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トランプ政権の裁判官人事はなぜ迅速なのか

首都大学東京法学部教授
梅川健

トランプ政権の立法成果は乏しい。反面、連邦裁判官人事においては良い成績を残している。就任3年目の201912月までという期間で、トランプ大統領は173の連邦裁判官人事を成立させているが、これは、レーガン以降の大統領の中で最も多い[1]。立法も裁判官人事も、どちらも連邦議会の協力が必要となるが、なぜ立法と人事の成果に差異があるのだろうか[2]

答えは上院にある。立法には上院と下院がそれぞれ法案を可決する必要があるが、人事は上院単独で行うことができる。連邦議会は二院制をとり、名前こそ上院と下院と訳されているが、日本の「衆議院の優越」のような優劣の関係はない。

上院と下院には異なる権限が与えられており、上院は条約締結ならびに連邦公務員の任命に対する同意権を有し、下院は歳入法案の先議権、弾劾手続の開始権限を有する。つまり、よく知られたことではあるが、大統領による連邦裁判官の指名に対して、上院が同意すれば、人事は成立する。下院の同意を必要としないという点で、人事は立法よりも容易に見える。(もっとも、連邦公務員の任命は大統領単独では行えず、抑制と均衡のシステムの一部であることは忘れてはならないが。)

それでは、上院の「同意」は、大統領の指名した候補に対してどのように与えられるのだろうか。まず、連邦議会上院による決定の特徴を確認しておきたい。上院は政治的伝統として、議論と合意を重視し、物事の決定に単純過半数ではなく、特別過半数を要求してきた。下院の審議では議員に持ち時間が設定されるが、上院では議員による自由な発言が許される。その結果、法案に反対する議員が発言を続ける限りは議事の進行を止めることさえできる。これをフィリバスター(議事妨害)と呼ぶ。全ての議員がフィリバスターできるとすると、全会一致でしか上院では決定ができないことになるが、さすがにそれでは困るということで、フィリバスターは特別過半数の議員によるクローチャー(討論打切動議)によって止めることができる。討論打切動議のルールが1917年に上院規則に導入された際には3分の2の議員の同意が必要とされたが、1975年の規則変更で5分の3(すなわち60票)でよいとされた。上院では議員による議事妨害が可能であり、それに対処するための討論打切動議というルールが上院での決定に特別過半数を要求しているのである。この制度的特徴は、上院議員に党派を超えて関わり合うことを促し、そのように行動できる中道、穏健な上院議員の重要性を高めてきた。 

さて、上院の「同意」に話を進めよう。大統領が指名した連邦裁判官候補は、上院司法委員会での公聴会と審査を経て、上院本会議にて最終的に審議される。本会議による最終的な承認のための投票には単純過半数があればよいが、この審議にもフィリバスターが可能であるため、討論打切動議を成立させられるだけの票を取りまとめることが必要である。

従来、この討論打切動議には他の審議と同様に60票が必要とされてきたが、オバマ政権からトランプ政権にかけて規則に変化が生じている。連邦裁判官人事には、細かく分ければ最高裁判事、控訴審判事、地方裁判事があるが、2013年、上院で多数党であった民主党のハリー・リード院内総務は控訴審判事と地方裁判事の審議について、討論打切動議を単純過半数で行えるように変更した。党派対立によって人事が滞ることへの対処として、多数党だけで決定できるように制度を変えたのである。

共和党はこの変更に腹を立てたが、2016年、上院で多数派を占める共和党のミッチ・マコネル院内総務は、最高裁判事の審議においても、討論打切動議を単純過半数で行えるようにした[3]。つまり、2016年以降、連邦裁判官人事には単純過半数だけが必要であり、多数党が一致団結すれば必ず人事が成立するという仕組みになったのである。

イデオロギー的分極化がすすむアメリカにおいて、上院における特別過半数の要求は、党派対立を乗り越えて合意を形成するインセンティブを上院議員に与えてきた。しかしながら、連邦裁判官人事については、もはや多数党が少数党から同意を取り付ける必要はない。党派対立を解消しないまま、多数党は制度を変更することで決定力を保持しようとした。その結果、党派対立は院内規則に刻み込まれることになった。

院内規則の変更は、ゲームのルールの変更であるので、上院議員たちの議場での行動も変化させる。従来のように少数党との合意を目指すやり方は、多数党にとって不合理なものになる。党派対立によって制度が変更され、変更された制度がさらなる党派対立を呼ぶという、巻き戻しの難しい経路に上院は入り込んでいる。

大統領はこの状況から恩恵を受けるのだろうか。大統領の所属政党と議会多数党が同じ統一政府であるか、異なる分割政府であるかは、大統領が法案を成立させられるかどうかについて大きな分かれ目になるが、人事については、たとえ分割政府であったとしても上院さえ大統領の所属政党が多数派を占めていれば円滑に進めることができる。トランプ大統領による2人の最高裁判事の任命はまさしくこの変化の恩恵を受けている。2020年には大統領選挙とともに、上院議員の3分の1も改選される。大統領の所属政党と上院の多数派の行方が、今後は一層重要となる。



[1] 就任3年目の12月までの連邦裁判官人事の成立数は以下の通り。レーガン123件、G・W・Hブッシュ133件、クリントン154件、G・Wブッシュ158件、オバマ114件、トランプ173件。“Judicial Appointment Tracker,” The Heritage Foundation, <https://www.heritage.org/judicialtracker>.

[2]本稿では、行政組織人事については扱わない。行政組織人事については従来の政権と比べた遅さがトランプ政権の特徴だが、これには、その役職を腐らせるために「敢えて指名しない」という戦略が用いられているとの指摘もある。

[3] Jennifer Haberkorn, “Trump is appointing judges at a record pace. Now McConnell wants to move even faster,” Los Angeles Times, April 2, 2019.

梅川 健

  • 首都大学東京法学部教授