2019年5月19日、Alabama Human Life Protection Actに反対する人々(アラバマ州モンゴメリー) (写真提供:GettyImages)

トランプ大統領による連邦最高裁人事と州における中絶政策の変容

首都大学東京法学部教授

梅川健

はじめに

ドナルド・トランプ大統領の内政上の業績として、2人の最高裁判事の任命がよく指摘される。2017年のニール・ゴーサッチ判事と、2018年のブレット・カバノー判事である。トランプ大統領の任期は4年、長くとも8年であるが、連邦最高裁判事は終身であり、トランプがワシントンを去った後も連邦政治の舞台に立ち続ける。

ゴーサッチ判事は、2016年に急逝した保守派のアントニン・スカリア判事の後任であり、カバノー判事は2018年に引退した中道派のアンソニー・ケネディ判事の後任である。ゴーサッチとカバノーはいずれも保守派であり、連邦最高裁判所判事の1名が、中道から保守へと入れ替えられたことになる。結果として、9名の判事から構成される連邦最高裁は、これまでのリベラル派4名、中道派1名、保守派4名という構図から、リベラル派4名、保守派5名へと変容した。連邦最高裁の歴史で長らく訪れることのなかった、保守派が過半数を占めるという状況が出現した。

最高裁の保守化は、1980年代からの保守派の悲願であった。というのも、連邦最高裁は保守派が望ましいと考えてきた社会のあり方を判決によって変化させてきたためである。カバノー判事の任命によって最高裁で保守派が多数派となることで、様々な権利の拡大に寄与してきた判決が変更される可能性が生じている。

リベラルな判決を変更しようとする動きは、今まさに生じている。保守派が強く批判してきた判決として女性の中絶の権利を認める1973年のロウ判決[1]があるが、この判例を変更しようとする動きが活発化している。トランプ大統領による連邦最高裁判事の任命は、既に大きな政治的変化を生み出している。 

ロウ判決とその後の動き

連邦最高裁は、1973年のロウ判決によって女性の中絶の権利を合衆国憲法上の権利として認めた。憲法修正第14条の定める基本的人権としてのプライバシーの権利には、女性が妊娠を終了させる権利も含まれると判断したのだった。この判決によって、それまで中絶を違法化していた州法は違憲となり、全米で中絶が認められることになった。

ただし権利は無制限ではなく、妊娠期間を3期に分け、女性の権利と胎児を保護する州の権利のバランスをとっている。12週以前であれば、女性の中絶の権利は制限されない。13週~23週では母体の健康を維持するという目的での州による規制が認められる。24週以降は胎児が母体外で生存可能になるため、州による権利の規制が認められる。

連邦最高裁の判決は中絶反対派を刺激し、様々な対抗策が取られた。反対派は中絶の権利そのものに踏み込むことはせず、その権利の行使を制限しようとした。例えば、中絶処置に対して公的支出を禁止したり、医療保険の対象から除外するよう規制を設けたり、あるいは、中絶にあたり夫や保護者、ときには裁判所の同意・承認を義務づける州もあった。 

カバノー判事の任命と反中絶政策の変化

連邦最高裁の構成が保守化したことで、中絶反対派の戦略に変化が生じた。これまではロウ判決を前提として中絶の権利行使の制限に力が向けられていたが、今ではロウ判決の変更にターゲットが据えられるようになった。

2019年に入って、ジョージア州、ケンタッキー州、ミズーリ州、ミシシッピ州では妊娠6週以降の中絶を禁止する州法が制定された[2]。妊娠6週というのは、胎児の心拍が確認できる時期だということだが、ロウ判決の3期区分に対する挑戦となっている。さらに、妊娠6週という時期は、女性が妊娠に気づき始める時期とされており、6週以降の中絶の禁止は実質的には全面的な禁止に限りなく近いものとなる。

515日、アラバマ州で母体の救命以外を理由とするいかなる中絶も違法化する州法(Alabama Human Life Protection Act)が制定された。アラバマ州議会下院は共和党76議席、民主党28議席[3]、州議会上院は共和党27議席、民主党8議席[4]といずれも圧倒的に共和党多数であり、知事のケイ・アイヴィも共和党所属である。各院での投票は、下院では743、上院では256と賛成多数であった。下院での賛成票は全て共和党議員のものであり(ただし共和党議員2名は棄権)、反対票が民主党議員の数に比して少ないのは、票決の際、民主党議員たちが抗議のために退出したことによる[5]。上院でも賛成票を投じたのは全て共和党議員であり、さらに言えば白人男性であった[6]515日のアイヴィ知事による署名で立法が成立した。

この法律は、レイプであっても、近親相姦であっても中絶を認めない。さらに、中絶処置を行った医師は刑事罰の対象となり、99年を上限とする禁固刑に処されうるとする[7]。先に挙げた4州と異なり、あらゆる時期における中絶を一律に禁止し、なおかつ医師に対する処罰規定まで設けている点で徹底している。ロウ判決に対する真っ向からの挑戦であり、この法律に署名したアイヴィは、同法が最高裁にロウ判決を再考する機会を与えるものとして立法されたと述べている[8]

カバノー判事の任命により連邦最高裁の構成が保守化したことが、保守に新たな戦略を採用するインセンティブを与えていると言えよう。アラバマ州法も、先に挙げたジョージア州等の4州の法律もこれから裁判所で争われることになるだろう。中には最高裁にまで行き着くものも出てくるかもしれない。法廷での決着には時間がかかるだろうが、保守派にとっては現在の最高裁の構成は魅力的に映っている[9]。トランプ大統領による最高裁人事は、政策の環境を変え、新しい政治的対立を生み出しているのである。

また、この新たな火種は2020年大統領選挙にも影響を及ぼす可能性がある。民主党候補者たちは早速反応を示しており、バーニー・サンダース、ベト・オルークを始めとして、ワシントン州知事のジェイ・インスレー、ミネソタ州選出上院議員エイミー・クローブシャーは、アラバマ州法は合衆国憲法違反だと主張している[10]。中絶という社会争点は民主党と共和党が繰り返し対立してきた争点であり、2020年大統領選挙では重要度を増すことになるかもしれない。

共和党にも興味深い反応がある。共和党内には、母体の救命だけを例外として認めるアラバマ州法から距離を取る者もでている。その1人がトランプ大統領であり、519日のツイートでは、「自分は強固なプロ・ライフ派だが、三つの場合は例外だ。レイプと近親相姦と、母体の救命だ。これはロナルド・レーガンと同じスタンスだ」と述べている[11]。トランプはアラバマ州法から距離を取った。

さらに、宗教保守派の重鎮パット・ロバートソンも「アラバマは行きすぎだ」と述べている。ロバートソンもトランプと同じく、アラバマ州法がレイプと近親相姦を例外として認めない点を問題視している。共和党はこれまで「プロ・ライフであること」で結びついていたが、アラバマ州法の登場によって、今後はどこまでを例外として認めるかという線引きをめぐる論争が、共和党内で焦点となる可能性もある。

 


[1] Roe v. Wade, 410 U.S. 113 (1973).

[2] K.K. Rebecca Lai, “7 States Have Passed Bills This Year to Narrow the Window for Abortion,” The New York Times, May 15, 2019.

[3] Representatives by District, The Alabama Legislature, <http://www.legislature.state.al.us/aliswww/ISD/House/ALRepsbyDistrict.aspx>.

[4] Senators by District, The Alabama Legislature, <http://www.legislature.state.al.us/aliswww/ISD/Senate/ALSenatorsbyDistrict.aspx>.

[5] Veronica Stracqualursi, “Alabama House passes bill that would make abortion a felony,” CNN, May 1, 2019. <https://edition.cnn.com/2019/05/01/politics/alabama-house-abortion-bill/index.html>.

[6] Meagan Flynn, “‘A typical male answer’: Only 3 women had a voice in Alabama Senate as 25 men passed abortion ban,” The Washington Post, May 15.

[7] Alan Blinder, “Alabama Governor Signs Abortion Bill. Heres What Comes Next,” The New York Times, May 15, 2019.

[8] Caroline Kelly, “Alabama governor signs nation's most restrictive anti-abortion bill into law,” CNN, May 16, 2019. <https://edition.cnn.com/2019/05/15/politics/alabama-governor-signs-bill/index.html>.

[9] ただし、保守派は現在の最高裁の構成に期待を掛けすぎているのかもしれない。実は20192月、ルイジアナ州の中絶規制法を、連邦最高裁は54で退けた。この時はジョン・ロバーツ最高裁主席判事がリベラル派の4名に歩調を合わせている。ロバーツ主席判事には文化的な保守派としての顔と同時に、先例を重視する保守派としての顔もあるように思われる。Adam Liptak, “Supreme Court Blocks Louisiana Abortion Law,” The New York Times, February 7, 2019; Adam Liptak, “Alabama Aims Squarely at Roe, but the Supreme Court May Prefer Glancing Blows,” The New York Times, May 15, 2019.

[10] Caroline Kelly, “Alabama governor signs nation's most restrictive anti-abortion bill into law,” CNN, May 16, 2019. <https://edition.cnn.com/2019/05/15/politics/alabama-governor-signs-bill/index.html>.

[11] “Trump breaks silence amid Alabama abortion ban row,” BBC, May 19, 2019. <https://www.bbc.com/news/world-us-canada-48326118>.

梅川 健

  • 首都大学東京法学部教授