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新型コロナ対策がもたらす効果の定量的分析 ~緊急事態宣言解除後のシナリオとは?~
緊急事態宣言発令後、初の週末の渋谷にて(2021年1月)写真提供:共同通信イメージズ

新型コロナ対策がもたらす効果の定量的分析~緊急事態宣言解除後のシナリオとは?~

March 19, 2021

新型コロナウイルスの感染対策として首都圏4都県に出されていた緊急事態宣言が、2021321日で解除されることが決定した。しかしながらリバウンドの懸念は色濃く残り、予断を許さない状況に変わりはない。

緊急事態宣言下で新型コロナウイルス対策として取られた各種の政策は、感染拡大防止にどれだけの効果があったのだろうか。定量的な分析に基づく政策評価が、今後の政策を検討する上でも今まで以上に重要性を増している。

本稿では、各種の具体的な新型コロナウイルス対策について、詳細なモデルを用いて分析・評価し、これからの政策判断をより的確に行うための検討材料としたい。

※本稿は、千葉安佐子東京財団政策研究ポスト・ドクトラル・フェローの講演を基に作成した記事である(2021年2月24日開催)

政策の定量的評価の必要性
モデル・分析の特徴
 ① 実際の人口特性を反映
 ② 地理的概念の導入
 ③ 接触の再現
 ④ 各種対策の比較

シミュレーションや各シナリオの設定
分析結果:各対策の比較
分析結果:緊急事態宣言解除後の各対策の段階的緩和
接触アプリの効果
おわりに

政策の定量的評価の必要性

コロナ禍において、実際に取られた政策は色々とあるが、今後の対策を検討する上でもそれらの政策がもたらした効果を定量的に評価する必要がある。その中でも今、特に詳細なモデルを用いた分析が求められていると考えている。

1年前にコロナウイルスが初めて発見され、日本の中でも最近SIR モデルを用いた国内での感染動向の予測というものが提示されている[1]。しかし、そうしたSIRモデルなどの数理的なモデルを用いた分析の場合、非常に大雑把なものになりがちになるという点が一つ挙げられる。

各種政策、例えば「ロックダウン」「営業時間短縮」「テレワーク」などに代表される具体的な政策、その効果はどれくらいあるのかという問いに答えるためには、なるべく現実世界を反映したような詳細なモデルを用いる必要があると考えられる。そのためには、そのモデルは、色々な軸やロジックで人々の様々な特徴を反映する(多次元での異質性を詳細に描く)ことができる必要がある。

まずは、感染症において重要な要素である人の移動について細かく描写できるモデルであること。

次に、病理特性を細かく描写できるモデルであること。例えば若い人とお年寄りを比べた時に、お年寄りの方が重症化しやすい、あるいは亡くなりやすい、そういった病理特性を人の属性に応じて描くということが求められる。

最後に、様々な対策の効果を横断的に比較できるモデルであること。

このような背景から、SIRモデルではなく、エージェント・ベース・モデルと呼ばれる、個人に着目してその個人の相互作用を描くことにより結果として社会全体での現象を描くことができるモデルを採用して分析を行った[2]

モデル・分析の特徴

① 実際の人口特性を反映

分析の特徴をいくつか挙げる。まず一つが実際の人口特性、人口の異質性を反映しているという点である。異質性というのは簡単に言えば人の属性の違いのことを指す。例えば年齢・性別・住んでいる場所・職業などといった属性の違いというものが、特に今回の感染症及びその対策を分析するのにあたっては非常に重要になってくると考える。それは、属性の違いによって接触の仕方が異なったり、あるいは重症化率や死亡率が異なったりということがあるからだ。よって、本テーマのシミュレーションはこういった異質性を加味するべきという要請があるとものと考えられる。

本分析ではこうした要請に応えるべく非常に細かいレベルで人々の異質性というものを反映している。具体的には国勢調査の個票データを用いて、日本の実際の人口特性を再現している。利用する属性には、年齢、性別、都道府県、職業、従事する産業、職場の規模がある。

まず、125万人分の国勢調査の匿名データから 2.5万人を無作為に抽出し、その世帯に関する回答から一人ひとりに対して家族を生成する。この操作によって若年層の複数人世帯が増えてしまうので、生じた歪みを補正するために、60 歳以上の単身世帯数を倍にする。以上の操作から日本を模した仮想的な人口データが出来上がる。これは規模としては約75,000人、つまりスケールとしては実際の日本の約1/1,500くらいになっている。

この仮想的人口データは、若干のずれはあるものの、概ね現実の人口構成を反映できていると言える(下図の青がシミュレーションで用いた仮想的人口データ、オレンジが実際の人口データ)。

② 地理的概念の導入

特徴の二つ目として、地理的概念を導入している。具体的には、NTT ドコモから提供された携帯電話端末位置情報の約8,000万台分のデータを導入して、人々の移動、特に各8大都市圏における人々の移動について再現している。

まず、8大都市圏のそれぞれにおいて、下図の通り、大都市への移動確率を算出した。

その上で、毎期毎(1期は1日としてシミュレーション)に各大都市圏に存在する人を特定の規模でランダムにグルーピングし、その各グループにはサービス業また接客業の就労者をランダムに割り当てた[3]。このグループ内で接触が発生するという想定である(このグループは毎期毎にシャッフルされる)。

また、本モデルでは、各大都市圏において、構成都道府県でない都道府県からの移動を長距離移動としている。例えば、関東大都市圏(一都三県を指す)において、神奈川県に住んでいる人が関東大都市圏内で移動したとしても、それは長距離移動とはみなさず、静岡県など関東大都市圏外から移動してきた場合を長距離移動とみなしている。

③ 接触の再現

三つ目の特徴は、接触を再現しているという点である。シミュレーションでは物理的な計算上の制約があるが、できるだけ現実社会での接触を再現するため、日常的な接触と流動的な接触の二つに大別した上で、接触の再現を行った。日常的な接触を家庭・職場・学校・高齢者施設での接触、流動的な接触をその他の固定的でない接触として定義した。各接触場面での接触数は、実際のデータを参照して決定している。

日常的な接触

日常的な接触は、家庭・職場・学校・高齢者施設の四つの場所での接触である。これらの場所においては、毎日基本的に接触が行われ、その接触相手は固定的である(毎日決まった相手と接触)。

流動的な接触

流動的な接触は、日常的な接触と異なり一期一会のものを含み、カラオケや飲食店、劇場などでの街において発生する接触が該当する。流動的な接触は、データを見ると、主に大都市において多数発生しているということが分かる。そのため、流動的な接触についてはより大都市圏に注目して分析を行う必要がある。

④ 各種対策の比較

最後に、この分析の一番大きな特徴としては、各種の具体的な対策が比較できるということである。①~③の特徴により、この分析ではモデル上に現実の社会を忠実に再現できる。複雑な現実社会を再現した上で、実際にとられた対策をモデルの中に導入することによって、その影響を測ることができる。

シミュレーションや各シナリオの設定

各種対策の効果の分析については、全て300回のシミュレーションを行い、その平均の値を結果として示す。シミュレーションの設定としては、初期状態として、初日にまず1人の感染が確認されたという仮定を置いており、感染者が確認された翌日からそれぞれある特定の対策を取った場合について比較している。

長距離移動制限、在宅勤務、時短営業については、過去の実績から下図のような設定を行った(長距離移動制限は2019年春の緊急事態宣言時の実績に基づく)。全般的な接触制限については具体的な対策による効果のレベル感を解釈するためのシナリオであり、すべての接触の場において、接触がある一定割合で減るという想定のシナリオである(実際にはなかなか起こりえない)。

分析結果:各対策の比較

分析結果の概要を下図に示す。

長距離移動制限については、全国に対して長距離移動制限をかけた場合、無対策時に比べて新規感染者数が約半分になるという結果となった。長距離移動制限を東京発着のみに限定した場合には、割合の低下はみられるものの一定の範囲にとどまるが、東京大阪発着に対して長距離移動制限行った場合には、全国で制限した場合とほぼ同程度の効果が得られるということが分かった。人口が密集していて、人の出入りが多い地域にターゲットして長距離移動制限をすることで、非常にコストパフォーマンスの高い効果を得ることができる。

在宅勤務については、他の対策に比べて効果が限定的である。この一番大きな要因は、在宅勤務ができる人が実際には非常に限られているということがいえる。

営業時間短縮は他の対策に比べ、非常にその効果が大きく、全般的な接触を平時の50%に制限したシナリオには及ばないが、感染ピークを半減させる程度の効果があるという結果となった。簡単に営業時間短縮の経済効果を試算すると、仮にこのシナリオで個人の外出2割減が1年間続いたとすれば、外食産業の売上高は5.2兆円の減少、GDP換算では約0.5%の減少となる。

分析結果:緊急事態宣言解除後の各対策の段階的緩和

緊急事態宣言を解除した際の、各対策の段階的緩和についても分析を行った。本分析中での緊急事態宣言下でのシナリオは下記を設定している。

検査とイベント制限については宣言解除後も続けていくと想定し、その他の長距離移動制限・テレワーク・営業時間については解除に伴って制限の程度が緩められるという想定である。

仮に、長距離移動制限と営業時間短縮とテレワークを全て解除する場合には、解除後には少しずつ感染が増えていき、感染がまた広がっていくということが図から見て取れる。テレワークのみを維持して長距離移動制限と営業時間を解除した場合には、3つとも解除した時ほどではないが、解除後は増加していく。一方でテレワークと営業時間短縮を維持した場合には、解除後横ばいから減少傾向となった。これは先に紹介した、各種対策の中で営業時間短縮の効果が非常に大きいという点と対応している。ただし、このシミュレーションは期間が長くなりすぎると分析の精度が落ちる点について注意が必要である。

接触アプリの効果

ここからは接触アプリの効果についての分析結果について、少し紹介したい。どのくらいのダウンロード率で効果を発揮できるのかという点が注目されるが、アプリの効果は運用の仕方に大きく依存するということが分析結果から明らかになった。

ここでは「接触者検査型」(Japan型)と「接触者隔離型」(Fraser型)の二通りの運用の仕方を対象として検討している。接触者検査型というのは、陽性者との接触があった人へアプリで通知があり、検査を受けるというもので、日本で運用されているものと同様の方法である。もう一方の接触者隔離型は、アプリから陽性者との接触通知を受けた時点で対象者は即座に自主隔離に入ってもらうというものであり、これは海外の一部のアプリで導入されている運用方法である。

分析にあたっては、15歳未満と70歳以上はスマホを所持しておらず、15歳以上70歳未満(全人口の65.8%に相当)は全員スマホを持つという仮定を設定した。

これら二つの運用の仕方をダウンロード率と新規感染者数の人口比で比較したものが、上図である。接触者検査型(Japan型)の運用では、ダウンロード率が90%100%という極めて高い割合になっても依然として新規感染者は出現するが、接触者隔離型の場合は同程度のダウンロード率を実現したとすると、カーブはほぼフラットになり、新規感染者は実質的に封じ込めが可能なレベルにまで抑えられている。

この結果の要因としては、以下の三つが考えられる。

まず、検査は感度 7 割であるため、接触者検査型はコンタクト者に占める感染者のうち 3 割を見逃しているといえる(偽陰性効果)。二つ目で考えられる要因は、検査は感染力のある者しか検出できないため、一つ目の要因が解消されたとしても、接触者検査型ではコンタクト者のうち感染直後でまだ感染力を持たない者を見逃しているといえる(感染直後者効果)。三つ目に、接触者隔離型の場合は全コンタクト者に対して外出カットを想定しているため、コンタクト者のうち未感染で他人に移す恐れのない人までも外出カットの対象とし、部分的なロックダウンをしているのと等しい効果が得られることが要因として考えられる(ロックダウン効果)。

この三つの要因候補のうちどれが最も影響しているのかということを比較したい。ここでは、「カウンターファクチュアル」という実際には起こらないが仮想的なシナリオを2パターン比較する事によって、どの要因が一番効いているのかということを分析している。

その結果、要因候補で紹介した「感染直後者効果」が最も影響が大きいということが判明した。つまり、検査は感染直後の状態で感染力を持たない者の陽性は発見できないため、接触者隔離型のように接触が判明した段階で感染の芽を摘む運用が、非常に効果的になるのである。

では、接触者隔離型の運用が非常に効果が高いとした上で、それはどの程度効率的に運用できるのか。接触者隔離型の運用は早期に感染の芽を摘めるというのは非常に良い点ではあるが、接触者であれば一律に外出制限の対象としてしまうため、ウイルス拡散の恐れがない非感染者も外出が制限されてしまい、社会・経済的な観点からは損失となる。その損失の部分とメリットを比べて効率性を評価する必要がある。

接触者隔離型の運用時のアプリダウンロード率を10%60%100%で比較した。例えば、60%という中途半端な値を取る場合、結局は感染が起きてきてしまう。もしも100%までダウンロード率を高めることが出来れば、一時的に自主隔離の人は増えるが、その後はずっと減少基調になり0になるということが言える。

以上の接触アプリの効果について、分析結果を以下4点に示す。

おわりに

今回の分析では、各種対策の効果の比較や、各シナリオでの緊急事態宣言解除後における感染者数の増加予測、そして接触アプリの効果について分析を行った。今後については、モデルを精緻化し、特に経済効果を感染状況と連動する形で分析できるようにしていきたいと考えている。

 

参考文献


[1] SIRモデルを利用した諸研究について詳しくは猪野明生・千葉安佐子「「疫学」と「マクロ経済学」の視点から ―最新論文に見る感染症対策と経済活動維持の最適解とは―」を参照。

[2] 今回の分析ではKerr et al.(2020)Covasimというエージェント・ベース・モデルをベースとして採用した(Kerr, C.C. et al. (2020). Covasim: an agent-based model of COVID-19 dynamics and interventions. medRxiv.)。このモデルは、人と人とが接触すると確率的に感染が広がっていき、感染した人は確率的に症状が進行または回復するというものである。

感染確率について、感染者Aと未感染者Bの間で伝染が起きる確率を決める要因は下記によって決定される。
・どのような場所で接触したのか
Aの感染力(感染させやすさ)
Bの感受性(感染されやすさ)
Covasimでは、元々、年齢や産業などいくつかの属性が与えられているが、今回の分析では、後述する様々な要素(距離と移動の概念、日常的な接触と流動的な接触の場、職業、都道府県)などをモデルに追加することで、接触の描写をより現実に近いものとした。

また、モデルには、全ての接触で同じ確率で感染が発生するのではなく、今回の分析ではごく限られた一部の接触において非常に高い確率で伝染が発生する「スーパースプレッダー」という現象についても導入している。「スーパースプレッダー」については、全接触からランダム抽出された4%の接触において感染確率が2,000倍になるという設定を行った。

加えて、中等症以上になった人は自動的に隔離され、接触がかなりの割合で遮断されるということも想定している。

[3] グループの規模は期待値10のポワソン分布に従うものとし、サービス業または接客業の就労者は各グループにつき3人とする。

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