
ヤングリーダー奨学基金プログラムは、日本財団が1987年に将来の世界を担うリーダーの育成を目指して立ち上げ、1997年からは東京財団が運営を行っている、世界の大学の人文社会科学分野の大学院生を対象に奨学金を給付する奨学制度。日本を含む世界44か国の69大学・大学連合に各々100万米ドルの基金を寄贈し、17,000名 を超える奨学生(Sylffフェロー)を輩出してきた。Sylffフェローは卒業後、外相や中央銀行総裁などを務めたり、学術研究、ビジネス、非営利セクターなど様々な分野の第一線で活躍している |
サイバー脅威の複雑な構造を読み解く
社会的影響の大きいサイバー攻撃は、世界各国の政府にとって国家安全保障上の懸念となりつつある。そう指摘するのは6月27日に東京財団(Sylff Association事務局)を訪れた、タフツ大学フレッチャー法律外交大学院のジョセフィン・ウォルフ准教授だ。
近年、頻発するオンライン詐欺は単なる窃盗とは限らない。「盗まれた資金が北朝鮮の兵器開発などに使われることもあります。ランサムウェアも敵対的国家の資金源となっており、経済的な国家戦略全体に脅威を与えています」
技術政策とコンピューター科学の両分野に精通した第一人者であるウォルフ氏は、現在フレッチャースクールでサイバーセキュリティ政策の准教授、コンピューターサイエンス・工学の准教授、そして同校の日立センター(Hitachi Center for Technology and International Affairs)の所長を務める。
国家安全保障上の脅威であるだけに、サイバー攻撃が「グレー戦争」と表されることもあるが、軍事的な枠組みで捉えることには慎重であるべきだとウォルフ氏は警告する。「戦争と定義すれば、それに見合った対応が求められ、状況を不必要にエスカレートさせてしまうこともあります。使われる言葉が独り歩きしないように、より適切で、その事案に見合った対応を模索することが重要です」
例えば、米大統領選などでロシアから選挙干渉があったと指摘されているが、「これは戦争行為とは言えないと考えています。深刻な問題であることに変わりはありませんが、脅威が世論や人々の投票行動を操作することにあるならば、軍隊を投入して対応すべき事態ではありません。むしろ、メディアリテラシーの向上、安全なオンライン環境の整備、大手プラットフォームの責任ある対応の追及が求められます」
インフラへの脅威と政策対応
一方で、中国からの脅威は情報操作より、重要インフラへの攻撃だと見る。「戦争の前兆とも受け取れるような事案も見受けられます。これには、まったく異なる防衛策が必要です」
ただし、軍事的対応が検討されるのは、極めて深刻な事態に限るべきだと主張する。「米国全土の電力が停止すれば、それは戦争行為と見なされるでしょう。しかし、ウェブサイトが改ざんされた程度で、ミサイル攻撃のような軍事的対応には踏み切れません」
例えばパイプライン停止や水供給の遮断などに対しては、経済制裁など複数の対応策が考えられるが、「判断は非常に難しいです。何が最適な対応なのか、明確な基準が存在しないのが現状です」
また、IoT(internet of things、モノのインターネット)の普及に伴い、物理的システムへのサイバー攻撃のリスクも高まっているとウォルフ氏は警鐘を鳴らす。「接続機器が増え、意思決定がAIに委ねられる中で、攻撃の影響はパソコンやスマホにとどまりません。改ざんされたナビゲーションシステムによって、車や船が衝突する可能性もあり、従来のランサムウェアの枠を超えた問題です」
慎重ながらも楽観的な見通し
それでもウォルフ氏は、一定の楽観的見方を示す。「私たちが恐れているような壊滅的なサイバー犯罪は、まだ現実には起きていません。何年も前から始まった戦争で、ロシアは未だウクライナの電力網を完全に停止させることはできていません。もし可能であれば、すでに実行していたはずです。防衛する側としては、これは決して小さくない勝利だと思います」
今回のウォルフ氏の訪日は、サイバーセキュリティ分野の専門家との交流を目的としたもので、防衛研究所での意見交換、東京大学での専門家との議論、そして日本政府や産業界で活躍するフレッチャースクールの卒業生とも再会した。
世界的に著名な国際関係学の専門大学院である同校は、1987年にヤングリーダー奨学基金が初めて設置されたSylff校だ。技術的リテラシーと公共政策の基礎を兼ね備えた人材を育成する独自プログラムも提供しており、サイバー犯罪への対応に第一線で活躍している日本人卒業生も数多くいる。
「大変多くの優秀な日本人が、フレッチャースクールを留学先として選んでくださっていることに深く感謝しています」とウォルフ氏は語る。
ウォルフ氏の訪問は、Sylffコミュニティの専門性と国際的な連携の可能性を改めて示すものであり、東京財団は今後もこうした交流を積極的に推進していきたい。(文責:河本 望)
▼Sylff Association公式ウェブサイトのオリジナル記事(英語)はこちら
Fletcher Cyber Expert Discusses Bilateral Security Issues during Japan Visit: Sylff@Tokyo
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