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【論考】利上げ後、なぜ長期金利は下がらなかったのか ―「金利ある世界」の財政運営  ―
写真提供:共同通信社
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【論考】利上げ後、なぜ長期金利は下がらなかったのか ―「金利ある世界」の財政運営 ―

November 4, 2026

■4月10日に、小黒上席フェローは、森信シニア政策オフィサー、佐藤上席フェロー、土居上席フェローとともに、政策提言「『給付付き税額控除』の導入に向けた具体的な制度設計」を発表いたしました。詳細はこちらをご覧ください。

「税・社会保障研究 レビュー・論考・コラム」

令和7年10月より、「税」や「社会保障」をテーマとしたコラム(Review)を、以下の執筆者が交代で執筆してまいります。掲載されたコラムは「まとめページ」からご覧いただけます。小黒一正(東京財団上席フェロー/法政大学経済学部教授)、佐藤主光(東京財団上席フェロー/一橋大学国際・公共政策研究部教授)、土居丈朗(東京財団上席フェロー/慶應義塾大学経済学部教授)、森信茂樹(東京財団シニア政策オフィサー)

・利上げは長期金利を押し上げる力も
・米国の経験では上昇と低下はほぼ半々
・いま日本では何が起きているのか
・財政は「悪化しているか」ではなく、金利との組み合わせで見る
・問われるのは金融政策と財政運営の組み合わせ

日本銀行は2026年9月18日の金融政策決定会合で政策金利を引き上げた。利上げをめぐっては、それ以前から、金融引き締めによってインフレ期待が抑えられれば、長期金利の上昇を抑制し、場合によっては長期金利が低下する可能性もあるとの見方があった。
この考え方には理論的な根拠もある。中央銀行が物価安定への信認を高めれば、将来の期待インフレ率や、インフレなどの不確実性を反映するタームプレミアムが低下し得るからである。例えば、日銀の小枝淳子審議委員も2026年5月の講演で、インフレなどの影響を受けるリスクプレミアムが抑えられる場合には、短期金利が上昇しても長期金利は必ずしも上昇するとは限らないとの趣旨を述べている。
しかし、今回の日本では、少なくともこれまでのところ、そのような展開にはなっていない。利上げ直後には10年国債利回りが小幅に低下する場面もあったが、その後は上昇し、利上げ前の水準を上回った。では、なぜ利上げ後に長期金利は下がらなかったのか。 

利上げは長期金利を押し上げる力も

まず確認しておくべきなのは、政策金利の引き上げには、他の条件が同じなら長期金利を押し上げる作用があるということである。長期の名目金利は、大まかには次の三つに分けて考えることができる。

名目の長期金利 ≒ 実質短期金利の将来の期待平均 + 期待インフレ率+ タームプレミアム

日銀が政策金利を引き上げ、市場が「今後も短期金利は以前より高い水準になる」と予想すれば、第1項の将来の実質短期金利の期待平均は上昇する。これは長期金利を押し上げる。一方、利上げには逆方向の効果もある。中央銀行がインフレ抑制に強い姿勢を示すことで、将来の期待インフレ率が低下したり、物価や金利の不確実性に対して投資家が要求するタームプレミアムが縮小したりすれば、第2項、第3項は低下する。
したがって、利上げ後の長期金利の方向は、将来の短期金利上昇による押し上げ効果と、期待インフレ率やタームプレミアム低下による押し下げ効果のどちらが大きいかで決まる。「利上げをすれば長期金利が下がる」ということではない。正確には、利上げによる期待インフレ率などの低下が、将来の短期金利上昇の効果を上回れば、長期金利が下がる場合もある、ということである。 

米国の経験では上昇と低下はほぼ半々

実際、利上げ後の長期金利に明確な方向性があるわけではない。例えば、FRB(連邦準備制度理事会)による過去の利上げについて、利上げ前営業日の米10年国債利回りと、約1か月後に当たる20営業日後の利回りを比較した。最新の2026年9月の利上げはまだ20営業日が経過していないため、それ以前の29回を対象とすると、長期金利が上昇していたのは15回、低下していたのは14回であった。ほぼ五分五分である。

 
図表1 FRBの利上げから約1か月後の米10年国債利回り

約1か月後 回数 割合
上昇 15回 51.7%
低下 14回 48.3%
合計 29回 100.0%

注:利上げ前営業日と20営業日後の米10年国債利回りを比較。2026年9月の利上げは除く。
出所:FRB、FREDから筆者作成

これは「利上げをすると約5割の確率で長期金利が下がる」という意味ではない。1か月の間には物価統計、雇用統計、景気、原油価格、財政政策、海外情勢など様々な情報が市場に入るからである。重要なのは、利上げ後の長期金利は政策金利だけでは決まらない、という点である。 

いま日本では何が起きているのか

今回、日本の長期金利が上昇した背景としては、いくつかの要因が考えられる。
第一は、将来の短期金利予想である。今回の利上げが一度限りではなく、今後も追加利上げがあり得ると市場が判断すれば、将来の短期金利の期待平均は上昇する。これは長期金利の上昇要因となる。
第二は、期待インフレ率やタームプレミアムが、長期金利を押し下げるほど低下していない可能性である。9月の東京都区部の消費者物価指数は、生鮮食品を除く総合で前年同月比2.7%上昇した。もっとも、水道基本料金の無償化終了や保育料無償化の前年比効果の一巡という制度要因が含まれているため、2.7%をそのまま基調的なインフレ率とみることは適切ではない。これらの制度要因を機械的に除けば、コアCPIは2%台前半とみられる。それでも、物価上昇圧力が完全に解消したとは言いにくい。
第三は、海外金利である。9月下旬以降、米国や欧州でも長期金利が高止まりし、世界の債券市場が相互に影響し合った。日本の長期金利の動きを、日銀の利上げだけで説明することはできない。 

財政は「悪化しているか」ではなく、金利との組み合わせで見る

さらに、長期金利を考えるうえでは、財政や国債需給も一つの要因となる。ただし、現在の日本の財政状況を単純に「悪化している」と評価するのは適切ではない。インフレ下での名目GDPの拡大などを背景に、一般政府の債務残高対GDP比はコロナ禍のピークから低下している。政府も、債務残高対GDP比を安定的に低下させることを財政運営の重要な目標としている。
したがって、今回の長期金利上昇を財政赤字だけで説明することもできない。他方、「金利ある世界」では、債務残高対GDP比の動きだけでなく、金利上昇に伴う利払費にも注意する必要がある。金利が上昇すれば、新たに発行する国債や借り換え国債の利率が徐々に高くなり、政府の利払費は増加する。
財務省の後年度試算では、一定の経済・金利前提の下で、利払費は2025年度の10.5兆円から2029年度には21.6兆円へ増加する。一方、社会保障関係費も38.3兆円から41.0兆円へ増加する見込みである。もちろん、これは一定の前提を置いた機械的な試算であり、将来の実績を予測したものではない。

図表2 利払費と社会保障関係費の後年度試算

2025年度 2029年度 増加額
利払費 10.5兆円 21.6兆円 +11.1兆円
社会保障関係費 38.3兆円 41.0兆円 +2.7兆円

出所:財務省「令和8年度予算の後年度歳出・歳入への影響試算」経済成長3.0%ケース

重要なのは、財政の持続可能性を評価する際に、債務残高対GDP比だけを見るのでは十分ではなくなっていることである。名目GDP成長率(経済成長率)、物価、金利、利払費、国債発行額などを総合的に見る必要がある。債務残高対GDP比が低下していても、金利上昇が速ければ利払費は増える。他方、名目成長率が高まり、債務比率の低下が続けば、財政への信認を支える方向に働く。 

問われるのは金融政策と財政運営の組み合わせ

今回の経験から得られる教訓は、利上げ後の長期金利を金融政策だけで説明しないことである。日銀が利上げをすれば、将来の短期金利予想を通じて長期金利には上昇圧力がかかる。その一方で、期待インフレ率やタームプレミアムが十分に低下すれば、その上昇圧力を相殺し、場合によっては長期金利が低下することもある。今回の利上げでは、後者の押し下げ効果は前者を上回らなかった。
また、財政についても、単純に拡張的か緊縮的かという二分法ではなく、名目成長率、債務残高対GDP比、金利、利払費を合わせて評価する必要がある。政府が掲げる債務残高対GDP比の安定的な低下が実現すれば、財政への信認を支える。他方、金利上昇による利払費の増加が続けば、社会保障、教育、成長投資などに使える財政余力を圧迫する可能性がある。
「金利ある世界」で重要なのは、インフレを適切な範囲に制御するという金融政策への信認と、成長と財政の持続可能性を両立させる財政運営への信認の双方である。利上げ後の長期金利の動きは、金融政策だけでなく、物価、成長、財政、国債需給を一体として考える必要性を改めて示している。

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