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【開催報告】新たな地域医療構想はどうあるべきか<前編>医療政策サロン
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【開催報告】新たな地域医療構想はどうあるべきか<前編>医療政策サロン

December 15, 2025

85歳以上人口の急増、医療ニーズの変化、医療人材の不足と地域偏在、そして病院経営の危機──。こうした現実を前に、2040年に向けた新たな地域医療構想が求められている。いま、医療の現場では何が起きているのか。政策はその変化に寄り添えているのか。構想に必要な視点とは何か。地域医療の専門家たちが、自らの経験や現場の実状を踏まえ、今後の医療のあり方を議論する。

【出席者】(順不同・敬称略) ※肩書は2025年5月時点
橋本 岳(東京財団上席フェロー、川崎医療福祉大学医療福祉マネジメント学部特任教授、前衆議院議員)※コーディネーター
江澤 和彦
(公益社団法人日本医師会常任理事)
太田 圭洋(一般社団法人日本医療法人協会副会長)
森 真弘(厚生労働省大臣官房審議官)

医療政策サロンについて
東京財団では、日本の医療政策に関わる多様な立場の方々をお招きし、自由に意見を交わせる場として「医療政策サロン」を開催しています。医療政策は、医療提供者、患者、保険者、行政など、さまざまな関係者が関わる複雑なプロセスです。こうした関係者間の対話が不足すると、政策が現場に根づかず、望ましくない結果を招くこともあります。本サロンでは、公式な審議の場とは異なり、自由に意見交換できる場をつくり、「医療政策」をテーマに、さまざまな角度から深掘りしていきます。

「治し支える医療」時代の地域医療介護構想

変わる医療ニーズ

橋本岳 東京財団上席フェロー(以下、橋本) 本日のテーマは「新たな地域医療構想はどうあるべきか」です。2025年を目指していた現行の地域医療構想の評価や、2019年に再検証を求めた(当初)424病院名公表の効果などを振り返りながら、残っている課題や新たな地域医療構想がめざすべきもの、実現に向けた方策について議論を深めていただければと思います。まずは、ご出席の3名のみなさまに順番にお話いただき、その後ディスカッションに移ります。それでは最初に、江澤さん、よろしくお願いいたします。

江澤和彦 日本医師会常任理事(以下、江澤) まず、現状を把握するためにいくつかのデータを紹介します。 2005年から2023年にかけて入院患者数は約29万人減少しました。一方で、高齢者は1,000万人以上増加し、要介護認定者も270万人増えています。これは、手術や化学療法などの「治す医療」から、緩和医療やターミナルケアなどの「治し支える医療」へのニーズの変化を示しています。
在宅医療の需要も高まっています。2006年に在宅時医学総合管理料が創設されて以降、2022年までに約74万5,000件増加し、特に直近10年で約31万件増えています。

療養の場も変化しています。介護保険の3施設––特別養護老人ホーム(特養)、老人保険施設(老健)、介護医療院––の定員は2005年から2023年までに約21万人増加しました。また、介護付き有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)の定員は直近のデータで約90万人に達し、その約半数が要介護3以上です。これらの施設は、在宅医療や介護施設の代替機能を果たしています。

7割の病院が赤字

病院や介護施設の経営は、ますます厳しくなっています。
入院患者数は2005年頃から減少傾向にあり、コロナ禍でその傾向が加速しました。2023年時点でも、コロナ前の水準には戻っておらず、病床利用率も低下しています。
一般病院では、医業・介護収益に対する給与費が57%を占めており、収益とのバランスが崩れ、医業利益率が低下しています。物価や人件費の上昇、コロナ補助金の終了も重なり、7割の病院が赤字ともいわれています。
介護施設も稼働率が落ちてきています。介護報酬の単価が低いため、稼働率が95%を下回ると黒字化が難しく、特養と老健の約半分が赤字に陥っています。
死亡者数は増加傾向にあり、亡くなる場所は変化しています。2005年には8割以上が医療機関でしたが、現在は3人に2人が医療機関、残りは介護施設や自宅で亡くなっており、特にがん患者の自宅看取りが増えています。

入院、外来・在宅医療、介護の連携を踏まえて

こうした状況を踏まえて、新たな地域医療構想の方向性を定める必要があります。今後は、入院医療にとどまらず、外来・在宅医療や介護との連携を踏まえた議論が不可欠です。そのため、私は当初から「地域医療構想」ではなく「地域医療介護構想」として捉えるべきだと主張してきました。そこで、以下、新たな構想に向けた課題や提案、そして要望について述べたいと思います。
まず、構想の目的と理念の共有です。新たな構想の大義や目的を明確にし、関係者間で共有することが重要です。これまでの構想は、医療費抑制を目的とした病床削減政策ではないかという疑念を招いてきました。こうした誤解を払拭し、構想の本質を共有することが必要です。
次に、「病床機能報告」制度における「回復期」の見直しです。日本医師会では昨年、「回復期」に代わる新たな機能として「包括期」を提案しました。「包括期」とは、高齢者の救急医療を受け止め、リハビリ、栄養管理、口腔ケアなどを多職種が連携して提供し、早期の在宅復帰を目指す機能です。従来の「回復期」よりも広範な役割を担うものです。
新たな構想では、病床機能報告に加えて「医療機関機能報告」の新設が検討されています。「包括期」を明確に位置づけることで、医療機関が自身の機能をより適切に報告しやすくなると考えます。
また、すべての医療機関が何らかの機能で報告できるようにすること、例えば高齢者救急と在宅医療の両方を担う医療機関が、それぞれの機能を報告できるようにすることも要望しており、これらは実現に向けて進んでいます。
そして、構想区域の柔軟な設定です。地域の実情や課題に応じて、構想区域を柔軟に設定することを提案します。都心部では分割し、人口の少ない地域では隣接区域と統合するなど、協議しやすい区域とすることが望ましいです。特に在宅医療の議論においては、介護保険の保険者である市町村単位が適していると考えます。

地域連携の基盤は「顔の見える関係」

加えて、「地域医療構想調整会議」(以下、調整会議)の活性化です。これまで調整会議はそれほど活発ではなく、また医療機関は調整会議ではなく、診療報酬改定に対応する形で病床機能を選択してきた、つまり診療報酬が機能分化を主導してきた印象があります。今後は、調整会議の活性化とともに、地域の実情に即した議論ができる人材の育成が求められます。
また、地域の裁量の拡大です。医療提供体制のあり方については、国が一律に決定するのではなく、地域の関係者の知見を尊重し、地域の特性に応じた取り組みを促すべきです。
在宅医療の提供体制を考える際には、訪問診療の提供量だけでなく、介護施設の定員も考慮する必要があります。訪問診療は都心部に偏っており、地方では介護施設がその役割を補っています。医療と介護の政策が縦割りにならないよう、行政にも意識してもらいたいと思います。
さらに、推計モデルの見直しです。これまでの必要病床数の推計は、高齢者が増えれば入院患者も増えるという「現状投影モデル」に基づいていました。しかし、実際には高齢者が増加する一方で、入院患者は減少しています。今後は、こうした実態との乖離を踏まえ、推計値を随時修正できる柔軟な仕組みが必要です。
最後に、地域連携を成功させるためには、関係者同士の「顔の見える関係」が不可欠であることも指摘したいと思います。医療機関、在宅医、介護施設の医師などが、日常的に気軽にコミュニケーションをとれる関係性を築くことが重要です。昨年の診療報酬と介護報酬の改定でも、この点が反映されました。
現在、病院経営は過去にないほどの危機に直面しています。病棟機能の変更には大きなリスクと労力が伴うため、調整会議では経営状況も含めた議論が必要です。

医療費抑制の副作用

橋本 ありがとうございました。つづいて太田さん、よろしくお願いいたします。

太田圭洋日本医療法人協会副会長(以下、太田) 江澤さんから新たな構想について詳しくお話しいただいたので、私はもう少し現場に近い、本音の部分をお話ししたいと思います。
そもそも地域医療構想は、今後の人口動態の変化に対応して、いかに地域で医療を守っていくかという政策です。ただ、政治家や政策決定者の間では、どうしても「医療費抑制策」として捉えられがちで、「経済財政運営と改革の基本方針(いわゆる骨太の方針)」にも毎年そのような記載が見られます。現場の感覚としては、こうした医療費抑制の「副作用」がすでに表面化していると感じています。私は地域医療構想の初期から議論を見守り、地方の調整会議にも継続して参加してきました。その経験を踏まえて、現場で感じている課題とこれからの展望についてお話しします。

病院集約化が医療の空洞化を招くことも

地域医療構想は2017年に各都道府県で策定されました。前段階のガイドライン作成から数えると、すでに約10年の取り組みになります。この間の最大の成果は、病院関係者や経営者が地域医療の将来について真剣に考えるようになったことだと思います。
病床数の調整については、うまくいかないことは最初からわかっていました。それでも、急性期の過剰と回復期の不足という課題が骨太で指摘され、現場ではなんとか対応しようと努力してきました。例えば愛知県では、地域医療が歪まないように、かつ厚労省に報告しても怒られないようなかたちを模索しながら、うまく対応してきた経緯があります。2025年という目標年を迎え、病床数については一定の成果を上げることができました。今後は、急性期と回復期の病床比率や行政の権限のあり方が論点となるでしょう。
これまでの地域医療構想では、病院の統合・縮小による「集約化」が進められてきましたが、それがかえって非効率な医療体制を生むケースも出てきています。
兵庫県尼崎市では、2つの公立病院を統合して新設された大規模病院が、病床数を約8割に減らすことに成功しましたが、年間約32億円の赤字補填が必要となっています。さらに、救急医療がこの大病院に集中したことで、従来、二次救急、つまり高齢者救急を担っていた市内の中小民間病院8院中7院が淘汰され、軽症患者までもが大病院に搬送されるという事態が起きています。
山形県置賜地域でも、厚労省は成功事例としていますが実際には、中小病院が担うべき症例が中央病院に集中し、地域密着型医療の機能が失われた事例があります。

また、最近では公立病院による回復期リハビリテーション病棟(回リハ)の新設が進んでいますが、民業圧迫の懸念もあり、総務省経由で年間8,500億円の補助金が投入されている現状は、再考の余地があると思います。
医療は複雑な社会システムです。単純な集約化が効率化につながるとは限らず、むしろ地域医療の空洞化を招くリスクもあるのです。

財政的裏付けの欠如が構想停滞の最大要因

地域医療構想が順調に進まなかった最大の理由は、財政的な裏付けが不十だったことです。構想はある意味「撤退戦」であり、大きな犠牲を伴う困難な取り組みです。
ある専門家が、戦国時代の「金ヶ崎の退き口」にたとえて、「撤退戦は”金が先”だよなあ」と語っていましたが、まさにその通り。政策は、プラン(計画)とそれを支える予算が揃ってはじめて成り立つものです。
例えば、2014年に新設された地域包括ケア病棟への転換が進んでいれば、急性期病床の過剰問題はある程度解消されていたはずです。しかし、診療報酬が1日あたり3万円程度と低く、病院が安心して転換できる環境が整っていませんでした。もしこれが4万円程度に設定されていれば、もっと多くの病院が移行に踏み切っていたかもしれません。
今回の診療報酬改定では、71入院基本料の基準が厳格化され、基準を満たせなくなった病院が17%に達しました。物価が上がる中で診療報酬が減少し、経営が危機的状況に陥っている病院も少なくありません。今後、地域医療構想を進めるにあたっては、高齢者救急を担う病院がプレーヤーとして残っているのか、非常に懸念されます。

中小の民間病院の存在は日本のレガシー

2019年に厚労省が示した「422病院の再編方針」の頃には、すでに民間病院の経営は厳しく、これ以上の負担を強いる政策には対応できない状況でした。今後の地域医療構想において最も重要なのは、地域で必要な医療を継続できる診療報酬の設定です。これがなければ、医療提供体制の改革は進みません。
私は、今後の地域医療構想には、以下の3点が不可欠だと考えています。
第一に、最も強調したい点ですが、財政的な裏付けです。一時的な基金ではなく、病院が安定して経営できるような継続的な診療報酬の設定が必要です。
第二に、集約化と分散化の適切なバランスです。周産期医療や高度な手術は集約化が有効ですが、高齢者医療は分散型のほうが効率的です。過度な補助金に頼る大規模公立病院の建設は控えるべきで、大学病院等の病床数も、将来的には縮小が望まれます。
そして第三に、民間病院の活用です。都市部には中小の民間病院が多く残っており、これは欧州や米国にはない、日本の医療における貴重なレガシーです。高齢化のピークを乗り切るには、これらをどう活用するかが鍵になります。
厚労省は急性期機能を特定機能病院に集約する一方で、地域における病院、訪問看護、介護施設、市町村、保険者などの連携による医療・介護提供体制を構想しています。そこでは高齢者救急を地域の病院が担うことになるでしょうが、二次救急の担い手が不明確です。一定の急性期機能を持つ病院が、在宅医療と連携しながら高齢者を診ていく体制が必要です。そのためにも、中小病院の役割を明確に位置づけることが重要です。
日本の医療の未来のために、民間病院をより有効に活用することを、心から願っています。

2025529日開催。編集・構成・撮影 東京財団)
後編(近日公開予定)

【出席者略歴】

江澤 和彦(えざわ かずひこ)
公益社団法人日本医師会常任理事
岡山大学大学院医学研究科卒業後、救急医療・重症管理等の内科臨床に励む傍ら、専門である関節リウマチの臨床に携わる。1996年に現職就任以降、多数の介護施設等の開設を行い、現在複数の病院、老人保健施設、グループホーム、ケアハウス、訪問・通所系サービスなどを運営。

太田 圭洋(おおた よしひろ)
一般社団法人日本医療法人協会副会長
名古屋大学医学部卒業、臨床研修などを経て、1997年から2年間英アストン大学経営学大学院に留学、MBAを取得。2000年医療法人新生会・新生会第一病院での勤務を始める。2003年新生会理事長、2006年医療法人名古屋記念財団(現社会医療法人名古屋記念財団)理事長に就任。名古屋記念病院を核に、医療介護を展開する社会医療法人名古屋記念財団理事長を務める。

森 真弘(もり まさひろ)
厚生労働省大臣官房審議官
1995年に厚生労働省に入省。2005年に在アメリカ日本大使館一等書記官、2013年に岡山市保健福祉局長、2015年にJETRO ニューヨーク年金部長、2018年に総理大臣官邸内閣参事官、2022年に保険局総務課長を歴任。2023年には大臣官房会計課長、2024年に大臣官房審議官に就任。20257月から厚生労働省医薬産業振興・医療情報審議官。

橋本 岳(はしもと がく)
東京財団上席フェロー、川崎医療福祉大学医療福祉マネジメント学部特任教授、前衆議院議員
1996年慶應義塾大学環境情報学部卒業、1998年同大学大学院政策メディア研究科修士課程修了、株式会社三菱総合研究所入社。2005年衆議院議員初当選(以降当選5回)。その間、厚生労働大臣政務官、厚生労働副大臣などを歴任。2025年より川崎医療福祉大学医療福祉マネジメント学部特任教授。 

 

  • 研究分野・主な関心領域
    社会保障政策/医療DX

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