- Review
【論考】なぜ今「技術・人文知識・国際業務」に注目するのか―2026年4月の制度改正に寄せて
April 30, 2026
1. 2026年4月の見直しは何を変えたのか
2026年4月、出入国在留管理庁は在留資格「技術・人文知識・国際業務」、いわゆる「技人国」をめぐる見直しを発表した[1]。とくに注目されたのは、主として言語能力を用いた対人業務に従事する場合、日本語能力試験(JLPT)2級(N2)相当の言語能力を有することを示す資料の提出が必要になった点である。4月15日から運用が始まった今回の見直しで重要なのは、日本語要件そのものよりも、「技人国」の運用が厳格化されたという点である。今回の日本語要件に先立って、2月に派遣先が未確定のままでは在留資格の申請を認めないこと、派遣元・派遣先双方に業務内容の理解や誓約を求めること[2]などの要件が示されたことは、行政がすでに「技人国」を高度専門人材の在留資格としては従来通りの基準で運用することが難しくなってきていることを示している。
2. なぜこれまで日本語要件は前面に出てこなかったのか
これまで「技術・人文知識・国際業務」において、一律の業務レベルの日本語要件が前面に出てこなかったのは、この資格が本来、一定の専門性と汎用的な学習能力を備えた人材を想定していたからである。たとえば、人文知識・国際業務分野に多い文系学部出身の留学生については、就職時点で一定の日本語能力を有していることが事実上前提とされてきた。また、IT技術者のように、業務上は英語をはじめ専門言語の比重が高く、日本語使用が比較的限定的な職種もある。さらに、通訳・翻訳や貿易業務についても、職務に必要な語学能力をすでに備えていることが想定されていた。つまり、「技人国」は、必要な能力を本人がすでに持っている、あるいは業務遂行に応じて自律的に補っていくことを前提にした資格だったと言える。
しかし、いま問題になっているのは、そうした前提では捉えきれない就労実態が広がっていることである。近年表面化している事案では、日本語を用いる現場で働きながら、業務遂行に必要な日本語能力が十分に担保されていないケースが見られる。これは、個々人の努力不足というよりも、制度が想定していた人材像と、実際に流入している人材・就労現場とのあいだに乖離が生じていることを示している。今回の見直しは、その乖離を行政も無視できなくなったことの表れだろう。
3. 「技人国」はこの10年でどう変わったのか
いま注目すべきなのは制度の建前だけではなく、その前提が現実の人材構成や就労実態にどこまで対応できているのか、という点である。「技人国」は、この10年で日本の外国人受け入れの中心的な資格の一つになった。出入国在留管理庁の統計によれば、2024年末時点でこの資格による中長期在留者数は41万8706人で、前年末比15.6%増だった[3]。さらに2025年6月末時点では45万8109人に達しており、在留資格の中でも大きな規模を占めている。新規入国者数も2024年には5万6532人で、2023年と比べて29.1%増と急増している。
しかも、受け入れ人数が大きく増加しているだけではなく、国籍構成もこの数年で大きく変化している。たとえば、法務省統計をもとにした出入国在留管理庁の統計では、東南アジアから南アジア地域の国々にまで幅広く増加が見られる。[4]2000年初頭の状況を振り返り、大まかに分類すると「技術」は中国・韓国など東アジア圏、「人文知識・国際業務」は東アジアと英語圏という国籍分布だった。だが、このような国籍別、在留資格別の在留者の傾向は近年になって大きく変化している。従来の典型的な高度人材像だけでは、この資格の実態を説明しにくくなっているのである。
その変化は、単に「多様化が進んだ」という言葉だけでは済まない。「技人国」が急増し、国籍構成も多様化しているということは、この資格が日本の外国人材受け入れの裾野を支える制度になっていることを意味する。同時に、専門的技術的分野の就労資格の中に、「高度専門職」が創設され、「技人国」と「高度専門職」が区別されたことで、「技人国」の制度が当初想定していた人材像と、現在現場で受け入れられている人材像との乖離も大きくなっている可能性がある[5]。今回の見直しは、まさにその乖離を行政が放置できなくなったことの表れとして認識する必要がある。
4. 「技人国」給与未払い事件は何を示したのか
それを社会に強く印象づけたのが、愛知県で2024年末に起きた大規模な賃金未払い事件だった。報道によれば、「技人国」で入国した外国人が製造業の工場に派遣されて就労したものの、200人規模の給与未払いが問題となった[6]。愛知の事件が大きく報じられたのは人数や未払い額の規模が大きかったからであり、小規模な事件やトラブルは以前から各地で繰り返し起きていた。勤務先や業務内容を偽った申請、派遣先での資格外就労、賃金未払い、虚偽説明による来日など、「技人国」をめぐる問題は継続的に可視化されてきた。
その意味で、愛知の事件は「運の悪い外国人が未払いに遭った」話ではない。むしろ、日本での安定就労や好条件の職を求めた労働者、送り出しの段階での甘言による勧誘、ベトナム側ブローカー、日本側での申請支援、そして実際に雇用する企業や派遣先が、一つの連鎖のなかでつながっていた可能性を示した事件として理解するべきだろう。2026年1月には、ベトナム人の「技人国」申請の際に勤務先を偽って書類を提出したとして行政書士が逮捕されたことも報じられた[7]。この事案では、受け入れ実績の多い会社名を用いて在留資格認定を通しやすくし、来日後には別の会社で働かせていたとされる。問題は、個人の不運や逸脱というより、人手不足の現場に「技人国」が流れ込みやすい経路が形成されていた点にある。
この問題をさらに難しくしているのは、「技人国」が形式上は「高度人材」寄りの資格として扱われている点である。技能実習のように、監理や支援の必要性が制度の表面に出ている資格ではない。そのため、日本語能力が十分でない、仕事内容が説明と違う、相談先が乏しいといった困難があっても、制度上は自立的な専門人材として扱われやすい。実際の運用・状況は脆弱であっても、制度上は脆弱とみなされにくい。この支援の空白も、いま「技人国」が政策課題になっている背景の一つだろう。
5. 今回の見直しは企業の採用行動をどう変えるか
今回の見直しが今後もたらす変化として、まず考えられるのは、海外からの直接採用の実務コストが上がることである。どの業務に従事するのか、その業務が在留資格の趣旨に合致しているのか、対人業務であれば言語能力をどう確認するのか、派遣形態であれば派遣元と派遣先の責任関係をどう示すのか。こうした点を事前に入念に準備し、精緻な書類を整えて申請するには、企業側にとって相応の手間・費用・時間がかかる。今回の見直しは、「技人国」の適正化を進めると同時に、海外からの直接採用の実務負担が重くなる側面も持っている。
その結果として、企業の採用戦略も変わる可能性がある。日本国内の大学や専門学校等を卒業し、すでに学歴、日本語力、在留状況を確認しやすい留学生は、相対的に採用しやすい存在になる。今回の見直しは、海外からの直接獲得よりも、国内留学生採用への傾斜を強める可能性が高い。実務の側から見れば、これはかなり合理的な選択に映るだろう。
しかし、現実にはこの前提がどこまで妥当なのかは慎重に見なければならない。日本語能力の水準は、教育機関の種類や地域、選抜の厳しさによって大きく異なる。ごく少数の難関大学のように、高度な日本語能力を持つ留学生の中から一部の受験生だけを選抜できるところもあれば、地方私立大学や日本語別科、専門学校など、より幅広い学力層を受け入れている教育機関もある。制度の側では「国内留学生=一定の日本語力がある」という前提が置かれやすいが、その前提自体にかなり幅があることは見落とせない。
その意味で、今回の見直しは、海外から直接採用される外国人に対しては日本語能力の確認が強化される一方、国内留学生については教育機関の修了歴をもって一定の日本語能力があるとみなすという、二重の前提の上に成り立っている。今後、企業の採用が国内留学生に傾くとしても、それにより単純に「日本語能力の問題が解決する」ことを意味するわけではない。むしろ、確認の基準が、個人の言語能力そのものから、国内での教育歴へと読み替えられていく可能性があることにも注意が必要である。
6. 入口の厳格化だけで問題は解決するのか
もっとも、ここで注意しなければならないのは、今回の見直しをもって問題が解決に向かうと楽観しすぎないことである。日本の外国人受け入れ政策はこれまでも、問題が表面化するたびに入口の審査や書類審査を強化してきた。しかし、それだけでは現場の運用や受け入れ後の実態とのずれを十分に防げなかった。今回も申請時の言語能力や派遣先の確認が強化されても、実際の就労現場で業務内容が相違したり、賃金未払いが起きたり、日本語が十分でないまま孤立したりするなら、同じ問題は形を変えて繰り返されるだろう。
しかも、近年「技人国」をめぐって問題が表面化している現場の多くは、製造業や外食業など、実際には特定技能や2027年から始まる育成就労制度と重なり合う人手不足分野である。上述した愛知県の給与未払い事件も、結局はそうした領域に位置していた。だとすれば、必要なのはチェック機能の強化だけではない。そもそも、こうした就労実態をなお「高度人材」寄りのカテゴリーで受け止め続けることに無理があるのではないか、という問いそのものを避けて通れない。
7. なぜ企業はなお「技人国」に頼らざるを得ないのか
本当に問われるべきなのは、なぜ企業がなお「技人国」に頼らざるを得ない状況に置かれているのか、という点である。人手不足が深刻であるにもかかわらず、その需要を正面から受け止める制度とのあいだにずれがあるからこそ、「技人国」が本来の趣旨を逸脱して濫用されてきたのではないか。もしそうだとすれば、問題は一部の不正事業者やブローカーだけに還元できない。企業の採用実務、就労資格の制度設計、そして人手不足分野をどう位置づけるのかという政策全体の構図が問われているのである。
したがって、今回の見直しが本当に意味するのは、「N2」という日本語要件の有無ではない。行政がいま問題視しているのは、「技人国」が本来であれば専門的業務の資格でありながら、現実には人手不足の現場を埋める受け皿としても使われてきたことだろう。4月の見直しは、その実態を行政も看過できなくなったことを示す一例である。その制度上の建前を改めて確認しながら、なぜそこにこれほど大きな運用上の幅が生じてきたのかを考えていく必要がある。
[1]出入国在留管理庁HP 在留資格「技術・人文知識・国際業務」
https://www.moj.go.jp/isa/applications/status/gijinkoku.html
[2] 出入国在留管理庁HP「申請人が派遣形態で就労する場合の取り扱いについて」
https://www.moj.go.jp/isa/content/001457164.pdf
[3] 出入国在留管理庁HP 「令和7年末現在における在留外国人数について」【第2表】国籍・地域別・在留外国人数
https://www.moj.go.jp/isa/content/001434755.pdf
[4] 同上
[5] 出入国在留管理庁HP「専門的・技術的分野の外国人材受入れについて」
https://www.moj.go.jp/isa/content/930004798.pdf
[6] 厚生労働省愛知労働局 令和7年9月3日発表資料「労働基準法違反容疑で逮捕送検-派遣労働者に対する賃金不払の疑い―」
https://jsite.mhlw.go.jp/aichi-roudoukyoku/content/contents/002373471.pdf
テレビ愛知2025年9月3日「派遣労働者の2カ月分の賃金約1660万円を未払いか 労働基準法違反疑いで人材派遣会社社長を逮捕・送検」
https://news.tv-aichi.co.jp/single.php?id=7853
千葉日報2024年12月22日「ベトナム人に給与未払いか、愛知 数千万円以上、大使館が調査要請」
https://www.chibanippo.co.jp/newspack/20241222/1318769
[7] 読売新聞2026年1月9日「逮捕された行政書士の男、ベトナム人約50人の入管手続きで十数社の会社名を勝手に使ったか…ブローカーから数百万円の報酬」
https://www.yomiuri.co.jp/local/kansai/news/20260109-GYO1T00027/