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【人材育成】「プーチンが親露感情壊した」―ラデフ政権でも欧州路線変わらず 「反ウクライナ支援」=「親露」でない<岡部伸の世界探訪ブルガリア②>
September 16, 2026
| ヤングリーダー奨学基金プログラムは、日本財団が1987年に将来の世界を担うリーダーの育成を目指して立ち上げ、1997年からは東京財団が運営を行っている、世界の大学の人文社会科学分野の大学院生を対象に奨学金を給付する奨学制度。日本を含む世界44か国の69大学・大学連合に各々100万米ドルの基金を寄贈し、17,000名を超える奨学生(Sylff「シルフ」フェロー)を輩出してきた。Sylffフェローは卒業後、外相や中央銀行総裁などを務めたり、学術研究、ビジネス、非営利セクターなど様々な分野の第一線で活躍している。 |
「EUとロシアの狭間」に置かれてきたブルガリアが、いま一つの岐路に立っている。
ロシアとの歴史的、宗教的結び付きを持ちながら、1989年の共産主義体制崩壊後は西側へ重心を移し、2004年に北大西洋条約機構(NATO)、2007年に欧州連合(EU)へ加盟。2026年1月にはユーロを導入した。
その一方、現在のルメン・ラデフ政権は、ウクライナ支援や対露制裁に慎重な姿勢を示し、「親露的」と評される。ブルガリアは再びロシアへ接近するのか。
「そうはならない。ラデフは第二のオルバンではない」
ソフィア大学政治学科長で、国会議員、欧州議会議員を歴任したスヴェトスラフ・マリノフ教授(ソフィア大学1994~96年Sylffフェロー)は明快に否定した。
「コース」と「スタイル」は違う
―ブルガリアはオルバン政権時代のハンガリーやスロバキアのような反EUへ向かうのだろうか。
「欧州路線は続く。ブルガリアには、それを変える多数派はいないからだ」
ラデフ首相はEUやNATOからの離脱を掲げて政権を獲得したわけではない。
「もし国家の進路を変え始めれば、政権は直ちに崩壊するだろう」
教授が強調するのは、英語でいう「course」と「style」の違いだ。
「対露制裁を少し弱めたい、ロシアとの関係を改善したいという考えはある。しかし国家のcourse、つまり基本的な進路を変えるということではない。変えようとしているのはstyleだ」
EU、NATO、そしてユーロ圏。
ブルガリアの国家的な帰属先はすでに欧州に定まった。対露政策の言葉遣いや制裁への姿勢は変化しても、戦略的な座標軸までロシアへ戻すことはできないという。
親露感情の歴史的背景
それでも、なぜブルガリアではロシアへの親近感が根強いのか。
日本から見ると「同じスラブ民族だから」という説明が浮かびやすいが、教授は即座に否定した。
「ブルガリア人は、自分たちを単純に『スラブ世界の一員』と考えているわけではない」
ブルガリア国家は、スラブ系住民が暮らしていたバルカン半島に中央アジアからやってきた遊牧民族ブルガール人が同化して国家を形成して成立した。
「共産主義政権はスラブ民族としての一体感を利用しようとした。しかし、ブルガリアとロシアの関係は、それほど単純ではない」
より重要なのは、宗教と近代史である。
両国は東方正教会の伝統を共有する。1877~78年の露土戦争ではロシア軍がオスマン帝国と戦い、それが近代ブルガリア国家成立への道を開いた。
「ロシアによる解放」という歴史的記憶が、ブルガリア社会には深く刻まれている。ソフィア市の中心地、国会議事堂前の広場にロシアのアレクサンドル2世の騎馬像が建てられ、国民が現在も英雄として崇めているのは、そのためだ。
さらに第二次世界大戦後、共産主義体制となったブルガリアではロシア語教育が広範に行われた。
「私たちの世代では、大多数のブルガリア人が知る外国語はロシア語だった」
現在60代以上の人々はロシア文学を読み、ソ連からのニュースや文化に日常的に接して育った。
ソ連はそこに「二重の解放」という物語を重ねた。
ロシアは19世紀にブルガリアをオスマン帝国から解放し、20世紀にはソ連がファシズムや資本主義から再び「解放」した―。
「つまり、ロシア人は二度も我々を解放した。だからブルガリアは感謝しなければならない、という宣伝(プロパガンダ)だ」
「プーチン自身が壊した」
しかし民主化後、歴史研究が自由になるにつれて、単純な「解放者ロシア」像は修正されていった。
帝政ロシアが必ずしも強力で完全に自立したブルガリア国家の誕生を望んでいたわけではなく、自国の影響下に置こうとする思惑もあったことが知られるようになった。
そして決定的だったのが、2022年のウクライナ侵攻だった。
「親露感情は古い世代を中心に今も残っている。しかし、以前よりはるかに弱い。プーチン自身が、ブルガリアの親露感情を破壊したからだ」
かつてのようにロシアの政治体制を理想とし、「ブルガリアもロシアのようになるべきだ」と考える層は現在では大きくない。
それなのに、ウクライナへの軍事支援や対露制裁に反対する声は存在する。
ここに、ブルガリア政治を見る際の重要なポイントがある。
「反ウクライナ支援=親露」ではない
「ウクライナへの支援に反対するブルガリア人を、すべて親露派と呼ぶのは間違いだ」
彼らはプーチン体制を支持しているとは限らない。EUから出たいわけでも、NATOを離脱したいわけでもない。
「ただ、こう考えている。『ウクライナへの支援をやめ、ロシアと再び貿易すれば、ガスも石油も安くなり、自分たちの暮らしが良くなるのではないか』と」
そこにあるのはロシアへの思想的忠誠ではなく、生活上の損得勘定だという。
「シニカルだと言うことはできる。しかし、親露とは違う」
この区別をしなければ、現在のロシアによる情報工作の本質も見えなくなる。
目先の「安いガス」を選ぶのか
教授自身も、戦争が直ちに終われば、ブルガリア経済にプラスになることは否定しない。
「明日戦争が終われば、ブルガリアにも欧州にも良い。エネルギー価格も下がるだろう」
しかし問題は、その「翌日」である。
ロシアが武力による現状変更に成功し、欧州が「最終的には経済的利益を優先して妥協する」と学習すれば、どうなるか。
「ロシアの現在の政治指導者たちは、『何をしても最後には欧州は生活水準を選ぶ』と理解するだろう。そして次の侵略を準備する」
教授が挙げたのがアルメニアとジョージアである。ロシアは旧ソ連圏諸国の欧州接近を自国の勢力圏への挑戦と捉えてきたからだ。そして、その先にはバルト三国がある。
「バルト三国は私たちと同じEU、NATOの一員だ。そこが攻撃されれば、ポーランドも動く。ブルガリアも『自分には関係ない』とは言えないだろう」
「私たち自身を守っている」
したがってウクライナ支援は、慈善事業ではない。
「私たちはウクライナだけを守っているのではない。自分たちの安全と未来を守っているのである」
そしてウクライナ戦争の帰趨がつくる「前例」が重要だという。
侵略しても西側諸国が疲弊し、分裂し、最後には既成事実を受け入れるという前例とするのか。それとも、「西側の国境を武力で変更しようとすれば、民主主義国は結束して対抗する」という前例を残すのか。
後者ならば、「次のプーチン」は侵略をためらう。前者であれば、「次のプーチン」を生み出す。
「これは私たちの世代だけの問題ではない。子どもたち世代が、ロシアが次に何をするかという恒常的な緊張の中で暮らすことになるかどうかだ」
ここで教授は日本にも話を広げた。
いつの日か日本にも、「領土の一部を譲れば平和になるではないか」「抵抗するより経済関係を優先した方が豊かになる」という議論が突き付けられる可能性がある。
もちろん欧州と東アジアの情勢を単純に同一視することはできない。台湾海峡や尖閣諸島をめぐる問題には、それぞれ固有の歴史と法的背景がある。
しかし、武力や威圧による現状変更に民主主義国がどう対応するかという原則には共通性がある。ブルガリアの経験が日本に投げかける問いでもある。
ユーロ圏入りが示した選択
ブルガリアは2026年1月1日ユーロを導入した。欧州中央銀行(ECB)によれば、21番目のユーロ圏加盟国となった。
これは単なる通貨変更ではない。
かつてソ連の「最も忠実な同盟国」とも呼ばれたブルガリアが、NATO、EU、そしてユーロ圏へと一歩ずつ制度的な所属先を西へ移してきた、その象徴である。
「私は共産主義国家で人生を始め、ユーロ圏の国で人生を終える」
マリノフ教授のこの言葉ほど、ブルガリアの35年間を端的に表すものはない。
ラデフ政権の誕生をもって「ブルガリアがロシアへ戻った」と判断するのは早計だろう。
むしろ焦点は、欧州への帰属を維持したまま、国民の生活不安や対露感情を利用するロシアの働きかけに、民主主義国家がどう耐えるのかにある。
「courseは変わらない。変わるのはstyleだ」
ブルガリアの現在地を、教授はそう表現した。(文責:岡部伸)
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【人材育成】「Sylffが人生を変えた」―民主化と欧州統合担ったソフィア大学マリノフ教授 「共産主義国家で人生始め、ユーロ圏加盟国で人生終える」<岡部伸の世界探訪ブルガリア①>
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