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【特集】「骨太の方針」閣議決定を受けて―市場の信認と世論の支持をどう両立させるべきか
September 8, 2026
2026年7月21日、政府は「経済財政運営と改革の基本方針2026」(骨太の方針2026)を閣議決定しました。高市内閣として初となる本方針は、私たちの社会をどのように導こうとしているのでしょうか。本連載では、政策の方向性や課題、実効性について多面的な視点から検討し、今後の社会の在り方を考えます。
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「骨太の方針」の方向転換 |
「骨太の方針」の方向転換
高市早苗政権は、政権発足後初となる「経済財政運営と改革の基本方針2026」(骨太の方針)を2026年7月21日に閣議決定した。
「骨太の方針」では、「従来の延長線上ではない、新たな経済財政運営への抜本的な転換」を掲げ、長年の「未来への投資不足」を問題視した上で、官民投資を起点とする「強い経済」の好循環を目指す姿勢を鮮明にした。2001年に始まった「骨太の方針」で長く使われてきた「財政健全化」という文言も姿を消した。従来の経済財政運営は「過度な緊縮志向」に陥っていたと捉えた上で、その流れを投資と成長によって反転させようとする方向転換の試みである。
高市政権は本年2月の衆院選で歴史的圧勝を収め、その後、支持率は低下傾向にあるものの、なお高い水準を維持している。巨大な政治資本を確保し方向転換に打って出た高市政権に対して、なお強い影響(制約)を与えうるのは、政治面では「世論」、経済面では「市場」である。
本稿では、高市政権が「骨太の方針」を推し進める上での政治的制約と経済的制約に着目し、両者が経済財政政策に及ぼす影響やその相互作用を概観する。
政治的制約と経済的制約
選挙期間中の政権に対する政治的な規律は通常、与党内の政治力学、野党からの牽制、そして世論を通じて働く。ただ、高市政権のケースでは、圧倒的な国民的支持の前に、与党内や野党からの政治的牽制は働きづらい状況にある。他方、「世論」の高い支持は、高市政権発足以来の最大の政治権力基盤となっている。ただ、与党内基盤の弱い高市政権にとっては「世論」こそが政治面での最大の制約ともなりうる。今回の「骨太の方針」を推し進める上でも、いかに「世論」の支持を維持できるかが、高市政権にとっての政治面での一つのカギとなる。
これに対し、経済面で政権に強い規律付けを与えるのが、政治の外から働く「市場」の動きである。「骨太の方針」については、原案段階から市場の動きがその行方に大きな影響を与えてきた。原案に大型投資の方針や、日銀の利上げを牽制するとも読める文言が盛り込まれたことなどをきっかけに、長期金利が大きく跳ね上がった。いわゆる「骨太ショック」である。市場の反応を受け、政府はその後、金融政策をめぐる記述を修正した。日本の厳しい経済財政状況の下、市場の信認を確保していくことが、高市政権が「骨太の方針」を推し進める上での経済面でのカギとなる。
経済成長の不確実性
「骨太の方針」の目論見通りに日本経済が成長軌道に乗れば、「市場」からの信認と「世論」からの支持という二つを確保する道は見えてくる。
成長に伴う税収増により財政は改善され、「市場」の信認は得られやすくなる。よほどの格差拡大などを伴わない限り、経済成長自体に反発する有権者は少ない。高市首相はインタビューで、成長と財政規律の両立を目指すと発言したが[1]、実際、十分な成長さえ実現できれば、その両立は見えてくる。
問題は、「骨太の方針」が前提とするような十分な経済成長が実現できるかが、非常に不確実ということだ。内閣府自身の試算を見ても、成長戦略実現ケース①の実質成長率は2030年代半ばの平均で1.7%と、民間エコノミスト予測の最も楽観的なグループの平均(1.1%)を大きく上回る。IMF(国際通貨基金)も日本の成長率は中期的に潜在成長率0.6%程度へ収れんすると見込んでいる(IMF 2026)。
さらに、時間軸の問題もある。たとえ経済が成長の軌道に乗るとしても、そうした状況が安定的に実現するまでには数年単位の時間がかかる。これに対して、世論調査はほぼ月単位、市場は日単位で動く。その間、市場の信認を確保し、世論の支持をつなぎ止められるか。それらの短期の動きに翻弄され追い込まれないか。高市政権の経済財政運営の当面の大きな課題はそこにある。
「世論」と「市場」のジレンマ:インフレ・金融抑圧は解決策になるか
十分な経済成長という理想的シナリオが実現できない場合、厳しい財政状況と世界的なインフレ傾向の下で、市場の信認と世論の支持を同時に確保する道は非常に狭くなる。その道を狭める要因の一つは財政問題である。最近の長期金利、超長期金利の大幅な上昇には、日本の財政に対する市場の懸念が大きく影響しているとされる(IMF 2026など)。十分な経済成長が実現しないまま財政拡張が進めば、市場の信認が損なわれる可能性が高まる。市場の信認確保のための財政緊縮策に踏み切れば、増税などに対して世論の強い反発を受ける可能性がある。
このように「世論」と「市場」の動きに日々挟み撃ちにされる状況下で、高市政権はその先の成長を目指すという困難な立場に立たされている。では、成長の実現以外に、市場の信認と世論の支持を一時的に両立させる道はあるのだろうか。一つ考えられるのは、インフレや金融抑圧である。筆者らも『財政危機時の緊急対応プラン 2025』(東京財団政策研究所 2025)において、インフレを通じた「緩慢な衰退」が、その善し悪しは別として、財政の持続性を確保する一つの可能性となることを指摘した。
高市政権の経済財政政策の方向性は、一定のインフレを想定したものとなっていると言ってよい。政府の中長期試算では物価上昇率が2%程度に収れんする姿が置かれている。また、高市政権の金融抑圧的な姿勢も各所で報じられている[2]。
インフレが進行すると、デフレ期に低金利で発行された大量の既発国債があるため、政府の実効金利の上昇が遅れ、政府債務の実質負担は一時的に軽くなる(図1参照)。高市政権が財政目標の中核をプライマリーバランスから債務残高対GDP比に移した背景の一つとして、インフレ下では名目GDPが膨らむ一方で低金利の既発国債が残るため、当面は債務残高対GDP比の方が改善しやすいことがあるとも指摘される。金融抑圧も、政策や規制で政府の資金調達金利を低く抑えることで政府の利払い負担を軽減し、そこにインフレが伴えば債務の実質負担をさらに低下させる。

インフレや金融抑圧の裏側では、国債や預金、現金などの多くの保有者が、その実質価値の低下という形で負担を負う。いわゆる「インフレ税」「金融抑圧税(financial repression tax)」などを課されるのである。
では、インフレや金融抑圧に対して世論はどうか。ハーバード大学のカーメン・ラインハート教授らは、金融抑圧とインフレが組み合わさった金融抑圧税は、増税や歳出削減など他の財政緊縮策に比べて有権者から見えにくいため、政治的に通りやすい選択肢となりうると指摘している(Reinhart and Sbrancia 2015)。そうであれば、インフレや金融抑圧は、公的債務の実質負担を軽減して市場の信認を得つつ、その「見えにくさ」から世論の支持を保つ手段(魔法の杖?)となりうる。しかし、日本を含む各国の過去の経験や、近年の政治経済学の研究からは、そのような楽観的な見方は支持されない。
インフレに対する世論の反発
以前の論考(加藤 2026)でも指摘したように、インフレが有権者から強く嫌われてきたことは、各国の政治経済学研究で繰り返し確認されてきた(Scheve 2004; Shiller 1997; Stantcheva 2024など)。たしかにラインハート教授らが指摘するように、いわゆる「インフレ税」や「金融抑圧税」は、通常の税と比べて有権者から見えにくい。ただ、日々の生活において、人々は物価の動きを自分の買い物などから実感している。
日本ではデフレの時代が長く続いてきており、近年はインフレへの負のイメージが薄れている感もある。ただ、以前の国際比較研究においては、日本は、世論のインフレ回避的な傾向が最も強い部類の国の一つだった(Scheve 2004)。最近の世論調査でも、日本の有権者が最も重視している政策は、おおむね「物価高対策」である[3]。
高市政権も食料品の消費税減税などの「物価対策」を次々に打ち出している。こうした措置は対象価格を一時的に押し下げる一方、エコノミストらが指摘しているように、インフレ圧力を強める可能性もある。インフレが悪化すれば高い世論の支持を維持することは非常に難しくなり、高市政権の経済財政政策を制約することになるだろう。
隘路をどう進むか
長年にわたる低成長や少子化、厳しい財政状況を背景に、日本の政府も企業も消費者も過度に守りに入り、縮小均衡的な傾向が生じてきた面があることはたしかだ。この意味で、成長に打って出るという「骨太の方針」の考え方には首肯できる部分も多い。ただ、状況が非常に厳しいのもまた事実であり、十分な経済成長が実現されるかどうかはなかなか見通せない。
高市政権は、「世論」と「市場」の規律を受けながら隘路を進むことになるが、おそらく妙案も奇策もない。たとえば政権は、「骨太の方針」の原案段階で、日銀の利上げを牽制するとも読める文言を盛り込んだ。これは金融抑圧につながりうる試みだったが、「市場」の反発を受けて修正に追い込まれた。7月末から8月にかけての過去最大規模となった円買い介入の効果も、一時的なものに留まっている。「世論」についても、「見えにくい」からといって「インフレ税」や「金融抑圧税」などが今後も受容され続けるとは考えにくい。
結局のところ、「世論」や「市場」の日々の変動を小手先の対応で抑えきることはできない。中長期的な視点から国家の経済財政を見据え、国民と市場の双方に正面から向き合うような、まさに骨太な対応がここでも求められるのである。
参考文献
IMF 2026. Japan: 2026 Article IV Consultation—Press Release; Staff Report; and Statement by the Executive Director for Japan. IMF Country Report No. 26/75.
加藤創太 2026.「第2次高市内閣に求める経済政策――インフレを嫌う有権者にどう対応すべきか」東京財団Review(3月26日).
Reinhart, Carmen M. and M. Belen Sbrancia. 2015. “The Liquidation of Government Debt.” Economic Policy 30(82): 291–333.
Scheve, Kenneth. 2004. “Public Inflation Aversion and the Political Economy of Macroeconomic Policymaking.” International Organization 58(1): 1–34.
Shiller, Robert J. 1997. “Why Do People Dislike Inflation?” In Christina D. Romer and David H. Romer eds., Reducing Inflation: Motivation and Strategy. University of Chicago Press: 13–70.
Stantcheva, Stefanie. 2024. “Why Do We Dislike Inflation?” Brookings Papers on Economic Activity Spring 2024.
東京財団政策研究所 2025.『財政危機時の緊急対応プラン 2025』.
[1] 読売新聞「高市首相『成長と財政規律の両立目指す』、消費税率『2年後に確実に戻す』…読売インタビュー」2026年8月27日。
[2] たとえば、高市首相は植田和男日本銀行総裁と5月に会談した際、長期金利を抑えるため、必要に応じて国債を買い入れることを要請したとの報道がなされている。時事通信「高市首相、日銀総裁に『国債買い入れ』要請 積極財政にらみ、金利抑制狙う」2026年8月4日。また、「骨太の方針」の原案では、日銀の利上げ牽制とも読める文言が織り込まれていた。日本経済新聞「骨太の方針原案、金融政策で文言修正 日銀の利上げけん制懸念拡大で」2026年7月8日。
[3] たとえば内閣府「国民生活に関する世論調査」(2025年8月調査)では、「政府に力を入れてほしいこと」で物価対策73.1%がトップ。社会保障64.1%、景気対策58.6%を上回っている。