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【人材育成】「Sylffが人生を変えた」―民主化と欧州統合担ったソフィア大学マリノフ教授 「共産主義国家で人生始め、ユーロ圏加盟国で人生終える」<岡部伸の世界探訪ブルガリア①>
欧州議会議員時代のマリノフ教授(マリノフ教授提供)

【人材育成】「Sylffが人生を変えた」―民主化と欧州統合担ったソフィア大学マリノフ教授 「共産主義国家で人生始め、ユーロ圏加盟国で人生終える」<岡部伸の世界探訪ブルガリア①>

September 9, 2026

ヤングリーダー奨学基金プログラムは、日本財団が1987年に将来の世界を担うリーダーの育成を目指して立ち上げ、1997年からは東京財団が運営を行っている、世界の大学の人文社会科学分野の大学院生を対象に奨学金を給付する奨学制度。日本を含む世界44か国の69大学・大学連合に各々100万米ドルの基金を寄贈し、17,000名を超える奨学生(Sylff「シルフ」フェロー)を輩出してきた。Sylffフェローは卒業後、外相や中央銀行総裁などを務めたり、学術研究、ビジネス、非営利セクターなど様々な分野の第一線で活躍している。

黒海西岸に位置するブルガリアは、東方正教会やスラブ系言語という文化的なつながりに加え、1877~78年の露土戦争によってオスマン帝国から解放された歴史的経緯から、長くロシアへの親近感が保たれてきた。

首都ソフィアの中心部、アレクサンドル・ネフスキー大聖堂近くには、ロシア皇帝アレクサンドル2世の騎馬像がそびえる。ブルガリアをオスマン帝国の支配から「解放した皇帝」として顕彰するために建立されたものだ。

その騎馬像に隣接するホテルで、かつて「ソ連の最も忠実な同盟国」とも呼ばれたブルガリアを共産主義体制崩壊後、欧州統合へ導く改革に深く関わった同国を代表する政治学者と会った。

ソフィア大学政治学科長で、ブルガリア政治学会会長を務めるスヴェトスラフ・フリストフ・マリノフ教授である。マリノフ氏は研究者であると同時に、ブルガリア国民議会議員、欧州議会議員として、共産主義体制崩壊後の民主化と欧州統合に身を投じた政治家でもある。欧州議会では欧州人民党(EPP)グループに所属し、201419年の任期には文化・教育委員会などで活動、経済・通貨問題委員会の代理委員も務めた。

そして、もう一つ重要な顔がある。199496年、ソフィア大学ヤングリーダー奨学基金プログラム(Sylffプログラム)の奨学生として研究生活を送った「Sylffフェロー」である。

Sylffが人生を変えた。与えてくれた最大のものは、『機会』と『自信』だった」

2時間に及んだインタビューで、マリノフ教授は何度もSylffへの感謝を口にした。

共産主義崩壊直後の「公正な競争」

教授がSylffフェローになった1990年代前半は、1989年の共産主義体制崩壊から間もない激動期だった。

共産主義時代なら、海外留学や奨学金を得られるのは、共産党や体制と関係の深い一部の人々に限られた可能性が高い。

ところがSylffは違った。

「公募だった。誰でも応募でき、本当の競争があった。最初、日本研究をする人のための奨学金だと思い、応募をやめようとさえ思った。しかし、将来のリーダーを目指す若者に広く開かれていると知った」

そして選考を勝ち抜いた。

「私の人生で初めて、公開された競争に勝った経験だった。しかも、最初に勝ち取ったものが日本と結び付いていた。だから私にとって日本は、公正さと競争の象徴になった」

奨学金を得た教授はニューヨークへ渡り、博士論文の研究に没頭した。二度目のニューヨークだったため、研究すべきテーマも利用すべき図書館も明確だった。

4カ月間、ほとんど図書館から出ませんでした。普通なら1年かかる研究を4カ月で進めることができた」

民主化直後のブルガリアは経済的に極めて不安定だった。外国へ渡航すること自体が容易ではなく、若い研究者にとって奨学金は、世界の学界へ開かれた数少ない扉だった。

「今なら欧州連合(EU)が支給するエラスムス計画があり、毎年何千人もの学生が欧州各国を修士課程で留学して行き来できる。しかし90年代は違った。Sylffのような奨学金は、研究者が世界へ出るためのほとんど唯一の機会だった」

ロック、バークをブルガリア語へ

その後、英国でも政治思想を学んだ。

共産主義体制下ではマルクス主義が支配的で、自由主義や保守主義の古典をブルガリア語で読むことすら難しかった。民主化して大学で新しい政治思想を教えようとしても、教材がない。

そこで教授はジョン・ロックやエドマンド・バークらの古典的政治思想をブルガリア語へ翻訳した。

「翻訳しなければ、学生に教えることができなかったから」

博士論文を完成させ、やがてソフィア大学政治学科の教員となった。

Sylffは、私の研究者としてのキャリアの決定的な出発点だった」

だが、研究者として歩み始めた青年を待っていたのは、大学だけではなかった。

「政治が私を選んだ」

「私は政治を選んだのではない。政治の方が私を選んだ」

改革派のイワン・コストフ首相の目に留まり、与党・民主勢力同盟(UDF)の政治分析部門で働くよう招かれた。

1990年代後半のブルガリアはハイパーインフレと金融危機のただ中にあった。

「朝と夕方で為替レートが違う。一日の間に給料の価値が大きく失われる。そういう時代だった」

コストフ政権は市場経済化、民営化を進め、EU、北大西洋条約機構(NATO)加盟を国家目標として改革を断行した。

マリノフ氏も後に国会議員、欧州議会議員となり、政治の内側からその過程に参加する。

ブルガリアは2004年にNATO2007年にEUへ加盟。そして202611日、単一通貨ユーロを導入し、21番目のユーロ圏加盟国となった。

「現在のブルガリアは、私たちの世代が目指した国になった。民主化は成功だった」

最大の成功は「流血がなかったこと」

では民主化の最大の成果は何か。

EU加盟でもNATO加盟でもないという。

「最大の成果は、体制転換を流血なしに成し遂げたことです」

共産党政権末期、ブルガリアではトルコ系住民にブルガリア名への改名を強制する同化政策が行われ、暴力と犠牲者を生んだ。

1989年の体制崩壊時には、反共産主義感情と民族主義が爆発すれば、隣国ユーゴスラビアのように民族間対立から内戦による流血に陥る危険性もあった。

しかし、ブルガリアは暴力を避けた。

「政治的反対派も少数民族も含め、大規模な流血なしに政権を交代させた。これが最大の成功だ」

一方、最大の失敗も明確だという。

「独立し、効率的に機能する司法制度を十分につくれなかった」

市場経済、民営化、選挙、新憲法の整備を急ぐあまり、法の支配を担保する司法改革が後回しとなった。その結果、政治と経済の癒着や汚職を十分抑止できなかった。

「私たちは、経済制度と政治制度を変えれば、残りも自然についてくると思っていた。しかし、それは間違いだった」

だから次世代の課題は「革命」ではなく、司法をはじめとする「制度の改革」だという。

「共産主義国家からユーロ圏へ」

教授がひときわ感慨深く語った言葉がある。

「共産主義国家で人生を始め、ユーロ圏加盟国で人生を終える。これ以上の政治的な到達点を、想像できない」

ユーロは単なる通貨ではない。

ブルガリアのように「EUとロシアの狭間」で揺れてきた国にとって、ユーロ圏入りは、欧州の政治・経済制度へ深く組み込まれたことを意味する。欧州中央銀行(ECB)もユーロ導入を、ブルガリアの欧州統合をさらに強化する歴史的節目と位置付けている。

妻も、そして息子もSylff

インタビューの最後に、教授が笑顔で意外な話を明かした。

「実は、妻、マリアナもSylffフェローです」

二人はSylffを通じて知り合い、結婚した。

それだけではない。

「そして今、ソフィア大学博士課程でブルガリアにおける親ロシアの偽情報工作を研究する息子、スヴェトスラフ・マリノフ・ジュニアもSylffフェローになりました」

教授は息子に選考上の便宜を図ったわけではない。本人が両親に内緒で、大学で応募し、自らの力で選ばれたという。ロンドンのキングスカレッジで国際政治経済学の修士を取った息子は現在、ロシアによる選挙への影響工作とAIが政治や民主主義に及ぼす影響を研究している。

本人、妻、そして息子。

Sylffが三代ならぬ家族三人、二世代をつないだことになる。

「若い時に助けてもらったことは、一生忘れません」

欧州議会議員になってからも日本関係の行事には積極的に参加し、日EU経済連携協定(EPA)の採決など日本とEUの協力を支持してきたという。

日本について尋ねると、教授はこう語った。

「日本には、世界から自然に寄せられる共感と信頼がある。それは非常に大きな力だ」

中国の政府関係機関から繰り返し招待を受けた経験と比較しながら、「日本には、人々が自発的に抱く自然な連帯がある」と強調した。

奨学金は一人の若者に研究費を与えて終わるものではない。その若者が研究者となり、政治家となり、民主化と欧州統合を担う。そして次の世代へ経験を手渡していく。

ソフィアでマリノフ教授の半生を聞きながら、Sylffが目指してきた「リーダーを育てる」という理念が、35年近い時間を経て、一人の人生と一つの家族、そしてブルガリアという国の変貌の中に結実していることを実感した。

「民主主義は危機によって発展する」

そう語る教授自身が、共産主義から民主主義へという巨大な危機を生き、その転換を担った一人である。

(文責:岡部伸)

Sylff Association公式ウェブサイト(英語)はこちら

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