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Brexitカウントダウン(9)離脱撤回の理想と現実(前編)

鶴岡路人

主任研究員

メイ後も変わらない英国政治の分裂状況

2019年5月24日、メイ首相はついに辞任を表明した。6月7日に保守党党首を辞任し、後任が決まり次第首相の座から退くことになる。後任として最有力視されているのは前外相のジョンソンだが、他に出馬を表明している候補もほとんどが、いわゆる強硬離脱派である。そのため、ジョンソンはもちろんのこと、誰が党首・首相に選ばれたとしても、EU離脱問題に関してはメイ政権よりも強硬姿勢をとることが見込まれる。

EUに対して離脱協定の再交渉を求めるのが第一歩になるだろうが、EU側はこれに応じる可能性がないことを繰り返し表明している。そのため、新首相とEUとの関係は最初から波乱含みになることが、ほぼ確実視されている。

メイ首相の退陣表明直後の追い打ちは、5月23日に実施され同26日夜に開票された欧州議会議員選挙結果だった。保守党の得票率は9.1%と、政党別で第5位に沈んだのである。新しく結成されたファラージ党首のBrexit党が首位に立ち、Brexitに関して保守党は完全に役割を奪われる格好になった。新首相は、保守党党首としてそうした危機的状況からのスタートになる。

ただし、若干矛盾に聞こえるかもしれないものの、強硬離脱派の首相の誕生が、「合意なき離脱」を含む強硬離脱という結果に直線的につながるとは限らない。というのも、首相が交代したところで、「合意なき離脱」に始まり、現行合意に基づく離脱、再度の国民投票実施、関税同盟維持、さらにはEU残留に至るまでのさまざまな選択肢をめぐる議会内及び国民の間の勢力分布に根本的な変化はないからである。これだけ分裂した議会・国民を踏まえれば、どの選択肢を選ぼうとしても、メイ首相にできなかった合意形成が他の首相であれば可能になると信じるに足る客観的根拠には乏しいのが現実なのである。さらに、「合意なき離脱」を拒否する声は保守党内でも根強い。

そうである以上、強硬離脱派の首相が誕生したとしても、Brexitに関して想定し得るシナリオの幅に変わりはなく、それには残留、すなわち離脱撤回も含まれることになる。それを支持するか否かは別として、残留という選択肢が存在し続ける以上、その意味を正面から分析する必要がある。そこで今回(前編および後編)は、残留の場合の手続きとともに、それがもたらすものについて考えることにしたい。

本稿は、残留・離脱の是非に関する筆者の見解を示す場所ではないが、「Brexitカウントダウン(6)――『主権を取り戻す』とは何だったのか」で詳しく論じたように、英国にとってのEU加盟は単一市場の規模による経済利益に加えて、影響力保持という観点で英国の国益に合致するものだったことが明白である。これは大枠において今日にも妥当する。今回の議論の要点は、それでも英国政府がEU離脱という決定を行い、ここまで来てしまった以上、たとえ離脱意思を撤回しても、まるで何事もなかったかのように2016年6月23日以前の状態に戻ることは不可能だということである。離脱言説に理想と現実のギャップがあったように、残留言説にも理想と現実のギャップが存在するのではないか。このことを正面から見据える必要がある。 

離脱撤回の手続き

まずは離脱意思の撤回手続きである。EUからの離脱手続きはEUの基本条約であるリスボン条約第50条に規定されており、メイ政権はこれに基づいて2017年3月29日に、EUに対する書簡で離脱の意思を通告した。

ただし、これはあくまでも「意思」であり、離脱が実現する――離脱協定の発効、ないし「合意なき離脱」――前であれば撤回が可能である。離脱意思撤回の可否については議論があったが、2018年12月、EU司法裁判所はこれを可能とし、英国が自国の判断により一方的に行うことができるとの判断を示した。離脱意思の撤回を明示的に禁じる規定がないことから撤回が可能であり、その手続きは、離脱意思の通告に準じる(すなわち一方的に可能)としたのである。(少なくとも法的には)EU側での同意のための手続きも不要である。つまり、英国が離脱意思の撤回を決めた場合、EU側にはそれを受け入れる以外の選択肢がない。

英国による離脱意思撤回の可能性については、政治レベルでも確認されている。10月31日までの離脱延期に合意した4月10日の欧州理事会結論文書は、離脱を撤回する英国の権利を明言している。また、トゥスク欧州理事会議長(ポーランド元首相)は、欧州議会での演説のなかで、英国の離脱撤回をまだ「夢見ている」とさえ語った。

離脱意思の通告が一方的な書簡のみだったことに鑑みれば、離脱意思の撤回もおそらく同様の手段で完結するのだろう。ただし、そこにいたる英国内のプロセスは全く自明ではない。 

英国内のプロセス

メイ首相の後任が誰になったとしても、英国政府がEU離脱意思を撤回するにあたって、最低限不可欠となるのは、議会下院の承認であろう。議会におけるこれまでの議論や、離脱協定の承認に関連するさまざまな投票結果を踏まえる限り、現行の議会が、離脱意思の撤回を過半数で可決することは考えにくい。そのため、実際には、(1)この問題を争点とした総選挙の結果としての行動、ないし(2)再度の国民投票結果を受けての議決以外に可能性は存在しないだろう。

しかし、第1の総選挙に基づく決定は現実性に乏しい。というのも、保守党・労働党の2大政党がともに党内分裂している状態では、どちらかの政党――よりあり得るのは労働党――がEU残留を掲げて選挙戦をたたかい、過半数を獲得するというシナリオはほとんど想定し得ないからである。そもそも、5月の欧州議会選挙でBrexit党に大敗した与党保守党としては、現時点での総選挙は可能な限り避けたいのが本音であり、下院解散の発議自体のハードルが極めて高い。

労働党の場合も、仮に総選挙が行われる場合、一足飛びに離脱撤回の主張まではいかずに、再度の国民投票実施を掲げる可能性が高い。その背景には、再度の国民投票実施については党内調整がどうにか可能でも、国民投票を経ないままに離脱撤回で一致できる可能性がほとんどないとの事情もある。党首のコービン自身が欧州懐疑派であり、残留に消極的だといわれることも影響している。そのため、党の方針としては国民投票実施を支持しつつも、その前にEUとの間で再交渉を行う必要があり、その結果を国民投票にかけるのだという説明も行なっている。しかし、これらの点に関して、労働党内でも共通理解が存在しているようにはみえない。

いずれにしても、国民投票結果を覆すためには、民主的正当性の観点からやはり再度の国民投票が必要だとの主張は広範な支持を得ているようである。2016年の国民投票が本来は「諮問的」なものに過ぎなかったことを踏まえれば、その結果を覆すのに再度の国民投票が不可欠だとの主張に法的根拠は存在しないが、政治的には十分に説得力のある議論なのだろう。少なくとも、「国民投票で示された民意を無視した」と批判されたい政治家はほとんどいない。(再度の国民投票に関する議論については、「Brexitカウントダウン(8)――再度の国民投票、『承認のための投票』とは何か」を参照。) 

世論は変化したのか

それでは、仮に再度の国民投票を実施するとして、Brexitに関する世論は変化したのだろうか。2016年の国民投票キャンペーンにおける離脱派の主張に種々の嘘や誇張が含まれていたことには、すでに常識である。簡単だとされた離脱のプロセスは困難を極め、EU離脱による経済的損失への理解も広がっている。そのため、前回の国民投票の判断は間違いだったことに多くの国民が気付き、もし今日離脱か残留かを問われれば残留が多数を占めるはずだと考えるのは理にかなっているようにみえる。

実際、各種調査でも、2016年6月の国民投票時点に比べて、離脱派がさらに増大していることを示す調査結果はほとんど存在しない。当時、約51.9%対48.1%で離脱が選択されたことを考えれば、少しでも残留派が増加すれば結果は逆転するはずである。

Brexitに関するオプションの増加により、世論調査でも、さまざまな選択肢が用意されることが多く、二者択一にはならないことが多い。例えば2019年4月初旬に行われたYouGovの調査では、望ましい結果として、「再度の国民投票を通じた残留」37%、「合意なき離脱」26%、「単一市場・関税同盟」12%、「現行合意受け入れ」11%、「分からない」13%となった[1]。3つの離脱オプションの合計は49%になる。離脱から残留に立場を変更した人がいると同時に、当初は残留支持だったが、国民投票で離脱派が勝利した以上、その結果を受け入れざるを得ないと考える人も一定数存在しているといわれる。

YouGovの2019年2月の調査では、離脱の決定が「誤り(wrong)」だったとの回答が48%、「正しい(right)」が40%となっている[2]。同じ問いへの回答では、2017年後半以降はほぼ一貫して、「誤り」が上回っているものの、離脱が「正しい」と考える比率も底堅く、40%をほとんど割り込まないのも事実である。

2019年5月23日の欧州議会選挙の結果に関しては、ファラージ党首率いるBrexit党が首位に立ったことが注目を集めている。しかし選挙結果全体をみれば、残留派が従来以上に健闘したといえる。自由民主党や緑の党など、Brexitに反対する(残留を主張する)政党が合計で40%以上の得票をしたのに対して、Brexit党など離脱派は35%にとどまったからである。保守党・労働党はこれらに含まれないが、より離脱支持者が多いと思われる保守党が9.1%にとどまったのに対し、残留派がより多いと思われる労働党は14.1%と、保守党を上回った。

これらの世論調査や選挙は、しかし、もし国民投票が再度実施された際に――そして、選択肢として「残留」が存在するとした場合に――結果が残留になることを保証するものでは全くない。そもそも、2016年6月の国民投票に向けても、残留派と離脱派は最後まで拮抗しているか、残留派が有利とされていた。世論調査と投票結果のギャップが問題になったのである。加えて、国民投票が行われる場合には、キャンペーンの顔としてどのような指導者が登場し、いかなるイメージを作られるかに左右される部分が大きいのも、前回投票の教訓である。

つまり、たとえ「残留」が選択肢に含まれる国民投票が実施されたとしても、再び離脱――選択肢としては、(新たな政権がEU側と妥結した)「合意に基づく離脱」か、「合意なき離脱」が考えられる――が選択される可能性を過小評価すべきではない。議会のみならず、国民が割れているのである。そもそも経済的な損得勘定からは「非合理的」な結果になったのが前回であり、そうである以上、次こそは「合理的」な結果が出ると確信するわけにはいかない。

後編」では、英国が仮に離脱意思を撤回し、残留を決定した際にどのような問題が生じるのかを中心に分析したい。

 

 

 

[1] “What do the public think about a ‘No Deal’ Brexit?” YouGov, 4 April 2019, https://yougov.co.uk/topics/politics/articles-reports/2019/04/04/what-do-public-think-about-no-deal-brexit (last accessed 29 May 2019).

[2] “Where we stand on Brexit,” YouGov, 1 March 2019, https://yougov.co.uk/topics/politics/articles-reports/2019/03/01/where-we-stand-brexit (last accessed 29 May 2019).

 

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鶴岡路人

鶴岡 路人

  • 主任研究員

研究分野・主な関心領域

  • 欧州政治
  • 国際安全保障
  • 米欧関係
  • 日欧関係

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