- Review
【論考】人口減少社会と放送制度の新展開 ―多様性を支える情報基盤の再構築に向けて―
December 11, 2025
元テレビ朝日 報道局プロデューサー 江野夏平
人口減少を背景にメディア統合が現実味を帯びるなか、今後の災害報道のあり方を検討する必要性が高まっている。地域メディアの統合によって災害時の情報発信が脆弱化する懸念が指摘される中で、東日本大震災時の報道の実態があらためて思い起こされる。
震災直後、多くの全国ネットのニュース番組は、日本で初めて発生した原発事故の行方に情報と取材体制の大半を集中せざるを得なかった。一方で、被災地の住民が切実に求めていたのは、「いつどこに食料や水などの物資が届くのか」「どの避難所が利用できるのか」「家族や親族、知人の安否はどうなっているのか」といった、日常的でありながら生存に直結する生活情報であった。
取材した陸前高田などの被災地では、町役場の掲示板や地域の口コミが、テレビ以上に人々の手がかりとして機能していた。 そうしたなかで、地域に密着した放送メディアが担ってきた役割の大きさも改めて浮かび上がった。日頃から地域に根ざし、住民と顔の見える関係を築いてきたコミュニティFMや、地域情報の発信を重視してきたNHKの報道は、被災者の生活感覚に寄り添う“使える情報”として確かな意味を持っていたと言える。
映像メディアのなかで、被災者のニーズにいち早く気づいたのはNHKだった。震災直後から、避難所ごとに誰が避難しているのかを取材し、その名前をテロップで長時間にわたり流し続けた。被災者は、その情報を頼りに家族や親族の安否を確認しようとしていた。このとき私は、朝の情報番組のチーフ・プロデューサーとして災害報道に携わっていたが、当初は空撮映像などを通じて被害状況を俯瞰的に伝えることに終始していた。だが、こうした報道は被災者が真に必要とする情報とは大きな隔たりがあった。番組スタッフや出演者と議論を重ねた末に、被災者自身が出演して「安否情報」を伝える企画に踏み切った。生中継では、被災者にフリップに名前を書いて自身の無事を伝えていただいた。その結果、放送を見ていた家族との再会が生まれた。被災者が少しでも前を向く助けとなる情報とは何か。その答えを模索する過程で生まれた報道だった。
私自身の災害報道の原点をたどれば、1993年の北海道南西沖地震・奥尻島の津波被害に行き着く。ヘリコプターで現地入りし取材を進めるなかで、半島状の地域の一部が津波後の火災で焼失する一方、ある道路を境に不自然に燃え残った一帯があることに気づいた。宿泊先の民宿の主人によれば、風にあおられた炎が各家屋の灯油タンクに引火して被害が拡大していたため、消防と住民が協議のうえ複数の家屋を壊し、延焼を食い止めたという。家を失った住民も含め、「地域のため、島のため」という言葉を静かに口にしていた姿は、その後の私の取材姿勢に大きな影響を与えた。
被災者にとって必要とされる情報は、状況に応じて変化する。物資や避難所の情報、安否情報、復旧・復興の見通し、さらには再発防止に資する防災情報まで、その時々で求められる内容は異なる。その時々に応じて、住民にとって必要な情報が何かを考えることが災害報道の出発点である。
人口減少が進む地方では、こうした災害報道を担う地域メディアそのものが、視聴者数の減少、人材確保の困難、取材網維持のコスト増大といった課題に直面している。経営基盤の弱体化は、個々の放送局の経営問題にとどまらず、地域社会に届けられる情報の多様性そのものを揺るがす構造的課題となりつつある。今後、人口減少や経営環境の変化を背景に、各県単位のテレビ局が統合されて広域編成に移行したり、一部の局が支局的な位置付けに変わったりする可能性は小さくない。そのとき、災害多発地域での情報補完をいかに担保するのかは、単に「チャンネル数」や「局の数」の問題ではなく、「誰が、どのような関係性のもとで情報を届けるのか」という、より根源的な問いとして立ち現れる。
こうした地域の情報基盤が揺らぎつつあるという危機感を背景に、総務省では「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会」を設置し、戦後以来の放送制度全体を、メディア環境や人口構造の変化に応じて見直すことの検討を進めている。その焦点の一つが、「マスメディア集中排除原則(いわゆるマス排)」の再評価である。現場レベルではすでに、ニュース素材の相互提供、共同取材拠点の設置、番組制作の分担など、限られた人員と資源を組み合わせて運用する試みが進行しており、制度改革には、こうした自助努力を後押しする形で、持続可能な放送体制を整備していく役割が期待されている。ただし、制度の見直しだけでは地域の情報基盤を実際に支えることはできない。重要なのは、制度改革と並行して、放送局・自治体・研究機関が具体的な協働の場を持ち、現場の課題に即した「実装モデル」を積み上げていくことである。
その一つの先行例として注目されるのが、KBC九州朝日放送(以下KBC)が福岡・佐賀両県の自治体とともに進めている「防災ネットワーク」の取り組みである。KBCは、2017年に朝倉市を中心に甚大な被害をもたらした九州北部豪雨を契機として、防災に関する取り組みを大きく強化した。福岡・佐賀両県にある全80自治体と防災パートナーシップ協定を結び、毎年の出水期前には、テレビ・ラジオ・Web・SNSを組み合わせた「防災ウィーク」で一週間集中的に啓発を行う。日本赤十字社と連携した出前授業などを通じて小中学校での防災教育を支援している。この出前授業は延べ26校で開催され、参加した児童は累計1500人近くに達しているという。
また日常生活と防災を往復する「防災ネットワーク」の取り組みを支える柱の一つが地域リポーターである。地域リポーターは平時に地域の魅力を伝える活動を続け、大雨や台風時には現場から状況を伝えるなど、災害発生時にはその経験と信頼を生かして現場の一次情報を届ける“地域の目”として機能している。現在、KBCが育成する地域リポーターはおよそ170名規模に達しており、地域に根ざした情報網として全国的にも類例のない仕組みとなっている。こうした取り組みは視聴者側にも確かな形で反映されている。KBCが実施する「dボタン広報誌」のアンケートでは、利用経験者の約7割が「防災関連情報を得るため」と回答しており、テレビを日常的な“防災装置”、すなわち「防災情報を得る場」として捉える認識が地域に根づきつつある。人口減少が進み地域ネットワークが弱体化するなかで、顔が見える地域リポーターの存在や、平時からの学校連携など、地域に根ざした“情報の習慣化”を図っている点は極めて先進的である。
私がオブザーバーとして参加した「防災ネットワーク会議」は、こうした取組の中核を担う重要な協議の場である。年2回、福岡・佐賀の自治体の防災担当者が集まり、防災対策上の課題や成功事例、さらにはKBCへの要望を率直に共有する。2025年11月20日に久留米市役所で開催された会合には、福岡・佐賀・沖縄の自治体、NTTドコモグループ、KBCの関係者など計45名が参加した。会議では、「久留米市における令和5年7月豪雨への対応と課題について」が主要なテーマの一つとして取り上げられた。警報発令から避難指示、避難所開設、水位上昇への対応、罹災証明の発行、災害廃棄物処理、住宅支援、ボランティア受け入れに至るまで、現場職員が限られた時間の中で判断を迫られた一連のプロセスが整理され、具体的に示された。
さらに、LINEやFAXを併用した情報伝達、防災ポータルサイトやWebハザードマップを活用した広報、ペット同伴避難所の設置、パーテーションテントの導入など、災害前後の施策が時系列で共有され、自治体間で活発な質疑が交わされた。災害の多い地域だからこそ、過去の苦い経験を踏まえた「本音」の情報交換が交わされていることが印象的であった。会議の場そのものが、行政区分を超えた水平連携のハブとして機能している点も見逃せない。
会議の場では、放送局側への厳しい指摘も率直に投げかけられた。深夜や混乱時の避難所で被災者のプライバシーに十分配慮できているか、五月雨式の電話取材が現場の業務を圧迫していないか、取材姿勢が知らず知らずのうちに精神的な負担を与えてはいないか──こうした声は、メディア側にとって耳の痛い指摘でもあるが、KBC側は正面から受け止め、すでに社内に設けている基準については丁寧に説明しつつ、なお検討が必要な点については「机上では割り切れない現場の難しさがある」と率直に認めていた。このような本音のやり取りこそが、放送事業者と自治体との間に実効性のある信頼関係を築くうえで欠かせない土台となっていると感じた。単に「協定を結んだ相手」という形式的な関係ではなく、時に厳しい意見も含めて互いの本音をぶつけ合える相手であることが、災害時の情報連携の強靭さを支えているのである。
さらに特筆すべきは、自治体職員を放送局に「出向」というかたちで受け入れている点である。出向者は、新入社員と同様に制作・報道の現場で実務を経験し、ニュースの組み立て方や災害報道の判断基準を内部から学ぶ。その経験を持ち帰った職員は、自治体側で広報や取材対応に携わる際に、放送局の事情を具体的に理解したうえで橋渡し役となり、相互理解の促進に大きく貢献している。放送局側にとっても、災害時に自治体の出向経験者がテレビやラジオのリポーターとして出演することで、現場のリアリティを伴った情報発信が可能になる。こうした協働は、計算づくの制度設計というよりも、「一人でも多くの命を守りたい」という思いから、現場で試行錯誤を重ねた結果として導き出されたものだと受け止めている。出向を経験した職員が、帰任後も局側との非公式な相談窓口として機能しているという点も含め、長期的な信頼関係のインフラとして評価できる取り組みである。
こうした調査を通じて改めて感じるのは、制度改革と現場実装の双方が噛み合ってこそ、人口減少社会における地域メディアの公共性が維持されるという点である。制度は枠組みを定めるにとどまり、実際に地域社会の情報基盤を支えるのは、日々現場で汗をかく人々の関係性と相互理解である。平時から地域に根ざした放送局と自治体が、本音で議論を重ねながら協働を続けることこそが、いざというときに「住民が本当に必要とする情報」を適切なタイミングで届けるための前提条件となる。災害時に求められる情報は、物資情報、避難情報、安否情報、復旧・復興の状況、そして将来の被害軽減をめざす防災情報へと、時間の経過とともに変化していく。その変化を的確に捉え、地域の実態に即したかたちで情報提供のあり方を再設計していくことが、人口減少社会における放送制度の新たな課題である。
本稿で取り上げたKBCの取り組みは、その一つの方向性を示すものであり、「制度」と「現場」をどのように橋渡しするかを考えるうえで重要な示唆を与えてくれる。今後も各地域での事例調査を重ねつつ、災害時に地域社会を支える情報基盤の再構築に向けて、現場の実践を踏まえた政策提言につなげていきたい。とりわけ、統合・再編が進む局と、人的・財政的資源が限られた自治体とのあいだで、どのような役割分担と補完関係を描くべきかについては、早急に具体像を提示する必要がある。人口減少社会における放送制度の議論は、地域に暮らす人々の命と生活を守る情報インフラの設計図そのものだという視点を、今後も忘れてはならない。