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【論考】人的資産を事業へ転換する  民放ローカル局の挑戦
画像提供:(株)岩手朝日テレビ
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【論考】人的資産を事業へ転換する 民放ローカル局の挑戦

July 30, 2026

元テレビ朝日 報道局プロデューサー 江野夏平

放送外収入を生み出す方法に、決まった正解はない。重要なのは、自社が持つ強みを見極め、それを新たな価値へ転換できるかどうかである。その好例が、岩手朝日テレビ(IAT)が取り組む「いわて声優フェスタ」である。 人気声優を招くイベントと聞けば、大手イベンターが企画・運営する大型興行を思い浮かべるかもしれない。しかし、その誕生の経緯を取材すると、そこには地方局ならではの発想があった。

きっかけとなったのは、IATの番組にレギュラー出演していたお笑いコンビ・天津の天津木村氏だった。その縁で相方の天津飯大郎氏も番組にゲスト出演するようになり、IATは声優業界に幅広いネットワークを持つ飯大郎氏をイベントのアドバイザーに迎えた。長年の番組制作を通じて築いてきた信頼関係と人的ネットワークが、新たな事業へと発展したのである。

ここで注目すべきなのは、IATが単に声優イベントを開催したことではない。
一般的に、この種のイベントでは、専門のイベンターが企画・制作から出演者との交渉、営業、広報、当日の運営までを担う。しかしIATは、その道を選ばなかった。天津飯大郎氏との信頼関係を生かし、企画から出演者との調整、営業、広報、運営までを自社主導で進める体制を構築したのである。外部に委ねる部分を最小限に抑えたことで、イベントの収益だけではなく、運営のノウハウそのものを自社に蓄積することができた。

さらに、放送局ならではの強みも最大限に生かした。天津飯大郎氏が出演するレギュラー番組を通じてイベントを継続的に紹介し、番組とイベントを一体的に展開したのである。多額の広告宣伝費を投じるのではなく、自社の放送という媒体を活用しながら認知を広げていった。この発想もまた、地方局だからこそ実現できた戦略と言える。

こうして始まった「いわて声優フェスタ」は、イベント収入以上に大きな成果をIATにもたらした。
取材で最も印象に残ったのは、担当者が語った次の一言だった。
「イベントを開催して初めて、ファンの行動が見えた。」
イベントを企画した当初、担当者は価格の安い座席から売れていくものと考えていた。しかし実際には、最初に完売したのは出演者をより近くで見られる高価格帯の座席だったという。この結果は、担当者にとっても予想外だった。
その経験から見えてきたのは、声優ファンは価格だけでチケットを選んでいるのではないという事実だった。少しでも出演者の近くで時間を共有したい、限定特典が欲しい、ここでしか得られない体験を味わいたい。ファンは、その体験価値に対して対価を支払っていたのである。

この発見は、イベントの見方そのものを変えた。
担当者は、「イベントを開催して初めて、ファンの行動が見えた」と振り返る。イベントは収益を上げる場であると同時に、来場者が何を求め、何に価値を感じているのかを直接知ることのできる場でもあった。
一度開催したことで、ファン心理に対する理解は格段に深まった。イベントを重ねるごとに、その知見は次の企画へと生かされていく。イベントによって得られたのは利益だけではない。顧客を理解するという、新たな経営資産だったのである。

もちろん、「いわて声優フェスタ」は数万人規模の大型イベントではない。イベント単体で莫大な利益を生み出したわけでもない。だからこそ、自社で企画し、自社で運営し、黒字化を実現したことの意味は大きい。地方局でも、自ら企画した新規事業を成立させることができる。その成功体験は、現場に大きな自信をもたらしたという。

放送外収入というと、新しい事業をゼロから立ち上げることだと考えがちである。しかし、IATの事例が示しているのは、それとは異なる発想である。
地域には、長年にわたる番組制作や営業活動を通じて築き上げてきた人脈や信頼関係という資産がある。IATは、その人的資産を丁寧に掘り起こし、新たな事業へと転換した。そして、その過程で得られたのは、イベント収益だけではなかった。イベント運営のノウハウ、ファンへの理解、そして「自分たちにも新しい事業を生み出せる」という組織の自信である。これらは、一度きりの収益ではなく、将来にわたって会社を支える経営資産となる。

人口減少と広告市場の縮小が続く中、地方局が東京と同じ土俵で競争することは容易ではない。しかし、それぞれの地域には、長年培ってきた信頼関係や人的ネットワークという固有の資産がある。IATの挑戦は、それらを新たな価値へと編集し、事業へ転換することで、地方局が持続可能な経営を実現できる可能性を示している。

  • 研究分野・主な関心領域
    • メディア論(映像表現論)
    • 放送法(危機管理)
    • 政策広報戦略
    • 社会実装プロセス

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