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【論考】地域メディアの存在意義と防災 南日本放送の防災ネットワーク実践から(Ⅰ)
January 29, 2026
元テレビ朝日 報道局プロデューサー 江野夏平
人口減少と高齢化が急速に進むなか、災害時に住民の行動判断に結び付く情報を、放送と自治体がどのように連携して届けるべきかが問われている。この課題は、制度や技術、あるいは経営効率の改善といった個別の手段で解決できるものではなく、地域においてメディアをどのような存在として位置づけるのかという、より根本的な視点を必要とする。
放送事業者としての「理念」は、抽象的な精神論を唱えるだけでは不十分である。理念が現場の判断や組織運営に具体的に反映されていなければ、災害時において住民の行動判断を支える機能は果たせない。地域メディアが営利事業であると同時に公共的インフラとして機能するために、自治体や住民、さらには地域内のローカルメディアとの関係をどのように設計し、継続していくのかを定める前提条件である。
これまで各地のローカル放送局や自治体、コミュニティメディアを対象に調査研究を重ねる中で、制度設計や技術論以前に、平時から築かれてきた関係性の有無が、災害時の情報発信の質と速度に大きく影響していることがわかってきた。地域メディアと自治体、地域住民、さらにローカルメディアの間で形成されてきた日常的な関係性こそが、非常時の実効性を左右しているのだ。
こうした関係性を早期に構築し、実装してきた代表的な事例が、南日本放送(MBC)が自治体と締結してきた「防災パートナーシップ協定」を基盤とする取り組みである。事実、調査研究の過程では、多くのメディア関係者から、同社の実践について「自局の取り組みを構想する際の先行的な成功例として手本としてきた」といった評価が繰り返し聞かれた。
その特徴は、自治体との協定や定例会議の実施を形式的に運用することにとどまらず、平時の番組制作や取材現場を通じて関係を実質的に積み重ねてきた点にある。さらに、系列局や事業内容・規模という枠にとらわれることなく、コミュニティFMやケーブルテレビなど地域内の多様なローカルメディアと日常的に連携し、相互補完的な協力関係を築いてきた点は、人口減少下で取材体制が先細る各地のローカル局にとって、実装可能な成功モデルとなっている。
具体的には、自治体から発表される避難情報や避難所開設状況、通行止め、ライフラインの復旧見通しといった公式情報だけでなく、日常的に拾い上げている地域の動き、道路や河川の異変、停電や断水の兆候、避難所周辺の混雑、住民の避難行動の実態といった生活情報を相互に共有し、それを番組やニュースの中で循環させてきた。
重要なのは、この連携が単なる情報提供の枠組みにとどまらない点である。平時から互いの取材・編集スタイルを理解し、どの程度の確認が取れれば情報を発信できるのかという報道基準を共有してきたことが、災害時の迅速な判断を可能にしている。その前提として、「どの情報について、誰に確認すればよいのか」が関係者の間で共有されていることが、連携を機能させる基盤となっている。
MBCの「防災ネットワーク協定」の成功要因を調査する上で、1993年8月6日の豪雨災害は、その出発点として位置づけられる。この豪雨は地域社会に甚大な被害をもたらしただけでなく、MBCにとっても極めて重い経験となった。8・6豪雨災害では、局舎の浸水やラジオ中継車の水没が発生し、放送局の取材・中継機能そのものが被害を受けたことが記録されている。局周辺でも道路冠水が確認されるなど、「伝える側」である放送局自身が、被災の当事者となった。
この豪雨災害の際、私は入社2年目の報道番組ディレクターとして鹿児島に入り、取材にあたった。県内各地では住宅地に泥水や土砂が流れ込み、鉄道や道路は各所で寸断され、地域の日常を支えてきた生活基盤そのものが失われていた。被害規模を示す数値は覚えていないが、豪雨によって一変した街の風景は強く記憶に残っている。取材スタッフの中には実家が鹿児島にある者もおり、そのディレクターは、自身の家族や親戚が被災した地域を取材しながら、カメラの前で被害の状況を伝えていた。自然の力の前では、これまで当たり前に続いてきた暮らしや風景が、いとも簡単に失われ得るという現実を突き付けられた。
この経験は、MBCにとって、災害を報じる主体であると同時に被災当事者ともなり得るという現実を自覚させるものとなった。メディアは出来事を俯瞰して伝える立場ではなく、地域社会を構成する一員であるという認識が、改めてこの時に認識されたのかもしれない。
この問題意識を具体化する取り組みとして、MBCは近年、「8・6豪雨災害デジタルマップ」の公開や、400本を超える取材テープの再検証を進めている。これは、過去の豪雨災害時に撮影されたニュース映像や取材記録、証言を再検証し、それらを時間軸と地理情報に沿って整理・可視化したものである。災害発生時に、どの場所で何が起き、被害がどのように広がっていったのかを、映像とともに地図上で確認できる点に特徴がある。
重要なのは、過去の災害を単なる出来事として振り返るのではなく、その記録を地域に生きるすべての人に共有されるべき情報として整理し、次に災害が発生した際の行動判断に生かそうとしている点である。
さらにこの取り組みは、コンテンツの公開にとどまらず、地域の防災実践へとつなげられている。過去の映像や記録を、現在の地形やインフラ、自治体や住民の知見と結び付けて読み解くことで、防災教育や訓練へと具体的に活用されているのだ。MBCの取り組みが、平時から行政・住民・メディアの間の情報共有の基盤を形づくっている具体例でもある。
MBCの実践が評価されてきた理由は、防災というテーマに先進的に取り組んできたからだけではない。その根底に、地域と運命を共にするという一貫した理念があり、それが経営判断や日々の実務にまで貫かれてきた点にある。中村耕治相談役への聞き取りからも明らかになったのは、防災パートナーシップ協定や県内メディア防災会議といった枠組みが、制度対応や対外的評価を目的として構築されたものではなく、「メディアは何の役に立てるのか」という報道人としての根源的な問いに対する実践的な答えとして積み重ねられてきたという事実であった。
中村相談役が語る「地域主義こそ経営論である」という言葉は、理念と経営を別々のものとして考える発想を明確に否定している。地域が立ち行かなくなればローカル局も存続できない以上、地域の将来と切り離せないかたちで事業を続けるほかないという、現実に即した認識がそこにはある。
東京を中心とした一極集中型のメディア産業モデルが限界を迎えるなかで、キー局とローカル局は、同じ放送事業に属しながらも、異なる条件と価値基準のもとで成り立つ存在であるという理解が、MBCの経営判断の基礎に据えられている。
この理念は、防災分野における自治体との協働のあり方に最も端的に表れている。災害時の避難情報や対応方針について、最終的な判断を行う役割は制度上、自治体が担っている。一方で、放送局は、その判断が住民一人ひとりの行動につながるよう、情報を整理し、わかりやすく伝える役割を担う。両者は責任を分担しながら、それぞれの立場で機能することが前提となっている。
ただし、判断や情報が個別に扱われ、相互の理解が十分でない場合、災害時には判断が孤立するリスクが生じる。それを防ぐためには、平時からの情報共有と、役割や前提条件に対する相互理解が不可欠である。
MBCは、自治体と組織対組織で向き合うだけでなく、「住民と組む」という立場を明確にしながら、行政・住民・メディアのあいだを結ぶ役割を果たしてきた。ここでいう「つなぐ」とは、自治体の発表をそのまま放送に載せることではない。避難判断の前提となる気象条件や地形、地域ごとの生活実態を踏まえ、それらを住民に共有可能な言葉へと翻訳し続けることである。こういった積み重ねこそが、情報が地域の中で循環する土台を支えている。
県内メディア防災会議が十年以上にわたり継続され、リアル開催にこだわってきた背景には、顔の見える関係性なくして防災ネットワークは機能しないという明確な思想がある。ケーブルテレビやコミュニティFMを含む横断的な連携は、災害時の即応性だけでなく、平時における信頼形成と人材育成の場としても機能している。
こうした考え方は、防災にとどまらず、番組制作や事業戦略にも一貫している。市場規模の小ささを理由に制作本数を減らすのではなく、自社制作を重視し、地域の空気や暮らしと連動した番組づくりを続けてきた姿勢は、「ふるさとたっぷり」という社是や、「ふるさとウィーク」といった編成にも明確に表れている。「テレビはラジオに学べ」という言葉が示すように、住民の日常とどう接続するかという問いが、常に制作の中心に置かれてきた。
地域メディアが生き残るための条件は、理念と経営、実践を分断せず、理念を起点としてそれらを貫くことにあるという点である。地域に希望がなければローカル局に希望はないという認識のもと、自治体、地元企業、住民をつなぐプラットフォームとして機能し続けることが、結果として事業の持続性にも結びついている。MBCの実践は、地域メディアが「何の役に立てるのか」という問いに対し、理念と現実の双方から答え続けてきた到達点を示しており、今後の地域メディア政策や放送制度を考えるうえで、極めて重要な示唆を与えるものである。