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【論考】情報経路は増えた。災害情報は届くようになったのか ――3.11から15年、「発信」「到達」「行動」を考える
September 4, 2026
元テレビ朝日 報道局プロデューサー 江野夏平
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災害情報は避難行動につながっているか |
災害情報は避難行動につながっているか
放送局が災害報道を続けていれば、被災者に情報は届き、避難行動につながるのだろうか。
2011年3月11日の東日本大震災では、この前提が崩れた。大規模な停電が発生した。津波によって住宅が流され、テレビそのものを失った人もいた。自宅から避難した人にとって、テレビは持ち歩ける情報端末ではない。避難所や車、屋外へ移動すれば、それまで自宅にあったテレビから切り離される。放送局が災害報道を続け、送信所から電波が出ていても、その電波を受けるテレビが被災者のそばになければ、情報は届かない。放送したことと、届いたことは同じではない。そして、情報が届かなければ、それを避難行動につなげることもできない。
東日本大震災の発生から17分後、テレビとは別の経路で震災報道を届けようとした人物がいた。放送局でも、行政でもない。広島県に住む14歳の中学生だった。
午後3時3分、中学生は自宅のテレビに映っていたNHKの震災報道をスマートフォンで撮影し、動画配信サービス「Ustream」で流し始めた。NHKの許可は得ていなかった。本人も、無断で配信することに問題があることは認識していたが、それでも配信に踏み切った。「この画面をネットに流したら、助かる人がいるんじゃないか」中学生が考えたのは、放送制度でも、放送と通信の融合でもなかった。目の前にある情報を、それを必要としている人にどう届けるかだった。
15年後の現在、災害情報を届ける経路は当時とは比較にならないほど多様化した。テレビやラジオによる放送に加え、ネットニュース、SNS、LINEなどを通じて、報道機関や国、自治体、住民からも災害に関する情報が発信されている。
しかし、情報を発信することと、被災者に届くことは同じではない。さらに、情報が届いたことと、それが避難行動につながることも同じではない。災害情報は、発信され、必要とする人に到達し、その人の判断や行動につながって初めて役割を果たす。東日本大震災で起きた放送のネット配信と、2026年の熊本地震における情報伝達を比較し、災害情報の「発信」から「到達」、さらに「避難行動」へとつながる過程を検証する。
14歳の中学生から始まったネット配信
中学生による配信はTwitterを通じて急速に広がった。Ustream Asiaも無断配信を把握していたが、本来であれば停止すべき配信を直ちには止めなかった。当時の中川具隆社長によると、配信に寄せられたコメントから、テレビを視聴できず、この配信を必要としている人がいることを確認していた。午後4時ごろ、中川社長は自社の判断では配信を停止しないよう指示した。
午後5時20分ごろには、さらに異例の動きがあった。本来であれば停止を求める立場にあるNHKの広報担当者が、公式Twitterアカウント「@NHK_PR」を使い、中学生によるNHK震災報道の無断配信を紹介する投稿を拡散した。
著作権を持つNHK側の担当者が、正式な許諾を得ていない配信を公式アカウントから広めたことになる。Twitter上では、こうした対応を問題視する利用者から指摘が寄せられた。これに対し、担当者は「私の独断なので、あとで責任は取ります」と返した。後年、担当者は当時の判断について、テレビを視聴できない人がいる状況で、NHKが何のためにあるのかを考えたと振り返っている。
組織として事前に決められていた対応ではなかった。現在のように、放送局がテレビ番組をインターネットで同時配信することを前提とした環境も整っていなかった。
その後、Ustream側はNHKに正式な許諾を求めた。午後6時ごろ、NHKは災害報道について再配信を認めた。午後9時ごろにはNHK自身がUstreamで公式配信を開始した。わずか数時間の出来事だった。中学生による無断配信があり、Ustream側がそれを止めず、NHKの広報担当者が情報を拡散し、NHKが正式に許諾する。
さらにNHK自身もネット配信へ動いた。ここで重要なのは、「中学生の行動がNHKを変えた」と単純な因果関係で捉えることではない。なぜ、通常なら問題になる無断配信に対して、災害時には異なる判断が相次いだのか。一連の対応から見えてくるのは、通常時のルールだけでは処理できない状況で、テレビを見ることのできない人にも情報を届けることをどう優先するかという問題である。
災害時、放送局が守るべきものは「放送」という手段なのか。それとも、情報を必要とする人に「届ける」という目的なのか。東日本大震災では、この問いが現場から突きつけられた。
図1 中学生の無断配信からNHK公式配信まで
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時刻 |
動き |
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14時46分 |
東日本大震災発生 |
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15時03分 |
14歳の中学生がNHK総合をUstreamで配信(非公式) |
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16時ごろ |
Ustream Asiaが配信を把握。直ちには配信を停止せず |
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17時20分ごろ |
NHK広報公式Twitter担当者が配信情報を拡散 |
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18時ごろ |
NHKが少年によるNHK番組のUstream配信を許諾 |
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20時30分~21時ごろ |
NHK自身がUstreamで公式配信を開始 |
出典:Google「数多くの英断が生み出した、テレビ番組のネット配信」[1]、「コラボレーションで進化したクライシスレスポンス」[2]をもとに作成。
ネット配信に踏み出した放送局
NHKだけではなかった。テレビ局による公式ライブ配信で最も早く動いたのはTBSだった。地震発生当日の午後5時42分、CSのニュース専門チャンネル「TBSニュースバード」のUstream配信を開始した。その後、テレビ神奈川やフジテレビが続き、テレビ朝日などもネット配信に加わった。
当時、テレビ放送をインターネットで同時配信することは容易ではなかった。番組には映像や音楽、出演者などさまざまな権利が含まれ、放送とは別にネット配信の権利処理が必要になる。民放局の場合、テレビCMはテレビでの放送を前提としており、そのままネットでも流せるとは限らない。さらに、地域ごとに系列局が番組やCMを編成しているため、キー局だけの判断で全国に同じ映像を配信することも難しかった。
それでも各局は動いた。放送局が現在のような常設のネット配信基盤を持っていたから実現したのではない。Ustreamなど、放送局の外側にあったプラットフォームを使った。
テレビを見られない人がいる。ならば、別の経路で届ける。災害によって、放送とインターネットが「情報を届ける」という目的のもとでつながった。
図2 東日本大震災時の主なテレビ局のネット配信対応
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放送局 |
主な配信先 |
開始 |
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TBSニュースバード |
Ustream |
3月11日 17時42分 |
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テレビ神奈川 |
Ustream |
3月11日 19時10分 |
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フジテレビ |
Ustream |
3月11日 20時40分 |
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NHK総合 |
Ustream |
3月11日 20時30分~21時ごろ |
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テレビ朝日 |
Ustream |
3月12日までに配信 |
出典:Google「数多くの英断が生み出した、テレビ番組のネット配信」[1]、INTERNET Watch「Ustream Asia中川社長が講演、3月11日・東日本大震災当日の視聴動向を解説」[3]、「Ustream Asia、民放TV各局の東北地方太平洋沖地震報道番組を同時配信」[4]をもとに作成。
持ち運べる情報端末の普及
15年間で変わったのは、放送局のネット配信だけではない。情報を受け取る側の環境も大きく変わった。2011年当時、スマートフォンはまだ普及の途上にあったが、現在では多くの人が日常的に携帯している。住宅に設置されるテレビとは異なり、通信環境が確保されていれば、移動先でも災害情報を受け取ることができる。
放送局側も変化した。テレビ放送だけでなく、インターネットを通じて災害情報を直接届ける体制が整備され、情報伝達の経路は大きく広がった。2011年には外部サービスを借り、緊急の判断として始まったネット配信も、現在では日常的な情報提供手段となっている。その変化を示したのが、2026年の熊本地震だった。
災害情報を支えるネット配信
2026年7月28日午後4時27分ごろ、熊本県熊本地方を震源とする地震が発生し、宇城市と氷川町で最大震度7を観測した。NHKは、2025年10月に開始したインターネットサービス「NHK ONE」で緊急対応を実施し、通常必要となる受信契約の確認を求めず、災害情報を閲覧できるようにした。
2011年には、中学生による無断配信をきっかけにNHKの震災報道がインターネットへ広がった。現在では、インターネットが災害情報を届ける正式な経路としてNHKのサービスに組み込まれている。15年間の変化を象徴する対応である。
熊本地震では、自治体もウェブサイトやLINEなどを通じて被災者への情報発信を続けた。放送局だけでなく、行政も被災者に直接情報を届ける経路を持つようになった。2011年から15年。災害情報を発信する経路は確実に増えた。問われるのは、その先にある「到達」である。
複数の情報経路が支える「到達」
情報を必要としている被災者は、避難所だけにいるわけではない。自宅にとどまる人がいる。車の中で避難生活を続ける人もいる。親族宅や宿泊施設、市外へ移動する人もいる。被災者が一つの避難所に集まっているのであれば、そこへ情報を持っていけばよい。しかし実際には、情報を必要とする人は地域の中に分散している。ここに「到達」の難しさがある。
スマートフォンを使いこなせない人がいる。通信環境を失った人もいる。どの支援制度が自分に該当するのか分からない人もいる。ネットに情報を掲載しただけで、その人たちに届いたとは言えない。
2011年に分かったのは、テレビだけでは届かないということだった。2026年に改めて見えてくるのは、ネットだけでも届かないということである。テレビからネットへ置き換えれば解決する問題ではない。テレビ、ラジオ、ネット、SNS、アプリ、電話など、被災者の置かれた状況に応じて複数の情報経路を重ねる必要がある。
AI活用で変わる災害時の情報処理
災害情報を被災者に届けるために必要なのは、発信経路の確保だけではない。集まってくる膨大な情報を迅速に整理し、緊急度や必要性を見極め、優先順位をつけて発信していく必要がある。
熊本地震では、その情報処理を支えるため、生成AIが投入された。地震翌日の7月29日、デジタル庁は生成AI利用環境「ガバメントAI 源内」を、被災自治体や被災地の支援にあたる自治体などに緊急提供した。災害時には大量の情報が短時間に集中し、その処理に多くの人手を要する。「源内」は、その情報を生成AIで整理し、職員の判断や発信につなげる作業を支援するために投入された。
デジタル庁は、AIだけでなく人材も被災地へ送り込んだ。同じ7月29日、災害派遣デジタル支援チーム「D-CERT」の先遣班として、デジタル庁職員2人と民間事業者3人を熊本県庁へ派遣した。今回がD-CERTの初出動だった。
D-CERTは、物資の調達や輸送に必要な情報を共有するシステム「B-PLo」を使う自治体職員の入力作業の効率化を支援した。
さらに、被災者に入浴や宿泊の場所を提供する民間船舶「はくおうⅡ」では、宿泊者が一時下船する際の受付手続きを効率化する専用アプリを開発し、運用した。8月27日までのD-CERTの派遣実績は延べ159人日に達している。
災害時には、情報そのものも刻々と変化する。発信が遅れれば情報は古くなり、更新されない情報は被災者を混乱させる。発信経路を確保するだけでは、情報は届かない。大量の情報を処理し、優先順位をつけ、最新の情報を送り続ける。その力もまた、情報到達を支える基盤である。
異なる役割を担うメディア
全国、県域、さらに市町村や生活圏に密着した地域メディアでは、災害時に求められる情報が異なる。自治体による住民への情報発信にも、報道機関とは異なる役割がある。広域的な被害の把握から、地域の被害状況、被災者の暮らしに直結する情報まで、それぞれが役割を分担することで、災害時に必要な情報を幅広く届けることができる。重要なのは、どの媒体が優れているかではなく、それぞれが誰に何を届け、必要とする人への到達をどう支えるかである。
その役割は、災害が起きた瞬間に生まれるものではない。東日本大震災で24時間放送を続けたFMいわきが、なぜ地域から頼られたのか。災害時の放送だけを見ても、その理由は分からない。平時から地域の出来事や住民の声を扱い、「この地域のための放送局」であることを積み重ねてきたことが、有事の情報収集と発信を支えたのではないか。
ここには、民放ローカル局の将来を考えるヒントがある。民放ローカル局は、一日の多くの時間でキー局から供給されるネット番組を放送する一方、自社制作のローカル枠を持っている。予算と人員を投じて制作されるネット番組と同じものを、限られた制作費でつくる必要はない。問われるのは、限られたローカル枠で何を伝えるかである。
コミュニティFMが地域から支持される理由は、制作費の大きさではない。地域で暮らす人にとって身近な出来事や必要な情報を日常的に扱い、「ここを聴けば自分たちの地域のことが分かる」という関係を築いていることにある。民放ローカル局にも、その地域でなければ価値を持たない情報、その地域に取材拠点を持つからこそ得られる情報があるはずだ。
平時のローカル番組を、単なる自社制作枠として考えるのではなく、地域との接点をつくり、情報を集め、信頼を蓄積する場として位置づける。そこで築かれた人や地域との関係は、災害時にはそのまま情報網になる。住民から情報が入り、必要な情報を地域へ返す。その循環を平時から持っていることが、有事に「この局を見れば地域の情報が分かる」という信頼につながる。
災害時の情報到達を強くするために必要なのは、発災後に新しい伝達手段を追加することだけではない。平時から、それぞれのメディアが誰に何を届けるのかを明確にし、その役割を日常の放送や情報発信の中で積み重ねることである。異なる役割を担うメディアがそれぞれの情報を届け、その経路が重なることで、災害情報の到達は支えられる。災害時に頼られるメディアであるためには、平時から地域に頼られるメディアでなければならない。
主な出典
[1]Google「数多くの英断が生み出した、テレビ番組のネット配信」
[2]Google「コラボレーションで進化したクライシスレスポンス」
[3] INTERNET Watch「Ustream Asia中川社長が講演、3月11日・東日本大震災当日の視聴動向を解説」
[4] INTERNET Watch「Ustream Asia、民放TV各局の東北地方太平洋沖地震報道番組を同時配信」
[6] ITmedia NEWS「NHKのネットサービスが受信契約なしで閲覧可能に 熊本地震受け緊急対応」(2026年7月28日)
[9] デジタル庁「令和8年熊本地震に関する対応状況について(8月31日)」