限行使は、アメリカの三権分立制の仕組みの重要性を示すことになったと言えよう。

[1] Whitehouse, “Presidential Actions,” <https://www.whitehouse.gov/briefing-room/presidential-actions>, accessed on March 13, 2017.

[2] 田中英夫編『英米法辞典』(東京大学出版会、1991年)、319頁。

[3] 詳しくは、梅川健「大統領制」山岸敬和・西川賢編『ポスト・オバマのアメリカ』(大学教育出版、2016年)を参照。

[4] 例えば、Louis Fisher, Congressional Abdication on War and Spending (TAMU Press, 2000)など。

[5] Section 212 (f); 8 U.S.C. 1181.

[6] John F. Kennedy, "Executive Orders 11031," June 19, 1962 https://www.archives.gov/federal-register/codification/executive-order/11030.html . , accessed on March 13, 2017.

[7] Phillip J. Cooper, By Order of the President: The Use and Abuse of Executive Direct Action (University Press of Kansas, 2002), 17.

[8] Cooper 2002, 17; Dalton v. Specter, 511 U.S. 462(1994).

[9] 梅川「大統領制」、40頁。

[10] Evan Perez, Pamela Brown and Kevin Liptak, "Inside the Confusion of the Trump Executive Order and Travel Ban," CNN online , January 30, 2017 http://edition.cnn.com/2017/01/28/politics/donald-trump-travel-ban/index.html . accessed on March 13, 2017.

[11] Carrie Johnson, "Key Justice Dept. Office Won't Say If It Approved White House Executive Orders," National Public Radio Online , January 27, 2017. <http://www.npr.org/2017/01/27/511998206/key-justice-dept-office-won-t-say-if-it-approved-white-house-executive-orders>, accessed on March 13, 2017.

[12] “H.R. 4391: Finish the Fence Act of 2016, 114th Congress” <https://www.congress.gov/bill/114th-congress/house-bill/4391/text>, accessed on March 13, 2017.

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