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【人材育成】すべての子どもが共に学ぶ学校——アテネ大学Sylffフェローが描くインクルーシブ教育

【人材育成】すべての子どもが共に学ぶ学校——アテネ大学Sylffフェローが描くインクルーシブ教育

April 22, 2026

ヤングリーダー奨学基金プログラムは、日本財団が1987年に将来の世界を担うリーダーの育成を目指して立ち上げ、1997年からは東京財団が運営を行っている、世界の大学の人文社会科学分野の大学院生を対象に奨学金を給付する奨学制度。日本を含む世界44か国の69大学・大学連合に各々100万米ドルの基金を寄贈し、17,000名を超える奨学生(Sylffフェロー)を輩出してきた。Sylffフェローは卒業後、外相や中央銀行総裁などを務めたり、学術研究、ビジネス、非営利セクターなど様々な分野の第一線で活躍している。

「インクルーシブ教育」と聞くと、障害のある子どもへの特別な支援を思い浮かべる人は少なくない。しかしそれは、本来の意味の一部にすぎない。

アテネ大学(National and Kapodistrian University of Athens)のSylffフェロー、マリア・エレニ・アポストロプロウ(Maria Eleni Apostolopoulou)氏は、インクルーシブ教育を「特定の子どもに特別な対応を施すこと」ではなく、教育そのものの前提を問い直す考え方として捉えている。

すべての子どもが同じ教室で学ぶ——その当たり前を、どのように実現できるのか。同氏は研究と実践の両面から、その可能性を探ってきた。

特別扱いしない指導法

202647日、アポストロプロウ氏は、Sylff Association事務局(東京財団内)を訪問した。同氏は、幼児教育および特別支援教育を専門とする研究者で、202512月にアテネ大学で特別支援教育分野の修士号を取得している。障害の有無にかかわらず、すべての子どもが尊重され、安心して学ぶことのできる教育環境の構築を自身の研究と実践の中心に据えている。

同氏が強調するのは、インクルーシブ教育を「通常教育」と「特別支援教育」に分けて考える発想そのものへの疑問だ。「特定のニーズのある子ども」を前提に個別対応を重ねるのではなく、最初から多様な子どもがいることを想定して教室や指導法を設計すること。それが本来のインクルーシブ教育だという。

その具体的な実践として、同氏は共感や遊びをベースにした学習、そして子ども一人ひとりの特徴や強みに配慮した指導を重視している。「学校に行くこと自体が楽しみになる」——そんな教育環境を整えることが、結果として誰一人取り残さない学びにつながると考えている。

教員の準備不足という構造的課題

一方で、理念と現実のあいだには大きな隔たりがある。修士論文において、インクルーシブ教育を担う教員の意識や実践経験について調査を行った。その結果、制度や方針として包摂が掲げられていても、現場の教員が十分な知識や訓練を受けていないという実態が浮かび上がった。

この「準備不足」は個人の資質の問題ではなく、構造的な課題である。インクルーシブ教育を実現するためには、理念や政策だけでなく、それを支える専門性と人的基盤が不可欠である——この気づきが、同氏を特別支援教育分野へ強く導いたという。

アテネ大学で受給したSylffの奨学金は、アポストロプロウ氏にとって、研究と実践を結び付ける重要な支えとなった。知的障害に関する専門研修を受けたほか、自閉スペクトラム症の子どもを支援するための代替コミュニケーション手法「マカトン(手話やシンボルを用いた支援方法)」に関するセミナーにも参加した。

さらに、受給期間中にはキプロス大学との協働により、障害理解と教育的配慮に関するガイドブックの作成にも携わった。学術的知見を、教育現場で活用できる形へと落とし込むこの取り組みは、「知を社会に還元する」というSylffプログラムの理念とも重なっている。

教室の外でも広がる実践

同氏の活動は、学校の枠内にとどまらない。子ども向けサマーキャンプでのチームリーダー、困難な状況にある子どもを支援するNGOでのボランティア活動、さらには点字資格の取得など、教育のアクセシビリティ向上にも積極的にかかわってきた。

現在は、触覚や音を用いて物語を伝える「ハプティック絵本」の制作にも取り組んでいる。インクルーシブ教育は、学校だけで完結するものではなく、家庭、専門家、地域社会との連携ではじめて成り立つ——その認識が、実践の幅を広げている。

「すべての子どもが共に学ぶ学校」を目指して

将来の目標として、アポストロプロウ氏は、障害の有無や人種、文化、言語の違いにかかわらず、すべての子どもが共に学ぶことのできる開かれた学校を設立したいと語る。その実現に向けて、教育現場での経験を積み重ねながら、教員養成や教育政策の在り方について、研究と発信を続けていく考えだ。

社会の多様性が広がる中で、教育に求められているのは、個別対応の積み重ねだけではなく、最初からすべての人を包み込む設計思想である。同氏の研究と実践は、そうした視点が次世代の教育を支える重要な鍵であることを示している。

Sylffプログラムは今後も、世界各地で社会課題に向き合う若手研究者や実践者を支援することで、包摂的な社会の実現に貢献していきたい。(文責:河本望)

Sylff Association公式ウェブサイトのオリジナル記事(英語)はこちら

Athens Fellow’s Vision for a School Where Everyone Belongs: Sylff@Tokyo

ヤングリーダー奨学基金プログラムSylff Association)の詳細はこちら

    • ヤングリーダー奨学基金プログラム / Sylff
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