「戦時大統領」としてのトランプ(1):レトリックと旗下集結効果

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「戦時大統領」としてのトランプ(1):レトリックと旗下集結効果

東京都立大学法学部教授
梅川健

 

トランプ大統領は新型コロナウイルスへの対応にあたり、313日に国家非常事態を宣言し、18日には自らを「戦時大統領(wartime president)」と呼称した[1]。アメリカでは2月末から感染拡大が起きており、229日には全米の感染者は18名だったが、39日に1000人、18日には1万人を超えた。318日時点では死亡者は145名を数えた[2]

トランプ大統領は、1月の段階では「状況は完全にコントロールされている」と楽観視しており対応に乗り気ではなかったが、感染が急激に拡大したのを受けて方針を転換した[3]。トランプ政権の新型コロナ対策は、大統領が乗り出した時点で、既に後手に回っていたといえる。330日には死者数が3000名を超え、9.11の被害者数(2996名)を上回った[4]。悲しくも、「戦争」の比喩があてはまる状況となった。427日には死者数が5万人を超え、アメリカにとって耐えられない負担となったヴェトナム戦争の米兵の死者数に迫っている。

ただし、新型コロナウイルス対応はあくまでも感染症対策であり、他の国家を相手にする通常の戦争とは異なる。戦争ではない事象に、「戦争」という比喩を用いることは、トランプ大統領にとってどのような意義があるのだろうか。本稿では、「戦時大統領」のレトリックとしての側面から論じたい。(大統領権限の側面からは次回論考で論じる。) 

「戦時大統領」というレトリック

トランプ大統領は感染症対策に「戦争」の比喩を用いることで、国民に対して、状況が戦争と同じように悲惨であること、それゆえに、通常の戦争と同じように、大統領こそが戦時の司令官となるべきだというメッセージを伝えている。ただし、通常の戦争と異なり、今回は新型コロナウイルスという「見えない敵」が相手である。多くの国の新型コロナウイルス対策も、見えないウイルスの危険性をどう国民に伝えるのか、どのように感染を抑止できるのか、ということに苦心している。

トランプ大統領のスピーチライターはこの点をよく踏まえていて、大統領の演説原稿に「見えないウイルス(invisible virus)」と書いたが、トランプ自身はこれを「中国ウイルス(Chinese virus)」と修正した。トランプ大統領は、見えないウイルスの背後に中国を見いだし、敵を可視化しようとしたのである。同時に、「中国ウイルス」という表現は、悪いものはアメリカの外にあるのだ、というトランプが2016年大統領選挙から一貫して国民に訴えている考え方を踏襲している。トランプ大統領はこの表現によって新型コロナウイルス問題を自分の従来の世界観、2016年選挙で売り出した世界観に接合したのである。トランプ陣営の2020年大統領選挙キャンペーン用のウェブサイトは、「アメリカは攻撃を受けている。見えないウイルスによってだけでなく、中国によっても」と、318日付けで更新された[5]

それでは、アメリカ国民は現在を「戦時」と認識し、大統領の指導力を期待しているのだろうか。アメリカでは危機に際して大統領の支持率が劇的に上昇するという「旗下集結効果(rally ’round the flag effect)」があることが知られている。例えば、2001911日の同時テロ攻撃の前後では、ジョージ・W・ブッシュ大統領の支持率は40%から90%へと跳ね上がった[6]。ブッシュ大統領はこの支持率を梃子に、「テロとの戦争」を戦った。

ただし、いかなる危機であっても大統領の支持率が上がるわけではないことが研究によって明らかになっている。大統領が危機において高い支持率を享受するためには、大統領が危機を巧みに「演出」することに成功し、大統領の政策について対抗エリートによる批判が少なく、メディアからの批判も少なく抑えられているという条件が必要になる[7]1930年代から大統領支持率がデータとして残されており、その間アメリカは多くの戦争や軍事介入を経験したにもかかわらず、大規模な旗下集結効果が観測されたのは、1941年真珠湾攻撃、1962年ピッグス湾事件、1991年湾岸戦争と、9.11の同時多発テロ攻撃の後に限られる[8]

翻って、トランプ大統領の支持率の変化を見てみよう。「戦時大統領」を名乗り、コロナ対策に本腰を入れる姿勢を示した318日の前後を見ると、314日には42.3%だった支持率が、327日には45.8%へとわずかながら上昇しているものの、先行研究が旗下集結効果と呼ぶほどのものとはなっていない(もっとも、この支持率は、就任直後に記録された任期中の最高値45.5%を初めて更新したという点では評価できるかもしれない)[9]

党派毎の支持率の変化を見ると、共和党支持者の支持率は3月初旬には91%、中旬には92%と、旗下集結効果が起きる余地もないほどに高止まりしていた。他方で、無党派層の支持率は同じ期間に35%から43%に増加し、民主党支持者の支持率は7%から13%への増加であった[10]。無党派層と民主党支持者は、コロナ禍を「戦争」のような危機であるとしたトランプ大統領の言葉に強く反応することはなかったのである。

大統領がリーダーシップをとると宣言しても共和党支持者しか期待しておらず、トランプ大統領はコロナ禍においても党派の分断を克服できていない。このような中で、「戦時大統領」と宣言することで、大統領に何ができるようになるのだろうか。稿を改めて考えることにしたい。

 


[1] Caitlin Oprysko and Susannah Luthi, “Trump labels himself ‘a wartime president’ combating coronavirus,” Politico, March 18, 2020. <https://www.politico.com/news/2020/03/18/trump-administration-self-swab-coronavirus-tests-135590>.

[2] COVID Tracking Project <https://covidtracking.com/data/us-daily>.

[3] Oprysko and Luthi, “Trump labels himself ‘a wartime president’ combating coronavirus.”

[4] Brad Plumer, “Nine facts about terrorism in the United States since 9/11,” The Washington Post, September 11, 2013. <https://www.washingtonpost.com/news/wonk/wp/2013/09/11/nine-facts-about-terrorism-in-the-united-states-since-911/>

[5] Katie Rogers, Lara Jakes and Ana Swanson, “Trump Defends Using ‘Chinese Virus’ Label, Ignoring Growing Criticism,” The New York Times, March 18, 2020. < https://www.nytimes.com/2020/03/18/us/politics/china-virus.html>

[6] Alan J. Lambert, J. P. Schott, and Laura Scherer, “Threat, Politics, and Attitudes: Toward a Greater Understanding of Rally-’Round-the-Flag Effects,” Current Directions in Psychological Science, Vol. 20, No. 6 (2011).

[7] William D. Baker and John R. Oneal, “Patriotism or Opinion Leadership?: The Nature and Origins of the “Rally ’Round the Flag” Effect,” The Journal of Conflict Resolution, Vol. 45, No. 5 (2001). < https://www.jstor.org/stable/3176318>

[8] Lambert, Schott and Scherer 2011, 343.

[9] “How Popular Is Donald Trump?” FiveThirtyEight, <https://projects.fivethirtyeight.com/trump-approval-ratings/>.

[10] “Presidential Approval Ratings: Donald Trump,” Gallup, <https://news.gallup.com/poll/203198/presidential-approval-ratings-donald-trump.aspx>.

 

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梅川 健

  • 東京都立大学法学部教授