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2020年大統領選挙と大学生の投票制限
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2020年大統領選挙と大学生の投票制限

January 9, 2020

首都大学東京法学部教授
梅川健

2020211日、アメリカ大統領選挙に向けた最初の予備選挙がニューハンプシャー州で予定されている(最初の党員集会は23日のアイオワ州)。ニューハンプシャー州とアイオワ州の結果は、その後の候補者選びに重要な影響をもたらす。

ニューハンプシャー州の重要性は予備選挙に留まらない。2016年の一般投票では、ヒラリー・クリントンがドナルド・トランプに勝利したが、紙一重の差(ヒラリー348526票、トランプ345790票)だった[1]2020年選挙でも接戦が予想されている。ニューハンプシャー州の選挙人は4名に過ぎないが、大統領選挙は接戦州の選挙人の積み上げが結果を左右する。

このニューハンプシャー州では、20187月に制定された法律によって2020年大統領選挙から有権者登録制度に変更が生じている。アメリカでは市民権をもち、18才以上であるだけでは投票することができず、有権者登録をする必要がある。登録は州政府が管轄するが、その州に居住していることが通常、登録の要件とされる。ニューハンプシャー州で成立した法律は、「居住者」の定義を変更し、他州発行の運転免許証保有者が州居住者として認められるためには、州内発行の免許証を取得し、自動車登録地も州内に改めなければならなくなった[2]

この法律のターゲットは、州外出身の大学生だった。ニューハンプシャー州の大学生の6割は州外出身者で、この割合は全米で最も高いという。州外出身の大学生にとって、ニューハンプシャー州発行の免許を取得し、自動車登録を改めるコストは安くない。2011年にはニューハンプシャー州議会の下院議長ウィリアム・オブライエン(共和党)が「キッズには人生経験もなく、リベラルな候補者にフィーリングで投票する」ため、学生による投票を制限するべきだと主張していた[3]

共和党議員が大学生を投票から遠ざけようとする理由は、この一団が民主党に投票する傾向があるためである。調査によると、1824才の大学生のうち、45%が民主党支持、29%が無党派、24%が共和党支持である[4]。さらに、2018年の中間選挙では、2014年の中間選挙と比べ、大学生の投票率は19.3%から40.3%へと倍増している[5]。すなわち、ニューハンプシャー州における「居住者」の定義変更は、202011月に誰が投票できるのかに影響を与えるのみならず、選挙結果を左右する可能性がある。

大学生と有権者登録

ところで、そもそも州外出身の大学生は、大学の所在地で有権者登録をできるのだろうか。連邦最高裁は1979年の判決で、大学生には大学の所在地で有権者登録する権利があることを認めた[6]。つまり、大学生は自分の出身地もしくは、大学の所在地のどちらかで有権者登録することができる。

有権者登録と居住については、1970年、連邦議会は投票権法に202条を追加し、大統領選挙に投票するための要件として継続的居住を求めてはならないとした。同年、最高裁も同条項を合憲としている。この判決の中で、最高裁が認めた制限は、有権者登録に際して、30日の居住要件を課すことのみであった[7]

ニューハンプシャー州の法律改正に対しては、リベラル派の訴訟団体であるACLUAmerican Civil Liberties Union:アメリカ自由人権協会)が訴訟を起こしており、州外出身の学生に投票のための特別な費用を求める点で、憲法違反の投票税にあたると主張している[8]。他方で、ニューハンプシャー州の州司法長官室は、「同法は選挙法を変更するものでも、投票制限でもない」と主張している[9]。この訴訟は現在も続いている。

大学生を投票から遠ざけるための他の試み

ニューハンプシャー州における法改正以外にも、大学生を投票から遠ざけようとする試みは存在する。アメリカの大学ではキャンパス内に期日前投票所が設置されることがある。これは大学だけ特別というわけではなく、選挙管理委員会が認めるところにより、老人ホーム内に設置されたりもする。当然、これらの投票所は、特定の有権者の投票率を上げることになる。各地の共和党議員は、大学キャンパス内の投票所の閉鎖に心血を注いできた。例えばフロリダ州議会は2019年に、期日前投票所は「使用許可を必要としない十分な駐車スペース」を提供しなければならないとした。過密なキャンパスにとっては厳しい条件である[10]

あるいは、投票の際にIDの提出を求める投票ID法の改正が各地でなされている。ノースカロライナ州の法律では学生証が有効なIDとして利用できるが、学生証に求められる基準が高く、州内の半分の大学もそのような学生証を発行できないという。ウィスコンシン州では、署名入りの学生証が有効なIDとされた。昨今の学生証はハイテク化が進み、署名のないカード式のものも多く、実質的には多くの学生証が無効となった。さらに、ウィスコンシン州では投票所で有効なIDは有効期限が2年以内のものに限るとした。4年制大学の学生証の有効期限は通常4年である。執念に近いものを感じる。2016年大統領選挙では、トランプは同州で23000票差の勝利を収めたが、ウィスコンシン大学の学生数が17万人を超えるということも関係しているのかもしれない[11]

アメリカでは有権者登録制度が長らく黒人を投票所から遠ざけてきた。現在では登録の際の差別は禁止されているが、かといって誰もが投票所に平等なアクセスを持つわけではない。ここでは触れることができなかったが、刑期を満了した者に対して投票権を回復しない州も存在する。2020年の大統領選挙の行方がどうなるかはもちろん重要だが、誰がその選挙に投票できるのかについても、変化がめまぐるしく生じていることに注意を向ける必要がある。



[1] “Presidential Election Results: Donald J. Trump Wins,” The New York Times, August 9, 2017, <https://www.nytimes.com/elections/2016/results/president>.

[2] HB1264, State of New Hampshire, 2018 Session <http://gencourt.state.nh.us/bill_status/billText.aspx?id=1365&txtFormat=html&sy=2018>; Jane C. Timm, “New Hampshire makes it tougher for students to vote. Democrats call it 'devious' suppression.” NBC News, July 21, 2018, <https://www.nbcnews.com/politics/donald-trump/n-h-makes-it-tougher-students-vote-democrats-call-it-n892906>.

[3] Michael Wines, “The Student Vote Is Surging. So Are Efforts to Suppress It.” The New York Times, Oct. 24, 2019, <https://www.nytimes.com/2019/10/24/us/voting-college-suppression.html>.

[4] Ibid.

[5] “National Study of Learning, Voting, and Engagement,” Institute for Democracy & Higher Education. < https://idhe.tufts.edu/nslve>.

[6] Symm v. United States, 439 U.S. 1105 (1979).

[7] Oregon v. Mitchell, 400 U.S. 112 (1970); “Voter Registration is All About Residency (and Domicile),” The Canvass, Issue 69, 2016. <http://www.ncsl.org/Documents/Elections/The_Canvass_May_2016.pdf>.

[8] Case v. Gardner – Complaint. <https://www.aclu.org/legal-document/casey-v-gardner-complaint>.

[9] Casey McDermott, “What Does N.H.’s New Voter Residency Law Actually Change? For Now, State Officials Aren't Saying,” September 20, 2019, New Hampshire National Public Radio. <https://www.nhpr.org/post/what-does-nhs-new-voter-residency-law-actually-change-now-state-officials-arent-saying#stream/0>.

[10] Wines, op.cit.

[11] Ibid.

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