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Brexitカウントダウン(15)ジョンソン政権の多難な船出

鶴岡路人
主任研究員

2019年7月23日、英保守党は新しい党首にジョンソン(Boris Johnson)前外相が当選したと発表した。得票は、ジョンソンが92,153票、対立候補のハント(Jeremy Hunt)外相が46,656票だった。ジョンソンの勝利は当初からほとんど確実視されており、得票が6割を超えるかが焦点となっていた。3分の2に迫る票を確保したことで、党内では一定の権力基盤を得ることができたといえる。英国政界一の型破り政治家の首相誕生である。

7月24日発足のジョンソン政権の最大の課題は、当然のことながらBrexitである。メイ(Theresa May)政権が3年かかってできなかったことが、ジョンソンには本当に可能なのだろうか。楽観的になる要素はほとんど存在していないのが現実である。Brexitの困難さ自体は変化しようにないからである(この点については、「Brexitカウントダウン(11)首相交代で変わること・変わらないこと」2019年6月12日を参照)。保守党党首選からみえてきたものを踏まえ、Brexitに関してジョンソン政権の置かれた状況と行方を考えてみたい。

強硬離脱派に踏み絵を迫られたジョンソン

メイ首相の辞任表明を受けて始まった保守党党首選では、候補者討論会が繰り返し実施された。しかし、結局のところ、EUからの離脱に関するジョンソン首相の具体的方針はほとんど明らかになっていない。最も引用されたのは「やるか死ぬか(do or die)」――「のるかそるか」というニュアンスかと思われるが、「死ぬか」という言葉遣いがインパクトを持った――という方針だが、ここから具体的な方針が明らかになるわけではない。加えて強調されたのは「やればできる精神(can do spirit)」である[1]。「この国を再び元気付ける(energise)」という表現とともに、結局のところ精神論、ないし気合いで押し切ったということだろう。

保守党党首選の焦点も、Brexitの方法論ではなく、何が何でも――つまり「合意なき離脱」であっても――現行の期日である10月31日に必ずEUから離脱するという強行論を競う場になった。「合意なき離脱」に関して「どちらの候補がよりマッチョであるか」が問われたのである。EU離脱支持派の多い保守党員のみを対象とした選挙である以上、なるべくしてなった展開である。

ジョンソンが「マッチョさ[2]」を示して、「真の強硬離脱派」であることを選挙戦を通じて示さなければならなかった背景には、強硬離脱派からジョンソンに向けられていた疑念の眼差しがあった。というのも、そもそも2016年6月の国民投票に際しては、離脱と残留のどちらを支持するか直前まで迷った後に離脱支持を決め、また、メイ政権のまとめたEUとの離脱協定に関する議会採決で、1回目と2回目は反対票を投じながら、3月29日の第3回の投票では賛成にまわったという「前科」があった。そのためジョンソンには、決して裏切らないことを証明することが求められたのである。離脱強硬派に踏み絵を迫られたといってもよい。

「やるか死ぬか」といったレトリックは、この観点では効果的だったのだろう。しかし、政権を獲得した後、自らの行動の余地を狭めてしまう可能性もある。

なお、ジョンソンに関しては、「ニクソン訪中(Nixon goes to China)」のアナロジーで、離脱強硬派のジョンソンだからこそ、再度の国民投票を含め、Brexitに大きな変更を加える決定をしても、強硬離脱派の反発を抑えることができるとの期待もある。しかし、一貫した強硬離脱派にしてみれば、ジョンソンの強硬離脱派としての信頼性は不十分であり、ニクソンには遠いのが現実であろう。

「合意なき離脱」の脅し

ジョンソンの本心がどこにあったとしても、党首選での議論の流れを踏まえれば、2019年10月31日の「合意なき離脱」の可能性が高まったとの評価を完全に否定するのは難しい。しかし、ジョンソンの首相就任で「合意なき離脱」が確定したわけでは全くない。

その背景には、野党の労働党や自由民主党以外に、保守党内にも多数存在する「合意なき離脱」に反対する勢力の存在がある。メイ政権のハモンド(Philip Hammond)財務相を筆頭に、ジョンソン政権が「合意なき離脱」に突き進む場合には、内閣不信任を含めて徹底的に戦うことを公言する議員も増えている。ただし、法的なデフォルト(=他の策を講じない限り自動的に導かれる結果)が「合意なき離脱」である以上、たとえ議会の過半数がそれに反対していたとしても、内閣がそれを選択した際に、議会はそれを止める決定的な力は持っていないといわれる。

議会内では、EUとの合意がない場合には政府に対してEUへの離脱期日延期の要請を義務付けるような法律の制定が囁かれるものの、下院の議事日程について通常は政府が強い決定権を有しているために、これも容易な方策ではない。

ジョンソン首相は、自らの政権の方針を固めたうえで、夏の間にドイツ、フランス、アイルランドなどの首脳を個別に訪れ、離脱協定の再交渉の可能性を探ることになるのだろう。いわゆる「切り崩し」作戦である。「合意なき離脱」はEU側にとっても大きな損害であり、そうであればEU側も譲歩すべきだとの議論を展開することになるとみられる。「合意なき離脱」を脅しに使うのである。

ジョンソン政権の選択肢

そのうえで、(ないしそれと並行して)EUとの交渉になる。EU側は、離脱協定自体の修正は繰り返し否定しつつ、将来の関係の方向性に関する政治宣言については交渉に応じる姿勢をみせている。これらを踏まえて、ジョンソン政権下で可能性のあるシナリオは下記のとおりである。

① 微修正の離脱協定・政治宣言で議会採決――たとえ内容的には「微修正」にすぎなかったとしても、ジョンソン首相が「大きな譲歩を勝ち取った」と宣伝し、新政権発足の「ハネムーン」を利用して議会で可決。ただし、この場合でも全ての法制が10月31日に間に合わない可能性があり、その場合は、短期の技術的延期が必要になる。このシナリオの可否は、「微修正」の中身もさることながら、内閣支持率を含め、「ハネムーン」の雰囲気がどの程度続くかによる。これが否決された場合は、下記②、③、④に移らざるをえない。

② EUとの交渉決裂を受けて「合意なき離脱」――「英国は努力したにもかかわらず、EU側が頑固だった」、「悪いのは英国ではなくEUだ」というジョンソンの主張が支持を集めるような英国国内の状況になれば、「合意なき離脱」への国内政治面のハードルが下がることになる。ただし、「親経済界(pro-business)」であるはずの保守党が、経済界がほとんど一致して反対する「合意なき離脱」に突き進むためには、相当の経済対策が必要になる。そのためにも、信頼できる身内を財務相に就ける必要がある。ただし、「合意なき離脱」の場合は、その後のEUとの困難な関係も覚悟しなければならない。少なくとも、FTA(自由貿易協定)交渉が早期に開始されることはないだろう。

③ EUとの交渉決裂を受けて総選挙――「悪いのはEUだ」という方向で世論が推移し、さらに、ファラージ(Nigel Farage)党首のBrexit党の勢いが収まったとの確信があれば、「合意なき離脱」を掲げて下院を解散して総選挙に打って出る余地が生まれる。保守党員の間でジョンソン支持が広がった最大の背景の1つも、ジョンソンが唯一ファラージを抑えることのできる候補だと目されたことだった。この見極めはジョンソンにとっては大きな賭けになるが、党内、野党、世論からの強い圧力にさらされ、自主的な決定ができなくなる事態もあり得る。その場合、総選挙と国民投票のどちらが「マシ」かという判断になるだろう。保守党内には、国民投票によってBrexitが撤回という事態に陥る(リスクを背負う)よりは、総選挙の方がよいとの意見もある。というのも、英国の下院議員選挙は完全な小選挙区制であり、野党が労働党、自由民主党、スコットランド民族党(SNP)、緑の党などに分裂している限り、与党が有利である他、党内最左派といわれる労働党のコービン(Jeremy Corbyn)党首を首相にすることへの抵抗が有権者の間にも一定程度存在していると考えられるからである。しかし、2017年6月にメイ政権が打って出た総選挙では過半数を失っており、これが今日まで続くBrexitの迷走の大きな原因になったことから、保守党内でも総選挙を避けたいとの声は根強い。

④ EUとの交渉決裂を受けて国民投票――EUとの交渉決裂(ないし新たな協定の議会での再度の否決)を受けて、総選挙に踏み切らないとすれば、残るは再度の国民投票になる。全ては選択肢次第だが、保守党にとって国民投票実施の敷居が極めて高い状況が、短期的に大きく変化することは考えられない。そのため、総選挙に比べても可能性が低いのが国民投票だとみられるが、状況次第では選択肢として浮上する可能性がある(これについては、「Brexitカウントダウン(8)再度の国民投票、『承認のための投票』とは何か」2019年5月23日を参照)。

離脱日は、上記①だと10月31日ないしその直後、②は10月31日になる。しかし、総選挙や国民投票を10月31日までに終わらせることは物理的に無理であるため、③や④の場合には、離脱期日の再度の延期をEUに求めざるを得なくなる。これにはEU側の承認が必要になるが、総選挙や国民投票が理由の延期要請であれば、拒否される可能性は低いだろう。

EUとの交渉が妥結に至らなければ「合意なき離脱」というのが現在のジョンソンの立場であり、上記③や④の場合には、大きなUターンということになる。それが起こるとすれば、それは「ニクソン訪中」のアナロジーで説明できるものではないのだろう。ジョンソンに不変の主義主張はなく、結局は風見鶏だったということになる可能性が高い。実際、北アイルランド国境問題への対策としての「バックストップ(backstop)」に関するジョンソンの立場は、保守党党首選の期間中にもより強硬なものへと変化している。

「英国のトランプ」は何を意味するのか

ジョンソンを「英国のトランプ」とする見方は以前から根強い。トランプ(Donald Trump)自身、それを好意的に受け止め、ジョンソンの首相就任を歓迎している。これが国内政治的にまず意味するのは、いわゆるポピュリスト政治家の台頭である。それと密接に関連するのが、「ポスト真実政治」と呼ばれる現象であろう。無責任な言葉が踊ることになる。指導者の発言のなかのウソが判明しても、それが支持率に影響しない構造だともいえる。それは、支持者がそうした指導者に対して発言内容の正確さや品行方正さをそもそも期待していないために起こることである。だとすれば、そうした指導者のみを批判しても問題は解決しない。

外交面では、たとえジョンソンとトランプの個人的関係がよいと想定しても、そのことが米英関係、そして英国の対外関係全般に常にプラスに作用するとは限らない。というのも、今日の英国と米国との間には、気候変動やイランなどに関して明確な立場の相違が存在している。Brexit後の英米FTAに関しても、英国側では米国が求めるであろう農産品の市場開放や食品安全基準などに対する懸念が高まっている。もしジョンソンが、トランプとの個人的関係の維持を重視するあまり、そうした具体的な問題に関して動きが取りにくくなるとすれば、国内での不満が高まる可能性がある。

英国の歴史上も、ジョンソンは、最も厳しい状況で就任する首相の1人に数えられるのだろう。だからこそ大逆転が可能だと考えるのか、それとも短命に終わるのか。ジョンソン自身は、尊敬する人物として常にチャーチル(Sir Winston Churchill)を挙げ、日本語にも翻訳された『チャーチル・ファクター[3]』という本を書いている。これを書いた背景には、偉大なチャーチルが、若い世代では忘れられそうになっていることへの強い問題意識があったと述べている。本自体の評価はさまざまだが、そうした歴史観が自らの政権運営に活かされるのか否か、正念場である。

 

[1] Boris Johnson, “We need the ‘can do’ spirit of 1960s America to help us get out of the EU,” Telegraph, 21 July 2019, https://www.telegraph.co.uk/politics/2019/07/21/need-can-do-spirit-1960s-america-help-us-get-eu/ (last accessed 24 July 2019). これは、テレグラフ紙コラムニストとしておそらく最後となるジョンソンの論説。米アポロ11号の月面着陸50周年を引き合いに出し、北アイルランド国境問題の解決も「やればできる」と訴えた。

[2] “Who can be more macho over no-deal Brexit?” Financial Times, 1 July 2019 (online), https://www.ft.com/content/1d9de0ca-9bf9-11e9-9c06-a4640c9feebb (last accessed 24 July 2019).

[3] ボリス・ジョンソン(小林恭子・石塚雅彦訳)『チャーチル・ファクター たった一人で歴史と世界を変える力』(プレジデント社、2016年)。

 

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鶴岡路人

鶴岡 路人

  • 主任研究員

研究分野・主な関心領域

  • 欧州政治
  • 国際安全保障
  • 米欧関係
  • 日欧関係

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