X-2025-042
第27回参議院議員通常選挙が2025年7月に行われます。今回の選挙の注目ポイントはどこにあるのでしょうか。東京財団の研究員とシニア政策オフィサーが、各専門分野における争点について論じます。
根本課題は人口減少問題
1990年代初めのバブル経済崩壊以降、日本は「失われた30年間」と呼ばれる停滞した状況を過ごしてきた。スイスの国際経営開発研究所(IMD)が公表している「世界競争力ランキング」では、1989年当時、日本は世界第1位の国際競争力を誇っていたが、2021年には31位に後退してしまった[1]。GDP成長率も主要先進国と比べ伸び悩み、国民の生活に直結する実質賃金も長らく上がらないという苦しい状況が続いてきた。
直近では、2024年度の国内投資が30年ぶりに過去最高を更新したことや、2025年の春闘賃上げが、30年ぶりの高水準となった2024年を更新していることなどから「潮目の変化」が起きているという見方もある[2]。しかし、IMD「世界競争力ランキング」における2024年の日本のランキングは前年から3つもランクを下げ、過去最低の38位にまで後退してしまっており、国の弱体化が著しい状況ではまだ油断することはできない[3]。
こうした中、7月中に予定されている第27回参議院議員通常選挙に向けて、各政党は争点となる公約のとりまとめと公表を進めている(6月9日現在)。各政党が公約として検討している政策は、減税、社会保険料負担軽減、給料や手取りの向上、コメやガソリン、電気代などを含めた物価高対策、地域活性化、子育て支援など多岐にわたっているが、その趣旨として共通しているのが「国民の懐をいかにして潤すか」という点だ。
各政党が公約として検討している各種政策はいずれも重要であることは言うまでもない。
しかし、国民の懐を将来にわたり持続的に潤していくためには、弱体化した現在の日本の状況を回復させ、経済成長を持続可能なものとする政策を土台に据えなければ、いかなる政策も十分な効果を上げることは難しいだろう。その際、土台となる政策を考える上で無視できないのが人口減少問題にどのように対応するかという視点だ。
2024年10月1日現在、日本の総人口は1億2380万2千人で、前年に比べ55万人(-0.44%)の減少となり、14年連続で減少している[4]。このまま急速に人口減少が進むと、働く人よりも支えられる人が多くなり、労働力人口減が経済にマイナスの負荷をかける「人口オーナス」の状態がさらに深刻化することが懸念され、国民の懐を潤すどころではなくなってしまう危険性がある。こうした人口急減と働き手の減少による経済へのマイナスの負荷が需給両面で働き合って、マイナスの相乗効果を発揮し、一旦経済規模の縮小が始まると、それが更なる縮小を招くという「縮小スパイラル」に陥るおそれもあり[5]、人口減少問題は日本の様々な課題を解決するうえで無視することができない根本的な課題なのである。
すなわち、国民の懐を将来にわたり持続的に潤すために今求められている政策は、人口減少下でも日本経済を強くし、持続的な成長につなげていく新しい社会システムを構築する政策なのだ。
打開のカギはエネルギー政策にあり
人口減少下でも日本経済を強くし、持続的な成長につなげる新しい社会システムを構築するためには、既存のサービスや製品において、物量に軸を置いた薄利多売の勝負を続けてシェアの拡大を図るという従来型の産業構造を改めることが必須だ。そのためには、社会課題の解決というニーズから新しい需要を創出し、そこに物量ではなく高付加価値化を徹底した独自の製品やサービスを投入することで世界と勝負するという新しい産業構造に転換する必要がある。その転換を促す有力な政策として注目されるのがGX(グリーントランスフォーメーション)である。
GXは、化石燃料をできるだけ使わず、再生可能エネルギーや水素などのクリーンエネルギーの活用と省エネ高効率化の促進により、化石燃料中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心のものへと転換することで、気候変動問題という世界的な社会課題への対処と新たな経済成長の機会を生み出す産業・エネルギー政策である[6]。GXによる化石燃料依存の解消は日本の交易条件の改善につながり、実質賃金を上げることにも貢献するだろう。
政府は2023年3月にGX実現に向けた基本方針を閣議決定し、向こう10年間でGXに150兆円を超える官民投資を行っていくことを目指している。具体的には電気自動車(EV)をはじめとするゼロエミッション車の普及、先端的な再生可能エネルギー技術や脱炭素化のデジタル技術など、クリーンエネルギーを中心とした各分野への投資を進め、新たな経済成長の機会を生み出す計画にある。(表1)
(表1)GXにおける150兆円超の官民投資内訳(政府見込額)
出典:経済産業省「GX実現に向けた基本方針 参考資料」2023年2月10日から作成
EVの普及では欧米、中国に後れを取っている日本ではあるが、EVの車載蓄電池をエネルギーシステムの一部として活用し、家庭のエネルギー源とするV2H(Vehicle to Home)や、電力系統の調整力とするV2G(Vehicle to Grid)などの分野では日本は高い技術力を誇っている。中国の台頭が著しい再生可能エネルギー分野であるが、ペロブスカイト太陽光発電や浮体式洋上風力発電など日本が技術力や実績を持つ分野での巻き返しが狙えるだろう。また、脱炭素化のデジタル技術では日本の光電融合技術が省エネ高効率化の分野でゲームチェンジをもたらすことが期待されている。
こうした日本独自の強みを活かせるクリーンエネルギー分野への投資を進め、競争力を高めることで、持続的な成長につなげていくことがGXというエネルギー政策の狙いであり、人口減少下でも日本経済を強くし、持続的な成長につなげる新しい社会システムを構築する具体的な政策として大変重要なのだ。
経済産業省は、人口減少下でも一人一人が豊かになれる日本を目指して、産業構造の転換の実現に向けた施策をとりまとめた「経済産業政策新機軸部会第4次中間整理 ~成長投資が導く2040年の産業構造~」(以下、「第4次中間整理」)を2025年6月3日に公表している。
GXは第4次中間整理においても、人口減少下にあっても日本経済を成長させる基軸となる政策とされていることから、今後はGXをぶれずに最後まで完遂することがポイントになってくるが、その見通しはまだ不透明な状況にある。
第7次エネルギー基本計画の問題点、グランドデザインの欠如
2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画では、「再生可能エネルギーの主力電源化」と「原発依存度の可能な限りの低減」が方針として示されている。エネルギー基本計画は日本のエネルギー政策の基本方針を定める重要な計画である。そのエネルギー基本計画の中で、再生可能エネルギーの主力電源化と原発依存の低減が日本の目指すべき姿として示されたわけだが、2025年2月に閣議決定された第7次エネルギー基本計画では「原発依存度の可能な限りの低減」という文言は削除され、「再生可能エネルギーと原子力を共に最大限活用していくことが極めて重要」という新たな方針が示されている。
再生可能エネルギーと原子力は日本のエネルギーを考えるうえで重要なエネルギー源であるが、双方の特徴は大きく異なる。再生可能エネルギーは地域に吹く風や照り付ける太陽光などをエネルギーとして活用することから、地域に由来する地域分散型のエネルギーである。一方、原子力は主に沿岸域に大規模な発電設備を設置して発電を行う大規模集中型のエネルギーである。
第7次エネルギー基本計画では再生可能エネルギーと原子力を共に最大限活用していくとされているが、地域分散型と大規模集中型という特徴の異なる2種類のエネルギーをどのようにしてエネルギーシステムの中で共存させるのか、それぞれの導入目的と役割も含めた具体的なプランが無ければ共倒れになってしまう危険性がある。
第7次エネルギー基本計画の内容はGXにおける各種投資にも影響を及ぼすのだが、具体的なプランが見えてこない現状の計画では投資の見通しが立たない。つまり、現在の第7次エネルギー基本計画は日本の目指すべき具体的な姿となるエネルギー政策のグランドデザインが欠如しているのだ。
本来、エネルギー基本計画には投資回収の予見性を示すという役割もあるのだが、グランドデザインが見えない現状のままでは予見がつけられず、GXの投資が手探りのパッチワークになりかねない。それは十分な投資効果を得られないことにつながり、人口減少下でも日本経済を強くし、持続的な成長につなげる新しい社会システムを構築することができなくなることを意味する。
そうなると、現在各政党が公約として検討している様々な政策についても十分な効果は得られず、日本は再び失われた30年間を繰り返すという悪夢を見ることになるだろう。
そのような悪夢を見ないためにも、各政党はエネルギー政策を今回の参院選の争点に加え、各政党が考えるエネルギー政策のグランドデザインを公約として有権者に示すべきである。そして有権者も、現在直面している様々な課題を根本から解決するカギとしてエネルギー政策に注目し、自分たちの未来を選択すべきであろう。
筆者が進めてきた研究プロジェクトでは、再生可能エネルギーの普及の加速と徹底した省エネ高効率化を軸として、これまで様々なエネルギー政策の提言を行ってきた。
以下にてこれまでの活動の一端を紹介するのでぜひご参考いただきたい。
・東京財団政策研究所 研究プログラム「加速するエネルギー転換と日本の対応」【2022年度終了】
・東京財団政策研究所 研究プログラム「地域主体による再生可能エネルギーの普及に必要な施策」【2023年度終了】
・平沼光(2025)「このままでは日本のモノづくりが危ぶまれる サーキュラーエコノミーの構築に必要な日本版メガリサイクラーの創設を急げ」東京財団Review、2025年6月。
・池上、小林、杉本、平沼、渡邉(2022)「ブルーエコノミーの推進に向けて~OTECからのレッスン~」東京財団政策研究所Review、2022年4月。
[1] 内閣府科学技術・イノベーション推進事務局「スタートアップ・エコシステムの現状と課題」2022年3月28日。
[2] 経済産業省「経済産業政策新機軸部会 第4次中間整理概要~ 成長投資が導く2040年の産業構造 ~」2025年6月。
[3] JETRO ビジネス短信「2024年版IMD世界競争力ランキング、スイス2位、日本は38位へ後退」2024年06月26日。
[4] 総務省統計局HP「人口推計(2024年10月1日現在)」2025年6月7日確認。
[5] 内閣府「選択する未来 -人口推計から見えてくる未来像- -「選択する未来」委員会報告 解説・資料集-」2015年10月。
[6] 経済産業省 資源エネルギー庁HP「エネルギー白書2023 第2節 GXの実現に向けた日本の対応」2025年6月5日確認。