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【人材育成】フィジーの「ミスター・エデュケーション」と呼ばれるSylffフェロー<岡部伸の世界探訪トンガ、フィジー①>
南太平洋大学Sylffフェロー マヘンドラ・レディ氏(岡部伸撮影、以下同)

【人材育成】フィジーの「ミスター・エデュケーション」と呼ばれるSylffフェロー<岡部伸の世界探訪トンガ、フィジー①>

July 8, 2026

ヤングリーダー奨学基金プログラムは、日本財団が1987年に将来の世界を担うリーダーの育成を目指して立ち上げ、1997年からは東京財団が運営を行っている、世界の大学の人文社会科学分野の大学院生を対象に奨学金を給付する奨学制度。日本を含む世界44か国の69大学・大学連合に各々100万米ドルの基金を寄贈し、17,000名を超える奨学生(Sylff「シルフ」フェロー)を輩出してきた。Sylffフェローは卒業後、外相や中央銀行総裁などを務めたり、学術研究、ビジネス、非営利セクターなど様々な分野の第一線で活躍している。

美しい海と珊瑚礁に囲まれた南太平洋の楽園、フィジーは、世界で一番幸せな国と言われている。温暖な気候で、人種や宗教に関係なく共存する人々が社交的で主観的幸福度が世界一高いためだ。急激な成長を遂げ、今後も経済発展が見込まれる。人口約93万人の南太平洋におけるグローバルサウスの「大国」で、教育大臣として小学校から高校まで教育の無償化などの教育改革に取り組み、環境大臣として自然を活用した沿岸防災システムを取り入れ、国際的に注目を集める気鋭の政治家に出会った。

南太平洋圏で最高の高等教育機関として12カ国が1968年に共同出資して設立した南太平洋大学のフィジーの首都スバにあるメインキャンパスの大学院は、1988年から東京財団と日本財団が運営するヤングリーダー奨学基金プログラム(Sylff)の基金校として島嶼国のリーダーを育てて来た。その2期生として1990年に開発学を学んだのがフィジーの教育大臣、環境大臣、農業大臣を務めたマヘンドラ・レディ氏である。

「ササカワ奨学金なくして今の私はない」

Sylffは私の原点。日本、ササカワ奨学金なくして今の私はない」。滞在していたホテルに現れたレディ氏は、開口一番、日本と日本財団、東京財団に感謝の言葉を述べた。そして、愛車のトヨタ・ランドクルーザーで自宅に招いてくれた。

ゴルフ場に隣接する住宅地にある自宅ガレージには、トヨタ・カムリのハイブリッド車もあった。高校教師を務める妻の専用車として利用しているという。

居間に上がると、南太平洋の伝統飲料「カバ」を飲み干す儀式でもてなしてくれた。カバは南太平洋一帯に生えるヤンゴーナという胡椒科の木の根を乾燥させ、砕いて粉状にし、タノアと呼ばれる木製の器で水に溶いて揉み絞った飲み物である。

「ブラ」と叫び、一気に飲み干すと、レディ氏は笑みを浮かべ、「これで友人になれる」と手を強く握りしめた。

ナンディに住むインド系移民のサトウキビ農家に生まれたレディ氏は、幼いころは専業農家となり、余暇にフォークシンガーとして活動することを夢見て育った。

Sylff奨学金で学んだ開発学が原点

「神様は、私に別の人生を用意してくれていました」。高校卒業後、サモアにある南太平洋大学の農学部に進学。卒業後、研究助手として勤務するうち、関心が経済に移り、1990年、同大学メインキャンパス大学院でSylffフェローに選ばれ、1年間、データ分析により進める定量的研究を進め、開発学の大学院ディプロマを取得した。  

「ここで本格的に開発学を学んだことが学術研究の礎となった。開発とは、人々の生活に関わる問題で、開発学は、開発を『政策』という観点から捉え、経済学のみならず、さまざまな分野を統合して考えるため、複眼的な思考が養えた」と振り返り、Sylffが人生をアカデミズムへ導いてくれたと語った。

その後、フルブライト奨学金で1994年、ハワイ大学の農業・資源経済学修士課程に進み、1996年修了。さらに同大学東西センターの奨学金で1998年に博士課程の学位を取得した。

米国ハワイに家族で4年住み、長女、シヴァニさんが生まれた。妻のブンウェシュワリさんはワイキキのABCストアでパート勤務して研究生活を支えた。

帰国後は母校の南太平洋大学で講師となり、経済学准教授、経済学部長に昇進すると、データ分析に基づく計量経済学の講義は人気を呼び、2009年にはフィジー工科大学ビジネス・カレッジに招かれ、2010年にビジネス・ホスピタリティ・観光学部の学部長に任命された。

政府委員から国会議員へ

2009年、商業委員会委員長を皮切りに、同委員会取締役、フィジー準備銀行理事、取締役会長など政府ポストを歴任するうち国会議員へ白羽の矢が立った。

「政府委員を歴任するうち、政界とパイプが出来た」と振り返る。

2014年、フランク・バイニマラマ前首相率いるフィジー第一党から出馬して当選し、教育・文化・芸術大臣に就任した。

教育のアクセスと質を向上

取り組んだのは『教育の質(Quality)』と『教育へのアクセス(Accessibility)』向上だった。「教育の平等、機会均等」を目指して、「2014年、初等教育8年間の義務教育と中等教育(高校)4年間及び教科書の無償化を打ち出した」。さらに大学教育も、「成績優秀な学生には全額奨学金を提供し、それ以外の学生には貸与型の学生ローン制度を導入して」大学生全員が支援を得られるように制度を整備した。また高校生の成績水増しを廃止し、全国統一試験を導入し教育の質も向上させた。

さらに教育省内のカリキュラム部門を強化し、教員の評価制度を抜本的に改革して教員育成にも取り組んだ。

まず初等・中等教育を立て直して、大学改革にも取り組んだことから南太平洋大学関係者は、彼を「ミスター・エデュケーション」と呼んでいる。

政治家として最も苦しかったことは、2017年7月、贈賄容疑で政敵から告発されたことだった。大臣を辞任し、弁護士を雇って、法廷闘争に臨んだ。半年後の同年12月、証拠不十分として容疑は取り下げられた。「不退転の覚悟で徹底的に戦ったことで潔白が証明されて安堵した」という。

自然を活用した沿岸防災政策

無罪が確定すると2018年に水路大臣として復帰し、2019年からは環境・農業大臣を兼任した。環境大臣としてマングローブ再生や岩を配置してサンゴ礁保全を進め、高波・高潮から集落を守る自然を活用した社会課題解決策、ネイチャー・ベースド・ソリューション(NBS)を推進して注目を集めた。

自然を活用した沿岸防災システムはアジア開発銀行などにも採用されるなど評価され、現在では多くの国で、このNBSによる気候変動対策が取られている。レディ氏は「マングローブや海岸植生に岩、さらに簡易な護岸を組み合わせることで、高価なコンクリート防潮堤よりも安価かつ持続可能な海岸保全を実現できた」と胸を張り、この「自然を利用した沿岸防災政策、気候変動対策」を世界に広めたいと話す。

またレディ氏は農業大臣として、国内農業生産を拡大して輸入依存を減らし、食料安全保障の強化に取り組んだ。新型コロナ禍では種子や苗木を全国に配布し、自給能力向上を推進。同時に農家の商業農業への転換を促し、サトウキビ以外の農産物の生産・輸出を拡大した。「まず国民を養い、その上で輸出する」という方針の下、農業を成長産業へ発展させることを目指した。

「頼りになる日本は私たちのモデル」

レディ氏が仕えたバイニマラマ前首相は軍事クーデターで実権を掌握したため、オーストラリアやニュージーランドとの関係が悪化したことから中国に接近し、対中融和の親中政権だった。2011年には中国と警察協力協定を結び、中国は、中国警官を派遣する一方、道路建設などのインフラを大きく整備した。しかし、それは有償ローンによる支援で、中国輸出入銀行に1億900万米ドル(約173億円)規模の債務が残っている。

レディ氏は、「中国は、ソロモン諸島の国立競技場のように、常に橋や大型建築物など、目に見える大規模プロジェクトを整備する『見える支援』で存在感を示すことが目的だ」と指摘し、「インフラは整備されたが、その代償として莫大な借金を中国から背負うことが問題だ」と疑問を投げかける。一方、日本の支援は、「南太平洋大学でJICAが手掛けた12か国の学生を衛星通信やオンライン教育で結ぶ情報通信技術(ICT)センターのように国家機能や人材育成を支える無償支援による基盤整備が有難い。太平洋地域全体の教育・研究・情報共有の中核となっているICTセンターは、島嶼国家にとっては生活や国家運営に不可欠なインフラになっている」と評価する。

政権交代したシティベニ・ランブカ首相は、島嶼地域での中国の軍事拠点構築を認めないと発言し、中国との警察協定の停止を検討するなど親中政策の見直しを進め、202511月訪日し、高市早苗首相と会談して共同声明で「自由で開かれたインド太平洋」の実現や安全保障などの分野での協力強化を打ち出した。

「頼りになるのは日本だ」と言い切るレディ氏は、日本について「貿易収支や財政運営で非常に優れた実績を持っている。非常に安定した経済で、高度な技術開発によって支えられている。長年にわたり経済発展を最優先にしてきた日本は、私たちの重要なモデルだ」。具体的に言えば、「まず経済成長に集中し、その成長の果実の一部を社会全体に分配する(社会課題を解決する)。そうした発展モデルとして日本を評価している」と説明した。

2022年の選挙で再選されたが、所属するフィジー第一党が敗北し政権交代となったため、同年1月に議員を退き、同年10月からは南太平洋大学で再び教鞭を取っている。しかし、教育大臣時代以来の支持者から政界復帰を求める声も少なくない。レディ氏は、「いつかまた政界に戻り、今度は経済大臣として経済政策で国を導きたい。南太平洋地域に医学の総合大学も作りたい」と意欲を語る。母校での充電を終えて政界に復帰する日も遠くないかもしれない。

国の未来を見据え、着実に歩む

そのほかに同大学大学院では2026年からバヌアツ出身のリア・カルロット氏が、Sylff奨学生として「バヌアツにおける政治的不安定がもたらす法制度・インフラ・医療整備の遅れ」を研究している。

一帯一路の下で、インフラ整備が進み、中国の影響力が拡大する祖国の現状に、カルロット氏は、「国家の主権を失わないように中国の支援の本質を見極めたい」と話した。博士号取得後は、バヌアツに戻り、祖国の正しい国づくりに貢献する希望を持っている。

2017年から3年間、Sylff奨学金を得て「ソロモン諸島の経営政策の再考」で博士号を取得したジェリー・ベッグ・シオタ博士は、同大学ソロモンキャンパスで開発学講師を務める傍ら、政府の開発コンサルタントを行っている。

中国が大型資金で南太平洋を取り込もうとする一方、日本は人を育ててきた。競技場や政府庁舎、病院、道路の建設のように目立つものではない。Sylff奨学金で学んだ人材が教育改革を実現し、自然を活用した環境政策を担い、国の未来を考える政治家に育った。これこそ日本が南太平洋で築いてきた支援と信頼の蓄積だ。Sylffフェローたちは、日本とともに国の未来を冷静に見据えて、着実に歩んでいるように感じた。(文責:岡部伸)

Sylff Association公式ウェブサイト(英語)はこちら

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