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【人材育成】「債務の罠」から中国ソフトパワー<岡部伸の世界探訪トンガ、フィジー④>
バス停までCHINA AID(岡部伸撮影、以下同)

【人材育成】「債務の罠」から中国ソフトパワー<岡部伸の世界探訪トンガ、フィジー④>

July 27, 2026

ヤングリーダー奨学基金プログラムは、日本財団が1987年に将来の世界を担うリーダーの育成を目指して立ち上げ、1997年からは東京財団が運営を行っている、世界の大学の人文社会科学分野の大学院生を対象に奨学金を給付する奨学制度。日本を含む世界44か国の69大学・大学連合に各々100万米ドルの基金を寄贈し、17,000名を超える奨学生(Sylff「シルフ」フェロー)を輩出してきた。Sylffフェローは卒業後、外相や中央銀行総裁などを務めたり、学術研究、ビジネス、非営利セクターなど様々な分野の第一線で活躍している。

トンガ政府は「節度ある歳出で債務を削減して、外国から新たな融資は受けない」(ラトゥ副首相)方針だが、ローウィー研究所によると、中国は融資を減らし、無償援助を増やしている。

コロナ禍以前は、中国はインフラ建設など少数の巨大融資案件を中心に扱ってきた。これが「一帯一路」を通じた世界戦略であり、批判的に言えば、世界に覇権を打ち立てる「債務の罠」だった。

少数の巨大融資から多数の無償支援へ

しかし現在、中国は多数の小規模支援へ軸足を移している。しかも、その資金は中央政府だけでなく、有力な政治家、王室関係者、地方コミュニティに直接届くようになっている。中国は太平洋地域で、より細かくターゲットを絞った関与を強めている。少額の資金を、中央政府ではなく地方社会に広くばらまいている。医療や教育など、島民の生活に密着した分野に重点が置かれる。その結果、中国の人脈や影響力は、国家中枢だけでなく社会の深部までじわじわと浸透しているという。

トランプ米政権が『米国第一』政策を掲げるなか、トンガなど南太平洋では、中国が巨額の融資による「債務の罠」戦略から、コミュニティを対象としたソフトパワー戦略へ転換しているようだ。稲垣久生(ひさお)駐トンガ日本大使は警告する。「中国はじわじわ市民レベルの支援の裾野を広げている。気が付いた時は、カナダのバンクーバーのように中国系の影響力が圧倒的になり、支配する。そんな戦略を実行し始めたのではないか」

中国の医療コミュニティセンター

トンガでは、まさに地域の生活に密着した医療や教育分野で、中国の細やかな無償支援が進んでいた。首都ヌクアロファから郊外へ車で約20分走ると、オーストラリアが支援したコミュニティセンターがあった。なかに入ると、「中国政府支援のスーパー地域医療センター2010」と記された石碑が建てられ、玄関前には中国から運ばれた医療用段ボールが山積みになっていた。中国が2010年からオーストラリアが建設したコミュニティセンターを「スーパー地域医療センター」として使用しているのである。中国は、医師を含む医療チームを定期的に派遣し、住民に無料で医療を提供することで、施設はいつの間にか中国の医療センターに姿を変えていた。

さらに1キロほど走ると、別の中国支援の地域医療コミュニティセンターがあった。ここ数年、中国は地域コミュニティに重点を置き、住民に無料の医療支援を重ねている。中国人民解放軍の医療船も毎年2回寄港して、住民の健康診断を無料で行っている。日本のJICAがトンガ唯一の高度医療サービス機関であるヴァイオラ病院の産科・外科病棟新築や医療機材整備を支援しているのとは対照的である。日本は中核の総合病院を支え、中国は、いわば地域に根付いた「かかりつけ医」を広く押さえている。

上海海洋大学に奨学金で毎年40人留学

「確かに中国は政府の大規模インフラ整備から、コミュニティでの教育と医療の細やかな支援に切り替えている。中国が方針転換したと中国外務省から聞いた」。ハアパイ島選出国会議員のサイモン・ヴキ氏は、そう打ち明けた。

ヴキ氏によると、トンガでは中国は2023年から、高校3年生を対象に上海海洋大学へ4年間留学させる奨学制度を始めたという。授業料、生活費、渡航費、研究費など全額給付する制度で、毎年ハアパイ島だけで20人、トンガ全体で40人の高校生を受け入れる。  

上海海洋大学は、1912年創立の中国最古の水産学高等教育機関で、水産、海洋、食品分野で学んだ留学生は、帰国後は、政府職員として働く計画だ。ヴキ氏は、「中国外務省は、外務省本体ではなくNPOが受け皿となって留学生を受け入れる。これはコミュニティを対象にした、生活に密着した市民レベルの無償支援。中国は米国に代わってソフトパワーによる浸透を狙っている」と見る。

ヴキ氏によると、そのヴキ氏を含む国会議員17人も5月初めから約2週間、中国政府の招待で北京、上海などを視察している。

米国は海底ケーブル敷設に600万ドル支援

米国はどう対応しているのだろうか。バイデン政権時代の2023年にトンガに大使館を設置して、太平洋島嶼(とうしょ)国との連携を急ぎ、地域で影響力を強める中国に対抗する狙いとされた。中国がソロモンと2022年4月に安全保障協定を締結し、米国では海洋進出の拠点として利用されるとの懸念から同年、ソロモン諸島にも約30年ぶりに大使館を置き、バヌアツ、キリバスでも大使館新設を進めたが、トンガにはまだ米国大使は赴任していない。

さらにバイデン前大統領時代に太平洋諸国の重要性を認識し、首脳会議を開くなど、この地域に関与する姿勢を示していた米国がトランプ第二次政権となり、対応を大きく変えて関心を示す余裕がなくなった。2025年、米国際開発局(USAID)が太平洋島嶼国を統括する予定だったフィジーの事務所を急遽、閉鎖したのは、その表れである。

それでも米国は、「ミレニアム・チャレンジ・コーポレーション(MCC)」というブッシュ政権が設立した民間会社を通じて対外支援する仕組みを利用して、インフラや交通、農業などへの投資支援で台頭する中国に対抗する構えだ。

米国務省のナンバー2であるクリストファー・ランド―国務副長官が2026年3月、トンガ、フィジー、サモアを訪問した。目的は太平洋諸国との連携強化だ。トンガでは、トンガ海域における違法漁業などに対処するため米国沿岸警備隊の能力拡大協定についてトンガ皇太子と署名したほか、海洋鉱物資源探査のための海洋科学研究協力を発表した。

MCCはデジタル技術とエネルギーを重点分野として特定し、トンガとサモアがパシフィック・コネクト海底ケーブルネットワークに接続するため、600万米ドル(約95億円)を提供する。2022年の海底火山噴火で海底ケーブルが損傷を受け、インターネットなどの通信回線が壊滅的被害を受けたトンガにとって、中国を排した海底ケーブル整備は経済安全保障そのものである。フィジーの港湾では、ここ数年、中国の船が急速に激増しており、海底ケーブルに接触して情報を取ろうとしている疑惑が指摘されている。

さらに米国は、トンガ政府の重要データ資産を信頼性の高いクラウドインフラに移行するため、100万米ドル(約16億円)を提供すると発表した。

中国の攻勢に屈さぬフィジー

太平洋諸国には『Friends to all(すべての国と友好関係を持つ)』というモットーがある。しかし、海底ケーブルのような安全保障上センシティブな分野では、米国、オーストラリアは、『我々か中国かだ。両方ではない』と強い姿勢を取る。中国は、ファーウェイを導入し、島々に多数の携帯電話基地局を建設して通信インフラを押さえようとした。米豪は、トンガでサイバー安全保障、軍事、警察分野を死守する構えを崩していない。

政権交代したフィジーでは、拡大する中国の影響力から距離を置いている。対中融和のバイニマラマ前政権から交代したランブカ首相は、戦略的競争が続く南太平洋地域に中国が恒久的な軍事拠点を築くことを許すべきではないと述べ、前政権が進めた中国との警察協定の停止を検討するなど親中政策の見直しを進めている。そして、「南太平洋はせめぎ合う超大国の野望とは無縁な『平和の海』であるべきで、気候変動の脅威にさらされている太平洋諸国に、ひも付きの援助や開発を提供すべきではない」と主張、中国のチャーム・オフェンシブ(魅力攻勢)に屈さない姿勢を示している。中国と国交関係を結びながら202511月、タラキニキ国連大使が台湾側の招待で訪台、さらにランブカ首相が同月、訪日し、高市首相と、「自由で開かれたインド太平洋」実現や安全保障協力の強化を盛り込んだ共同声明を発表している。

しかし、キリバス、ソロモン諸島、ナウルは近年、中国を支持し、台湾との長年にわたる外交関係を断絶した。

ソロモン諸島は、太平洋諸国の中でも特に中国と親しい友好国と見なされている。2022年に中国と極秘に安全保障協定を締結したことから、やがて中国の軍事基地として利用されるのではないかという懸念が高まっている。

中国より「良い支援」を提供できるか

「中国の南太平洋覇権を封じるため、日本、オーストラリアが出来る唯一の選択肢は、自分たちのパートナーとしての価値を高めること」。ローウィー研究所のデューク研究員は、強く訴える。「我々自身が、中国より魅力的なパートナーにならなければならない。オーストラリアや日本とのパートナーシップの方が、中国とのパートナーシップよりも重要だと感じてもらえるほど、我々が十分に良い支援を提供しなければならない」。そして続けた。「それ以外に代替戦略はない。なぜなら、中国は常に何かを提示してくる。我々は、中国より、“より良いもの”を提供しなければならない」。

日本からトンガ軍独自の制服支給に期待

これでようやくトンガ軍独自の制服が着られて有難い」。トンガ国防副参謀長のシオネ・ウラカイ大佐は、日本が「政府安全保障能力強化支援(OSA)」として提供する軍服に期待を寄せる。トンガは、パプアニューギニア、フィジーと並び、太平洋島嶼国で国防軍を保有する国の一つである。治安維持や海難救助を担う国防軍の制服は、これまで約10年間、中国がほかの島嶼国と同様のものを支給してきた。今回は、国王がデザインする独自の制服2,000着が、日本から初めて提供される。国防軍関係者が胸を膨らませるのも当然だろう。

ウラカイ大佐は、災害対応や沿岸警備に使用するドローン無人航空機8機にも期待を寄せる。「日本の高い技術は世界でも折り紙付きだ。警戒監視に必ず役に立つ」。イラク戦争で米軍の後方支援に参加したウラカイ大佐は、「日本は、オーストラリア、米国などとともに価値観を同じくする同志国だ。同じ船に乗る仲間として協力を深めたい」と語った。そして次のOSAとしてトヨタ製トラックなどの供与に加え、「サイバー防衛でも日本のハイテク技術に学びたい」と期待を述べた。

 シネオ・リノ海軍司令官は、「トンガ軍独自の制服を着ることで士気が高まる。これまで中国が支給した制服は他国と同じだったからだ。日本はオーストラリアやニュージーランド、米国などとともに我々に近い西側の仲間だと認識している。今後も合同演習などを通じて関係を深めたい」と話した。

日本は提唱する「自由で開かれたインド太平洋戦略」実現に向け、米国、オーストラリア、インドなどと足並みを揃え、トンガはじめ南太平洋諸国が期待する、中国より「よい支援」を提供すべきだ。(文責:岡部伸)

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