再生可能エネルギーの普及に重要な送配電網部門の中立化
2020年4月、「電力システムに関する改革方針(2013年4月閣議決定)」(以下、電力システム改革)の最終段階となる発送電分離が実施される。発送電分離は、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故により引き起こされた電力供給逼迫化の教訓から、電力の供給源を多様化するため、再生可能エネルギー事業者をはじめとする様々な事業者が送配電網を公平に利用できるよう、旧一般電気事業者[1](以下、大電力会社)が発電部門・送配電部門を一体化して保有している現状から送配電部門を分離し、その中立性の確保が行われるものである。送配電部門とは、発電所で発電された電力が電線を通じて、超高圧変電所⇒一時変電所⇒中間変電所⇒配電用変電所⇒柱上変圧器⇒需要地と流れていく一連の電力系統のことで、そのうち発電所から配電用変電所までを送電網と呼び、配電用変電所から柱上変圧器を通って需要地までの地域に電力を配る部分を配電網と呼ぶ。
昨今の世界的なエネルギー転換の動きと気候変動問題へのさらなる対処の必要性を背景に、2018年7月に公表された第5次エネルギー基本計画では、再生可能エネルギーの主力電源化に取り組むことが明記されるに至っており、送配電網の中立性を高め、再生可能エネルギー発電を行う新電力などが送配電網を利用しやすい環境を整えることは再生可能エネルギーの普及を促すうえで重要になっている。
法的分離方式による発送電分離
電力システム改革の在り方を検討した電力システム改革専門委員会の第4回委員会(2012年4月25日)では、新電力から見た電力系統(送配電網)への接続と利用における課題として以下が挙げられている。
<系統接続における課題>
- 接続ポイントにどのくらいの容量が接続できるのか情報が不十分。
- 接続の可否を判断する電力会社の接続検討に長い時間を必要とし事業の工期見通し等の予見を困難にしている。
- 接続検討の際に算出された接続に必要な工事負担金はあくまで仮であるとされ実際の工事負担金が大きく変動するリスクがある。
<系統利用における課題>
- 新電力が生産・調達した電気を送電する際は大電力会社に送電費用(託送料)を払わなければならないが、その金額の妥当性の判断が難しい。
- 新電力には同時同量制度が課せられ新電力の顧客の消費量が新電力の発電量を±3%以上、上下したときは大手電力会社に「罰金」(インバランス料金)を支払わなければならないが、その金額の妥当性の判断も難しい。
発送電分離の目的はこうした課題を解消し、電力系統に接続するための系統情報の公表や系統アクセスルールの運用において、再生可能エネルギー発電を行う新電力などが公平に扱われるよう、送配電部門の公平性と透明性を確保することにあるが、電力システム改革の中で実施される発送電分離は法的分離方式と呼ばれる大電力会社の持株会社として資本関係が残った形で送配電部門を分社化するものになる。
発送電分離については、スペインのように資本関係も解消した上で送配電部門を電力会社から完全分離する所有権分離方式や、送配電設備は電力会社に残すがそれを運用する機能(送電線の運用・指令機能)は別の組織が担うようにする機能分離方式など、中立性が高い分離方式があるが、今回の電力システム改革では選択されなかった。
発送電分離のポイントはいかにして送配電部門を公平中立な立場に置くかという点であり、大電力会社と資本関係が残る状態で果たして大電力会社からの関与を100%排除できるのかということが懸念される。法的分離方式により送配電部門の一層の中立性の確保をするためには、分社化した送配電事業を行う会社と発電・小売事業を行う会社間における兼業などの人事規制や予算等についての厳格な規制が必要であるとともに、それらの規制がきちんと効果を発揮しているか法的分離後も監視していく必要がある。
地域が柔軟に使える配電網の必要性
再生可能エネルギーの普及という視点では自治体などの地域のステイクホルダーが地域に電力を配電する配電網を柔軟に利用できる環境を整えるという点も重要になる。
原子力発電などの発電所で発電した電力を送電ロスを生じさせながら送電網を通して遠隔地に送電して消費するという従来の大規模集中型のエネルギーシステムとは違い、再生可能エネルギーは分散型のエネルギーと言われるように、その地域に吹く風や、照り付ける太陽光など地域由来のエネルギーを活用して発電を行うことから、その地域が主体となって発電・消費するのが理にかなった活用方法となる。
また、地域外の事業者がメガソーラーなどの大規模な再生可能エネルギー発電事業を地域住民の合意を得ないで行うことにより、地域の景観や環境に悪影響があるとして住民の反対運動が起こるなどの問題があり、再生可能エネルギーの活用には地域の社会的受容性を確保することが重要となってきている。
昨今では、地域の再生可能エネルギーを活用した発電事業を中核にして、ガス、水道、公共交通などの多様な公共サービス事業を事業間の内部補助(cross subsidization)により運営することで、全体として経営の安定性を高め、地域利益を生み出しているドイツのシュタットベルケ(Stadtwerke)[2]と呼ばれる自治体が出資する地域主体の公共サービス公社に注目が集まり、日本でも地域活性化を目指して再生可能エネルギーを活用する日本版シュタットベルケを構築しようとする自治体も増えてきている。
こうした自治体をはじめとする地域のステイクホルダーが再生可能エネルギー発電事業を行うには、地域の配電網に自分たちの再生可能エネルギー発電所を柔軟に接続できる環境が必要だ。せっかく地域で再生可能エネルギー発電を行おうとしても、配電網への接続に制限があったり、高い利用料を支払わなければならないようでは思うような事業は出来ない。ドイツのシュタットベルケでは、地域が主体的に再生可能エネルギー発電事業を担うため、地域住民の合意のもと大電力会社が保有する配電網を買い取り、地域自らの手で配電網を運営しているシュタットベルケも多く、ドイツ全土の配電網の約45%に相当する802,000kmの配電網がシュタットベルケにより運営されている[3]。
地域の配電網の運営は自然独占の傾向が強く、安定した配電網使用料を得ることができることからシュタットベルケにとってはメリットの大きいビジネス分野となっている。また、配電網維持における地域雇用の創出や、配電網を運営することで小売り事業に参入し、卸電力市場での電力販売による収益と、価格競争力のある電力や再生可能エネルギーによる電力など地域住民のニーズにあった電力を調達できるメリットがある。
再生可能エネルギーの普及を考えた場合、ドイツのシュタットベルケのように配電網を地域のステイクホルダーが柔軟に使える環境を整えることは重要であるが、今回行われる発送電分離では、発電部門と送配電部門の法的分離方式による分離は行われるが、送電部門と配電部門の分離は行われない。
送電部門と配電部門の分離は行われないものの、2020年2月25日に閣議決定された「電気事業法」の一部改正案では、特定エリア内で分散型の電源等を含む配電網を運営しつつ、緊急時にも独立したネットワークとして運営可能となるよう、配電事業を法律上位置付け、免許制(ライセンス)により送配電事業者から配電網を譲渡又は貸与される第三者を配電事業者として認める方針となっている。配電事業のライセンス化はこれまでから一歩踏み出した施策と言えるが、ライセンスを得るために必要となる条件や、配電事業の運営上課せられる条件などで極端なハードルが生じないか注視する必要がある。
東日本大震災と福島第一原子力発電所事故から9年がたつが、電力システム改革は東日本大震災と福島第一原子力発電所事故により浮き彫りになった日本の電力システムの課題を解決するために行われてきたものである。発送電分離は電力システム改革の最終段階となるがこれで終わりにすることなく、配電網の担い手と運用の在り方など、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故により浮き彫りになった日本の電力システムの課題の解決のために必要な施策は今後も議論を進め、改革を継続していかなければならない。
[1] 北海道電力・東北電力・東京電力・北陸電力・中部電力・関西電力・中国電力・四国電力・九州電力・沖縄電力の10社
[2] シュタットベルケ(Stadtwerke)については以下を参照。
「地域の課題を解決する再生可能エネルギーの活用 ~耕作放棄地問題に取り組んだ宮津市~」https://www.tkfd.or.jp/research/detail.php?id=3345
[3] VKU ”Figures, data and facts for 2019”(2019)