「戦時大統領」としてのトランプ(3):新型コロナウイルス対策と国防生産法

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「戦時大統領」としてのトランプ(3):新型コロナウイルス対策と国防生産法

東京都立大学法学部教授
梅川健

 

「『戦時大統領』としてのトランプ(2)」はこちら

国防生産法

トランプ大統領の「戦時大統領」というレトリックに説得力があるとすれば、トランプ大統領による国防生産法(Defense Production Act)への言及に由来しているかもしれない。いかにも戦時体制という雰囲気がある。この法律はもともと、1950年に朝鮮戦争を戦うにあたり、「国防(national defense)」のために国内産業を統制する権限を大統領に与えた時限立法であり、今日まで50回以上の再承認を経ており、その中で繰り返し修正がなされてきた[1]

70年にわたる修正の歴史の中で、当初の国防生産法から、大統領による徴用・徴発、賃金・価格統制、労働争議介入権限などが削除されてきた。現行法は大統領に、国防を推進するために必要な物資・サービスについて民間企業と契約を結び、その契約を他の契約より優先するよう民間企業に要求することを認める(実際には大統領をこの権限を省庁に委譲する)。同時に、大統領は必要な物資を必要とする場所に割り当てる権限を行使できる。また、国防生産法は国防に必要な物資の供給を拡大するために、民間企業への融資などのインセンティブの創設も認めている[2]

国防生産法が大統領に認める権限は「国防」を目的とする必要があるが、連邦議会は「国防」の定義をこの70年間で拡大してきた。すなわち、「国防」とはそもそも他国との戦争に備えるための戦力の充足を意味していたが、現在では自然災害、テロ攻撃、その他の緊急事態への準備・対応も「国防」に含まれるようになった[3]。それゆえ、新型コロナウイルスの感染拡大についても、国防生産法の適用が可能であった。

なお、国防生産法の運用自体は珍しいものではない。例えば、2019年にもトランプ大統領は国防生産法を用いている。中国政府が電気製品や軍事用品に用いるレア・アース磁石の輸出を制限するのではないかという懸念により、トランプ大統領は国防総省に、レア・アース磁石の生産に拍車をかけるよう命じている[4]。また国防総省は同法に基づく発注を年間30万件ほど行っているとされ、国土安全保障省は2018年には1000件ほどの発注を同法に基づいて行った。この傾向はトランプ政権に特有のものでもないとされる[5]

つまり、国防生産法は、新型コロナウイルスの拡大にともない埃を払われた伝家の宝刀というわけではない。むしろ日頃からよく用いられている法律である。それにもかかわらず、トランプ大統領は「ご存じのように、我々はビジネスを国有化するような国ではない」と述べ、この法律の適用をためらった[6]。国防生産法が常用されている法律であることからすると、この理由付けは適当ではない。

国防生産法にはアメリカに生じていた問題を解決する可能性があった。既に述べたように感染症対策の責任はまず州政府にあり、そのため新型コロナウイルス対策に必要な物資を州政府はこぞって入手しようとした。その結果、州間での希少な医療物資の奪い合いが生じた。国防生産法によって、大統領が企業から必要物資を調達し、州への割当を行えば、このような事態を解消できる。他方で、大統領による国防生産法の発動は問題解決の手段となりうるために、大統領の責任を明白にしてしまう。そのような事態を避けようとするかのように、大統領による国防生産法の発動は段階的なものにとどまった。

2020318日の行政命令第13909号では、大統領は保健福祉長官に医療資源の配分権限を与えたが、その調達には踏み込まなかった[7]323日の行政命令第13910号では、大統領は保健福祉長官に、医療物資の貯め込み防止対策のための権限を与えた[8]327日になってようやく、大統領は国防生産法に基づいてジェネラル・モーターズ社に人工呼吸器を発注した[9]42日には、ゼネラル・エレクトリック社を初めとする6社に対しても人工呼吸器を発注し、3M社にはN95マスクを発注した[10]43日の大統領覚書では、国土安全保障長官に、N95マスクや医療防護服などの希少な医療資源の割当を命じている[11]

迅速な対処が求められる中で、トランプ大統領は時間をかけて対応した。残念ながら、これらの大統領による命令は十分な成果を上げていなかった。州知事たちは医療物資とウイルス検査キットの不足を訴え、連邦政府の政策の不備を批判した。トランプ大統領は、国防生産法が彼に与える権限を巧みに行使することはできなかったと批判されている[12]

トランプ大統領は新型コロナウイルス対策を「戦争」と見なし、「戦時大統領」を自称したが、あまり練られた戦略ではなかったかもしれない。感染症対策では州政府が中心であり、連邦政府と大統領の主たる役割は州政府によるウイルスとの戦いを後ろから支えることである。大統領が強いリーダーシップを発揮する余地はそもそも限られており、「戦果」をあげにくい仕組みである。国防生産法による物資調達とその配分(戦争で言うところのロジスティクス)は、大統領が成果を出すことのできる可能性があったが、州政府は未だに物資の不足に嘆いている。感染症対策において、大統領は脇役にとどまり、「戦時大統領」という主役の座にいるかのようなレトリックは、実態とかけ離れたちぐはぐなものであった。

 


[1] 1950年国防生産法は、第二次世界大戦中の戦時体制を構築した1941年戦争権限法(War Power Act)と1942年戦争権限法を参考にしている。現在有効なものは2019年に再承認されたJohn S. McCain National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2019 (P.L. 115-232)であり、期限は2025930日である。Michael H. Cecire and Heidi M. Peters, The Defense Production Act of 1950: History, Authorities, and Considerations for Congress,CRS Report, R43767 (2020), 3. <https://crsreports.congress.gov/product/pdf/R/R43767>.

[2] Ibid, 2.

[3] Ibid, 4.

[4] Jennifer A. Dlouhy, “Trump Enlists Pentagon on Rare-Earth Magnets Amid Chinese Threat,Bloomberg, July 23, 2019. <https://www.bloomberg.com/news/articles/2019-07-22/trump-enlists-pentagon-on-rare-earth-magnets-amid-chinese-threat>.

[5] Zolan Kanno-Youngs and Ana Swanson, “Wartime Production Law Has Been Used Routinely, but Not With Coronavirus,The New York Times, March 31, 2020. <https://www.nytimes.com/2020/03/31/us/politics/coronavirus-defense-production-act.html>.

[6] Ibid.

[7] Donald Trump, “Executive Order 13909: Prioritizing and Allocating Health and Medical Resources to Respond to the Spread of COVID-19, The White House, March 18, 2020. <https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/executive-order-prioritizing-allocating-health-medical-resources-respond-spread-covid-19/.

[8] Donald Trump, “Executive Order 13910: Preventing Hoarding of Medical Resources to Respond to the Spread of COVID-19, The White House, March 23, 2020. <https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/executive-order-preventing-hoarding-health-medical-resources-respond-spread-covid-19/>.

[9] Donald Trump, “Memorandum on Order Under the Defense Production Act Regarding General Motors Company, The White House, March 27, 2020. <https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/memorandum-order-defense-production-act-regarding-general-motors-company/>.

[10] Donald Trump, “Memorandum on Order Under the Defense Production Act Regarding the Purchase of Ventilators, The White House, April 2, 2020. <https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/memorandum-order-defense-production-act-regarding-purchase-ventilators/>.

[11] Donald Trump, “Memorandum on Allocating Certain Scarce or Threatened Health and Medical Resources to Domestic Use, The White House, April 3, 2020. <https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/memorandum-allocating-certain-scarce-threatened-health-medical-resources-domestic-use/>.

[12] Kayla Tausche and Kevin Breuninger, “Trump Issues Guidelines to Open Up Parts of US Where Coronavirus Cases Are in Decline, Testing Ramped Up,CNBC, April 16, 2020. <https://www.cnbc.com/2020/04/16/coronavirus-trump-issuing-guidelines-on-reopening-parts-of-us-amid-outbreak.html>; Anna Hecht, “Maryland Gov. Larry Hogan slams Trump claim states have enough coronavirus testing to reopen as absolutely false,CNBC, April 19, 2020. <https://www.cnbc.com/2020/04/19/coronavirus-maryland-gov-says-its-absolutely-false-states-are-ready-to-reopen.html>.

 

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梅川 健

  • 東京都立大学法学部教授