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【人材育成】「トランプは欧州を目覚めさせた」―米依存から自立する欧州民主主義は「危機」ストレステスト経て強く <岡部伸の世界探訪ブルガリア④>
September 30, 2026
| ヤングリーダー奨学基金プログラムは、日本財団が1987年に将来の世界を担うリーダーの育成を目指して立ち上げ、1997年からは東京財団が運営を行っている、世界の大学の人文社会科学分野の大学院生を対象に奨学金を給付する奨学制度。日本を含む世界44か国の69大学・大学連合に各々100万米ドルの基金を寄贈し、17,000名を超える奨学生(Sylff「シルフ」フェロー)を輩出してきた。Sylffフェローは卒業後、外相や中央銀行総裁などを務めたり、学術研究、ビジネス、非営利セクターなど様々な分野の第一線で活躍している。 |
「トランプ2.0」の登場は欧州に何をもたらすのか―。
欧州議会議員を8年間務め、欧州政治を内側から見てきたブルガリアの政治学者スヴェトスラフ・マリノフ教授(ソフィア大学1994~96年Sylffフェロー)に尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「最終的には、欧州をより強くする可能性があります」
トランプ米大統領に対する無条件の称賛ではない。むしろ教授は、現在進行中の政治を性急に評価することを戒める。
「政治で何が真実だったのかは、後になって初めて分かる。トランプ政権の歴史的評価を私に聞くなら、彼が大統領を退いて5年後にしていただきたい」
それでも、一つだけすでに明確な効果があるという。
「トランプは欧州を目覚めさせた」
「米国は永遠に守ってくれる」の終わりだ。
第二次世界大戦後の欧州安全保障は、米国の軍事力に大きく依存してきた。
冷戦終結後はその傾向が一層強まり、多くの欧州諸国が「平和の配当」を享受した。
防衛支出を抑え、その分を社会保障へ回す。
「欧州は非常に豊かな生活をしてきた。安全保障については、『最後は米国が守ってくれる』と考えていたからだ」
教授自身、欧州議会議員時代に、欧州の手厚い福利厚生を実感したという。
「欧州議会議員には、任期中に眼鏡を買うための制度まであった。私は『自分で眼鏡くらい買える』と思った」
冗談交じりのエピソードだが、教授が言いたかったのは、欧州には安全保障以外へ支出できる余裕があったということだ。
その前提をトランプ氏が揺さぶった。
「以前、『いつか米国に、欧州を守らないと言う大統領が現れるかもしれない』と話しても、誰も本気にしなかった。しかし今、そういう大統領が存在し得ることを知った」
だから欧州は、自分自身を守る準備をしなければならない。
危機がなければ欧州は動かない
「欧州の政治家は、危機の時にしか動かない」
教授は半ば自嘲的に言った。
ロシア産天然ガスや石油への過度な依存は、以前から安全保障上の問題として指摘されていた。しかし、本格的に脱ロシア依存へ動いたのは、2022年ウクライナ侵攻後だった。
防衛費も同様だ。
ロシアの侵略と米国からの強い負担増要求によって、欧州はようやく軍事力強化を国家的優先課題として認識するようになった。
2025年6月のハーグでの北大西洋条約機構(NATO)首脳会議では、加盟国が2035年までにGDP比5%を防衛・安全保障関連に投じることで合意した。内訳は少なくとも3.5%を中核的防衛支出、最大1.5%を重要インフラ、防衛ネットワーク、民間防衛、防衛産業など関連投資に充てる。
トランプ氏が突き付けてきた厳しい負担要求が、欧州の危機感を増幅させたことは間違いない。
「その意味で、トランプの良い効果は、私たちが将来、一人になる可能性もあると知ったことです。二度と今のように準備不足であってはならない」
「極右」にも逆風となるか
トランプ政権の登場は、欧州で主流になりつつある右派、ポピュリスト勢力を勇気づけるという見方が強い。
しかしマリノフ教授は、長期的には逆の作用もあり得ると見る。
トランプ氏との過度な一体化が、欧州の有権者にとって必ずしもプラスのブランドではなくなる可能性があるからだ。
「私は、最終的にはトランプが欧州の極右にかなりの害を与える可能性があると思う。将来、トランプと結び付けられることがマイナスになるかもしれない」
もちろん、これは現段階では教授自身が認める「予測」である。政治の歴史的意味は同時代には分からない。その説明として、教授は自国の経験を挙げた。
ハイパーインフレは「悲劇」だったのか
1990年代半ばのブルガリアを襲ったハイパーインフレ。当時を生きた国民にとっては紛れもない悲劇だった。銀行が危機に陥り、通貨価値が暴落し、朝と夕方で生活の前提が変わった。
しかし振り返れば、それが共産主義的な経済運営への幻想を決定的に消し去り、市場経済化と欧州統合へ国民を向かわせる転機にもなった。
「当時は悲劇だった。しかし後から見れば、ブルガリア人の考え方を変えた。ショック療法で、危機が改革を可能にした」
だからトランプ政権も、現在の混乱だけで評価してはいけないという。
欧州にとって米国への依存を再考し、防衛力を強化し、より自立した主体へ変わる契機となれば、後世の評価は現在とは違う可能性がある。
それでも米欧同盟は必要
これは、欧州が米国と決別すべきだという主張ではない。教授が言う「自立」とは、大西洋同盟を壊すことではなく、欧州側も応分の能力と責任を引き受けることだ。
NATOも2025年のハーグ首脳宣言で集団防衛と大西洋をまたぐ結束を再確認したうえで、5%目標を決定した。2026年のNATO首脳会議でも、ハーグで決めた防衛投資拡大とウクライナ支援を継続する方針が確認されている。
つまり、米国に依存する欧州から、米国とともに負担する欧州へ―という転換である。
最大の懸念は「核拡散」
教授に現在の世界で最も恐れていることを尋ねると、しばらく考えて答えた。
「核拡散だ」
欧米の支援を受けたウクライナを通常戦力で屈服させることができないとロシア指導部が判断した時、戦術核兵器へエスカレートする危険性を懸念しているという。
仮に核兵器が実戦使用され、それによってロシアが政治的・軍事的利益を得れば、世界に極めて危険な教訓を残す。
「世界中の国が、『核兵器を持っていなければ安全ではない』と考え始めるだろう」
ウクライナだけではない。韓国、そして日本でも、次世代が核抑止をめぐって現在とは違う結論に達する可能性がある。
核不拡散体制そのものが揺らぎかねない。
だからこそロシアの武力による現状変更を成功例にしてはならない、というのが教授の論理だ。
日本が持つ「自然な連帯」
では、混沌とする世界で日本はどのような存在なのか。
教授は「日本には世界のSympathy(共感)がある」と語った。
「人々は日本に好意を持っている。日本には自然なSolidarity(連帯)がある」
とりわけ小国の側から見れば、中国の巨大さは時に圧力として感じられる。一方、日本には、経済大国でありながら相手に強制するのではなく、長年の交流や協力を通じて形成された信頼があるという。
教授自身にとって、その原点の一つがSylffだった。
共産主義崩壊直後、まだ海外留学すら容易でなかった時代に、日本発の奨学金によってニューヨークで研究する機会を得た。
「若い時に助けてもらったら、そのことは一生忘れません」
その後、国会議員、欧州議会議員となっても日本関連の行事へ参加し、日EU経済連携協定(EPA)はじめ日欧関係の強化を支持してきた。
国家間外交とは、首脳会談や条約だけではない。30年前に一人の若い研究者へ与えた奨学金が、その人物の中に日本への信頼として残り、政治家になってからも日欧協力を支持する―。それもまた、日本のソフトパワーなのである。
「民主主義は危機を通じて発展する」
インタビューの終盤、教授に「1989年以来、民主主義は最大の危機を迎えているのではないか」と尋ねた。
「民主主義は危機にあります。政治的代表制も危機にある。しかし民主主義の歴史を見ると、民主主義はいつも危機を通じて発展してきた」
そして、こう続けた。
「ストレステストですよ。ストレステストで壊されなければ、その後はもっと強くなる」
共産主義体制、ハイパーインフレ、民主化、NATO、EU加盟、そしてユーロ圏入り。
マリノフ教授自身の人生は、ブルガリアが次々と「ストレステスト」を乗り越えてきた歴史と重なる。
トランプ2.0、ウクライナ戦争、ロシアの情報工作、欧州でのポピュリズム、そして核拡散の危険。民主主義世界は再び大きなストレステストに直面している。
危機によって民主主義が崩れるのか。それとも危機を契機として、欧州が自らを守る力を取り戻し、民主主義がさらに強くなるのか。
「評価は5年後にしてください」
そう語った教授の言葉は、トランプ政権だけでなく、現在の国際秩序そのものに向けられているように聞こえた。(文責:岡部伸)
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