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【論考】地域をブランドへ転換する 地域放送が挑む放送外収入
August 4, 2026
元テレビ朝日 報道局プロデューサー 江野夏平
人口減少と少子高齢化、広告市場のインターネットへの移行により、地域放送事業者を取り巻く経営環境は大きく変化している。かつて地域放送を支えてきた広告収入は伸び悩み、スポット広告も厳しさを増す中、広告収入だけで現在の事業規模を維持することは容易ではなくなった。そのため近年、多くの地方局では、広告以外の収益源である「放送外収入」の拡大を重要な経営課題として位置付けている。放送外収入とは、コンテンツ販売やイベント事業、配信、地域DX、教育、EC、自治体との連携事業など、広告以外から得る収益である。
放送外収入は「やれば稼げる」というほど単純なものではない。
例えばコンテンツ事業である。キー局ではドラマやバラエティー番組を国内外へ販売し、大きな収益を上げる例も少なくない。しかし、地方局では制作費も制作体制も大きく異なる。限られた人員と予算の中で制作された番組を、全国あるいは海外へ販売できるコンテンツへ育てることは容易ではない。
イベント事業も同様である。ぴあ総合研究所によれば、2025年のライブ・エンタテインメント市場は約8,564億円となり、来場者数も9,223万人に達するなど過去最高水準となった。しかし、その成長を支えているのは、大都市圏で開催される大型コンサートや音楽フェス、アリーナ公演などである。地方局が置かれている環境は全く異なる。
しかし、人口減少が進む地域では、イベントそのものの市場規模が限られる。全国ツアーを行う人気アーティストを招くには高額な出演料が必要となり、スポンサーの確保やチケット販売にも大きなリスクが伴う。イベント市場が拡大しているからといって、それがそのまま地方局の新たな収益機会につながるわけではない。
こうした状況は、多くの地方局の経営実態にも表れている。村上圭子氏は、総務省「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」における放送事業者アンケートを分析し、系列ローカル局ではテレビ放送番組収入が売上高の90%以上を占め、イベント事業やその他事業を合わせた放送外収入は1割未満にとどまっていることを指摘している[1]。放送外収入の必要性が叫ばれながらも、広告収入への依存から脱却できていない地方局が少なくないことを示す結果である。
そのような中、東日本放送(khb)は、放送外収入比率を約15%まで高めている。同社が目指しているのは、イベントを開催して利益を得ることではない。地域そのものをブランドへ転換し、そのブランド価値を長期的な経営資源として育てることである。
2026年7月、東日本放送(khb)で放送外収入への取り組みについてヒアリングを行い、最も印象に残ったのは、都市型音楽フェス「ASUTO MUSIC PARK」に対する経営陣の考え方であった。同イベントは、khb本社前に広がる杜の広場公園と隣接するゼビオアリーナ仙台をメイン会場に、音楽ライブを核としながら地域の飲食や街の回遊性を組み合わせた新たな事業として企画されている。しかし、注目すべきはイベントそのものではなく、その事業をどのような視点で評価しているかである。
調査での聞き取りで驚いたのは、単年度の収支だけで事業を評価していないことである。2025年の初開催では約3万2千人を集めるなど大きな反響を呼んだ一方、khbが実施したイベントの中では唯一の赤字事業となった。通常であれば採算性を理由に翌年の開催を見送る判断もあり得る。しかし経営トップは継続開催を決断した。
その理由は明確だった。イベントを単年度の収支で評価するのではなく、「ASUTO MUSIC PARK」というブランドを、khb本社のある地域で定着させることに価値を見いだしていたのである。
もちろん社内ではさまざまな意見もあった。2026年も2日間開催となり、初日はMAZZELやONE N' ONLYなど若い世代を中心としたラインアップ、2日目には東京スカパラダイスオーケストラ、平井大、川崎鷹也、Tani Yuukiなど幅広い世代に支持されるアーティストを配置した。
日程ごとにターゲットを明確に分けることでチケット販売につなげる一方、屋外の杜の広場公園は無料エリアとして開放し、ライブに参加しない人も気軽に立ち寄れる空間を創出した。異なる世代や目的を持つ人々を呼び込みながら、イベント全体のブランド価値を高めようという構成である。
出演者の選定や事業計画はビジネスプロデュース局が主導したが、最終的な意思決定を行ったのは経営トップであった。初年度が赤字であっても、単年度の損益ではなく、将来のブランド価値への投資として継続開催を判断したのである。この判断は現場にとっても大きな意味を持った。今年は黒字化も視野に入っているというが、それ以上に、「自分たちが育ててきた事業を会社が信じてくれた」という経験が、担当者にとって大きな自信となり、新たな挑戦への原動力となっているという。
さらに興味深いのは、khbがASUTO MUSIC PARKを単独のイベントとして捉えていないことである。
同社は長年にわたりクリスマスマーケットを開催し、2025年には35万人を超える来場者を集める冬の恒例イベントへと育て上げた。その積み重ねによって、「khbが開催するイベントなら面白い」というブランドイメージが地域に定着しつつある。ASUTO MUSIC PARKもまた、出演アーティストのファンだけでなく、幅広い来場者を地域へ呼び込む新たなブランドとして育てようとしている。イベントを単発で終わらせるのではなく、複数の事業が相互にブランド価値を高め合う循環を生み出そうとしているのである。
この戦略を支えているのが、「あすと長町」という地域資源である。JR長町駅、地下鉄長町駅から徒歩圏内にアリーナ、公園、商業施設が集積し、人々が自然に街を回遊できる都市空間が形成されている。khbは、この都市空間そのものをイベントの価値へ転換している。
来場者はライブだけを楽しむのではない。街を歩き、飲食を楽しみ、地域の空気に触れながら一日を過ごす。「あすと長町で過ごす一日」そのものを商品として設計しているのである。これは単なる興行ビジネスではない。地域全体を舞台とし、地域の魅力を編集して新たな体験価値へ転換する取り組みと言える。
ここに、地方局だからこそ生み出せる価値がある。放送局は地域の出来事を伝えるだけではなく、企業や自治体、商業施設、人の流れを結び付け、新たな体験価値として編集することができる。地域性は守るべき理念であると同時に、新たな収益を生み出す経営資源でもある。
人口減少社会において地方局に問われているのは、広告収入を別の収益で補うことではない。地域に存在する人、街、文化、企業、空間をどのように結び付け、新たな価値として発信できるかである。東日本放送が取り組むASUTO MUSIC PARKは、その問いに対する一つの答えを示している。
放送外収入の拡大は、それ自体が目的ではない。地域との接点を増やし、地域ブランドを育て、そのブランドが次の事業を支える好循環を生み出すことに意味がある。広告収入だけに依存する時代が終わりを迎える中、地域性を経営資源へ転換する発想は、人口減少社会における地域放送の持続可能性を考える上で、大きな示唆を与えている。
[1] 「【村上圭子の「持続可能な地域メディアへ」】⑥ 総務省の地上テレビ放送事業者アンケート結果から」https://minpo.online/article/post-666.html