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【特集】第2次高市内閣に求める経済政策―「複数年度予算」が切り拓く国家戦略の転換と課題
February 27, 2026
第221回特別国会が2月18日に召集され、高市早苗氏が第105代首相に選出されました。給付付き税額控除や飲食料品の2年間消費税ゼロをはじめとする国民の負担軽減策が注目されていますが、「責任ある積極財政」を掲げる第2次高市内閣は経済の課題とどう向き合っていくのでしょうか。持続可能な社会を築き、国民の生活をより豊かにするために必要な政策について、研究者がそれぞれの専門分野から論じます。
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この記事のポイント |
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はじめに |
<はじめに>
2026年2月20日、第2次高市内閣の施政方針演説において、経済成長と財政規律の両立を目指す観点から「複数年度予算」の導入と「補正予算を前提とした予算編成からの脱却」が提起された。近年のグローバル経済においては、量子技術、創薬、さらには経済安全保障の確保など、長期的な資本投下を要する政策課題が増加している。本稿では、日本の予算制度の基本原則である単年度主義の構造的な課題を整理した上で、新たな予算枠組みが民間投資に与える影響や、制度設計に向けた法理的・行政的な論点について簡単に考察したい。
<日本の予算制度における単年度主義の原則とその限界>
まず、現行の日本の予算制度は、憲法第86条に基づく「財政民主主義」を基礎としている。同条文は「内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない」と定めており、ここから財政法第12条が規定する「会計年度独立の原則(単年度主義)」が導き出される。これは、将来の国会の権限、ひいては国民の意思を不当に拘束しないよう、毎年度の税収等の財源を見積もり、その年度内の歳出規模を決定して完結させる仕組みである。実際の編成プロセスにおいては、各省庁の予算要求は財務省が設定する要求上限(シーリング)のもとで査定され、当初予算案として取りまとめられる。
この単年度主義は、議会を通じた財政統制を機能させる上で重要な役割を担っている。しかしながら、現代の行政課題においては、この原則がもたらす期間的制約が中長期的な資源配分の阻害要因となっているとの指摘がある。科学技術振興やインフラ整備など、社会実装に複数年を要する事業であっても、原則として毎年度の予算獲得手続きを経る必要がある。その結果、政策の継続性に対する予見可能性が低下し、長期的な国家戦略に基づく合理的な資金計画の策定が制度的に困難な構造となっている。
<補正予算の常態化が生じる構造的背景>
単年度主義の硬直性がもたらす課題が最も顕著に現れているのが、補正予算の常態化である。財政法第29条において、補正予算の編成は、予算作成後に生じた事由に基づき「特に緊要となった経費」等に厳格に限定されている。本来は大規模災害への対応など例外的な措置であるが、現実には「経済対策」等の名目で毎年度編成される状況が定着している。
この事象の背景には、当初予算の構造的な問題が存在する。当初予算に計上される「予備費」は使途や規模に一定の制約があり、大規模なマクロ経済ショックに対して機動的に対応するための緩衝材としては不十分である場合が多い。結果として、当初予算で認められなかった政策的経費が、年度途中の政治的・行政的要請で、補正予算として追加計上される流れが形成されている。これは、単年度主義の期間的制約や予備費の規模の限界から生じる財政運営上の課題を、補正予算で毎年調整している状態ともいえる。
<補正予算からの脱却に向けた課題と留意点>
上記のような状況において、「補正予算を前提とした予算編成からの脱却」という方針は、財政法本来の趣旨に照らし合わせて妥当な提起である。しかし、現行の単年度主義の枠組みを維持したままこれを実行に移すことには、実務上の困難が伴う。「補正予算を編成しない」という方針を掲げたとしても、実際の経済変動や政策的要請に対応するため、結果的に枠外での予算措置が講じられれば、財政規律を維持する仕組みが形骸化する恐れがある。これを防止するためには、適切な規模の予備費の事前計上や、「真に緊要な事態」に関する客観的な要件定義など、規則に基づく運用体制の構築が必要となる。
また、補正予算の編成要件を厳格化した場合の留意点として、大規模災害等に対する財政出動の遅滞リスクが挙げられる。さらに、後述する複数年度予算の導入によって数年先までの予算枠が固定された場合、年度途中に発生した新規の行政課題に対して資金を再配分する余地が狭まり、予算配分が硬直化するジレンマが生じることにも留意する必要がある。
<既存の「基金」制度などが抱えるガバナンス上の問題点>
これまで、単年度主義の制約を緩和し、複数年にわたる事業を実施するための手法として「基金」などが活用されてきた。基金とは、特定の行政目的を達成するため、国庫から資金を拠出し、独立行政法人や民間団体などの外部法人に資金を留保して管理・執行させる仕組みである。近年、補正予算を財源として、研究開発支援や企業向けの継続的な補助金などに広く用いられている。
しかし、基金の運用にはいくつかの制度的課題が指摘されている。第一に、政策の非連続性に関する問題である。予算が決定された後であっても、行政側の方針転換等によって事後的に執行条件が変更されるリスク(いわゆる「ハシゴ外し」)が存在する。これは、基金による支援を前提として長期計画を立てる民間企業にとって不確実性要因となる。
第二に、ガバナンスの確保に関する問題である。資金が国庫外に切り出されて外部法人で管理されるため、国会や会計検査院による事後的な検証が及びにくく、事業の費用対効果に関する厳格な評価が行われないまま、未使用の資金が滞留する事例が確認されている。
<複数年度予算による予見可能性の向上と民間投資への波及効果>
これらの課題を踏まえると、政府の事業枠組みとして「複数年度予算」を導入することは、経済政策上有用な選択肢となる。複数年度予算の最大の意義は、政府による財政支出の予見可能性を担保し、民間部門の投資を誘発する効果(クラウディング・イン効果)を生み出す点にある。
GXやDXといった分野では、研究開発から社会実装までに長期の期間を要する。政府の支援規模や期間が複数年にわたり確約されることは、民間企業が長期的な経営計画や設備投資の決定を行う上での重要な基盤となる。単年度ごとに予算の採否が決定される不確実性を排除することで、持続的な経済活動を促進する効果が期待できる。また、複数年度予算の枠組みは、医療費を投資とみなすことで、筆者が提案する「医療費成長率調整メカニズム」でも応用できる可能性がある(詳細は小黒(2025))を参照)。また、複数年度予算は、基金とは異なり「国庫(予算)内での管理」を前提とする。国の予算体系の枠内であるため、毎年度の決算を通じた議会統制や会計検査が適用されやすく、財政の透明性が保たれる。法制化された予算措置としての裏付けがあるため、事後的な条件変更のリスクも低減される。
<海外事例-イギリスの「歳出見直し(Spending Review)」と事業評価>
複数年度予算の制度設計にあたっては、先行する海外の事例が参考となる。当面は、現行制度における「国庫債務負担行為」や「継続費」の要件を緩和し、特定分野において運用を拡大する手法が現実的であろうが、中長期的な財政枠組みの構築に向けては、イギリスの「歳出見直し(Spending Review)」という仕組みが示唆に富んでいる。
「歳出見直し(Spending Review)」とは、複数年度にわたる国家予算の包括的な評価および資源配分のプロセスをいい、イギリスの制度では、第一大蔵卿(First Lord of the Treasury)を兼任する首相や、第二大蔵卿の財務大臣および財務省が中心となり、各省庁の支出上限を複数年にわたって設定する。これにより、政府全体の財政規律を維持しつつ、中長期的な政策目標に対する予見可能性を高めている。同時に、予算配分の硬直化を防ぐための機能も内包されている。実施される事業には段階的な目標(マイルストーン)が設定され、定期的な事業評価が行われる。目標を達成できない事業については、年度の途中であっても予算を減額または停止し、その財源を他の新規課題や優先度の高い事業へ再配分する仕組み(スクラップ・アンド・ビルド)が運用されている。
<複数年度予算導入に関する制度的・行政的な課題>
日本においてこのような包括的な複数年度予算の枠組みを導入するためには、いくつかの課題が存在する。第一に、憲法第86条の単年度主義との法理的な整合性に関する解釈や、関係法令の改正といった制度面での対応である。第二に、行政内部の意思決定プロセスや権限構造の変更を伴う点である。予算枠が複数年で固定されることは、毎年の予算要求と査定を通じて行われてきた既存の資源配分メカニズムを変更することを意味する。したがって、各省庁等における合意形成の過程で調整を要する可能性が高い。
また、予算を柔軟に再配分するためのスクラップ・アンド・ビルドを実効的に機能させるためには、客観的な業績評価指標(KPI)の設定と、それに基づく撤退ルールの厳格な適用が不可欠である。省庁の自己評価のみに依存せず、独立性を有する第三者機関が事業評価を担う等の体制整備が求められる。
いずれにせよ、第2次高市内閣が提起した複数年度予算の導入は、日本の財政運営のあり方を見直す重要な契機であることは間違いない。経済成長を促すための民間投資の予見可能性を確保しつつ、財政の透明性や規律をいかに維持するかが問われている。既存の基金制度などの課題を克服し、イギリス等の事例も参考にしながら、客観的な事業評価機構を伴う精緻な制度設計が行われるかどうかが、今後の政策の有効性を左右する鍵となる。
参考文献
小黒一正(2025)「【論考】医療費にも「マクロ経済スライド」導入を」
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4813