【論考】防災情報をより多くの住民へ届けるために 静岡県「わたしの避難計画」と企業・地域メディアの連携 | 研究プログラム | 東京財団

東京財団

詳細検索

東京財団

【論考】防災情報をより多くの住民へ届けるために 静岡県「わたしの避難計画」と企業・地域メディアの連携
画像提供:総務省東海総合通信局
  • Review

【論考】防災情報をより多くの住民へ届けるために 静岡県「わたしの避難計画」と企業・地域メディアの連携

June 26, 2026

元テレビ朝日 報道局プロデューサー 江野夏平

2026624日、総務省東海総合通信局が開催した「防災情報通信セミナー」に参加した。そこで紹介された静岡県の事例は、防災情報をより多くの住民へ届けるための取り組みとして、示唆に富むものだった。地域メディアの持続可能性と災害時の地域情報基盤のあり方を研究している立場から、その事例を紹介するとともに、地域防災との接点について考える。

近年、激甚化・頻発化する自然災害への対応は、行政だけで担うことが困難になりつつある。特に南海トラフ巨大地震の発生が懸念される静岡県では、県民一人ひとりが災害リスクを理解し、自らの判断で適切な避難行動をとる「自助」の強化が重要な政策課題となっている。その具体的な取り組みの一つが、「わたしの避難計画」[1]である。

「わたしの避難計画」とは何か

「わたしの避難計画」は、静岡県が推進する個人向け避難行動計画である。

住民はパソコンやスマートフォンの画面上で、自宅周辺の土砂災害、水害、津波などの災害リスクを確認しながら、いくつかの質問に答えていくだけで、自分自身や家族に適した避難計画を作成することができる。

従来のハザードマップは、災害リスクを把握することはできても、「自分はいつ、どこへ、どのように避難すればよいのか分からない」という声も少なくなかった。一方、「わたしの避難計画」は、住民が自ら考えながら避難計画を作成する仕組みとなっており、単なる情報提供ではなく、具体的な避難行動につなげるツールとして機能している。

災害時に命を守るためには、行政からの情報を待つだけでは不十分である。平時から自らのリスクを理解し、避難先や避難経路、家族との連絡方法などを事前に整理しておくことが重要であり、「わたしの避難計画」はそのための実践的な仕組みと言える。

地元企業との連携が生み出した展開

静岡県は20251021日、株式会社建設システム(KENTEM)と「地域防災力の向上に向けた連携・協力に関する協定」を締結した。協定の目的は、相互に連携しながら県民に対して防災情報を発信し、県民一人ひとりが災害リスクや正しい避難行動を理解することで、防災意識の向上と地域防災力の強化につなげることである。

この協定の特徴は、行政が開発した政策ツールを民間企業のサービスと結び付けた点にある。KENTEMが運営する無料総合防災アプリ「クロスゼロ for ファミリー」で、静岡県の「わたしの避難計画」を作成する機能が追加された。このアプリには、自宅周辺の避難所の確認や防災マニュアルの閲覧など、平時の備えを支援する機能が搭載されている。また、発災時には気象庁情報の受信、家族の安否確認や位置情報の共有、家族間チャットなどの機能も利用できる。

「わたしの避難計画」が日常的に利用される防災アプリの中に組み込まれたことで、住民の利用機会は大きく広がった。行政と企業がそれぞれの役割を担いながら、防災情報の普及を進める取り組みと言えるだろう。

こうした行政と民間企業の連携は、KENTEMとの協定にとどまらない。

三井住友海上火災保険では、代理店社員が「わたしの避難計画」の普及に協力している。「わたひな普及員」としての養成講座を受講した上で、保険営業の現場で実施する家庭内防災チェックの際に、「わたしの避難計画」の活用方法や、その重要性を顧客に紹介している。保険会社は事故や災害リスクを扱う事業者であり、防災啓発との親和性も高い。家庭内防災チェックという既存の取り組みの一環として「わたしの避難計画」を紹介することで、住民にとっても自然な形で防災意識の向上につなげることができる。

また、サカイ引越センターでは、見積書や名刺に「わたしの避難計画」のQRコードを掲載するとともに、引越し見積もりの際には地域情報とあわせてチラシを配布している。引越し直後は、その地域の災害リスクや避難情報を十分に把握できていないケースも多い。転入者に対して防災情報を届ける機会として、非常に効果的な取り組みである。

これらの事例は、行政だけでは届きにくい住民との接点を、企業が補完していることを示している。こうした連携は企業にとどまらず、若者との協働にも広がっている。

若者との協働がもたらす効果

静岡県では、将来の地域防災を担う若者との協働にも力を入れている。その目的は、若者に防災を自分自身の問題として捉えてもらい、地域防災への参画につなげることにある。若者は県の防災施策の企画や情報発信にも参加しており、行政だけでは気付きにくい若者ならではの視点が施策にも生かされている。

行政が発信する情報は、ともすると「お知らせ」に留まりがちである。しかし、同世代の若者が発信することで、より身近で共感を伴う情報として受け取られる可能性が高まる。

また、従来の行政広報では十分に情報が届かなかった若年層へのアプローチとしても有効であり、防災意識の向上と情報到達の両面で成果が期待される。

地域メディア研究への示唆

地域メディアは、災害情報を伝達するだけでなく、住民、企業、自治体など地域社会を構成する多様な主体を結び付ける地域情報基盤としての役割も担っている。

この取り組みで注目されるのは、防災情報の発信主体が行政や地域メディアだけではない点である。企業が住民との接点を担い、若者も情報発信に参加することで、防災情報の到達範囲が広がっている。KENTEMはスポンサー企業として地域メディアとの接点も多く、地域社会に大きな影響力を持つ企業である。こうした企業が行政施策の普及に関わることで、報道機関による取材や紹介にもつながりやすくなる。

もちろん、それは企業との連携という話題性だけによるものではない。県民の命を守る防災施策としての公共的意義が認められたからこそ、多くの報道機関がニュースとして扱ったのである。その結果、行政単独では十分に届かなかった情報が、企業活動やメディア報道を通じて地域社会へ広がっていった。

県の担当者からは、「行政主導には限界がある」「企業には企業ならではの専門領域があり、行政の手が届かない部分を担ってほしい」という趣旨の話も聞かれた。この言葉は、防災を行政だけの仕事とせず、多様な主体との連携によって地域全体で進めようとする静岡県の姿勢を示している。

行政、企業、地域メディア、住民がそれぞれの強みを生かしながら連携することで、情報は地域社会へ広く行き渡る。地域メディアの役割も、単なる情報発信ではなく、多様な主体を結び付け、情報到達を支える地域情報基盤としての機能にある。静岡県の事例は、その具体的な実践例として、地域防災と地域メディアのあり方を考えるうえで、多くの示唆を与えている。


[1] 静岡県「一人ひとりの避難計画「わたしの避難計画」」https://www.pref.shizuoka.jp/bosaikinkyu/sonae/1040812/1029856.html

  • 研究分野・主な関心領域
    • メディア論(映像表現論)
    • 放送法(危機管理)
    • 政策広報戦略
    • 社会実装プロセス

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究者のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム