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「CSR企業調査アンケート」から読み解くCSR活動の現在地

C-2023-009

  •  CSRワーキンググループメンバー
    伊藤公二
1.CSR活動の概念の類型化
2.企業のCSR活動:具体的取組み
3.企業のCSR活動の効果
4.まとめ

現在は、社会的課題の解決について企業が自発的に取り組むことが要請される時代である。世界共通の社会的課題として定着した感のある「持続可能な開発目標」(Sustainable Development Goals, SDGs)が盛り込まれた「持続可能な開発のための2030アジェンダ」では、前文において「すべての国及びすべてのステークホルダーは、協同的なパートナーシップの下、この計画を実行する。」と規定され、企業はステークホルダーとして計画実行の役割が期待されている。[1] 
では、企業は、こうした時代の要請を踏まえ、どのように社会的課題の解決に取り組んでいるのだろうか。東京財団政策研究所が毎年実施している「CSR企業調査」アンケートは、この点について貴重な情報を提供している。本稿では、この調査結果やその他の研究成果を概観し、近年の日本企業の社会的課題解決に向けての取組みについて考察する。  

1.CSR活動の概念の類型化

CSR活動、すなわち社会的課題解決に向けての企業の取組みについては、経済学や経営学等の分野で長い間議論が重ねられ、著名な概念がいくつか存在する。CSR活動に関する概念については、金田(2020, 2021)が詳しく参考になるが、ここでも概観しておく。
経済学の分野では社会的課題は外部不経済の問題として認識され、その解決に企業が自発的に関与することについては否定的な見方が存在した。その一例が、会社は株主の道具であり、公共財の提供に踏み込まず株主利益の最大化に努めるべきであるとする、いわゆる「株主主権論」(Friedman, 1970)である。株主主権論の下では社会的課題の解決を図る主体は政府であり、企業の役割は政府が社会的課題解決のために導入された政策に従うだけである。[2] このような社会的課題の解決に向けて政策により実践が求められる最低限のCSR活動を、以下では遠藤(2020)にならい「消極的CSR」と呼ぶ。
経済戦略論の分野で全く異なる見解を提示したのがFreeman (1984)である。彼は、株主以外にも従業員、顧客、取引先企業、行政組織、地域住民等「組織体の目的の遂行に影響するか影響を受けるグループまたは個人」をステークホルダーと定義し、企業が生存するためには株主利益を最大化するだけでは不十分であり、ステークホルダーのために価値を創造することが求められると説いた。この「ステークホルダー主権理論」あるいはステークホルダー・アプローチに基づけば、企業にはステークホルダーの直面する様々な課題を自発的に解決する責務が生じる。この責務に応える企業活動が本来の意味でのCSR活動である。この考えは社会的課題への関心の高まりを受けて世界的に広がり、日本の経済界でも、1990年代以降、企業が社会的課題解決に積極的に取り組むべきという考えが浸透した。[3] なお、金田(2021)によれば、このCSR活動は、①社会課題解決に資する製品・サービス提供活動、②社会課題を自ら作らない事業プロセスの改善運動、③寄付、社員ボランティア、経費負担等の社会貢献活動、の3つのタイプで構成される。
株主主権論に基づく消極的CSR活動や本来の意味でのCSR活動については、企業にとって収益上はマイナスに作用するという暗黙の前提がある。これに対し、Porter and Kramer (2011)が、企業は事業を通じて地域社会や経済を改善し共有価値の創造(Creating Shared Value, CSV)に努めるべきと主張して以降、CSV経営はCSRに置き換わる概念として急速に普及した。[4]
また、CSVの概念が普及するとともに、事業を通じて財・サービスを提供すること、雇用機会を提供し、税金を納めることが社会貢献だと認識する、「本業を通じたCSR」という概念が流布するようになった。この考えは、ともすれば「本業が社会的課題の解決に繋がっていれば、寄付等による社会貢献活動で社会的課題の解決を図る必要はない」という解釈にも繋がりかねない。実際、企業の事業外活動への貢献を図る一つの尺度である寄付は2010年代を通じて総じて低調であり、「本業しか行わないCSR」は企業からも一定の支持が得られていると思われる。[5]
以上の概念については、「収益への貢献」と「本業か否か」の2点を軸に分類すると分かりやすい。株主主権論に基づく消極的CSR(あるいは「本業しか行わないCSR」)は収益性の犠牲を最小限にし、事業への専念を説くので、収益にはプラスに作用し、事業外活動は行われない。CSR活動のうち、社会課題を自ら作らない事業プロセスの改善運動(例えば、生産活動における温室効果ガスの排出量削減)は、費用の拡大を招くので収益にはマイナスに作用する。また、この活動は事業そのものである。社会貢献活動は非事業活動であり、企業の収益には基本的には貢献せずマイナスに作用する。CSV(例えば、社会課題解決に資する製品・サービスの開発・提供による新たな市場の創出)は、事業活動を通じた社会的課題の解決と収益の実現を図るので、収益についてはプラスに作用することが期待されるが、純粋な事業活動と比較すると社会的課題解決に配慮する必要があることから収益にマイナスに作用する可能性もある。以上を図式化したのが図1である。

 図1 CSR活動の収益性と事業による分類

出典:筆者作成  

2.企業のCSR活動:具体的取組み

では、企業が実際にどのようなCSR活動を実施しているのか、「CSR企業調査」アンケートから読み解く。
CSR企業調査」アンケートの回答企業数は毎年200300社の間で推移しており、東洋経済新報社「CSR企業調査」アンケートや帝国データバンク「SDGs に関する企業の意識調査」等、CSR活動に関する他の企業アンケート調査と比較すると回答企業数は少ない。しかし、定点観測事項だけでなく、かなり踏み込んだ内容の質問も設定され、企業のCSR活動の深部を明らかにする点が特徴的である。例えば、201912月~20202月に実施された第7回「CSR企業調査」アンケートでは、「CSR担当部署の人数」、「CSR担当部署におけるCSR業務の割合」、「社会課題解決に向けた取組のための支出規模」等を尋ねている。なお、CSR活動に熱心に取り組んでいない企業は質問に回答するのが困難なため、回答企業はCSR活動に熱心に取り組む企業と考えられる。[6]
本稿で注目するのは、東京財団政策研究所(2020) における「重点課題解決のためにどのような取組を行っているか」である。この質問は、回答企業に対して、社会的課題として重視している課題、実際に解決に取り組んでいる課題を最大5つまで選択するよう尋ねた後に、課題ごとの解決手法について尋ねている(図2)。解決手法は、「社会貢献活動を通じて」、「事業プロセス、雇用・人事管理を通じて」、「製品・サービスの研究開発や販売を通じて」の3つで、それぞれ先述のCSR活動の3類型に対応している。

 

図2 重点課題解決のために行っている取組

出典:東京財団政策研究所 (2020)CSR白書2020 ソーシャル・イノベーションを通じた社会的課題の解決に向けて」

 

この回答結果を見ると、CSR活動を実施している企業のうち、事業プロセスの見直しや、研究開発・販売活動(CSV)を通じたCSR活動を行っている企業が60%を超えるのに対し、社会貢献活動を行っている企業が30%程度しか存在せず、多くの企業が事業活動を通じたCSR活動を重視している姿勢が浮かび上がる。 

3.企業のCSR活動の効果

次に、CSR活動により得られた効果から、CSR活動の収益への貢献について考察する。東京財団政策研究所(2020)より「社会課題解決に向けた取組がもたらした効果」について尋ねた結果を見ると、91%の企業が何らかの効果があったと回答している(図3左)。ただし、その効果が収益向上に直結するとは限らない。効果の内訳を見ると(図3右)、「自社のイメージアップ」、「従業員の社会課題解決に向けた理解・関心の向上」、「社員の会社に対する好感度の上昇」等、測定できない感覚的な結果を挙げる企業が多く見られた。
一方、収益との関連が強いと予想される項目では、「製品・サービスや技術力の向上」、「競合する企業との差別化」を挙げた企業の割合はそれぞれ44%、33%と、ある程度の企業が効果として回答しているが、「新規の顧客の獲得」、「コストの削減」については、それぞれ21%、13%にとどまる。
図2で見たとおり、事業プロセスの見直しと研究開発・販売活動(CSV)に取り組む企業は概ね同じ割合で存在するが、収益を向上させるまでには至らない企業が多いことが窺える。
なお、この結果は、実証研究の成果とも整合的である。CSR活動と企業の収益性の関係について様々な実証研究が実施されているが、現時点では明確な因果関係を示す研究は存在しない。[7]

 

図3 社会的課題解決に向けた取組がもたらした効果

出典:東京財団政策研究所 (2020)CSR白書2020 ソーシャル・イノベーションを通じた社会的課題の解決に向けて」 

4.まとめ

2010年代から現在に至るまで、経済界では概念としてのCSVが流行している。確かに、社会的価値の実現と自社の成長を同時に達成することができれば経営としては理想的ではあるが、「CSR企業調査」アンケートの結果は、CSVを実践していると認識している企業はそれほど多くないことを示唆している。おそらく、CSR活動にコミットする企業の多くは、社会的課題解決における企業の主体的な役割を認識し、事業プロセスの見直し等収益にはつながらない(短期的には収益を棄損する)活動を地道に実施していると思われる。
ただし、そのようなCSR活動が収益に反映しない以上、広範に広まることは期待しにくい。また、取り組む対象となる社会的課題に偏りが出ることも避けがたい。[8]
社会的課題が年を追うごとに多様になる現在、企業がどの問題について、どの程度主導的に解決に取り組むべきか、見直しを図るべき時期に差し掛かっているのかもしれない。 


【参考文献】
Freeman, R.E. (1984) Strategic Management: A Stakeholder Approach. Pitman, Boston.
Friedman, M. (1970) “The Social Responsibility of Business Is to Increase Its Profits.” New York Times Magazine, 13 September 1970.
Huber, P., Pavlíková, E.A. and Basovníková, M. (2017) “The Impact of CSR Certification on Firm Profitability, Wages and Sales.” WIFO Working Papers 535, WIFO.
Lin, W.L., Law S.H., Ho, J.A. and Sambasivan, M. (2019) “The causality direction of the corporate social responsibility – Corporate financial performance Nexus: Application of Panel Vector Autoregression approach,” The North American Journal of Economics and Finance, 48(C), 401-418.
Margolis J.D. and Elfenbein,H.A. (2009) “Does it Pay to Be Good...And Does it Matter? A Meta-Analysis of the Relationship between Corporate Social and Financial Performance.” SSRN Electronic Journal, 1-68.
Porter, M.E. and Kramer, M.R. (2011) “The Big Idea: Creating Shared Value. How to Reinvent Capitalism—and Unleash a Wave of Innovation and Growth..” Harvard Business Review, 89, 62-77.
有馬 利男 (2023) CSR経営元年とこれから」, CSR研究プロジェクト10周年記念連載企画, https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4320
岩井 克人 (2005) 『会社はだれのものか』, 平凡社.
岩井 克人 (2023)CSRと私の会社論研究」,  CSR研究プロジェクト10周年記念連載企画, https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4321
遠藤 業鏡 (2020) CSR活動の経済分析:持続可能な社会に必要な理論と実証』, 中央経済社.
金田 晃一 (2020)  SDGs 時代の10 タイプ・イノベーション・フレームワーク 社会価値創出のためのESG 経営モデル」,東京財団政策研究所『CSR白書2020-—ソーシャル・イノベーションを通じた社会的課題の解決に向けて』,87-101.
金田 晃一 (2021) 「SDGsループとデジタル・フィランソロピー」東京財団政策研究所『CSR白書2021-—大規模な社会変動と企業の対応 ~アフターコロナを見据えて~』,132-143.
東京財団政策研究所 (2020) CSR白書2020-—ソーシャル・イノベーションを通じた社会的課題の解決に向けて』.
日本ファンドレイジング協会 (2021) 『寄付白書2021.


[1] 外務省の仮訳による。https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/000101402_2.pdf202394日)。
[2] 株主主権論に対して、岩井(2005, 2023)が説得力のある批判を行っている。
[3] 例えば、1991年に日本経済団体連合会が制定した「企業行動憲章」では「企業の社会的役割を果たす7原則」が定められ、その中で、「(3) 環境保全に配慮した企業活動を行う。(4) フィランスロピー活動等を通じて積極的に社会貢献に努める。(5) 事業活動を通じて地域社会の福祉の向上に努める。」等、社会的課題解決に取り組むことを求めている。
CSRという言葉は2000年代に入って普及し始めた。当時の動向については有馬 (2023) が詳しく解説している。
[4] 金田 (2021)は、CSVは、社会課題解決に資する製品・サービス提供活動をシンボル化した表現、と解説している。
[5] 日本ファンドレイジング協会 (2021)によれば、寄付を行う法人数は2010年代を通じて減少傾向にあり、寄付額も横ばいで推移している。
[6] 「消極的なCSR活動」しか実施しない企業は回答しない可能性が高いと思われる。
[7] CSR活動と収益に関する相関関係について、Margolis et al. (2009) は、CSR と財務パフォーマンスの相関関係についてのメタ分析を実施しており、平均してCSR活動と財務実績には、極めて弱い正の相関関係を見出している。
因果関係に関する分析は少ない。Huber et al. (2017) は合成コントロール法によりCSRに関する認証を受けた企業とその他の企業の間で会社の収益、賃金、売上高を比較することで、CSR活動とこれらの変数の間の因果関係の存在を検証した。その結果、売上高についてはかろうじて因果関係が確認されたものの、収益や賃金についての因果関係は棄却されている。Lin et al. (2019) はパネルVARモデルを利用してFortune 誌の “CSR ranking” と企業の自己資本利益率や総資産利益率との因果関係を調べたところ、財務指標が良い企業はCSR ranking が高いという関係は確認されたが、CSR ranking が高い企業は財務指標も良いという関係は確認されなかった。
[8] 東京財団政策研究所 (2020) では、企業に「解決すべきものとして重点的に取り組んでいる(社会的)課題」を尋ねている(複数回答可)。概ねSDGsに沿った選択肢の中で、「気候変動・災害」、「経済成長・雇用」、「健康・福祉・高齢化対策」、「生産消費」は多くの企業が解決に取り組んでいる。
一方、「平和」、「不平等是正」、「貧困」、「飢餓」に取り組む企業の割合は10%に満たず、取り組みやすい課題とそうでない課題の二極化傾向にあることが読みとれる。



執筆者:伊藤 公二(いとう・こうじ)
CSRワーキンググループメンバー
亜細亜大学 国際関係学部 国際関係学科 教授

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