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【論考】インフレと財政
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【論考】インフレと財政

September 9, 2026

■410日に、佐藤上席フェローは、森信シニア政策オフィサー土居上席フェロー小黒上席フェローとともに、政策提言「『給付付き税額控除』の導入に向けた具体的な制度設計」を発表いたしました。詳細はこちらをご覧ください。

「税・社会保障研究 レビュー・論考・コラム」
令和710月より、「税」や「社会保障」をテーマとしたコラム(Review)を、以下の執筆者が交代で執筆してまいります。掲載されたコラムは「まとめページ」からご覧いただけます。
小黒一正(東京財団上席フェロー/法政大学経済学部教授)、佐藤主光(東京財団上席フェロー/一橋大学国際・公共政策研究部教授)、土居丈朗(東京財団上席フェロー/慶應義塾大学経済学部教授)、森信茂樹(東京財団シニア政策オフィサー)

「名目成長」と「実質成長」は違う
インフレだけに頼る財政健全化の危うさ
「高成長なら低金利」は成り立つのか
財政と金融政策の危うい関係
「成長戦略」は希望的観測にならないか
「責任ある積極財政」に必要なルール

政府は「経済財政運営と改革の基本方針2026」の中で、「責任ある積極財政」に基づき、「国・地方の債務残高対GDP比」(以下、「債務対GDP比」)を安定的に引き下げることを財政運営の中核的な目標に位置付けた。基礎的財政収支(PB)については、「単年度の黒字化時期を機械的に追うのではなく」、経済状況や成長投資の必要性などに応じて「一時的な悪化も許容」しながら、「複数年で管理する」という考え方である。実際のところ、債務対GDP比は低下に転じている。新型コロナ禍の2022年度に202.8%でピークを付けた後、名目GDPの成長や税収の上振れによるPBの改善などを背景に、2025年度には190%余りまで低下した。内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」(20267月)によれば、2026年度は約187%、2027年度には183%程度まで低下すると見込まれている。

さらに政府は、2040年度までに総額370兆円に上る官民投資を行い、「成長戦略」の効果が十分に発現すれば、「経済成長」と「財政の持続可能性」の双方を実現できるとしている。債務対GDP比が低下すれば、その分だけ追加的な財政支出を行う余地が生まれるという楽観的な見方もある。実際、政府は成長投資などに向けて、2027年度以降、毎年度実質ベースで10兆円程度の追加財政支出を想定している。ただし、ここで注意すべきなのは、こうした財政健全化が、増税や歳出削減によって実現されるものではないという点だ。政府が想定しているのは、主として分母に当たるGDPを拡大し、それに伴う税収の自然増によって債務対GDP比を引き下げるというシナリオである。

「名目成長」と「実質成長」は違う

 GDPを含む経済指標には、「名目」と「実質」の二つがある。実質値とは、名目値から物価変動の影響を取り除いたものである。現在の日本経済で目立っているのは、実質成長よりも名目成長の高さだ。これは、インフレによってGDPが「水ぶくれ」している面があることを意味する。2024年度の名目成長率が3.7%の一方、実質成長率は0.5%にとどまる。2025年度も名目4.1%に対して、実質0.8%だった。その差が、GDPデフレーターで測った物価上昇率に相当する。

消費者物価指数(CPI)で見ても、今年5月には、生鮮食品や物価高対策などの特殊要因を除いた物価が2.7%上昇し、日銀が目標とする2%以上の上昇が「20カ月連続」で続いている。インフレによって国債の実質的な負担が軽くなることは、戦後のハイパーインフレを経験した日本にとって決して未知の現象ではない。しかし、インフレには大きな副作用がある。物価が賃金以上に上昇すれば実質賃金が低下し、家計の購買力が奪われるからだ。「インフレ税」と揶揄されることもあるが、家計の立場からすれば、その負担は実質的に増税と変わらない。[1]アベノミクスでは、「脱デフレ」とともに2%の実質成長率が掲げられていた。財政負担を軽くするためだけではなく、真に国民生活を豊かにするためにも、実質ベースでの経済成長が必要である。

図表1:公的債務残高対GDP比の変化

  

インフレだけに頼る財政健全化の危うさ

そもそも、インフレに依存した財政運営目標の達成には大きなリスクがある。債務対GDP比を左右する要因は、経済学で「ドーマー条件」と呼ばれる関係から分かるように、大きく分けてPB、経済成長率、金利の三つである(図表)。政府はこれまで、「物価高対策」として、ガソリン・燃料油価格の抑制、冬場の電気・ガス料金への補助、重点支援地方交付金などを実施してきた。社会保障分野でも、医療従事者の処遇改善を目的として、2026年度の診療報酬改定で本体部分を2年度平均でプラス3.09%とした。一方、税制では、令和8年度税制改正により、物価上昇に連動して所得税の基礎控除などを引き上げる仕組みが創設された。名目所得の増加によって税率区分が上がり、実質的に税負担が増える「ステルス増税」を是正する一方、政府にとっては税収の自然増が抑えられることになる。さらに高市政権は、来年4月から2年間、食料品にかかる消費税率を1%に引き下げる方針を85日に閣議決定した。これも物価高対策の一環とされている。このように、インフレは名目GDPを押し上げる一方で、歳出拡大や減税を求める政治的圧力も強める。その結果、PBの改善にはむしろ制約がかかる可能性がある。

「高成長なら低金利」は成り立つのか

さらに注意すべきなのが金利である。インフレは名目成長率を押し上げるだけでなく、金利の上昇も招く。日銀の金融政策の転換や財政悪化への懸念などを背景に、国債の10年物金利はすでに2.8%余りで推移している。日本はゼロ金利から「金利のある世界」に戻って久しい。ただし、現在の市場金利がそのまま政府の利払い費の増加につながるわけではない。過去の低金利時代に発行された国債が満期を迎えるまでは、利払い費は比較的低く抑えられるからだ。既発債に対する利払い費の比率として定義される「実効金利」は、市場金利に遅れて上昇する。その意味では、当面の間は、成長率に比べて実効金利が低く抑えられる「期間のボーナス」が期待できる。しかし、このボーナスも永遠に続くわけではない。国債の年間発行額は、借換債を含めて180兆円を超える。高い金利が新たに発行される国債に適用されれば、政府の利払い費は急速に増加する可能性がある。

 

図表2:成長率と金利の推移
 

出所:内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(2026730日)から筆者作成
注:成長戦略実現ケースは「TFP上昇率は、5年程度で1.1%、その後、更に5年程度で1.4%まで上昇」、現状投影ケースは「TFP上昇率は、従来の水準程度の0%台半ばで推移」にあたる      

 

内閣府の経済シナリオのうち、経済成長が過去の傾向に沿って推移する「現状投影ケース」では、2033年度に実効金利が成長率を上回る(図表2)。この場合、PBが黒字化しない限り、債務対GDP比は上昇し続けることになる。そうなれば、財政は持続可能とはいえない。ここで重要なのは、そもそも経済成長と金利は独立したものではないということである。

政府の狙い通りに経済が高い成長軌道に乗れば、収益改善が期待される企業による投資が活発になり、それに伴って借入も増えるだろう。家計も消費を増やし、貯蓄を減らす可能性がある。デフレ期には、民間部門の資金余剰、いわゆる「カネ余り」が金融機関に滞留し、さらに金融機関から日銀の預け金へと流れることで、国債を消化するための資金が供給されていた。しかし、こうした「カネ余り」が解消されれば、市場における資金需給は逼迫し、金利には上昇圧力がかかる。つまり、高い経済成長には、高い金利が伴う可能性がある。

財政と金融政策の危うい関係

政府としては、金利をできるだけ低く抑えたいところだろう。「経済財政運営と改革の基本方針2026」では、「強い経済」の実現に向け、「『安定的な物価上昇』の実現に資する適切な金融政策運営が行われることが非常に重要である」としている。この記述は、日銀による国債購入などを通じて金利上昇を抑えることを期待しているとも読める。これに先立ち、高市総理が5月に日銀総裁と会談した際、必要に応じて国債を買い入れるよう求めていたと報じられている。政府や中央銀行が規制や介入によって金利を市場の実勢より低く抑え、公的債務の負担を軽減しようとする手法は「金融抑圧」と呼ばれる。また、中央銀行が政府の財政赤字を補填する「財政ファイナンス」は、通貨量を増加させ、インフレを助長する可能性がある。

これは、トーマス・サージェントとニール・ウォレスが示した「マネタリストの不愉快な算術」とも関連する問題である。財政の膨張によって中央銀行の独立した金融政策が機能しなくなり、財政上の要請に従属せざるを得なくなる状況である。インフレの上振れを警戒する日銀については、9月以降、現在1%の政策金利の利上げを加速させる意向との報道もある。[2]しかし、市場が「いずれ財政収支の帳尻を合わせるために金融緩和が行われる」と予想するようになれば、インフレ期待を抑えることは難しい。一旦、財政と金融政策の関係が曖昧になれば、中央銀行への信認そのものが損なわれかねない。

「成長戦略」は希望的観測にならないか

消費税率などとは異なり、インフレ率は政府が直接決定できる政策変数ではない。いったん期待インフレ率、すなわち企業や家計が予想する将来の物価上昇率が日銀の目標である2%を超えて上昇すれば、現在の賃金や物件費などの上昇につながり、それがさらに期待インフレ率を押し上げる「インフレスパイラル」に陥る可能性がある。日銀の「経済・物価情勢の展望」(20267月)によれば、企業や家計の期待インフレ率は「全体として2%に向けて緩やかに上昇」しており、前述の通り、「物価安定の目標」を超えて上振れるリスクも指摘されている。日銀は2010年代、インフレ期待を醸成すべく、金融緩和を継続してきたが、そのインフレ期待に歯止めの利かない形で高まるかもしれない。

無論、政府にも成長によってこの問題を解決するシナリオがある。成長投資や研究開発の成果が十分に発現し、生産性が大幅に向上することで、実質成長率を1.8%まで高める「成長戦略実現ケース」である。これが実現すれば、債務対GDP比の低下が期待できる。経済の供給力が高まるため、インフレ圧力も弱まると考えられる。しかし、成長シナリオの実現にはハードルが高い。高市政権は、いわば「拡大均衡」という成長シナリオによって、財政赤字だけでなく、格差を含む経済の諸問題も解決できると期待しているように思われる。「痛み」(=政治的反発)を伴うような歳出構造の見直しも要さない。しかし、その前提となる高い成長が実現する保証はない。「楽観的」というよりも、むしろ「希望的観測」が過ぎるのではないか。

「責任ある積極財政」に必要なルール

では、債務対GDP比を安定的に引き下げるためには、どうすればよいのか。一つの方法は、政府が直接操作できる政策手段を用いることである。そのためには、財政運営目標が達成できなかった場合に、どのように対応するのかをあらかじめ「ルール」として具体的に定めておくことが考えられる。例えば、社会保障や公共事業を含むPB対象経費の削減を義務付ける。それでも不十分であれば、所得税や消費税などの増税を行う。こうして、マクロ的な財政目標と個々の政策を明確に結び付けることで、財政規律の実効性を高めることができる。市場からの信認を確保する上でも有効だろう。

具体的には、債務対GDP比が上昇に転じた場合、まず公共事業などの政策的経費の執行を抑制する。それでも不十分であれば、公的医療保険の給付範囲の見直しなどを含めて社会保障費を削減する。更に必要に応じて、所得税の控除を縮小、消費税率を引き上げる。このように、財政再建の手段に明確な順番、いわば「ペッキング・オーダー」を設けるのである。[3]国民や市場から見れば、財政運営目標を実現するための道筋が明確になり、「予見可能性」が高まる。(国の硬直化した歳出構造を改める契機にもなろう。)本来、「責任ある積極財政」というのであれば、問われるべきは「積極財政」の部分だけではない。「責任」をどのように果たすのか、すなわち財政の持続可能性をどのような手段で確保するのかを明らかにすることこそが重要なのではないだろうか。


[1] 小黒(2026)「骨太方針2026と債務残高(対GDP比)引き下げ目標」東京財団  https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=5025

[2] 時事通信「早ければ9月利上げも 物価上振れを警戒―日銀」(2026811日)https://www.jiji.com/jc/article?k=2026081000610&g=eco

[3] ペッキングオーダーとは、一般に企業が投資資金を調達する際、「内部留保(自己資金) ➔ ②負債(銀行借入・社債) ➔ ③株式発行(増資)」の順番を優先するというコーポレートファイナンスの理論である。

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