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【論考】民放連提言に「出演者の男女比」が入った3つの意味
September 16, 2026
日本民間放送連盟(民放連)は2026年6月、「民放業界におけるジェンダー平等推進のための提言」を公表した[1]。提言は、経営トップの意識改革、放送現場の労働環境、アンコンシャスバイアスの是正など、組織の内側にある課題を幅広く取り上げている。
注目したのは、提言4の「番組での表現についての点検や社内議論」という項目である。「男性のキャスターや司会者と若い女性のアシスタント」という構図や、情報番組で「奥さん、お買い得です!」と呼びかける例を挙げ、性別役割分担意識が番組表現に入り込んでいないかを点検するよう求めた。さらに「出演者の男女比について」という小項目を設け、次のように記す。
| 4-(2)出演者の男女比について 番組出演者のみならず、ニュースに登場する専門家や街頭インタビューを受ける人々などが、社会の多様性を映し出しているかどうか、番組ごとに留意したい。メディアは社会の「鏡」であり、社会の多様な価値観や視点、人々の姿や現実を反映する基盤としての役割が期待されている。BBCやNHKの取り組みが参考になる。 |
筆者は東京財団の研究プロジェクトで、この問題をテーマにBBCやNHKをはじめ、国内外の取り組みを調査・分析してきた。メディアのジェンダー・多様性改革は、女性管理職比率など「オフスクリーン(組織の内側)」の改善だけでは完結しない。視聴者が目にする「オンスクリーン(放送画面・コンテンツ)」の点検こそが改革の本丸だと指摘してきた[2]。この小項目が提言に入ったことの意味を三つ挙げ、これからの課題を述べたい。
3つの意味
第一に、働く場の問題と、送り出すコンテンツの問題とを、ひと続きにとらえたことである。提言は、民放連会員社の無期雇用者の約7割が男性であり、役付従業員に占める女性の割合が17.1%にとどまる現状を示したうえで、そうした偏りが取材・報道や番組制作における価値判断に及んでいると分析する。放送局のジェンダー平等をめぐる議論は、採用や管理職登用、両立支援が中心になりがちだった。番組の表現が問われることはあっても、登場者の男女比の偏りは、業界全体の課題になってこなかった。意思決定層が男性中心であることが、画面に映る人の顔ぶれにも影響しかねない。この認識は、2017年に始まり、メディアのジェンダーバランス改善策として世界30か国に広がったBBCの50:50プロジェクト[3]が前提とした論理でもある。それを民放連が自らの言葉として引き受けた。各国のメディアが積み重ねてきた実践が、ようやく日本の業界団体の公式文書にも盛り込まれたのである。
第二に、「出演者の男女比」が「番組での表現」とは別の小項目に位置付けられたことである。「番組での表現」は、女性をどう描いているかという質の問題である。価値判断を避けられず、制作者の裁量と正面からぶつかる。これに対して「出演者の男女比」は、誰に声をかけたかという番組の構成の問題である。描き方の適否には踏み込まない。BBCの50:50プロジェクトが現場に受け入れられた要因のひとつは、番組の編集判断に手を付けず、現場が選べる出演者に対象を絞った点にあった[4]。この二つを別項目として整理した結果、BBCと同様、できるところから実践へ移せる。表現をめぐって現場で結論が出なくても、番組出演者の構成の点検にはすぐに着手できるのである。
提言をまとめたジェンダー平等推進プロジェクトの座長、檜原麻希・民放連副会長(ニッポン放送社長)も、民放onlineのインタビューで、番組表現に求められる姿勢について「プロジェクトでも大いに議論になりました」と答え、「表現のあり方については非常に難しい問題で、簡単に答えを出せるものではありません」と率直に述べている[5]。どこまで踏み込むべきかが焦点となっていたことがうかがえる。
第三に、テレビのキー局・ローカル局からラジオ局まで、出演者のジェンダーバランスが業界全体の課題として位置付けられたことである。民放連には全国207社が加盟する。テレビでは「誰が画面に映るか」、ラジオでは「誰の声が聞こえるか」。媒体は違っても、問いは同じである。BBCでも、1時間のラジオ番組で女性の声が一度も聞こえなかった経験が、プロジェクト立ち上げのきっかけとなった[6]。
放送局によって規模や制作体制、地域の事情は異なる。それでも、業界の提言にこの課題が明記されたことで、一社だけでは取り組みにくいテーマについても社内で議論を始めやすくなり、他局の実践も参考にできる。各社が同じ方法を取る必要はないが、共通の出発点を持った意味は大きい。
各局の実践につなげるには
では、この提言を受けて各局が動くうえで、どのような課題があるのか。筆者は2026年8月、東京・紀尾井町の民放連を訪ね、堀木卓也専務理事、本橋春紀常務理事・事務局長をはじめ、ジェンダー平等推進を担当する幹部・事務局の方々と意見交換する機会を得た。この場では、出演者の男女比について、「民放連が各社の編集に首を突っ込むわけにはいかない」と抑制的な意見もあった。また、地方の放送局では、分野によって女性専門家の数が少なく、制作人員も限られている。キー局と同じような取り組みは想定しづらい、といった声もあった。
筆者からは、これまでの調査をもとに、英BBCやフィナンシャル・タイムズ、米ブルームバーグをはじめとする海外メディアの先行事例を紹介し、コンテンツの多様性改善には、媒体の特性に合わせた様々なアプローチがあることを伝えた。各局が行動に移すには、海外メディアや他局の実践を業界全体で共有する場が必要である。
まず、数えてみる――コンテンツの健康診断
提言を受けて、放送各社はどのように動くべきか。まずは一定期間、制作側に選択の余地がある登場者を数えてみることだと考える。その際、男女比を把握するだけでなく、どのような立場で登場しているのかにも目を向けたい。専門家として社会問題を解説する人と、街頭で一言を求められる人とでは、画面で果たす役割が違う。専門家、スタジオ解説者、街頭インタビューの回答者、特集企画の主人公など、立場ごとに分けて見れば、どこで女性の登場が少ないのかが具体的に分かる。
偏りが見えたら、理由を制作現場で話し合う。女性専門家を「探したけれど見つからなかった」のか、「最初から探さなかった」のか、その違いに気づく。筆者は以前、この作業を「コンテンツの健康診断」と呼んだ。自分たちの番組の状況をデータによって確認し、何が不足し、どのように改善できるのかを自主的に考えることが第一歩である。
2026年3月、筆者が英国でインタビューしたBBCの元50:50プロジェクトリーダー、ミランダ・ホルト氏は、ある報道番組で実際にデータをとってみたところ、女性は半分ぐらいいるはずだというスタッフの予想に反して4割に満たず、衝撃を受けたと語った。そこから議論が始まったという。さらに、出演者の構成を数値で追うようになると、制作スタッフ自身の男女比の偏りにも目が向くようになったとホルト氏は振り返る。オンスクリーンを数える作業が、オフスクリーンの課題へも議論を広げていた。
もちろん、測定を始めようとすれば現場から反発や疑問の声が出る。数合わせではないか。適切な女性専門家が見つからない。測定する時間がない。BBCでも、プロジェクトの推進役がそうした声に対し、意義を繰り返し説明していた。
筆者がこの数か月、放送の実務者と意見を交わすなかでは、「やるべきか」という是非より、「どう実践するか」という質問を受ける機会が増えた。現場は、具体的な方法を考える段階に入りつつある。少人数の制作チームから始めてみるのもいいだろう。全番組を毎日チェックする必要はない。一つの番組、あるいは一つの特集を数週間記録してみることから着手できる。
提言を実効性のあるものに
民放連に求められるのは、各社の実践を支える継続的な取り組みである。放送内容について、業界団体が細かな基準や指示を出せば、規制と受け取られ、編集判断を萎縮させかねない。提言は民放連に対しても、会員各社の実情を把握する調査を行い、結果について外部から客観的な検証や指摘を得るよう求めている。檜原座長も、民放連に期待するのは「実行とチェックの機能をしっかり持つことだ」と述べる[7]。
番組に登場する人物を数える作業は、組織内部の課題と切り離されたものではない。番組のジェンダーバランスを確認した制作チームが、「自分たちの組織は大丈夫なのか」と自問する。オンスクリーンとオフスクリーンは、そうやってつながっていく。メディアは社会を映す鏡だと言われる。しかし、その鏡に誰を映すかを選んでいるのもメディア自身なのである。
<参考>
[1] 日本民間放送連盟(2026年6月12日)「『民放業界におけるジェンダー平等推進のための提言』の公表について」https://j-ba.or.jp/news/jba108452.html
[2] 小西美穂(2026)「【特集】2026年の課題と展望―メディアのジェンダー改革、問われる『オンスクリーン』」東京財団 https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4867
[3] BBC 50:50 The Equality Project, https://www.bbc.com/5050/
[4] 小西美穂(2025)「BBC 50 : 50 プロジェクトにみる報道現場のジェンダー改革 ―現場主導の組織変革はなぜ成功したのか」『総合政策研究』 71,89-101
[5] 民放online(2026年7月24日)「【インタビュー 檜原麻希・ニッポン放送社長/民放連ジェンダー平等推進プロジェクト座長】『ジェンダー平等推進は人権課題であり、経営課題』――提言はゴールではなくスタート」https://minpo.online/article/post-699.html
[6] Ros Atkins (2019) The 50:50 Project: increasing womenʼs representation in the BBCʼs journalism. Lecture at Reuters Institute for the Study of Journalism, Green Templeton College, Oxford, 6 November.
[7] 前掲注5