「戦時大統領」としてのトランプ(2):新型コロナウイルス対策と国家緊急事態宣言

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「戦時大統領」としてのトランプ(2):新型コロナウイルス対策と国家緊急事態宣言

東京都立大学法学部教授
梅川健

 

「『戦時大統領』としてのトランプ(1)」はこちら

新型コロナウイルス(COVID-19)のような感染症に対して、アメリカ大統領にはどのようなことができ、トランプ大統領は実際に何をしたのだろうか。前稿(「戦時大統領」としてのトランプ(1):レトリックと旗下集結効果」)では「戦時大統領」というトランプ大統領のレトリックについて論じたが、今回は大統領の権限とリーダーシップについて論じたい。

「戦時大統領」というレトリックは、あたかも大統領が新型コロナウイルスとの「戦争」の指揮を執るかのようなイメージを与えるが、新型コロナウイルス対策は戦争ではなく感染症対策であり、既存の感染症対策の枠組みの中では大統領は脇役にすぎない。

アメリカにおいて感染症対策の主役は州政府である。といっても、連邦政府が感染症対策についての権限を州政府に委譲しているわけではなく、そもそも州内の公衆衛生については州政府が管轄する。連邦政府の役割といえば、州境あるいは国境を超えて感染症が拡散しないよう対策することにある。合衆国憲法の既定では、連邦政府は憲法に列挙されている事柄についてのみ権限をもち、その他についての権限は州政府が留保する[1]。連邦政府と州政府の関係は、日本政府と地方自治体との関係とは全く異なっている。

新型コロナウイルス対策においても、州政府が重要な役割を果たしてきた。20203月末までに、50州すべての州知事が緊急事態を宣言した。州民の外出禁止や不要不急の業種の休業とその解除を命じることができるのも州政府(と州政府から権限委譲された地方政府[カウンティ、シティ等])である。たとえ連邦政府が国民に対して統一的な行動指針を打ち出したとしても、それを州民に命じることができるのは州政府である[2]

2020316日、ホワイトハウスと疾病予防管理センター(Centers for Disease Control and Prevention, CDC)は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐべくガイドラインを発表したが、そこではまず「あなたのお住まいの州・地方政府の指示をよく聞いて従いましょう」とあり、その次に「もしも体調が悪いと感じたら、家にいましょう」という具体的な行動指針が続く[3]。連邦政府によるガイドラインはあくまでも「助言」であり、国民に守るよう強制できるものではない。大統領がリーダーシップを発揮しようとする場合、連邦制は制度的なハードルとなる。さて、大統領には何ができるのだろうか。

新型コロナウイルスと入国制限

感染症対策について、大統領は2つの重要な役割を果たしうる。ひとつは国境の管理であり、もうひとつは州政府への援助である。国境管理はまさに連邦政府の業務であり、なかでも大統領は、ある者の入国がアメリカにとって不利益となると判断すれば、その者の入国を制限できる。2020131日には中国からの入国を制限し、229日にはイランからの、311日にはヨーロッパ26カ国からなるシェンゲン協定圏からの入国を制限し、314日にはアイルランドとイギリスからの入国も制限した。ただし、これらの制限は渡航者の国籍によるものではなく、渡米前の14日間に当該地域に滞在した者を対象としたものであった[4]。 

国家緊急事態宣言

公衆衛生上の問題への対処は州政府の権限と責任で行われるが、新型コロナウイルスのように州境を超えた大規模感染が生じると、州単独での対処は困難になる。このような場合に、連邦政府に出番が回ってくる。新型コロナウイルスに対しては、後述するように313日にトランプ大統領が国家緊急事態を宣言したが、実は131日時点で、保健福祉長官アレックス・アザーの名前で、公衆衛生緊急事態(Public Health Emergency)が宣言されている[5]

公衆衛生法第319条に基づく公衆衛生緊急事態の宣言によって、保健福祉長官は、疾病対策を講じるための公衆衛生緊急基金 (Public Health Emergency Fund)へのアクセスが可能となり、連邦と州の間の調整、必要な物資の調達、治療薬の開発などの医療体制の拡充のために資金を用いることができるようになる[6]。また、公衆衛生緊急事態宣言は、米国食品医薬品局(Food and Drug Administration)による緊急使用承認(Emergency Use Authorization)も可能にする[7]。これは、緊急時に未承認薬もしくは承認薬の用途外使用を認める仕組みである。公衆衛生緊急事態の宣言によって、連邦政府による州政府支援態勢の拡充ならびに規制緩和がなされた。

それでは、トランプ大統領による313日の国家緊急事態宣言[8]はどのような変化をもたらしたのだろうか。アメリカ合衆国憲法は、緊急事態について明示的な規定を置いていない。アメリカでは、長い時間をかけて、合衆国憲法の文言を変えることなく、議会立法の形で緊急事態法制が整備されてきた。今日では、大統領は国家緊急事態を宣言する際に、発動する具体的な法律と権限を明示することになっている(詳しくは拙稿「緊急事態におけるアメリカ大統領権限:トランプ大統領による壁建設はなぜ可能なのか」を参照)。

トランプ大統領による宣言で具体的に言及された権限は、社会保障法第1135条である。この条項は、メディケア、メディケイド、および州児童医療保険事業について州が従うべき特定の要件を一時的に免除する権限を連邦の保健福祉長官に与える。ここで免除される要件の多くは平時においては患者の権利を守るためものであり、医療機関は通常の手続きを省略して患者に対応できるようになる[9]

国家緊急事態宣言によって、大統領は様々な緊急時の権限の発動が可能になるが、トランプ大統領は上述の権限のみを発動した。国家緊急事態宣言という言葉の響きは、国民の私権制限や外出禁止命令などを想起させるが、実際には限定的な効果しか持たない宣言であったことを指摘しておきたい[10]。「戦時大統領」を自称するには、いささかおぼつかない権限にも見える。

実は、2009年に新型インフルエンザH1N1の感染が拡大した際に、オバマ大統領もやはり国家緊急事態宣言を出しており、その内容はトランプのものと同様であった[11]。トランプ大統領は、感染症拡大に対峙するにあたり、いつもは熱狂的に批判している前任者を踏襲したのである。

 

 


[1] 合衆国憲法修正第10条。

[2] Rebecca L. Haffajee and Michelle M. Mello, “Thinking Globally, Acting Locally: The U.S. Response to Covid-19,The New England Journal of Medicine, April 2, 2020. <https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp2006740>.

[3] “30 Days to Slow the Spread,” The White House. <https://www.whitehouse.gov/wp-content/uploads/2020/03/03.16.20_coronavirus-guidance_8.5x11_315PM.pdf>.

[4] Donald Trump, “Proclamation on the Suspension of Entry as Immigrants and Nonimmigrants of Certain Additional Persons Who Pose a Risk of Transmitting Coronavirus, March 14, 2020. <https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/proclamation-suspension-entry-immigrants-nonimmigrants-certain-additional-persons-pose-risk-transmitting-coronavirus-2/>.

[5] なおこの宣言は127日に遡及適用された。Kavya Seker and Ada S. Cornell, Domestic Public Health Response to COVID-19: Current Status, CRS Insight, IN11253 (2020). <https://crsreports.congress.gov/product/pdf/IN/IN11253>.

[6] 公衆衛生緊急事態宣言は、連邦の疾病予防管理センター長官に、 感染症緊急事態準備基金(Diseases Rapid Response Reserve Fund)へのアクセスも認める。“Public Health Emergency Declaration, U.S. Department of Health & Human Services. <https://www.phe.gov/Preparedness/legal/Pages/phedeclaration.aspx>.

[7]Emergency Use Authorization, U.S. Department of Health & Human Services. <https://www.phe.gov/Preparedness/planning/authority/Pages/eua.aspx>.

[8] Donald Trump, “Proclamation on Declaring a National Emergency Concerning the Novel Coronavirus Disease (COVID-19) Outbreak, The White House, March 13, 2020. <https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/proclamation-declaring-national-emergency-concerning-novel-coronavirus-disease-covid-19-outbreak/>.

[9] “1135 Waivers,” U.S. Department of Health & Human Services. < https://www.phe.gov/Preparedness/legal/Pages/1135-waivers.aspx>; 平川幸子「日本と米国の公衆衛生緊急事態対応の比較分析」『公共政策志林』第6(2018)240頁。

[10] 3月13日には、トランプ大統領は、スタフォード災害援助法上の緊急事態も認定している。同法は、災害対応が州の能力を超える場合に、連邦政府による支援を可能とするもので、ハリケーンなどの自然災害に加え、感染症の拡大も範囲としている。同法によって、連邦政府は、州政府による緊急対応の費用について75%を上限として肩代わりできるようになった。Donald Trump, Letter from President Donald J. Trump on Emergency Determination Under the Stafford Act, The White House, March 13, 2020. <https://www.whitehouse.gov/briefings-statements/letter-president-donald-j-trump-emergency-determination-stafford-act/>; Erica A. Lee, Bruce R. Lindsay and Elizabeth M. Webster, “The Stafford Act Emergency Declaration for COVID-19,” CRS Insight, IN11521 (2020). <https://crsreports.congress.gov/product/pdf/IN/IN11251>.

[11] Barak Obama, “Declaration of a National Emergency with Respect to the 2009 H1N1 Influenza Pandemic, The White House, October 24, 2009. <https://obamawhitehouse.archives.gov/realitycheck/the-press-office/declaration-a-national-emergency-with-respect-2009-h1n1-influenza-pandemic-0>.


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梅川 健

  • 東京都立大学法学部教授