政治外交検証研究会レポート ―政治外交史研究を読み解く― 第3回「日本の知的資源をどう活かせるか」後編

研究会出席者(順不同、肩書は当時)

  • 細谷雄一(東京財団政策研究所上席研究員/政治外交検証研究会幹事役/慶應義塾大学法学部教授)
  • 五百旗頭薫(政治外交検証研究会幹事役/東京大学大学院法学政治学研究科教授)
  • 松本佐保(名古屋市立大学人文社会学部教授)
  • 大庭三枝(東京理科大学教授)
  • 板橋拓己(成蹊大学法学部教授)
  • 玉置敦彦(中央大学法学部准教授)
  • 合六強(二松学舎大学国際政治経済学部専任講師)

西洋の没落、ユーラシアの台頭

細谷 もう1つ私が感じているのは、昨今、英語圏での書籍をみると、「西洋の終焉」や「民主主義の衰退」というように、いわば西洋的な文明や規範が相対的に影響力を失っていることを示唆するものが増えています。それと反比例して、ユーラシアが21世紀の中心になるのではないかと感じることがあります。
EUからイギリスが抜けるのは、ある意味象徴的です。それはつまり、20世紀の国際システムや規範、基礎を形作ったアングロサクソンたる英米の影響力と権威が後退していることの現れです。その一方で、アングロサクソンではない中国、ロシア、EUなど、ユーラシア大陸がより一層結びつきを深めています。冷戦はまさにユーラシア大陸を分断したわけですが、冷戦の終焉により鉄道や道路、物流を含めてこのユーラシア大陸がより一体化を強めていきました。そして今、その中心にあるハートランドの巨大な権威主義国家が世界においても巨大な影響力を確立しつつあります。
日本外交史の資源という話に結び付けると、ユーラシアが台頭することで新たなダイナミズムが迫っているわけですが、その中で比較的アングロサクソン的な国民国家を基礎とする日本の政治外交史は、いわゆる消火機能としての役割を担いうるのではないでしょうか。つまりこの巨大な地殻変動をクールダウンさせ、より冷静なウェストファリア的な20世紀らしい秩序へと回帰させる可能性があると思います。

玉置 アメリカを国民国家とする問題についても考える必要があるのではないかと思います。国民国家が拡大した国際社会と言っても、そもそもアメリカは国民国家なのでしょうか。
アメリカの特徴は、リベラルデモクラシーの普遍性を主張する国家であるという点で、第二次世界大戦後のアメリカはその普遍性を世界に向けて推進してきました。その意味で、他の国に介入して民主主義や自由主義をかなり強制的に広めようとした歴史もあります。アメリカの時代の終焉が囁かれているからこそ、アメリカと国民国家という問題を歴史家がどう考えるのかは大きな課題なのではないかと考えています。

ポスト冷戦期とは何だったのか

板橋 先ほど言及していただいた、私も著者の一人となっている『国際政治史』についてお話させていただきます。実は、執筆者である小川浩之、青野利彦、私の書きぶりは三者三様という感じで、統一した教科書として成功しているかは正直なところ自信がありません。ただ、「主権国家体系の歴史を辿る」と冒頭に割り切っていますので、細谷先生にもご指摘いただいたように古典的な捉え方で描きました。つまり主権国家というものがヨーロッパで生まれ、それが拡大していくという見方です。
これは、図式的には岡義武先生の『国際政治史』(岩波全書、1955年)や、ヘドリー・ブル(Hedley Bull)らによる「国際社会」の拡大の捉え方を継承していると言えます。こうした見方は、政治学の側から国際関係史を学んだ人間にとっては自然な図式なのかもしれません。そして岡先生のご著書は第二次世界大戦で終わっていますから、それを後ろに引き延ばすイメージで、良いテキストを書きたいという思いはありました。
本書は16世紀以降の国際政治史を扱っているわけですが、そのうち400年が私の担当でした。その際に、それぞれの時代の国際秩序や国際体制がどのような形で支えられ、正当化されていったのかという点を私自身は意識して取り組みました。私が執筆した以外の箇所について言えば、本日の議論の中心ともなっている冷戦後の秩序を描く試みには苦戦しました。この点は執筆者のあいだでもずいぶん話し合ったのですが、結局主権国家体系が変わりつつあることは示しながらも、現代は「多極化」の時代なのか「G0」なのか、はたまた結局は「アメリカの世紀」となるのか、よく分からないと正直に書いて終わりにしました。
2019年はベルリンの壁崩壊から30年にあたるわけですが、国際秩序に関しては、私たちは「ポスト冷戦」とか「冷戦後」という以外に、この30年間に適切な名前をまだ見出せてはいません。私自身としては、この冷戦後の30年という時代を2つの視点からみたいと思っています。1つは細谷先生がご指摘されたように1920~30年代への歴史の回帰の側面です。では戦間期の時代と何が似ているのでしょうか。一例を挙げると、ドイツの政治学者ミュンクラーは、国際秩序の番人がいなくなったことを指摘しています。「番人なき秩序」という言い方をしますが、冷戦時代であれば、あらゆる地域の紛争にアメリカなりソ連なりが番人として機能していました。それが今では、国際機関すらも番人の役割を果たしていません。そういう点は1930年代と似ています(ヘルフリート・ミュンクラー「番人なき秩序―戦間期の国際紛争状況と軍事戦略の展開」アンドレアス・ヴィルシングほか編『ナチズムは再来するのか』慶應義塾大学出版会、2019年を参照)。
同時に、冷戦期と現在において、なにが連続しているのかという点をみることも重要だと思います。私自身はヨーロッパの専門家ですからヨーロッパについてしか言えませんが、ここでは冷戦は、実は既存の西側の秩序の建て増しで終わっています。このことをM. E. サロッティは「プレハブモデル」と表現しています(Mary Elise Sarotte, 1989: The Struggle to Create Post-Cold War Europe, Revised ed., Princeton U.P., 2014)。東西ドイツ統一後、基本的には西側秩序(NATOおよびEU)が旧「東欧」にまで伸びただけであって、そういう意味では冷戦秩序が継続しているとする見方です。これは、ロシア側から見れば、要するに東西の分断ラインが東に動いただけで、自らが押し込まれている状況です。そうしたコンテクストで、ジョージア、クリミア、ウクライナでの紛争を見る必要があります。
私自身も現在ドイツ統一プロセスを研究しているのですが、ベルリンの壁開放からソ連崩壊のあいだで―つまり冷戦の終焉と呼ばれている時期に―、何が終焉し、何が依然として生き延びているのか。その視点から国際秩序について考えてみることは、いま歴史研究者にできることなのだろうと思っています。

 大庭 冷戦終結後のここ30年というのは、実は私の専門でもあるアジアの地域制度が非常に展開した時期と重なっています。ただし、この10年は大変な時期でもあり、これをどうみればいいのかという点で最近研究を進めています。
そもそも冷戦終結期には、アジアと欧米との違いが確かにありました。あの当時、ベルリンの壁が崩壊してリベラルの勝利に喚起し、わざわざベルリンまで行って壁の石を拾ったなどと話していたことを思い出します。しかしアジアに目を転じれば、1989年とは、天安門事件が起こり、孤立した中国をどう扱うのかという空気感がありました。つまり、地域ごとに異なる時代の見方があるのではないかと思うわけです。
しかしながら、まったく連動性がないとも言い切れないと思います。細谷さんが監訳したヴァイスの『戦後国際関係史』(慶應義塾大学出版会、2018年)は各地域の異なる論理を前提にしているために、それらの地域を繋げる論理がないという指摘が先ほどありましたが、私としては、そのような論理がなかったとは思いません。1990年代から2000年にかけて、例えば東南アジアでは民主化や人権の話はタブー視されていました。内政不干渉原則に従い、ASEANでも一切そのようなテーマの議論は行われませんでした。そもそも多くの国は権威主義体制で、隣の国に口出しをできる立場にもありませんでした。
ところがミャンマーの問題を皮切りにタイやフィリピンなど当時民主主義国を自認していた国々が一斉に声明を出し、最終的にはインドネシアが民主化したことで、ASEANもまた民主主義や人権の威信を掲げるようになったのです。すべてが欧米と同一というわけではないですが、それでもやはりリベラルデモクラシー的な価値の優位性が確立され、それを受容しながら進んできた時代がありました。
西洋中心史観を相対化するとき、どうしても地域ごとの異なるロジックを強調しがちですが、やはり異なる地域にも共通でみられる何かはあって、その基調となるものと地域ごとのロジックとの二重性をみなければならないのではないかと私は感じています。アジアは異質である、中東は異質である、というような議論をしていては、見えるものも見えなくなる気がします。 

玉置 板橋先生がご提示された冷戦前後で何が変わり何が変わっていないのかという話について、私の専門に引き付けて言えば、変わっていないのはアメリカの同盟だと思います。冷戦がはじまってから現在に至るまで、アメリカの同盟関係は今でも機能しています。これは他の国と比較すれば明らかで、中国には同盟がありません。ロシアにも存在しません。中国やロシアのために、アメリカと戦ってくれる国は無い。他方でアメリカのパワーは、相当に動揺しつつも、20世紀を通じて構築してきた同盟関係に支えられており、いまなお圧倒的であることが指摘できると思います。

 合六 冷戦終結やソ連崩壊から約30年が経過しました。30年という単位を1つの時代区分として捉えると、第二次世界大戦終結から約30年後といえば、1970年代。その頃といえば米中和解や米ソデタントがあり、米国がベトナム戦争から撤退したことにも象徴されるように、国際政治の構造が大きく変化し、「アメリカの衰退」が叫ばれていた時代です。冷戦末期から約30年を経た2014年には、ロシアがウクライナに対して武力による現状変更を試みました。これを受けて、欧米が冷戦後に構築してきた秩序は失敗だったのではないかという疑問が生まれ、ドイツ統一の歴史やNATO拡大の歴史を振り返るという動きが出てきたのではないかという印象を持っています。
そういった中で、NATOが拡大し、東西の分断ラインがより東に移動したところで現在衝突が起きているという捉え方はたしかにできるのですが、そうした歴史観ではロシアまでしか描けないという問題をはらんでいるのではないでしょうか。この30年のあいだにみられる中国の台頭を西ヨーロッパ的な秩序の拡大とか、価値のグローバル化という歴史のなかにどう落とし込むのかはチャレンジングな課題だと思います。
冷戦後、ユーラシア大陸には様々な機構が出現してきたと思います。NATOは東に拡大し、他方でかねてから存在していた欧州安全保障協力機構(OSCE)はロシアや中央アジア諸国もメンバーですが、実質的には機能していません。ここに同時並行的に東の方面から中国による一帯一路が出てきました。
こうした冷戦後のヨーロッパの東への拡大の動きと中国の西への拡大という流れをアーカイブを用いた歴史研究のなかでどのように実証的に描いていくのかは、今後非常に重要でありながら難しい課題となるかと思います。ヨーロッパの方々はやはりロシアを最初にみますので、アジアにいる日本としては、中国あるいはアジアの国際政治情勢との絡みを意識することが、ある意味で欧米の研究者に対する優位性にもつながってくるのではないかと考えました。

◆これまでの連載はこちらから

 

細谷雄一

細谷 雄一

  • 上席研究員

研究分野・主な関心領域

  • 国際政治学
  • 国際政治史
  • 日本の安全保障政策
  • 現代イギリス外交史