- サロン
【開催報告】新たな地域医療構想はどうあるべきか<後編> 医療政策サロン
December 19, 2025
85歳以上人口の急増、医療ニーズの変化、医療人材の不足と地域偏在、そして病院経営の危機──。こうした現実を前に、2040年に向けた新たな地域医療構想が求められている。いま、医療の現場では何が起きているのか。政策はその変化に寄り添えているのか。構想に必要な視点とは何か。地域医療の専門家たちが、自らの経験や現場の実状を踏まえ、今後の医療のあり方を議論する。
【出席者】(順不同・敬称略) ※肩書は2025年5月時点
橋本 岳(東京財団上席フェロー、川崎医療福祉大学医療福祉マネジメント学部特任教授、前衆議院議員)※コーディネーター
江澤 和彦(公益社団法人日本医師会常任理事)
太田 圭洋(一般社団法人日本医療法人協会副会長)
森 真弘(厚生労働省大臣官房審議官)
|
医療政策サロンについて |
日本医療の直面する課題——不便を受け入れるか、医療を失うか
国民のための構想へ
橋本 率直なお話をありがとうございます。つづいて森さん、お願いします。
森真弘厚生労働省大臣官房審議官(以下、森) 江澤さん、太田さんから現場で起きている問題や今後の方向性について詳しくお話しいただきましたので、私は地域医療構想の基本的な部分についてお話しします。
正直なところ、これまでの地域医療構想は、医療関係者のためのものでした。病床を4つ──「高度急性期」「急性期」「回復期」「慢性期」──に色分けすることを進めてきました。しかし、これからは国民のための構想にしていかなければなりません。
たとえば、85歳以上の高齢者が在宅で生活しており、体調を崩したとき、かかりつけ医との連携はどうなっているのか。搬送が必要かどうかの判断、搬送先の受け入れ体制、そして入院後いかに早く在宅に戻れるか。こうした一連の流れをイメージしながら、構想を描いていく必要があります。
最大の課題は「人材の確保」
これからの医療は、財源の問題だけではなく、人材の確保も大きな課題になります。医師も看護師も集まらない。人口減少が急速に進む中で、医療関係者を集めても成り立たない地域が出てきています。これまでとはまったく違う状況の中で、医療のダイナミクスにどう適応していくかが問われています。
その背景として注目すべきなのが、地域医療構想の新たなターゲットである85歳以上の高齢者です。2025年には700万人、2040年には1,000万人を超えると推計されており、そのうち約6割が要介認定を受けるとされています。医療と介護の複合ニーズを持つ人がさらに増える見込みです。必要とされる医療の内容も大きく変わってきます。
2020年から2040年にかけて、75歳以上の救急搬送は36%増、うち85歳以上の救急搬送は75%増と予測されています。搬送ケースは、尿路感染症、誤嚥性肺炎、脱水などの軽度〜中等度の疾患が比較的多いと考えられます。こうした患者を受け入れられる医療機能がどれだけあるかが、これからの地域医療の重要なポイントになります。
また、同じ期間で85歳以上の在宅医療需要は62%増加すると見込まれています。訪問医療や訪問看護のあり方も、今後見直していく必要があります。
地域によっても課題は異なります。地方では高齢者人口も含めて減少していく一方、埼玉県など都市部では高齢者人口が爆発的に増加します。地方では医療提供体制の在り方が課題となり、都市部では医療・介護ニーズへの対応と人材確保が課題になります。外来患者数のピークも地域によって異なります。全国的にはピークを過ぎつつありますが、東京都や埼玉県などでは2040年頃にピークを迎えると予測されています。
さらに、すべての診療領域で手術件数が減少傾向にあります。高度な手術や救急医療は一定の集約化が必要です。一方で、軽度〜中等度の急性期医療は地域でしっかり受け止める体制が求められます。
新たな構想の柱
新たな地域医療構想では、以下の点を重視しています。
まず、病床機能の再分類と「包括期」の新設です。従来の「高度急性期」「急性期」「回復期」「慢性期」の4分類を、「高度急性期」「急性期」「包括期」「慢性期」に再編することを検討しています。「包括期」は、救急搬送された高齢者を早期に在宅復帰させる病床機能として位置づけます。
次に、「医療機関機能」報告制度です。病床機能だけでなく、医療機関ごとに高齢者救急を受け止める機能についても都道府県に報告してもらう仕組みを検討しています。報告対象となるのは以下の4つの機能です。1つは「高齢者救急・地域急性期機能」で、高齢者の救急を受け入れ、必要に応じて専門病院等と連携しながら早期の退院を図る機能です。2つ目が「在宅医療等連携機能」で、在宅医療を実施またはサポートする機能です。3つ目が「急性期拠点機能」で、手術や救急医療など、多くの医療資源を要する症例を集約して提供する機能です。そして、4つ目が「専門等機能」で、特定の診療科に特化するなど専門的な役割を担う機能です。
これらの機能をもつ医療機関に登録してもらうことで、報酬や地域医療総合確保基金などの財政支援が行き届く体制が必要ではないかと考えています。また、地域住民が自分の近くにどんな医療機能があるかを把握できるようにし、医療計画の見直しにも活用します。大学病院などの医育機能や広域的な高度医療の役割も、構想の中で明確に位置づけていきます。
医師偏在への新たなアプローチ
最後に、医師の偏在についてです。現在の医師が80歳で引退し、後継者がいないと仮定した場合、2040年には診療所がなくなる市町村が244にのぼると予測されています。たとえば中国地方では、現在から2040年にかけて、人口が15.3%減少する中で、診療所の医師数は53.2%減少すると見込まれています。さらに、全30の二次医療圏のうち27圏で、医師数が50%以上減少すると予測されています。
これまでの医師偏在対策は、医学部入学時や臨床研修時など、若手医師を対象とした施策が中心でしたが、今後は医師のキャリア全体を通じた総合的な対策が求められます。若手だけでなく、中堅・シニア世代も対象にした10程度の施策をパッケージ化しており、地域ごとに自主的に取り組んでいただきたいと考えています。これで十分な成果が得られなければ、さらに踏み込んだ政策が必要になるかもしれません。何としても、まずは現在のパッケージの中で、効果的な対応を進めていきたいと考えています。
後継者不在と経営危機
橋本 ありがとうございました。みなさんから非常に重要な視点をいただきました。江澤さんからは、医療と介護との連携が不可欠だというお話がありました。太田さんは、公立病院の集約だけでなく、中小民間病院の支援が必要だと強調され、「金ヶ崎(かねがさき)の退き口」というたとえも印象的でした。そして、森さんも同様の問題意識を持ち、厚労省の新たな構想や医師偏在の深刻さについて言及されました。
ここで森さんにお聞きしたいのですが、財政制度等審議会(財政審)の資料には「外来機能にも注目すべき」とあり、診療所への医師偏在を防ぐために診療報酬体系の見直しが必要だとされています。ただ、岡山のように医師が不足している地域もありますし、一面的な議論ではすまないと思うのです。診療所や有床診療所の役割について補足していただけますか。
森 全国的に診療所に医師が集まりすぎているという議論をするつもりはありません。診療所にも重要な役割がありますし、病院や大学病院もそれぞれの機能を果たしていただきたいと思っています。ただし、千代田区や中央区のように、診療所が過度に集中している地域では、学校医など地域医療への貢献を求める仕組みを盛り込む予定です。地域との関わりを促すような要請や勧告も検討しています。
また、臨床研修後3年間は保険医療機関で勤務することを条件とし、それを満たさないと将来的に病院管理者にはなれないという新たな規制も設けました。研修直後に自由診療へ移る「直美(ちょくび)」的な働き方が必ずしもいい話とはいえず、まずは保険診療の現場で技術を磨いてほしいと考えています。

江澤 太田先生もおっしゃったように、今や次世代の医療機関経営者がいない状況です。診療報酬が厳しい中で、病院も診療所もリスクを背負って経営しようという人が減っており、特に過疎地では医師偏在の影響で経営が成り立たず、誰も行きたがらないのが現実です。民間病院の経営者からは「子どもに継がせられない」「将来が不安」といった声が多く、実際に倒産も始まっています。このまま財政審の方針通りに進めば、医療も介護も立ち行かなくなるのは明らかです。
太田 結果的に医療費が下がっても、医療が受けられなくなりますよね。
橋本 入院ニーズの減少もあり、今のうちに縮小しておこうという動きが補助金によって加速している面もあります。ただ、それが将来の医療ニーズに合っているのかは疑問です。
「病院は儲かっている」という誤解
江澤 「撤退戦」という表現にはあまり共感できません。重要なのは、将来の人口推計や医療・介護の需要を見据えて、最適な提供体制をどう構築するかです。私は30年病院経営に携わってきましたが、土地や建物のキャピタルコストを診療報酬で返済するのは非常に困難です。建設費も高騰していて、民間では建て替えも難しい。病院の規模を縮小しても収益が減り、借入金の返済はむしろ難しくなります。
太田 新潟や室蘭でも病院の統合が進められていますが、財政的な支援が足りていないのが現状です。過去の借金をどう処理するかについても、今の制度では対応できていません。もし、過去の負債は帳消しにするような仕組みがあれば、地方の病院も前向きに動けると思います。福祉医療機構(WAM)のデータでは、融資先約1,500の民間病院のうち、半数が債務償還年数30年超、42%が営業キャッシュフロー赤字という深刻な状況です。
地域医療構想を進めるには住民の理解が欠かせませんが、「病院は儲かっている」という誤解も根強く、小さな自治体が病院を支えるのは現実的に難しい。統合の話が出ても「遠くなるのは困る」と反発があり、自治体の首長や議員も医療の実情を十分に理解していないケースが多いです。
最近ようやく、「このままでは自治体ごと財政再建団体になるかもしれない」という危機感が広がりつつあります。最終的には「少し不便な医療を受け入れるか、医療そのものを失うか」という選択を迫られる可能性も出てきています。
橋本 医療費の「フロー」は議論されてきましたが、「ストック」──資産や負債──についてはほとんど議論されてきませんでした。
国民的議論の必要性
森 多くの病院が極めて厳しい経営状況にあり、地域医療構想を議論する余裕すらないのが実情です。厚労省では今年4月から、WAMを通じて無利子・無担保の緊急融資を実施し、病床適正化には1床あたり410万円の補助金も導入しました。
今求められているのは、緊急的な支援体制と予算措置、次期診療報酬改定の推進、そして2027年に始まる新たな地域医療構想への備えです。
医療政策では、「コスト(費用)」「アクセス(利用しやすさ)」「アウトカム(成果)」の3要素の両立が難しいとされ、各国もいずれかを犠牲にしています。例えば英国はアクセスを制限し、ドイツはイノベーションを犠牲にし、米国はコストも高くアクセスも悪いとも言われています。日本は比較的バランスを保ってきましたが、今後も維持するには一定のコスト増やアクセスの見直しも必要になるかもしれません。この3つを守るために、今後は経済の成長にあわせて、医療保険の自己負担の見直しを行うなど、国民全体で支え合う仕組みづくりと、広く国民を巻き込んだ議論が不可欠です。
橋本 先ほど江澤さんから介護との連携が不可欠だというご指摘がありました。森さん、厚労省としてはどう考えていますか。
森 85歳以上の高齢者の多くは特別養護老人ホームや自宅で介護サービスを利用しており、医療と介護との連携なしに地域医療構想は成り立ちません。今後は、より小さな単位で関係者が集まれる場の設置を検討しています。そうすることで、地域の実情に詳しい方々の声を反映しやすくなります。「地域医療介護構想」という名称は、こうした取り組みの趣旨をよく表しており、ぜひ使わせていただきたいと思います。
橋本 日本の地域医療は、今まさに厳しい局面にあります。今日はこのあたりで終了させていただきます。皆さま、熱いご討議と貴重な問題提起をありがとうございます。
(2025年5月29日開催。取材・構成・撮影 東京財団)
⇒前編はこちら
【出席者略歴】
江澤 和彦(えざわ かずひこ)
公益社団法人日本医師会常任理事
岡山大学大学院医学研究科卒業後、救急医療・重症管理等の内科臨床に励む傍ら、専門である関節リウマチの臨床に携わる。1996年に現職就任以降、多数の介護施設等の開設を行い、現在複数の病院、老人保健施設、グループホーム、ケアハウス、訪問・通所系サービスなどを運営。
太田 圭洋(おおた よしひろ)
一般社団法人日本医療法人協会副会長
名古屋大学医学部卒業、臨床研修などを経て、1997年から2年間英アストン大学経営学大学院に留学、MBAを取得。2000年医療法人新生会・新生会第一病院での勤務を始める。2003年新生会理事長、2006年医療法人名古屋記念財団(現社会医療法人名古屋記念財団)理事長に就任。名古屋記念病院を核に、医療介護を展開する社会医療法人名古屋記念財団理事長を務める。
森 真弘(もり まさひろ)
厚生労働省大臣官房審議官
1995年に厚生労働省に入省。2005年に在アメリカ日本大使館一等書記官、2013年に岡山市保健福祉局長、2015年にJETRO ニューヨーク年金部長、2018年に総理大臣官邸内閣参事官、2022年に保険局総務課長を歴任。2023年には大臣官房会計課長、2024年に大臣官房審議官に就任。2025年7月から厚生労働省医薬産業振興・医療情報審議官。
橋本 岳(はしもと がく)
東京財団上席フェロー、川崎医療福祉大学医療福祉マネジメント学部特任教授、前衆議院議員
1996年慶應義塾大学環境情報学部卒業、1998年同大学大学院政策メディア研究科修士課程修了、株式会社三菱総合研究所入社。2005年衆議院議員初当選(以降当選5回)。その間、厚生労働大臣政務官、厚生労働副大臣などを歴任。2025年より川崎医療福祉大学医療福祉マネジメント学部特任教授。
