- Review
【論考】在留資格「技人国」をめぐるトラブルは何を示しているのか―賃金未払い・突然の解雇から考える雇用責任と在留リスク
July 1, 2026
1. はじめに
前回、在留資格「技術・人文知識・国際業務」、いわゆる「技人国」で働く外国人の実態が、統計からなぜ見えにくいのかを論じた[1]。「技人国」は特定の産業に紐づく在留資格ではないため、在留資格名だけを見ても、実際の職務内容や雇用形態、仲介経路は把握しにくい。しかしながら、東海地方では「技人国」取得者の多くが、当地域に集積する製造業に派遣・請負を含む間接雇用で従事しているため、彼らがどのような労働市場に接続しているのかが比較的見えやすい。本稿で取り上げる愛知県豊田市と静岡県掛川市周辺で発生した外国人労働者をめぐるトラブルは、そうした地域的特徴のなかで表面化したものである。では、「技人国」資格をもち、派遣・請負の形態で働く外国人にとって、こうしたトラブルは何を意味するのか。今回の問題は、「技人国」という在留資格が制度上は専門的・技術的分野の人材を対象としているにもかかわらず、その資格が労働市場での安定した評価や転職可能性を保証するわけではない、という現実を示している。職を失った「技人国」の外国人が、生活不安だけでなく、転職先の確保や在留資格更新の不安にも直面することを表している。
2. 東海地方で表面化した二つのトラブル
2024年から2025年にかけて、外国人労働者をめぐる二つのトラブルが相次いで表面化した。いずれも、人材派遣会社の経営悪化が、そこで働く外国人の生活を直撃した事案である。
一つ目は2025年9月に愛知労働局が発表した愛知県豊田市の人材派遣会社に関する事案である。ベトナム人派遣労働者延べ73人に対する2カ月分(合計約1,668万円)の給与不払いの疑いにより、同社の代表取締役が送検された[2]。同社は2022年の設立で、愛知県・岐阜県・三重県の自動車部品製造会社など約30社にベトナム人らを派遣していた。彼らは、「技人国」を取得して来日していたと報じられている。
二つ目は、静岡県内でベトナム人やブラジル人らを雇用していた人材派遣会社が2024年末に事業活動を停止のうえ、社員の雇用契約を解除し、破産手続きに入った事案である[3]。同社は掛川市などに拠点を置き、数百人を県内各地の製造業や梱包業などに派遣していたが、派遣先の確保に苦しみ、資金繰りが悪化したと報道されている。未払い賃金の総額は少なくとも数千万円規模に上るとみられている。多くの社員は賃金の未払いに加えて、離職票など失業給付の申請に必要な書類も届かず、生活を立て直すための手続きにも進めなかったと報道された[4]。2025年2月に同社は東京地裁で破産手続きの開始決定を受け、同年10月には、元社員への賃金不払いをめぐり、同社と社長が労働基準法違反の疑いで書類送検された[5]。報道によれば、解雇されたベトナム人の大半は「技人国」の在留資格で働いていた[6]。「技人国」で働く外国人にとって、雇用先の喪失や必要書類の不備は、生活不安に加えて、転職先の確保や在留資格更新の不安にも結びつきやすい。
これら二つの事案は一見すると、人材派遣会社の賃金未払いや経営破綻にともなう労働問題に見える。しかし、「技人国」という在留資格を通じて見ると、そこには二つの問題が重なっている。一つは、雇用の不安定化が、在留資格の更新や日本で働き続ける見通しにも影響しうることである。もう一つは、雇用主、派遣先、仲介者、申請実務に関わる者と行政のあいだで情報と責任が分断され、問題が起きたときに当事者である外国人労働者へリスクが集中しやすいことである。
図1 「技人国」における雇用トラブルと在留リスクの構造
出所)筆者作成
3. 雇用リスクはどのように在留リスクへと転化するのか―失職時に表面化する「技人国」のリスク
賃金未払いや突然の雇用契約解除は、一義的には労働問題である。雇用主の責任が問われるべきで、未払い賃金の回収や労働者保護は急務である。一方、「技人国」で働く外国人にとって、失業は収入の喪失にとどまらず、在留リスクへとつながる。在留資格の更新審査では、専門性に合う仕事に就き、安定収入があるかが確認される。そのため、雇用先が破綻して収入がなくなると、在留資格更新のための前提条件も崩れてしまうのだ。
静岡県の事案では、ベトナムから家族を呼び寄せて暮らすための査証手続きを始めた直後に解雇された人もいたとされる[7]。「技人国」での在留は、専門性に見合う仕事に就いていることが条件とされているため、失職した人は、次の更新までに条件に合致する就労先を探さなければならない。つまり、雇用リスクが在留リスクへと転化しやすいのである。とりわけ豊田市や掛川市周辺の事案のように、多数の外国人労働者が同時に職を失えば、同じ地域・同じ職種で新たな職を見つけることは容易ではない。
ここで、専門的・技術的分野の在留資格であるという「技人国」の建前と実態の乖離が表出する。専門職人材は、二つの要素から成り立っている。一つは、在留資格という法的な裏づけである。もう一つは、労働市場で通用する信用、つまりこれまでの職務経験、業界内の人脈、交渉力、実績である。前者は入国の時点で与えられるが、後者は働くなかで本人が積み上げていく。専門職人材であれば、雇用先を失っても、後者の経験と実績が次の仕事へと橋渡ししてくれることになるだろう。
しかし派遣労働の場合、その経験と実績が形成されにくい。派遣という働き方は、本人と就労先のあいだに派遣会社を挟む。そのため現場で長期間働いても、企業との直接の関係、地域の人脈が本人の手元には蓄積されにくい。派遣会社が、本人と労働市場をつなぐ単一の回路となっており、その会社が破綻すると回路そのものが消失し、本人には自力で次の職へと渡る足場が残らない。つまり雇用先の喪失は、収入の断絶だけにとどまらない。在留資格「技人国」の名が示す専門職性は、雇用が継続するかぎりは問われないが、失職したり転職したりしようとすると、その専門性が労働市場で通用するかどうかが試されることになる。
図2 「技人国」の専門性の二段階審査
出所)筆者作成
もちろん、本人側にも責任の一端はある。「技人国」の資格で働く以上、スキルを高め、経験を蓄積し、情報を収集し、人脈を広げることが、本人にも求められる。こうした準備や能力、経験が不十分なまま、派遣会社に仕事の確保や在留資格更新の実務を依存してきた人もいるだろう。すぐに確実に働ける場所を確保することは、本人にとって合理的な選択でもある。問題は、その選択が、派遣会社という回路が失われた瞬間に、本人の脆弱性として表面化してしまう点にある。
「技人国」は、入国の段階では学歴や資格という書類上の専門性で人を選別する。だが労働市場は、転職や求職の段階において、実際に通用する信用で人を選り分ける。制度はこの二つを同じものとみなして設計されているが、両者は同じではない。在留資格は、書類上の資格を法的な在留資格へと変換することはできても、その在留資格を労働市場での信用にまで変換することはできない。
4. 責任の分散とリスクの集中
だからといって責任の所在を一つに絞ればよいわけでもない。雇用契約を結ぶ会社、実際に働く派遣先、来日や就職を仲介する主体、在留資格の申請実務に関わる者、行政、そして本人のあいだで、情報と責任は細かく分かれている。その結果、現場で働いていた人々への賃金支払い、離職手続き、再就職支援の責任が見えにくくなる。平時には、その分業によって人の移動と雇用が成り立つが、賃金未払い、倒産、突然の契約解除が起きると、その分業は弱点にもなる。職務内容を誰が確認していたのか。雇用継続に誰が責任を持つのか。転職や在留資格更新を誰が支えるのか。こうした問いへの答えが、急に見えにくくなる。
トラブルが報じられるたびに、「悪質な派遣会社の問題だ」「制度の運用が甘い」「本人が仕組みを理解していなかった」といった説明がなされる。それぞれ一面では正しいと言えるが、どれか一つに原因を帰してしまうと、複数の主体にまたがって生じている問題の全体像は、かえって見えにくくなる。
掛川市周辺の事案は、それを示している。経営者が連絡を絶ったために、外国人労働者には離職票、源泉徴収票、健康保険の資格喪失証明書が交付されず、彼らは失業給付の申請や保険の切り替えが進められないまま取り残された。動いたのは、本来対応すべき雇用主側ではなく、外部の支援者たちだった[8]。労働者は労働基準監督署や大使館に相談し、地域の労働組合や支援者による食糧支援も行われたという。雇用主側の対応が途絶えると、未払い賃金の回収だけでなく、離職や社会保険に関わる手続きも滞りやすい。こうした手続き上の停滞が、生活不安や在留上の不安をさらに大きくする。
注意したいのは、「技人国」を「機能不全の制度」と捉えると、かえって問題を見誤るということである。「技人国」は、企業内の多様な専門的職務に外国人材を接続する制度として機能してきた。一定の柔軟性は制度にとって必要でもある。
しかし、その柔軟性は、職務内容を広く解釈し、実際の働き方を専門職として説明する余地にもなりうる。派遣・請負や人材紹介を通じて、外国人労働者が製造業やサービス業などの現場に近い職務に結びつけられるとき、制度上の専門職性と実際の働き方とのあいだには、乖離が生じやすくなる。問題は制度の柔軟性そのものではなく、その柔軟性を前提に人が移動し、雇用され、在留資格が更新される過程で、誰が職務の実態を確認し、誰が雇用上の責任を負うのかが見えにくい点にある。
5. 終わりに
本稿では「技人国」をめぐって大きく報じられた二つの事件について紹介したが、同じように「技人国」で派遣労働に就く外国人労働者は全国各地に散在している。だからこそ、雇用先が破綻したときに当事者の身に何が起こるのかを、あらかじめ具体的に見ておく意味がある。
重要なことは、特定の主体だけを名指しすることではない。雇用主の責任が問われるべきなのは当然である。しかし同時に、在留資格の建前と現実の働き方とのずれによるリスクが、当事者だけに集中して現れている点を見落としてはならない。倒産や未払いが起きたとき、賃金の回収だけでなく、離職手続き、社会保険、転職、在留資格更新にかかわる不安が一度に当事者へ集中する。豊田市と掛川市周辺の事例は、そうしたリスクがすでに現場で表面化していることを示している。
[1] 在留資格「技人国」の雇用実態はなぜ見えにくいのか―統計と現場のあいだ
https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=4991
[2] 厚生労働省愛知労働局 令和7年9月3日発表資料「労働基準法違反容疑で逮捕・送検~派遣労働者に対する賃金不払の疑い~」
https://jsite.mhlw.go.jp/aichi-roudoukyoku/content/contents/002373471.pdf
千葉日報2024年12月22日「ベトナム人に給与未払いか、愛知 数千万円以上、大使館が調査要請」https://www.chibanippo.co.jp/newspack/20241222/1318769
テレビ愛知2025年9月3日「派遣労働者の2カ月分の賃金約1660万円を未払いか 労働基準法違反疑いで人材派遣会社社長を逮捕・送検」
https://news.tv-aichi.co.jp/single.php?id=7853
[3] 静岡新聞2025年1月7日付記事「給与数千万円未払いか 掛川拠点の人材派遣業「破産」」
https://news.at-s.com/article/1629378
[4] 静岡新聞2025年1月21日付記事「給与未払いの外国人、失業給付受けられず 掛川拠点の人材派遣業「破産」で」https://news.at-s.com/article/1638336
[5] 静岡新聞2025年10月3日付記事「外国人らに賃金未払い疑い、掛川拠点の人材派遣業を書類送検 磐田労基署」https://news.at-s.com/article/1818403
[6] 静岡新聞2025年2月11日付記事 「掛川・人材派遣業破産騒動で見えた課題は 外国人労働者、給与未払いに不安と怒り…」https://news.at-s.com/article/1652252
[7] 同上
[8] 静岡新聞2025年1月21日付記事「給与未払いの外国人、失業給付受けられず 掛川拠点の人材派遣業「破産」で」https://news.at-s.com/article/1638336