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【開催報告】医療人材の需要と働き方改革の現状<後編>医療政策サロン
January 19, 2026
誰もが自由に医療機関を選べる「フリーアクセス」が日本の国民皆保険制度の魅力。しかし、人口構造の変化や地域格差により、医療を支える体制が揺らいでいる。制度の持続可能性確保に向けて、さまざまな角度から問題を深掘りする本シリーズ。今回は、医療人材の不足や偏在の本質を探り、医師の働き方改革が現場に与えた影響を踏まえて今後の政策の方向性について意見を交わす。現場では、どのような取り組みが進み、どのような声が上がっているのか――。
【出席者】(順不同・敬称略) ※肩書は2025年8月時点
橋本 岳(東京財団上席フェロー、川崎医療福祉大学医療福祉マネジメント学部特任教授、前衆議院議員)※コーディネーター
角田 徹(公益社団法人日本医師会副会長)
馬場 武彦(一般社団法人日本医療法人協会会長代行)
水谷 忠由(厚生労働省医政局総務課長)
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医療政策サロンについて |
医師の働き方が変われば、医療提供体制も変わる 意識変革の秋(とき)
働き方改革3つの柱
橋本 ありがとうございました。そうした現状を受けて、厚生労働省として水谷さん、よろしくお願いします。
水谷忠由 厚生労働省医政局総務課長(以下、水谷) 私は今年7月、厚労省医政局総務課に着任しました。実は1997年入省時の配属先が医政局(当時は健康政策局)でした。当時は医療保険が政策を主導しているかのような印象を持ちましたが、四半世紀ぶりに戻ってきた今改めて、医療のプロバイダーに向き合う政策の重要性を強く感じています。本サロンに臨むにあたり、2019年の「医師の働き方改革に関する検討会」報告書を読み返しました。冒頭には「我が国の医療は医師の自己犠牲的な長時間労働により支えられて」きたとあり、地域医療の確保と働き方改革の両立に向けて関係者が苦心して取り組んでこられた空気感が伝わってきます。医師の働き方改革の柱は「長時間労働を生む構造的課題への対応」「医療機関内での働き方改革の推進」「時間外労働の上限規制と健康確保措置の適用」の3つです。医療機関には多大なご努力をお願いすることになりますが、行政としてもしっかりと支援していく姿勢で対策を整理してきたと理解しています。
制度施行の影響
働き方改革において、年間960時間を超える時間外労働が必要な医療機関を「特定労務管理対象機関」として指定しています。2024年末時点の状況を見ると、特定労務管理対象機関数は460で、内訳はB水準(地域医療確保のため)417機関、連携B水準(地域医療確保のため、派遣先の労働時間を通算すると長時間労働となる)120機関、C-1水準(研修のため)133機関、C-2水準(高度技能修得のため)12機関となっています。B・連携B水準の機関が多い現状ですが、このカテゴリーは2035年度末で終了する予定で、引き続き取り組みが必要な領域です。2024年6〜7月の厚労省調査では、制度施行後に「医師の引き揚げがあった」と答えた医療機関は5.3%、「診療体制を縮小した」と答えた機関は4.7%でした。そのうち1.5%は医師の引き揚げが直接の理由でした。大きな混乱は見られないものの、地域医療に影響が出ているケースも一定数確認されており、都道府県と連携して支援を進めています。医療機関に勤務環境の改善をお願いするにあたり、厚労省としても次のような財政支援を用意しています。「地域医療介護総合確保基金」による時短計画等への支援、ICT機器を活用した勤務環境改善支援、生産性向上に資する設備導入等への緊急的な支援パッケージ、働き方改革推進支援助成金、税制支援(特別償却)、優遇融資制度などです。
医師の確保・偏在是正への取り組み
医師の需給については、労働時間を週60時間程度に制限する等の仮定を置くと、2029年頃に均衡すると推計されます。長期的には供給過剰の方向にありますが、地域・診療科偏在対策は引き続き重要課題です。医師養成過程(大学医学部教育、臨床研修、専門研修)と都道府県の取り組みを連動させて進めています。医師養成過程での取り組みは、大学医学部教育における特定の地域や診療科での勤務を条件とした「地域枠」の設定と奨学金貸与(一定期間勤務で返還免除)・医師多数県から少数県への定員再配分・臨床研修の都道府県別の募集定員上限設定と倍率調整、専門研修の都道府県別・診療科別の採用数上限(シーリング)設定と地域連携プログラムなどです。都道府県では「医師確保計画」を策定し、大学との連携による地域枠の設定や、地域医療対策協議会および地域医療支援センターを通じた支援を実施しています。2024年末には「医師偏在是正に向けた総合的な対策パッケージ」を取りまとめ、若手から中堅・シニア世代までのライフサイクルに応じた総合的な施策を整理しました。先述した取り組みのほか、若手医師には、医師少数県等で24週以上の研修を実施する「広域連携型プログラム」(2026年度開始予定)の制度化、主に中堅・シニア世代には、「重点医師偏在対策支援区域」の設定、診療所の承継・開業・地域定着支援、手当増額、勤務・生活環境改善などを検討しています。そのほか、世代の枠を超えた取り組みとして、全国的なマッチング機能およびリカレント教育の支援、診療科偏在の是正なども併せて展開しています。
医療法改正と2026年度概算要求が目指すもの
こうしたことを踏まえて、2024年12月、社会保障審議会医療部会で「2040年頃に向けた医療提供体制の総合的な改革」を取りまとめ、2025年通常国会に医療法等改正案を提出しました。残念ながら成立には至りませんでしたが、臨時国会での審議を期待しています。法案には、「医師偏在是正に向けた総合的な対策」として、都道府県知事が医療計画で「重点的に医師を確保すべき区域」を定められること、保険者の拠出による医師手当の支給、外来医師過多区域の無床診療所への対応強化、保険医療機関の管理者について保険医として一定年数の従事経験を持つこと等を要件として責務を課すことなどを盛り込みました。最後に、明日(8月29日)財務省に提出する2026年度の概算要求に触れます。医政局関係で総額2,000億円超で、大きく「地域医療構想の推進」「医師偏在是正」「働き方改革の推進」の3本柱を掲げています。医師偏在対策として、重点医師偏在対策支援区域での診療所の継承・開業支援、地域医療介護総合確保基金を活用した偏在対策、広域マッチング事業、総合的診療能力を持つ医師の養成推進などを盛り込んでいます。働き方改革では、医師の労働時間短縮やICTを活用した勤務環境改善のモデル医療機関支援事業も推進します。さらに、物価高騰対策や医師偏在対策の経済的インセンティブなども予算編成過程で検討します。厚労省としては、財政当局と十分に議論し、必要な予算確保に努めます。

不安感を生む要因の複合的分析を
橋本 最新情報も盛り込んでいただき、ありがとうございました。ここからディスカッションに入ります。まずは医師の働き方改革についてです。制度施行直後のアンケートについて「懸念されたほどの混乱は生じていない」との分析が示され、少し安心しました。ただ、一部の医療機関では「困難な状況」との声もあり、個別の支援が必要です。特に2025年度以降に医師の引き揚げが起こる可能性について「わからない」との回答が増えており、派遣元・受け入れ先の双方に不安が広がっている点は重要な課題です。
角田 それは昨年のアンケート結果で、現状が続くとは思えないという不安の表れだと受け止めています。今年度、日本医師会が若手医師を対象に実施した調査では、サービス残業などへの不満が寄せられました。施設単位の調査結果と現場の声に乖離のある可能性があります。個別の意見を整理した上で、必要に応じて要望書の提出も検討しています。
馬場 大阪府では大学医局からの医師派遣が多く、労働が過度になると医師が引き揚げるケースもあります。制度施行の影響か医局の事情か、慎重な見極めが必要です。
水谷 医療現場の課題は制度施行だけでなく、生産年齢人口の減少による人材確保の困難、医療機関の経営悪化、勤務環境の厳しさ、民間職業紹介事業の課題など、複数の要因が絡み合っています。こうした背景を踏まえ、調査結果をどう読み解くかが今後の議論の重要なポイントです。
宿日直ルールの適切な運用に向けて
橋本 宿日直許可の線引きについては、幅広く対応できるよう柔軟な制度設計を目指したものと理解しています。私自身、厚労省で労働分野を担当していた際、医療機関に労働基準法をそのまま適用すると現場が崩壊しかねないとの懸念から、5年間の猶予期間を設けた経緯があります。ただ、現場には無理が生じているところもあり、2035年度末までに暫定特例水準(B・連携B水準)は廃止される予定です。
馬場 厚労省は宿日直許可取得後の見直し方法をウェブサイトで明示しています。実態と届け出内容が一致しているか、研鑽との区分がルールに沿っているかの確認が重要です。グレーな運用をしている現場も見られますが、可能な限り「白」に近づける努力が医療機関の責務です。
水谷 宿日直や研鑽のルールは、労働基準法の枠組みに加え、医療現場の実態に即して厚労省が明確化したもので、ある意味完成形です。ただし、ルールを示すことでグレーゾーンが生まれることもあります。制度の適正な運用には、継続的な点検と見直しが不可欠です。
角田 勤怠管理の徹底が大前提です。若手医師の中には「もっと働きたい」「研修を積みたい」「症例を経験したい」といった声もあり、柔軟な制度設計が望まれます。
実態把握し医療提供体制全体を視野に 偏在是正策
橋本 偏在の問題について、医師多数県・少数県の比較は、日本全体の医療体制を考える上で重要です。ただし、多数県でも医師が余っているとは限らず、「多数県扱いされても困る」という声もあります。地域間の認識の差をどう埋めるかが、今後の課題です。
角田 東京は医師多数県とされていますが、地域によっては不足しています。人口減少地域では、個人経営の将来が見通せず、若い医師が開業に踏み切れない現状もあります。医療はインフラであり、将来的には行政主体で支える仕組みが必要です。ドイツでは偏在対策として地域ごとに保険医の数を制限していますが、若い医師は規制があっても都市部に集中してしまい、偏在の解消にはつながっていません。日本でも同様の傾向があり、厳しい規制だけでは不十分で、インセンティブを含めた柔軟な対応が必要です。東京都には13の医学部があり、医師の供給源として重要な役割を担っています。かつての医局制度のような仕組みも含め、どう采配していくかが大きな課題であり、最適解を見つけるのは容易ではありません。
馬場 大阪府も多数県とされますが、実際には余っているとは言えません。大学病院の有無で見かけ上の医師数に差が生じており、偏在の実態を判断しにくい部分があります。
水谷 医師偏在に関する施策では、指標の上位・下位の3分の1で線を引く方法をとってきました。こうした線引きが適切かは議論の余地があります。現場の実感に近づけるために、医師の流出入や地理的要素を加味するなどの観点についてご議論いただいています。
橋本 医師偏在の問題は、地域ごとの病院分布や密度を踏まえ、「どこまで医療サービスを確保すべきか」という視点も含めて、医療提供体制全体を視野に入れて検討することが重要です。医療人材の確保については提供側だけの努力では限界があります。持続可能な医療体制を築くには、社会全体の意識や行動の変化が必要です。
医療リテラシーの向上を
角田 日本の国民皆保険は非常に優れた制度ですが、医療リテラシーは十分とは言えません。教育現場で社会保障や税の使い道について十分に教えられていないこともあり、「医療はいつでも受けられる当然の権利」と誤解されがちです。今後は受ける側にも理解と意識の変化が求められます。
馬場 医療の「質」は守られるべきですが、「いつでも手軽に受診できる」体制の維持は難しくなります。国や医師会が現実を社会に発信することが重要です。病院団体も、経営の厳しさをSNSなどのメディアを通じて発信しています。次のステップとして「医療の受け方」についても提案していくことを考えています。
水谷 医療提供体制や医師の働き方改革の議論において、国民の理解と協力に基づき、適切な受診を推進していくことは必要不可欠です。日本の医療を守るために、さらにしっかり訴えかけていきます。日本の医療は「テーラーメード」で丁寧に対応することが強みですが、見方を変えれば、非効率を生む側面もあるかもしれません。医療者も患者も、共通化・標準化と個別対応のバランスを意識することが、制度の持続性にとって重要ではないでしょうか。
角田 医療従事者は、賃金だけでなくやりがいや使命感を持って働いています。治療にはガイドラインがありますが、細かな判断は医師の裁量に委ねられており、経験や知識に基づいて最適と信じる方法を選ぶこともあります。そのため、標準化とのバランスが難しく、過度な統一は総枠規制のような議論にもつながりかねません。ただし、医療提供側もテーラーメード一辺倒ではなく、ある程度オーダーメードの視点を取り入れるという考え方を持つことは必要ではないかと私は思います。
「やりがい」を削がず、搾取せず
水谷 このままでは2040年には約5人に1人が医療・福祉分野で働く必要があり、人材確保とともに業務効率化にも取り組んでいかなければなりません。このように行政が効率化を推進することを、現場ではどのように受け止められているでしょうか。
角田 効率化は避けられませんが、「縮小」と受け取られないよう配慮が必要です。私は開業医で、個人医院では高齢者中心の診療が多く、効率化が難しい場面もあります。人と人との関わりが医療の本質であり、代替できない業務もあります。
馬場 効率化は必要ですが、働き手が減っても現場が回るかには懐疑的です。医療従事者はやりがいやモチベーションを重視する傾向が強く、それを活かせる環境づくりが大切です。
水谷 医療現場には強い使命感を持って働く方が多くいらっしゃることを、公務員人生で深く実感してきました。一方で、それが「やりがい搾取」にならないように、常に意識して行政に取り組んでいかなければならないと思っています。
橋本 政治の責任も大きいですが、これまでの施策は「限られた資源で最大限努力する」方向にありました。しかし、資源が減る中でニーズが増えれば、制度の縮小は避けられません。少子化対策に即効性はない現実も踏まえる必要があります。だからこそ、社会全体で将来像を共有し、議論を深め、理解を得ながら医療政策を進めることが重要です。本日はたいへん充実したご議論をいただきありがとうございました。
(2025年8月28日開催。取材・構成・撮影 東京財団)
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【出席者略歴】
角田 徹(かくた とおる)
公益社団法人日本医師会副会長
東京医科大学卒業。愛知県がんセンター放射線診療部、山梨医科大学第一外科などを経て、1990年には米国カルフォルニア州立大学ロサンゼルス校(UCLA)外科Liver Transplantation ProgramへVisiting Fellowとして留学。1991年に角田外科消化器科医院開設。三鷹市医師会長、東京都医師会理事を経て、2015年より東京都医師会副会長。2018年より1期、日本医師会監事を務め、2022年から日本医師会副会長。
馬場 武彦(ばば たけひこ)
一般社団法人日本医療法人協会会長代行
大阪府出身。昭和58年、九州大学医学部卒業。平成6年、医療法人ペガサス(現社会医療法人ペガサス)設立、理事長に就任。平成29年より、厚生労働省医師の働き方改革に関する検討会、医師の働き方改革の推進に関する検討会構成員。日本医療法人協会会長代行、大阪府私立病院協会副会長、大阪府医療法人協会会長、全日本病院協会常務理事・大阪府支部長。
水谷 忠由(みずたに ただゆき)
厚生労働省医政局総務課長
1997年厚生省入省。主に医療政策や公的医療保険制度、高齢者介護や障害保健福祉分野の政策に携わり、在米国日本国大使館一等書記官、老健局認知症施策推進室長、厚生労働大臣秘書官、内閣官房長官秘書官、保険局医療介護連携政策課長、医政局医薬産業振興・医療情報企画課長等を経て、2025年7月より厚生労働省医政局総務課長。
橋本 岳(はしもと がく)
東京財団上席フェロー、川崎医療福祉大学医療福祉マネジメント学部特任教授、前衆議院議員
1996年慶應義塾大学環境情報学部卒業、1998年同大学大学院政策メディア研究科修士課程修了、株式会社三菱総合研究所入社。2005年衆議院議員初当選(以降当選5回)。その間、厚生労働大臣政務官、厚生労働副大臣などを歴任。2025年より川崎医療福祉大学医療福祉マネジメント学部特任教授。
