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【論考】救援物資は「必要な人」に届いているか  災害時の栄養支援から考える「ラストワンマイル」
画像提供:公益財団法人 日本栄養士会
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【論考】救援物資は「必要な人」に届いているか 災害時の栄養支援から考える「ラストワンマイル」

October 2, 2026

元テレビ朝日 報道局プロデューサー 江野夏平

東日本大震災で明らかになった「食」の問題
「これを食べて」では支援にならなかった
被災地まで届いても 必要な人には届かない
JDA-DATと「特殊栄養食品ステーション」
「食事を用意した」で終わらない
能登半島地震へ引き継がれた災害支援
ラストワンマイルに残る調整の課題
要配慮者のニーズと特殊食品の在庫を結ぶ
「届ける」の最終目的地は被災者である

「ラストワンマイル」とは、物流において、荷物が最終的な届け先に届くまでの最後の配送区間を指す。
大規模災害では、この「ラストワンマイル」をいかに確保するかが生命線となる。国や自治体が大量の救援物資を調達し、被災地へ送り込む体制は整備されてきた。発災直後には、被災自治体からの具体的な要請を待たず、国が必要と判断した物資を送る「プッシュ型支援」も行われている。

しかし、被災地に物資が到着したことと、必要とする被災者に支援が届いたかどうかは同義ではない。食料支援では、その違いが明確に表れる。避難所に十分な量の食事が用意されていても、すべての人がそれを食べられるわけではない。健康状態に応じて食事への配慮が必要な人もいる。また、自宅や車中など避難所以外で生活する被災者の食料需要を把握すること自体が難しい。

つまり、食料支援で問われるのは、物資を被災地まで運ぶことだけではない。必要な食品を必要な人に、その人が安全に利用できる形で届けるところまでが重要になる。ここでは、その過程を災害時の栄養支援における「ラストワンマイル」ととらえる。必要な食料は、被災者によって異なる。そこに、災害時の栄養支援が長年向き合ってきた課題がある。

2026年9月9日、公益社団法人日本栄養士会を訪ね、専務理事で災害支援チーム「JDA-DAT(The Japan Dietetic Association-Disaster Assistance Team)」総括を務める下浦佳之氏に聞き取り調査を行った。下浦氏は、東日本大震災直後から日本栄養士会の災害対応に携わり、その経験を踏まえて進められてきたJDA-DATの組織化や、特殊栄養食品を必要な被災者に届ける体制の構築にも携わってきた。

東日本大震災で明らかになった「食」の問題

東日本大震災では、発災直後から全国から大量の食料が被災地へ送られた。しかし、避難生活が長引くにつれて、単純な食料不足とは異なる問題が表面化した。

日本栄養士会の東日本大震災に関する記録には、2011年6月18日付の読売新聞に「いまだに野菜・果物不足」という記事が掲載されている。発災から100日が経過しても、避難所の食事は主食に偏りやすく、野菜・果物やタンパク質源などの不足が続いていた。食事が提供されていることと、必要な栄養が確保されていることは一致していなかった。

この記事を裏付ける状況は、発災から3週間余りの時点ですでに確認されていた。
2011年4月4日・5日、日本栄養士会から派遣された管理栄養士・栄養士が2人1組の5チームに分かれ、気仙沼市内の避難所を巡回した。避難所に届いている物資の種類や量を確認し、1週間の献立を聞き取った。その結果、たんぱく質やビタミンが不足している避難所が多いことが分かった。避難者の多い大規模な避難所ほど食事が充実しているわけでもなく、多くの人数分を一度に確保しなければならないため、かえって食品の種類が限られるケースもあった。
物資の総量だけでは、こうした栄養上の問題は把握できない。避難所で提供される食事の内容を調べ、栄養面の不足を確認する必要があった。

高齢者、乳幼児、妊産婦、慢性疾患を有する人、障がいのある人など、災害時に特に配慮を必要とする人は「要配慮者」とされる。かむことや飲み込むことが難しい人、食物アレルギーや疾患などによって食事に特別な対応が必要な人を把握し、それぞれに適した食品を届ける必要がある。食料支援では、人数分の食事を確保しただけでは、支援の必要を満たしたことにならない。

「これを食べて」では支援にならなかった

日本栄養士会も、東日本大震災の発生時から現在のような災害支援体制を備えていたわけではない。全国から集まった管理栄養士・栄養士は、避難所を巡回して食事の状況を調べるだけでなく、被災者への栄養相談や必要な食品の手配にもあたった。

しかし、下浦氏は当時の活動を、決して順調なものとして語らなかった。
「高齢者や子どもに『これを食べて』と渡したからといって、すぐに口に入れてもらえるわけではない。被災者は皆、心身ともに疲れ切っている。そんな人たちへの接し方、声の掛け方すらままならなかった」。食品を手渡すだけでは支援は完結せず、被災者の心身の状態や生活環境に配慮し、実際に食べられるところまで支援する必要があるからだ。
管理栄養士・栄養士として必要な食品を判断できても、それを手渡せば支援が成立するわけではなかった。家族を失った人、住まいを失った人、避難生活によって心身ともに疲弊している人に対して、どのように声をかけるのか。食事をとる気力そのものを失っている人に、どう向き合うのか。災害現場では、平時の栄養指導とは異なる対応が求められた。

専門職としての位置づけも、まだ十分ではなかった。被災地ではすでにDMAT(Disaster Medical Assistance Team:災害派遣医療チーム)などの医療支援チームが活動していたが、管理栄養士・栄養士が災害医療の中で何を担うのかは広く理解されていなかった。
当時は、災害医療・保健活動における管理栄養士・栄養士の役割が十分に認識されておらず、下浦氏は「相手にもされなかった」と振り返る。この言葉は、その後の変化を見るうえで重要である。

2016年の熊本地震では、JDA-DATの管理栄養士・栄養士が医療救護班とともに避難所を巡回した。医師が診察する中で食事や栄養面の対応が必要とされた場合には、JDA-DATの管理栄養士・栄養士と連携し、食事内容を確認した上で、必要な栄養・食生活支援につなげた。東日本大震災では役割そのものを理解してもらえなかった専門職が、熊本では医療救護の中で食と栄養を担う存在として組み込まれていた。

被災地まで届いても 必要な人には届かない

東日本大震災では、物資をめぐっても深刻な問題が起きていた。通常の配給食を食べることが難しい人のための食品も、全国から被災地へ送られていた。しかし、それらが一般の救援物資と一緒に保管され、大量の物資の中に埋もれてしまった。必要としている人が避難所にいても、どこに何があるのか分からず、適切な食品が行き渡らないことがあった。

日本栄養士会の当時の資料には、より具体的な記録が残っている。栄養補助食品や特殊な食品が一般食品として扱われ、濃厚流動食がジュースと間違われた例もあった。乳児用粉ミルクも大量に送られたが、粉ミルクは製品だけを届ければ使用できるものではない。安全な水を確保し、適切な温度で調乳し、哺乳瓶や乳首を洗浄・消毒できる衛生環境が必要になる。断水した避難所では、その条件を整えること自体が難しかった。こうした経験は、その後、調乳環境を必要としない乳幼児液体ミルクを含め、災害時の乳幼児栄養支援を平時から考える取り組みにもつながった。

ここには二つの問題がある。一つは、必要な食品が被災地に到着していても、その用途が理解されず、必要とする人に結びつかないこと。もう一つは、本人の手元まで届いたとしても、それを安全に利用できる条件が整っていなければ、支援として機能しないことである。
下浦氏が語った「『これを食べて』と渡したからといって、すぐに口に入れてもらえるわけではない」という経験を、食料支援全体の問題として捉えると、別の課題も見えてくる。
物資を送ること、手渡すこと、実際に利用できること。その間には、それぞれ乗り越えなければならない段階がある。東日本大震災は、日本栄養士会にそのことを突きつけた。

JDA-DATと「特殊栄養食品ステーション」

東日本大震災での支援経験を踏まえ、日本栄養士会は2012年1月、日本栄養士会災害支援チーム(JDA-DAT)を設立した。その後、リーダー育成研修や訓練等を通じ、組織的に活動できる体制を整備してきた。JDA-DATは、災害時の栄養・食生活支援について専門的な研修・訓練を受けた管理栄養士・栄養士等が、被災地の行政、医療、保健、福祉等の関係者と連携して活動するチームである。この体制整備と並行して進められたのが、通常の配給食では対応できない被災者に必要な食品を届ける仕組みだった。

下浦氏は、東日本大震災後のインタビューで次のように述べている。
「必要なものを必要としている人に適切に渡すのは、専門の教育を受けてきた管理栄養士・栄養士であると思います」。
こうした経験を踏まえ、日本栄養士会として具体化していった仕組みの一つが「特殊栄養食品ステーション」である。支援方法として確立されたのは2015年9月の関東・東北豪雨で、翌2016年の熊本地震では本格的な運用が始まった。

熊本地震では4月18日、熊本県庁から日本栄養士会に栄養剤の支援要請が入った。日本栄養士会は企業などの協力を得て調達を開始し、21日には熊本県庁健康づくり推進課と共同で、県庁内に特殊栄養食品ステーションを開設した。28日には阿蘇、29日には御船にもサテライト拠点が設けられた。
特殊栄養食品ステーションは、単なる物資の保管場所ではない。避難所巡回や行政栄養士等との連携を通じて把握された要配慮者のニーズを集約し、必要な食品を選定・確保し、必要な場所へ届ける。その一連の支援をつなぐ拠点である。

熊本に派遣されたJDA-DATスタッフの活動記録には、物資の受け入れや在庫整理に加え、行政栄養士との調整、配送の手配、配送先で荷物を受け取る人員の確認まで記録されている。必要に応じてJDA-DATの災害支援車両等も活用し、行政等と調整しながら必要な場所への配送を行った。
管理栄養士・栄養士が避難所などで栄養相談を行うことで、必要な食品が明らかになる。その情報を特殊栄養食品ステーションに集め、在庫を確認し、不足していれば新たに調達して現場へ送る。被災者の状況を把握する活動と、食品の調達・配送が一つの流れとして結びつけられた。

東日本大震災では、特殊な食品が被災地に届いていながら、必要な人に渡らないケースがあった。熊本地震では、被災者の状態を把握する管理栄養士・栄養士が食品の管理や配送にも関わることで、被災地への物資の到着を、被災者への支援につなげる仕組みがつくられていた。

「食事を用意した」で終わらない

熊本地震では、防衛省が被災者の休養のために用意したホテルシップ「はくおう」でも、JDA-DATが食事支援を行った。船内では食事が提供されていたが、全員が同じものを食べられるわけではなかった。食物アレルギーのある人や糖尿病などの疾患を抱える人について、管理栄養士・栄養士が本人から食事の状況を聞き取り、それぞれに応じた対応を行った。乳児には離乳食も用意された。

この事例は、下浦氏が東日本大震災で経験したもう一つの課題にもつながっている。
当時、必要な食品を判断して「これを食べて」と渡しても、すぐに口にしてもらえるとは限らなかった。家族や住まいを失い、心身ともに疲弊した被災者にどう声をかけ、どう向き合えばよいのか。下浦氏が振り返ったのは、食品を選ぶ専門知識だけでは対応できない、被災者との接し方の難しさだった。

その経験は、その後の人材育成にも反映されている。現在のJDA-DATの養成研修にはコミュニケーションに関する内容も組み込まれ、被災者の心理・社会的状況や悲嘆等にも配慮した支援を学んでいる。災害時の栄養支援には、必要な食品を判断するだけでなく、被災者の置かれた状況を理解し、実際に食べてもらうところまで関わる力が求められている。

熊本地震のホテルシップ「はくおう」では、管理栄養士・栄養士が本人から食事の状況を聞き取り、その人が何を食べられるのかを確認した。提供された食事では対応できない場合には別の食品を用意するなど、一人ひとりの状態に応じた支援が行われた。

同じ問題は乳幼児にもある。日本栄養士会は2018年、「赤ちゃん防災プロジェクト」を開始した。乳幼児とその家族、妊産婦・授乳婦等を対象に、平時から災害時の栄養・食生活支援や必要な食品の備蓄・供給体制等について啓発・整備を進める取組である。

東日本大震災では、粉ミルクが届いても安全に使用する条件が整わないという問題が起きた。そこで、単に「何を備蓄するか」ではなく、災害時にそれを安全に利用できるところまで考える必要があるという経験が、平時の備えにも反映されていった。

能登半島地震へ引き継がれた災害支援

2024年の能登半島地震でも、JDA-DATと特殊栄養食品ステーションは活動した。
日本栄養士会は1月2日に先遣隊を派遣し、同日夜には災害対策本部を設置した。特殊栄養食品ステーションを設け、JDA-DATの災害支援車両を活用して、食事への配慮を必要とする被災者向けの食品を搬送した。

写真提供:公益財団法人 日本栄養士会

その後、珠洲市、能登町、輪島市、穴水町などの避難所を巡回し、被災者の食事内容や健康状態を確認しながら、必要な食品を届けた。金沢市に設けられた「1.5次避難所」でも支援にあたった。1.5次避難所とは、被災地域から広域避難した被災者を一時的に受け入れ、健康状態や生活上の配慮事項等を確認しながら、ホテル・旅館等の2次避難先への移行を支援する施設である。ここでも管理栄養士・栄養士が、食事への配慮が必要な人の健康状態や食事の状況を確認し、それぞれに必要な食事を提供した。

写真提供:公益財団法人 日本栄養士会

避難生活が長期化すると、必要な支援も変わっていく。発災直後には食料そのものの確保が優先されるが、その後は栄養の偏りや慢性疾患への影響などが問題になる。能登半島地震での支援活動を踏まえ、2025年には日本栄養士会の「災害時の栄養・食生活支援ガイド Ver.2」を作成し、DiMSの活用や1.5次避難所における要配慮者支援等を追加するとともに、災害の時間経過に応じて必要となる栄養・食生活支援を整理した。

JDA-DATは、東日本大震災で直面した問題を一度解決して終わったわけではない。災害ごとに支援方法を修正し、その経験を次の災害へ引き継いできた。

制度上の位置づけも変化した。2022年、厚生労働省の「大規模災害時の保健医療福祉活動に係る体制の整備について」では、JDA-DATが保健医療活動チームの一つとして明記された。さらに、能登半島地震等の経験を踏まえ、2026年3月には「大規模災害時の保健医療福祉活動に係る体制の強化について」が示され、保健・医療・福祉の連携と総合調整体制のさらなる強化が進められている。
東日本大震災当時、下浦氏が「相手にもされなかった」と振り返った管理栄養士・栄養士による災害支援は、十数年を経て、災害時の保健医療福祉活動を構成する専門領域として制度上も位置づけられた。

ラストワンマイルに残る調整の課題

今回の下浦氏への聞き取りで、強く印象に残ったのは、支援体制がここまで整備されても、必要な食品を被災者に届ける最後の段階に、なお課題が残っていることだった。

JDA-DATが避難所を巡回し、食事への配慮が必要な被災者を確認する。その人にどのような食品が必要なのかを判断し、その食品が被災地域の物資拠点に保管されていることまで把握できている。それにもかかわらず、物資拠点にある食品を、必要としている被災者のもとへすぐに届けられないことがあるという。

国などから被災地に送られた救援物資は、受け入れた自治体が管理する。自治体が管理する救援物資については、JDA-DATを含む支援チームが独自の判断で搬出・配布するものではなく、行政との調整のもとで提供される。このため、緊急時に必要な食品を迅速に届けるには、平時から役割分担や手順を整理しておくことが重要となる。
自治体による物資管理は当然必要である。限られた物資を公平に配分し、誤配や事故を防ぐためにも、一定の管理は欠かせない。しかし、管理栄養士・栄養士が「この人にはこの食品が必要だ」と判断し、その食品が物資拠点にあっても、自治体との調整に時間を要すれば、必要な人へすぐに届けることはできない。

下浦氏は、発災直後の自治体が多岐にわたる対応に追われる状況は十分に理解しているとした上で、要配慮者に必要な特殊栄養食品については、災害発生後に個別に調整するのではなく、行政と栄養の専門職との間で、平時から管理・配送を含む役割分担や手順を明確にしておく必要があると指摘する。

東日本大震災では、特殊な食品が被災地に届いていながら、その存在や用途が十分に認識されず、必要な人に結びつかないケースがあった。その後、JDA-DATが組織され、必要な人を見つけ、必要な食品を判断できるようになった。特殊栄養食品ステーションによって、食品を整理し、管理し、配送する仕組みもできた。

それでも、必要な人を見つけ、必要な食品を判断し、その食品がどこにあるかまで分かっていても、行政との調整や配送体制が整わなければ、必要な人への提供に時間を要する場合がある。専門職による判断を実際の支援につなげるための役割分担や連携手順には、なお検討すべき課題が残っている。これは、東日本大震災当時とは異なる形で現れた「ラストワンマイル」の問題といえる。

下浦氏への聞き取りでは、特殊栄養食品について、管理栄養士・栄養士がどこまで管理や配送に関われるのかを、災害が起きてから一件ずつ調整するのではなく、平時から行政との間で定めておく必要性も指摘された。

熊本地震では、JDA-DATが実際に食品の在庫管理から配送調整まで担っている。こうした実績を踏まえれば、行政が救援物資全体を管理する一方で、専門的な判断が必要な特殊栄養食品については、栄養の専門職がどこまで管理や配送を担うのか、どの段階でどのように関与するのか、その役割分担、連携手順、責任範囲等を平時から行政との間で整理しておくことが求められる。

要配慮者のニーズと特殊食品の在庫を結ぶ

下浦氏への聞き取りと、日本栄養士会から提供を受けた資料を重ねると、もう一つの課題が見える。物資がどこにあり、どれだけ残っているかという情報だけでは、食料支援は成立しない。

日本栄養士会の資料には「被災者健康相談票」の記入例がある。糖尿病で1日1800キロカロリーの食事管理を続けていた被災者が、避難後には1日2食となり、水分摂取量も約1000ミリリットルに減り、自衛隊から提供される食事の中で、それまでの食事管理を続けることが難しくなっている状況が記録されている。これは、災害によって平時の食事療法や疾病管理を継続することが困難となる典型的な例である。

「誰が、どんな食品を必要としているのか」と、「その食品が、どこに、どれだけあるのか」、さらに「誰が、どのように届けるのか」を結びつけることである。食品の在庫や保管場所が分かっていても、それを必要とする被災者を把握できなければ届けることはできない。逆に、被災者に必要な食品が分かっていても、その食品がどこにあるのか分からなければ、支援にはつながらない。

能登半島地震での課題などを踏まえ、国は物資調達・輸送に関するシステムを改良し、2025年4月から新物資システム「B-PLo」の運用を開始している。B-PLoは、平時には自治体の物資の備蓄状況を把握し、発災時には国、自治体、民間事業者などの間で、物資の調達や輸送に必要な情報を共有し、被災地への物資支援を迅速化するためのシステムである。

一方、保健・医療・福祉分野では、D24H(災害時保健医療福祉活動支援システム)の整備も進められている。D24Hは、避難所や医療機関などの状況を含む保健・医療・福祉に関する情報を集約し、関係機関で共有することで、災害時の支援活動や意思決定に役立てるためのシステムである。

ここで重要なのは、システム同士を単純に接続することではなく、物資情報と、現場の栄養アセスメント等によって把握された被災者のニーズを、実際の支援につなげる運用を構築することである。
今後問われるのは、こうした物資の情報と、JDA-DATや行政栄養士をはじめ、保健・医療・福祉の関係者が現場で把握する被災者の状態や栄養・食生活上のニーズを、実際の支援につながる形でどう結びつけるかである。
「何を何箱送ったか」ではなく、必要な食品が必要な人に届いたかまで確認できなければ、物資の管理と被災者への支援は途中で分断されたままになる。

「届ける」の最終目的地は被災者である

東日本大震災から15年、日本栄養士会の災害支援は大きく変化した。被災地に送られた特殊な食品が一般の救援物資に埋もれ、必要な人に届かなかった。濃厚流動食がジュースと間違われた。粉ミルクが届いても、安全に調乳できる環境がなければ使えなかった。管理栄養士・栄養士が被災地に入っても、その役割を理解してもらえず、「相手にもされなかった」。また、必要な食品を被災者に渡すだけでは支援は完結しない。心身ともに疲弊した被災者の状態を見ながら声をかけ、実際に食べてもらうところまで関わることの難しさも、現場で明らかになった。

こうした一つ一つの経験からJDA-DATが組織され、特殊栄養食品ステーションがつくられた。熊本地震では、医療救護班との連携が進み、行政等と連携しながら、必要な食品の判断から在庫管理、配送調整まで、管理栄養士・栄養士が専門性を生かして関与した。ホテルシップ「はくおう」では、提供された食事を食べられない人に対して個別の対応が行われた。能登半島地震でも、その仕組みは引き継がれた。

これらは個別の活動の羅列ではない。下浦氏が東日本大震災で経験した、「必要なものを、必要な人に、実際に利用できる形で届けることの難しさ」に対して、15年をかけて具体的な仕組みを積み上げてきた過程である。
それでも課題は残る。必要な食品とそれを必要とする人を把握できても、行政との調整や配送体制が整わなければ、必要な人への提供に時間を要する場合がある。

災害時の食料支援における「ラストワンマイル」を、避難所までの輸送で終わらせることはできない。被災地に物資が届いたかではなく、必要とする被災者に支援が届いたか。さらに食料の場合には、届いた食品をその人が安全に、実際に食べることができたかまでを考える必要がある。

物流の「ラストワンマイル」が荷物を最終的な届け先まで運ぶ最後の区間を意味するのであれば、災害時の栄養支援における「届ける」の終点は、物資拠点でも避難所でもない。必要な人のもとに、その人が安全に食べられる食品が届き、実際に摂取され、健康の維持につながるところまでである。

私たちが現場で向き合っているのは、食品そのものではなく、その先にある一人ひとりの生活である。被災者の健康状態や生活環境はそれぞれ異なり、必要とされる支援も、災害の時間経過とともに変化していく。避難所を離れた後も生活は続くからこそ、JDA-DATは、その時々の状況に応じた栄養・食生活支援を次の支援へと確実につなぎ、継続していくことを大切にしてきた。

「誰一人取り残さない」ことに加え、「支援を途切れさせない」。平時の備えから発災時の対応、さらに復旧・復興へと切れ目なくつなぎ、栄養と食を通して生命を守るとともに、その人らしい生活と健康を支え続けること。それがJDA-DATの目指す災害時栄養支援である。

下浦氏への聞き取りから見えてきたのは、被災地への物資供給が進歩した今だからこそ、その先に残る「最後の距離」を、災害支援の仕組みとして捉え直す必要があるということである。そのためには、平時から行政と専門職、関係機関が役割を共有し、ニーズ把握、食品の確保・管理、配送、提供、摂取確認までを一連の支援としてつなぐ体制を構築しておく必要がある。

  • 研究分野・主な関心領域
    • メディア論(映像表現論)
    • 放送法(危機管理)
    • 政策広報戦略
    • 社会実装プロセス

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